――これは本気でマズイことになった。
幾度目かわからない言葉を心の中で並べながら、彼はルグニカ銅貨を指で弾いた。前も似たようなことをしたな、と感慨に浸りつつも、当時とはやはり違う景色にため息を一つ吐く。
「いやいやいや、二回目の異世界召喚とかありか?」
二回目の異世界召喚がただの妄想であることを願いつつ、目の前にいる女性にお辞儀を一つ。理由は明白、挨拶とはコミュニケーションの第一歩。それを怠るなんて真似はあってはならないのだ。
彼は指を一本、天へと掲げ――
「俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧にして天下不滅の無一文――じゃないことを願ってるエミリアたんの一の騎士!!」
唐突な自己紹介に、蒼白の司書は首を傾げていた。
*
ナツキスバルはエミリアの騎士である。
その肩書がこの世界で通用するかは判らず、それどころか元の世界でも役に立っていたかは怪しいが、彼にとって己を誇る称号であることに間違いはない。
紆余曲折、何重にも曲がりくねって元の道に戻り、またも奇怪な道に迷い込み、元の道に戻り、見知らぬ道に迷い込み、そうしてようやく得られた称号だったのだが――
——その結果が転移……もはや自分で言ってて意味わかんねぇな。……って前もこれやったか?
スバルはもう何度目になるかわからないため息をつき、何故こうなったのかを再確認する。確か、あれはロズワール邸でのことだったはずだ。
「何時にも増して今日は快晴! 日々に感謝雨霰! んじゃ今日も今日とて——」
「「「ヴィクトリー!!」」」
そう、その日は快晴だった。
ラジオ体操に並ぶメンバーが以前より増えたな、程度しか考えていなかった。何とも普遍的な日だったはずだ。
異常が起きたのはラジオ体操の後、新しくなった自室だったはずだ。
気が付くと懐の中に手紙が一枚入っていたのだ。その後、正体不明の手紙を傍らにいたベアトリスと一緒に読み始めた所までは覚えている。
『図書館への招待状。
あなたをゲストとして招待します。
図書館の本はお望――
知識、財産、名誉――
しかし図書館には――
試練を乗り越えら――
アンジェラより。受取人ナツキスバル』
手の込んだ悪戯だな、と思った。
たったそれだけで、後は犯人探しに興じるつもりだったのだが……ベアトリスが「サインの……文字は書けるのかしら?」などと言い出したのだ。当然、スバルは己の成長と達筆ぶりを見せつけようとして、まんまと署名してしまい――
*
なるほど、そういうことらしい。
相変わらず、蒼白の司書――アンジェラは、不可解そうに首を傾げていた。
「? ……歓迎しますゲストのお方。私はこの図書館の館長兼司書のアンジェラです」
「マジか、俺ありえねー……」
「ゲストのお方?」
何という奇天烈な方法で来てしまったのだろう。
後悔しても時すでに遅し、周囲は木造のルグニカでは見られないモダンで荘厳な建築になっている。
「アンジェラさん、でいいよな? 一先ず、これからよろしく……と言いたいところなんだけど。俺、間違ってここに来ちゃったっぽくてさ、帰る方法ってあったりする?」
「その扉を潜れば、元の世界には戻れますよ」
「『には』って、なんか不穏な言い方……」
「ご安心を。ただ、本が得られないというだけの話ですから」
「……本」
本。
あの手紙には知識や名誉やら、やたら豪勢な単語で飾り付けられていたものだ。正直に言えば惹かれないこともないのだが……。
——試練を乗り越えられれば。
その言葉に、嫌な予感が頭をよぎる。
異世界に来てから何度も痛感させられたことだ。ヤバそうな方に舵を切ると大抵ろくな目に遭わず、それどころか、マシそうな方を選んだつもりでも大惨事になる。帰還用の扉というのも真っ赤な嘘で、第二のトラップである可能性すらあり得るのだ。
「……あれ? ってことはどっちを選んでも詰んでね?」
「……?」
なればなるほど。一度だけその試練というのを覗いてみるのも手かもしれない。謎解きなら得意な方だし、最悪の場合の保険だって存在する。その保険はできることなら使いたくないと切に願うのだが……。そうだ。その状況になったところで、逆に元の世界に戻れるという可能性すらあり得る。いや、そんな方法で能力を扱いたくはないけれど——
「——よし、決まりだ。アンジェラさん、その試練ってやつに案内してくれ!」
試練へと続く廊下を歩いている時のことだった。
蒼白の司書を横目で見やりながら、スバルが口を開く。
「ちなみに試練って何をすればいいかんじですかね? クロスワードなら大得意、謎解きでもモーマンタイですよ、俺」
「以前、本で読みました。試験の内容をあらかじめ明かす監督官はいない、と」
「……教えてくれないってことね」
「……一つだけ。想像しているような内容ではないとだけ、断言しておきます」
その言葉に嫌な予感を覚えるスバルだったが。
「なるほど、ね。……根気との勝負にならないことを祈る。もう何度も同じ目にあうのは嫌だ」
スバルがその単語を吐いた瞬間、蒼白の司書の頬がピクリと震えた。
「何度も同じ目に?」
「ん? あぁ? 俺の人生にも色々あったわけですよ。それはもう何度も何度も同じような苦痛を……」
「それは……」
スバルは禁忌に極力触れないよう警戒しながら言葉を紡ぐ。
案外、もう心臓を揉み潰されてもおかしくない――と、スバルはそこまで考えを巡らせ、脚が止まった。
どうやら試練の場へと到着したらしい。豪勢な扉が、スバルを待ち構えていた。
「ゲストのお方、一つだけ質問があります」
「なんでも答えますよ。好きな食べ物だって恋バナだって何でもカモン。ちなみに食べ物はマヨネーズで、恋をしてるパーフェクトでキュートな女の子の名前は――」
蒼白の司書は、スバルの言葉を容赦なく遮る。
「同じ苦痛を味わい続けた相手を……あなたは最後にどうしましたか?」
蒼白の司書自身も、なぜそのような問いが自分から出たのかを理解できていない。
ただ、ひとつ理解できるのは、目の前にいる男への疑問だけだ。
「それは一概には言えませんけど……うーん、そうですね。友人になってますよ」
「は……?」
「あー、いやストップ! 友人になってない奴もいますからね!? そこ重要! てか人間かも怪しいし。死んでなかったらもしかしたら……いや、友人に腹切られるのは流石にか……?」
蒼白の司書は、意味不明な言葉の羅列をそこまで聞き届け、一つの結論を出した。
——この人は、私と同じ苦痛を味わっていない。
言葉の表面が似ているだけで、内に秘めたものが全くもって違うのだろう。
実際、それは当たらずとも遠からずといった具合だ。100万年の時間も、苦痛に満ちた死に戻りも、それは近いが確実に違う。互いがそれを打ちとけることができたのなら、あるいは——否、そのような事をしても、魔女が心臓を潰すはずだ。
蒼白の司書は静かに瞳を閉じ、祈りを紡いだ。
「……どうか、あなたの本が見つかりますように」
*
結論から言おう。
――決着がつくまで、一分も必要としなかった。
扉を潜った先に待っていたのは、『赤』だった。
その人物は巨大な『赤』を片手に携えており、一目見ただけで、それが命を奪うためだけの道具なのだと理解できる。血のように紅いダスターコートを身に纏い、ただこちらを値踏みするように睨みつけていた。
スバルはそれを見た瞬間――
――あ、選択間違えたわ。
と、積み重ねてきた経験から一瞬で理解した。
恐らくあれは、ラインハルトと似たような領域の生命。化け物じみた人間――いや、化物そのもの。
「お、俺の名前はナツキスバル! とりあえず、自己紹介から始めて——」
その後、ナツキ・スバルは一分近く喋り続けた。
「エミリアたんって超絶可愛い女の子がいて!」
「お前と似たような赤い頭の奴を俺は知ってて!」
「てか、そもそも俺たち戦う意味なんて――」
和解を目指せば、もしかしたら希望が見えるかもしれない。それを信じて、ただひたすらに言葉を紡ぎ続けたのだが――
「……ああ、じゃあ行くか」
一言。
それを吐き捨てた瞬間だった。
次の瞬間、『赤』は距離を詰め、スバルの懐へと肉薄する。
赤いダスターコートが宙に揺れる様は、まるで赤い霧のようだ――などと、吹き飛ばされながらスバルの脳裏を言葉が過る。
豪快に地面を転がり、なんとか立ち上がろうと頭上を仰ぎ見る。
視界に映ったのは、赤い眼が埋め込まれた大剣――それが今まさに、己の頭上から振り下ろされようとしている瞬間だった。
「
詠唱の途中で途絶えた言葉。
直後、腹部から撒き散らされた鮮血は、まさに『赤い霧』そのものだった。
――その決着の内訳。
時間にして、約一分。
スバルの必死の口舌に一分。
そして、実際の戦闘時間は十秒にも満たなかった。
*
赤い霧との連戦が始ま————らなかった。
スバルは腹部を切られ死亡した。当の本人は幾度の経験から死を確信したし、あれを見た指定司書も司書補も全員が等しくそう確信したはずだ。
なら、スバルにとって唯一にして最強の権能が発動する。
発動する、発動する、発動——
「————?」
景色が違った。
どこに戻るのかすら不明な死に戻りだ。運が悪ければあの聖域、運が良ければ図書館に来る直前の自室だろうと踏んでいたのだが——そこは——ルグニカじゃない——図書館でもない——新ロズワール邸でもなければ——赤女もいなく——ベアトリスもいない——なら——ここは——
「どこだ、ここ」
ポツリと漏らした言葉は、周囲のどす黒い喧騒にあっけなくかき消された。
困惑しながら周りを見渡せば、そこがどこかの街の一角であることくらいは理解できた。だが、それはルグニカなどでは断じてなかった。
「こんな、場所じゃない」
日本人の感覚から見れば、ルグニカも十分に治安が良いとは言えない世界だった。言えない世界だったが――街の人間が、路上で当たり前のように死体を切り開いているような地獄ではなかったはずだ。
スバルはそんな狂気の一幕を呆然と眺めながら、震える声で同じ問いを繰り返すことしかできない。
「どこだ、ここ」
ナツキ・スバルの都市生活が、いま、ゼロから始まった。
この世界ナツキスバルへのアンチピックが多すぎる。
大体WとTが悪くて、次点でLとC、最後にAいつが悪い。
スバル君はコアペ運用されてたんじゃないかな。