俺の弟子が俺の彼女を寝取った挙句、俺の尊厳破壊してくるんですが……?復讐するけど大丈夫?〜黒蝕を纏いし英雄は復讐の果てに何を見る〜 作:αβ-アルファベータ-
王都の――日光も届かない暗闇に佇む、ルクレツィアの館。妖艶な香水の香りが漂う一室で、ルクレツィアは姿鏡に映る自身の姿を眺めながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふ……順調ね、レオン。君のシナリオ通り、シディスもエリスも、そしてヴァルター男爵も……みんな私の差し出した毒皿に食らいついているわ」
テーブルの上には、シディスに買わせた『偽魔力結晶』の対価として、ヴァルターがギルドの公金から横領して流した大量の「王室金貨」が積み上げられていた。
ルクレツィアは愛おしそうに金貨の山を撫で回すと、その瞳に冷酷で計算高い「闇市の支配者」としての光を宿した。
「でもね、レオン。……君は少し甘いわ」
シディスやヴァルターが潰れるだけでは、ルクレツィアにとっての利益は金貨数百枚程度で終わってしまう。
しかし、レオンの『黒蝕』の力でシディスやヴァルターを絶望に追い込みつつ、裏でヴァルターの弱みを握って彼を自分の『傀儡』として残せば、王都の冒険者ギルドと裏社会の物流をすべて自分が手中に収めることができる。
(そのためには……レオン、君にはもう少しだけ『シディスたちとの戦い』を続けてもらわなければ困るのよ。あっさり復讐を終わらせて、君がどこかへ去ってしまってはつまらないでしょう?)
ルクレツィアは影の中に潜む手下の刺客へ、冷たく命じた。
「……シディスに連絡を入れなさい。『結晶の真の威力を引き出すための触媒』と称して、別の禁術の薬(ポーション)を渡しなさい。それと……エリスがアルドに近づいている件、シディスに匿名で漏らしなさい」
「御意、ルクレツィア様」
レオンの計画は「式典でのシディスの自滅」だった。しかし、ルクレツィアが裏でシディスに「想定以上の過剰な力」を与え、さらにエリスの浮気を教えて嫉妬と狂気を煽ることで、レオンの描いていたシナリオは破綻へと向かい始めていた。
◇◆◇
その頃――王都の高級酒場。
店内は、クエストを終えた荒くれものの冒険者たちで熱気に満ちていた。その一角、豪華な革張りのボックス席に座っていたのは、Aランクの剛剣士・アルドだった。
「おいおい、エリス。俺に何の用だ? お前は坊主《シディス》の女だろ」
アルドはジョッキのビールをあおりながら、目の前に座る美女を胡散臭そうに見つめた。エリスは肩をすぼめ、可憐で悲しげなヒロインを演じるように涙を浮かべた。
「聞いてください、アルドさん……! シディス様は……シディス様はもう変わってしまったんです! 怪我の焦りから怪しげな薬に手を出し、私に暴力を振るうようになって……私、もう恐ろしくて……っ!」
エリスはドレスの袖を少し捲り上げ、シディスにつけられた薄い痣を見せた。(実際は自分で転んだときについた傷だったが、エリスはそれを巧みに利用した。)
「アルドさん……私を助けてください! 貴方のような強くて頼もしいお方なら、私をシディスから守れるわ……! 私、貴方のためなら……何でもします……!」
エリスは上目遣いでアルドの手に自分の柔らかい手を重ね、豊満な胸を押し当てた。
シディスが見込み違いなら、次のパトロンとしてこのアルドに乗り換える。それがエリスの生き残り戦略だった。
だが――
「……正直、反吐が出るぜ」
アルドは鬱陶しそうに、エリスの手を払いのけた。
「……っ!?」
「お前、レオンを裏切った時もそうやって取り入ったんだろ? 『シディス様が凄いの』って鼻高々に自慢しておいて、シディスが落ち目になったら次は俺か? 寄生虫以下の女だな、お前は」
アルドの容赦ない暴言に、エリスの顔が赤く染まる。
「な、何言ってるのよ!? 私は被害者なのよ!? レオンだってシディスだって、勝手に自滅したんじゃない!!」
「黙れ。俺はな、レオンの実力を知ってるんだ。あいつがいた頃のパーティーは、どんな難関クエストも全員無傷で帰ってきた。それをお前らが追い出して……挙げ句にこのザマか。お前に貸す肩なんてねえよ。失せな」
アルドが立ち上がり、冷たく言い捨てて店を出ていこうとした。
――その時だった。酒場の重厚な木製の扉が、外側から吹き飛んだ。
「きゃああああっ!?」
悲鳴を上げて逃げ惑う客たち。
舞い散る木屑と煙の中から現れたのは、右腕に気味の悪い黒紫色の血管を浮かび上がらせ、血走った目で剣を握りしめたシディスだった。
「見つけたぞ……エリス……ッ!!」
「シ……シディス……!? な、なんでここに……!?」
エリスの顔から血の気が引いた。
シディスの背後には、ルクレツィアから与えられた「禁薬の瓶」が転がっていた。
ルクレツィアの仕込みによってエリスの浮気(乗り換え)を知ったシディスは、怒りと激術のあまり、まだ未完成の禁薬と『偽魔力結晶』の力を同時に開放してしまったのだ。
「僕を捨てる気か……!? 僕がSランクじゃなくなったら、用済みだって言うのかぁぁぁっ!!」
「ち、違うの! 私はアルドさんに話を聞いてもらっていただけで――」
「死ねぇぇぇっ!!」
狂乱したシディスが剣を振り下ろす。ポーションと黒蝕の偽結晶が引き出す異質な魔術波が、酒場全体を切り裂く。
「くっ……!? 正気じゃねえぞ、あの野郎!」
アルドが大剣を抜き、シディスの撃ち下ろしを受け止めるが、その異常な筋力に押し込まれ、足元の床板がバキバキと砕け散った。
(な、なんだこの馬鹿力は!? 右腕が潰れていたはずじゃ……!?)
◇◆◇
同じ頃、酒場を見下ろす屋根の上にて。
黒いローブを纏ったレオンと、その側に立つシェラ、そして白銀の鎧を纏ったシルフィアがその光景を目撃していた。
「……おかしい」
レオンは眉をひそめた。
「シディスのあの魔力……俺が渡した『偽魔力結晶』の反応だけじゃない。体内の魔力回路が、想定の倍以上の速度で異常加熱している。……誰かが裏で、別のポーションを与えてシディスを暴走させている」
「なんですって……!?」
シルフィアが碧眼を見開く。
「レオン様の計画では、来週の式典でシディスが公衆の前で崩壊するはずでしたよね!? 今ここでシディスが暴走して街で大暴れすれば、騎士団が出動してシディスは即座に討伐・拘束されてしまいます!」
「そうよ……! それじゃあ、シディスとエリスをじわじわ追い詰める計画が台なしじゃない!」
シェラも不機嫌そうに叫ぶ。
誰かが、レオンの計画を上書きし、シディスを「狂戦士」に仕立て上げようとしている。
(その代わり……復讐が終わったら、君のその『黒蝕』の力、私にも少しだけ
(まさかルクレツィア…………!?)
レオンの脳裏に、あの女商人の顔が浮かんだ。あいつは自分すらも利用して、王都の混乱と利益を貪ろうとする闇の女帝だ。
「……思惑が外れたか」
「レオン様、どうされますか!? このままでは酒場の人間やアルド殿が巻き込まれます!」
シルフィアが剣に手をかける。
レオンは瞳に暗い火を宿した。
「……予定変更だ。ルクレツィアの介入で狂ったなら、その狂った盤面ごと……俺の手でねじ伏せる!」
レオンは屋根から飛び降り、暴走するシディスと絶望するエリスの待つ酒場へと躍り出た。
予定は狂わされたが、それは同時に――レオンと『黒蝕』の力が、裏で糸を引くすべての悪意を飲み込む「予測不能の激動」の幕開けでもあった。