鬼龍とトンパ、そして彼らのすぐ後を追ってきた受験者のグループが───幸いにもヒソカの虐殺現場に遭遇せず───湿原を渡り切ると、二次試験の開催地らしき設営会場が見えてきた。
そこは緑豊かな森林公園となっていた。周りを見渡せば野生の鳥獣が多く生息していることが分かり、彼らは時折受験者たちの前にひょっこりと現れては、なんだなんだと奇異の視線を向けてきた。見慣れぬ人々が何度も通り過ぎるので動物たちも戸惑っているようだ。
サトツと少年たち、民族衣装の青年とサングラスの男、そしてヒソカらは既に会場で待機していた。他にも忍者姿の男や帽子を被った小柄な青年も木陰に座り込んで休憩している。
「お疲れ様でした。こちらが二次試験の会場でございます」
「水はないのか?」
念の補助効果があるとはいえ、ここまで数時間飲まず食わずでやってきたのだ。鬼龍は給水が出来ないか尋ねた。
「ありません」
「………」
きっぱりと答えるサトツ。
「そして次の試験を監督されるのが、あちらの方々です」
サトツが指差した先には、肥満体型の男と奇抜な髪型をした女性が立っていた。そのうち女性の方が口を開く。
「はいどーも、あたしが二次試験担当のメンチね! んでこっちが」
「オレがブハラだよ。よろしく〜」
周りの受験者らは「試験官ってことは、あいつらハンターってコトだけど」「そうは見えねえよなあ」と小声で言い合う。
だが鬼龍の目には、試験官たちの体表を緩やかに巡るオーラの流れが見えていた。試験官の方もヒソカとギタラクルという男、そして鬼龍の方をちらと見ると、察したような表情を覗かせる。
「……それじゃあ試験内容を説明するわね! あんたたちにはこれから、あたしらが要求するテーマに沿って料理をしてもらうわ!」
「オレは料理っていうよりこの森林公園に生息してるブタの丸焼きが食いたいだけなんだけどねー」
「でもあたしのはちょ〜っと厳しいかもよ? なんたってヤマト国が誇る名物食、スシを作ってもらうんだからね!」
ブハラの方だけを聞けば、そんなに難しくないなという声が多かった。今回のターゲットはグレイトスタンプという巨大な豚だが、この種は一般人には脅威でこそあれ、ここに来るほどの人間にとってはただの大きめの豚でしかなかったからだ。しかし問題は寿司だ。
唯一忍者姿の男はしたり顔をしているが、それ以外の受験者はほとんど全員がざわついていた。彼らには寿司とは何かが分かっていなかったのだ。
中にはスマホで寿司について調べようとする受験者も居たが、公園内に電波が通っていないことを知ると悔しがっていた。
メンチはパンッと両手を叩くと、大声で受験者たちに告げる。
「そんじゃ二次試験、開始ッ!」
⭐︎⭐︎⭐︎
ブハラが要求したグレイトスタンプを仕留めることについては、少なくない数の受験者が成功していた。ブハラも受験者たちが持ってきた豚の丸焼きにご満悦のようで、受験者全員に二次試験合格のお墨付きを与えてくれた。
「もう全員合格でいいんじゃない? みんな三次試験行っていいよ〜」
「ちょっとちょっと! まだあたしのが終わってないんだけど!?」
「あー、そんなのあったね」
「あったねじゃねーよ!! ほらみんな、さっさとスシ作ってよ! あたしもお腹ペコペコなんだからさあ!」
しかしそうは言われても、知らない料理を作れといって作れる者などいない。ヒソカでさえ顎に人差し指を当てて俯き、先ほどまで元気の良かった少年たちもため息をついて項垂れているほどだ。
そんな中、禿頭の男が一歩踏み出してくる。
「くくく……寿司だろ? んなもん余裕だぜ! ほらよ!!」
忍者風の男───ハンゾーが完成した寿司を見せる。メンチから見ても、ビジュアルだけは確かに寿司として完璧な造形を保っていた。
白髪の少年はそれを盗み見ようと、急にハンゾーとメンチの間に割って入ろうとする。もちろんライバルを増やしたくないハンゾーは割り込みを阻止しようと少年を押しのけるが、少年も諦めずぐいぐい迫る。
「な、なんで入れてくれないんだよ! ちょっとぐらいイイだろ!? 見せてくれよ!」
「見んな! 来んな!! おめーらに見せちまったらオレが不利になんだろが!!」
「いいじゃんケチ! ハゲ!!」
「そうだそうだ! ケチんぼはんたーい!」
「独占ずるいぞハゲ!」
白髪の少年に続き、丸帽子を被った薄青髪の少女とターバン帽を被った小柄な青年が揃って非難を浴びせてくる。
だがそんな小競り合いが起きている隙に、メンチはひょいっと寿司を口に放り込んでしまった。白髪の少年が絶叫する。
「あーっ! オレまだ見てないのに!」
「ざまーーーーーみろ!!! ぎゃはははははははははは!!!」
大爆笑するハンゾーの横で、もぐもぐと寿司を咀嚼するメンチ。
だんだんその表情が、険しいものになっていく。
「……マッズ!! こんなんじゃ到底合格なんて与えらんないわ! 今度からマトモなもん握ってきなさいよ、ハゲ!!」
メンチが激怒して言うと、ハンゾーはえっと驚愕する。
「いや、でもそれちゃんと寿司にはなってるだろ!? だったら……」
「お前は飯作って相手に出すのにマズくていいと思ってんのか? 不味くても見た目は同じだから質はどーでもいいとでも思ってるのか? 人生舐めてんじゃねーぞクソハゲ!!」
ハンゾーは言葉のナイフで滅多刺しにされると、がっくりと肩を落とした。周りはそれを見てプププと嘲笑する。
「……くだらん」
鬼龍は公園西部の丘陵帯を蛇行する渓流で、先んじて寿司に合う川魚を見つけ出していた。
その川魚はじっくりと焼き、塩を振りかけると鮎の塩焼きのような味がする上魚だった。もちろん多少炙って食すだけでも美味く、鬼龍もこれだと確信。
彼は肥った川魚をまな板の上に乗せると、腹開きし、内臓を全て除去してから水洗いする。そして小骨を可能な限り丹念に抜き取り、身を切って炙り刺しにすると、ほんの少し塩を振りかけてから酢飯の上に乗せた。
それをそのまま、メンチのもとに持ち運ぶ。
「おっ、オッサンもスシの作り方知ってんの? よかったら見せてくんない?」
白髪の少年が親しげに近づいてきて言う。
だが鬼龍は何も答えず、スッとメンチに寿司を突き出した。白髪の少年は不満そうな顔をしつつも、勝手に鬼龍の手元を見てくる。
「作ったぞ。食え」
メンチとその傍らに居たブハラが鬼龍をじっと見つめる。念能力者、それもフロアマスターだ。警戒するのも当然だった。
「まぁ、いただいてやるわ。どれどれ……」
はむっと口に入れ、もぐもぐするメンチ。
…………。
「んー………」
メンチは神妙な面持ちで考え込む。そして。
「……まぁ、ギリ及第点ね。味もそれなりに合う魚を選んでるし、魚自体も肉厚で悪くないわ。てなわけで、通っていいわよ」
なんと合格。その光景を見て、鬼龍以外の全員がどよめいた。
「お……おいおいマジか」
「あいつ、合格しちまったよ……」
「お、おいキリュウさんよ! オレたち仲間だろ? あの過酷なマラソンで一緒に走り切った仲じゃねえか! なあ!?」
「黙れ」
鬼龍はまとわりつき教えを乞おうとするトンパを払いのけ、ずかずかと前に進んでいく。
彼の態度からして、寿司の製法を公開する気はさらさらないようだった。忍者男は未だに傷心していて使い物にならず、他に寿司の握り方を知る者はいない。これでは他の受験生には打つ手がない。
周りが途方に暮れようとしたところで、白髪の少年が釣竿を持った少年に何か耳打ちする。釣竿の少年の顔がパッと明るくなった。
「へえ、魚を切り身にしてから酢飯の上に乗っければいいんだね! ありがとうキルア、助かったよ!」
「わーっバカバカバカバカ!! 教えるならクラピカとレオリオまでにしとけよお前っ!!」
少年が明かした情報は瞬く間に伝播し、やがて他受験者たちもまともな寿司を握り始める。全員早期脱落は避けたかったのもあり、情報共有は広範囲に行われた。これにて9割近い数の受験者が二次試験を通過することとなる。
ハンゾーも魚を厳選して何とか合格ラインを貰えたようで、ほぼ土下座めいたポーズでメンチにありがとうありがとうと連呼していた。
「くだらん……」
鬼龍はそんな光景を尻目に、独り三次試験会場へと歩いていった。