鬼龍は一度天空闘技場を降りて、地上の民間病院で治療を受けることになった。健康保険証がないので高額なジェニーを支払う必要はあったが、2億の資金があれば背骨の治療程度に気を揉むことはなかった。
「一週間でここまで治るとはねぇ……あんた本当に40歳か?」
年配の医師が訝しむように言うが、鬼龍は意に介さない。それとなく医師が診断結果を記録したPCを盗み見て、自身の状態が安定している───とされていることを確認する。
「そうらしいな」
「らしいってあんた、自分のことでしょうに」
「それよりもだ」
鬼龍は不自然に話を切ると、医師に問いただす。
「本当に他の異常はないのか?」
こうして問うたのにも訳がある。医師はこれ以上問題がないと考えているらしいが、鬼龍自身の感覚としては未だに違和感が残っていたからだ。
「ないよ。あんたが最近疲れやすいと思うのは、不全骨折の回復に身体が体力を使ったからだろ」
「…………」
「そんなに信じられないなら他の医師にも診て貰えばいいんじゃないかね? 診察代に色をつけてくれれば、どこにでも推薦状は書くよ」
「いや、要らん」
鬼龍はすっくと立ち上がると、20万ジェニーを事務机に置いて診察室を後にした。
⭐︎⭐︎⭐︎
鬼龍が天空闘技場の高層階ラウンジで煙草をふかしていると、背後から「もし」という声がかかる。
「……なんだ、お前は?」
「私はカストロという」
肩にかかる白い長髪に、穏やかな双眸。話しかけてきた男は一見優男という風だったが、しかし鬼龍は、その男の戦闘能力を一目で見抜いていた。
「闘技者か?」
「そうだ。普段は200階クラスで闘っている」
通常ならば大言壮語の類いと切って捨てるところだったが、優男が醸し出すオーラめいた何かを感じ取っていた鬼龍は、何の用かと顎をしゃくり上げた。
「大した用件ではない。ただ同じ念能力者のようだから挨拶でも、とね」
念能力者。カストロなる男が、あの巨漢が言っていたモノと同じ概念に言及していることに気づく。
(…………)
鬼龍は色々と考えた末、ハッタリで話を進めることにした。しかし虚実入り交ぜながら。
「……念能力か。俺も目覚めたばかりでいまいちよく分かっていないのだが、お前はなかなかに詳しいようだな」
「目覚めたばかり……いや、だろうな。オーラが無駄に漏れ出てしまっている、貴方には纏の修行が必要だ」
「纏」
纏、念、強化系。いったい念能力というのはなんなのか?
謎が尽きない。
「どうかな? 私も将来有望な闘士がみすみす死ぬのを見たくはない。よければ四大行……の発以外であれば、伝授してもよいが」
鬼龍は他流派であろうと邪道だろうと、身につけられるものは誰からでも身につける主義である。相手は歳下の優男だが、それを理由に下らぬプライドで拒むほど小さな男ではない。
「ならば頼もうか」
「承った。さっそくベランダにでも行こうか」
⭐︎⭐︎⭐︎
その後、鬼龍とカストロは互いに技術を教え合った。
鬼龍がカストロから学ぶところは多々あったが、カストロも練と虎咬拳の合わせ技を参考として見せると、鬼龍が改善点を指摘する光景も見られた。双方が双方、実のある修行体験を過ごした形だった。
そうして数時間後、ベランダの一角。
鬼龍はブラックコーヒーを、カストロはミネラルウォーターを口に含みながら、ベランダに併設されたベンチに隣り合って座っていた。
「ミスター鬼龍は絶が苦手のようだな。気を抜いた途端、自然と殺気が漂ってしまっている」
「殺気か。ここしばらく抑えようとしたこともなかったな」
「相手の裏をかくには絶と隠の技術が要る。私も隠は完璧に出来ているわけではないし、偉ぶってあれこれと言えないが、絶に関しては必ず役に立つ時が来る。修得しておくに越したことはない」
「覚えておこう」
ぶっきらぼうな言い方だったが、カストロとしてはそういう人間もいるだろうとさほど気にしている様子でもなかった。むしろ彼が気になっていたのは、鬼龍の使う技。
「ところで、話は変わるが……貴方の灘神影流という拳術? は凄まじいな。どこで修めてきたんだ?」
「ふん、それは企業秘密というもの……というには、あんたには借りがあるからな」
静虎は外部に技術を流出させることを嫌ったが、鬼龍は悪魔王子やボリスやリカルド、清丸などに灘の技を教えてきた過去がある。そのためそういった秘匿の意識は皆無に近い。
灘の技が暗殺武術であること、しかし正式には活殺術なので活かすも殺すも自在の万能性を持つことなど、大要をカストロに説明していく鬼龍。
「……私にも教えて貰えないだろうか?」
カストロは聞いているうちに灘の技の数々に心惹かれたようで、興味津々といった風に訊いてくる。
「構わん。手始めに着衣している服を攻防ともに転じられる技、硬布風車と脾腹蹴りという蹴り技を教えよう」
「可能であれば、拳を使う技の方がありがたいのだが……」
申し訳なさそうに言うカストロ。
「あんたに足りないのは虎咬拳以外のサブウェポンだ。虎咬拳そのものは高いレベルで完成している、後はそれを補う技術さえ獲得すれば更なる飛躍を遂げられるはずだ」
「そうか……いや、分かった。その通りにやってみよう」
ともに強くなりたいという志は同じ。出会って短い間柄の彼らだったが、技術交流を通して、それぞれの良さを吸収しながら高みを目指していこうと協力関係を結んだ。