楽しみにしてくださっているかたがたがいると実感できてると、こんなに筆が進むものなんですね。
楽しんでいただけたら幸いです。
「いやあ、お久しぶりですな、ヤン大統領」
「お久しぶりです、リョーツナッハ提督。モニター越しではなく、こうして直にお会いするのはいつぶりだったでしょうか」
「ワシ……小官はイゼルローン要塞にはちょくちょくお邪魔してますが、ヤン大統領のおられるエル・ファシルへは意外とお伺いする機会がありませんからな」
「わたしがイゼルローン要塞に腰を落ち着けてしまうと、無用の心配をするのが大好きな連中を刺激してしまいますからね……」
「あれだけ軍のシビリアンコントロールに腐心されたというのに、まだそんなことをいう連中がいますか。ヤン大統領も気苦労のたねがつきませんな」
「わたしが大統領である以上、シビリアンコントロールなど有名無実なんだそうです。どうしても彼らはわたしを独裁者あつかいしたいらしい」
「いっそのこと本当に独裁者になるにしても、辞任をなさるにしても、いつでも相談にのりますよ」
「そのときは頼りにさせてもらいますよ」
自由共和連邦初代大統領と銀河帝国中将がなごやかに歓談しているのは、エル・ファシルでもハイネセンでもなく、惑星フェザーンである。ここはホテル・シャングリアのパーティー会場。皇帝ラインハルトと皇妃ヒルデガルドが挙式した場として名をはせる会場である。
そして、明日からは、ホテル・シャングリアは皇帝ラインハルトと皇妃ヒルデガルドが、そして銀河帝国元帥キルヒアイスと大皇妃アンネローゼが挙式した場として名をはせることになるであろう。
「やっとローエングラム王朝の華燭の典におよばれされることになりましたよ。ハハハ」
角刈りの提督は陽気にわらった。
「キルヒアイス、これからは、おまえのことを兄上と呼ぶべきだろうな。今後ともよろしく」
ラインハルトが定番の冗談を口にして、キルヒアイスがあわてる。
そんな様子をながめやって、ミッターマイヤー元帥とリョーツナッハ中将が笑顔をかわした。
「様式美というものも捨てたものではないな」
「まったくですな」
よどみなく受け答えしながらも、リョーツナッハの目線は料理や酒に向きがちであった。
「すこしは慎みというものを身に着けてほしいものだな。まさか、この祝賀の席で意地汚く暴飲暴食をするつもりか? ここで醜態をさらされては、卿のみならず軍全体の品格が疑われる。それではこまるのだ。卿ひとりが大恥をかいて済む話ではないのだからな」
慶事にそぐわぬ冷酷な声音ではなしかけてきたのは軍務尚書オーベルシュタイン元帥である。
「ご心配には及びませんな。ワインボトルの一本や二本、小官にしてみれば飲むのではなく、なめるも同然。で、あります。オーベルシュタイン元帥閣下」
その喧嘩、買った。腫れぼったいまぶたでかたちづくられた三白眼が、そう語っていた。
造作もない。意地汚い輩は簡単に釣り針にかかる。そう言いたげに、オーベルシュタインの義眼が名状しがたい光を放った。
親衛隊副隊長ユルゲンス大佐は「鉄の胃袋」の異名をもつという。もしも自分に他人と杯を酌み交わす機会があったならば、自分の異名には「鉄の肝臓」が加わっていたであろう。
オーベルシュタインはそう自負していた。この公の場でリョーツナッハを酔い潰し、醜態をさらさせ、当分は自重せざるを得ぬようにしてやろう。そう目論んでいた。
……オーベルシュタインらしからぬ失態であった。
敵を知り己を知れば百選危うからず、という。今回、オーベルシュタインは敵も自分も正確に把握していなかったのである。
並みの酒豪ならばたやすく酔い潰したであろう。しかし、リョーツナッハは並みの酒豪ではなかった。
オーベルシュタインは、いくら飲んでも酔い潰れたことなどなかった。しかしそれは、自分の限界を把握していないということでもあるのだ。
まったくもって、オーベルシュタインらしからぬ失態であった。
「……だからなあ、けえは考え無しだとお、なあ、いうのだあ。けえがゴーダ・チーズとグリュイエール・チーズと……ええと、いろんなチーズまみれにした新築の皇宮……ああ、そうだ獅子の泉だあ。獅子の泉をう、誰が修繕したとおもう? けえではないよな? けえでないのはあ、わかってるよな? だいたい、なにがどうなったらあ、獅子の泉がチーズ・フォンデュにい、なるのだ? いやいやいやいや、いわんでいい。どうせろくでもないことをたくらんでえ、いたんだろ? いや、なにもかんがえてないんだったか?」
とんでもないことになったぞ。リョーツナッハは困惑した。冷酷冷徹の軍務尚書殿も結構イケるクチだな、と思っていたのだが、限界が来るのは突然であった。
「だいたいだなあ、正論をいってえ、なんできらわれなきゃあ、ならんのだ? ん? どいつもこいつも脳筋ぞろい。芸術家きどりに、皮肉屋きどったスネちゃままでいる。苦いとわかりきっていても正論を言わなきゃ、どうにもお、こうにもお、まわらんだろがい。ん? ん? ん? 耳にするのもお、苦い言葉はなあ、口にするといっそう苦いんだぞお?」
「めでたい席ですし、まあ、そのへんで……」
「そのへんってのはあ、どのへんだあ? いってみろ、ん、どのへんだ?」
「ふう、えらい目にあった。鉄面皮のしたには、ずいぶんと鬱憤をためこんでたんだな」
べろんべろんのオーベルシュタインをどうにかロイエンタール元帥に押し付けて、リョーツナッハはお手洗いに逃げ出した。
後日のことになるが、ミッターマイヤーとロイエンタールとビッテンフェルトは、オーベルシュタインへの人あたりが、多少ではあるが、まるくなったという……。
「あっ、いたいたリョーさん!」
お手洗いから出てきたリョーツナッハに声をかけてきたのは、丸顔の副官、テラインタールであった。
「おい、どうした。軍人で招待されてるのは将官以上のやつだけのはずだぞ」
「だって、リョーさん、携帯端末を置いて行ったから連絡が……」
「そりゃそうだろう、あそこで着信音でも鳴らしたら、とんでもないことになるぞ」
「だから、こうして直接きたんじゃないか」
「とにかく、何を連絡しにきたのか、いえよ」
「それが……」
「なになに……、げーっ!」
角刈りの提督の顔から、血の気が引いた。
時間はひと月ほどまえにさかのぼる。
「そうかあ。サイゴウアーのヤツもついに結婚するか」
「それも、式場はホテル・シャングリアだってさ」
「ほーっ、張り込んだな。一般人でもつかえるけど、かなりの高級ホテルじゃないか。今度、キルヒアイス元帥もそこで式を挙げられるんだろ?」
リョーツナッハ艦隊所属の陸戦隊長の結婚報告に、リョーツナッハは色めき立った。この男は、祝い事やお祭り騒ぎに目がないのである。
「ようし、結婚祝いにウエディングケーキをプレゼントしてやろう。そうだな、キルヒアイス元帥と同じヤツを注文するか」
さらに、リョーツナッハはサイゴウアーの結婚式の前日に、ホテル・シャングリアの小ホールを借りることにした。独身最後の日を男たちの乱痴気騒ぎで送り出してやろうというのである。
「おもしろいことを思いついたぜ」
「おもしろいこと? へんなことじゃなくて?」
「独身最後の日パーティにもな、ウエディングケーキを出すんだよ」
「それがおもしろいこと?」
「はなしは最後まできけよ。そっちのウエディングケーキにはな……」
「……で、ヤバいほうのウエディングケーキが間違ってこっちに配送されたんだな!」
「そうなんだよ!」
「なんだってそんなことに……いや、そんなことをいってる場合じゃない!」
時間は戻り、キルヒアイスの結婚式場。
血相を変えてリョーツナッハとテラインタールが廊下を全力疾走していた。
厨房へと駆け込む。
そこにはひとつのウエディングケーキが鎮座していた。
「ま、間に合った……」
「よかった、あのウエディングケーキはまだ届いてないみたいだ」
ふたりはその場にへたりこんだ。
「あの……」
ひとりの給仕が話しかけてくる。
「なんだ?」
「なにかあったんですか? だからこっちの予備のウエディングケーキを取りに来たとか……」
「予備?」
「違うんですか? 同じのがふたつ並んでいたから、てっきり……」
「なに!」
リョーツナッハは飛び起きた。ウエディングケーキに駆け寄る。
「ヤバいほうのケーキなら、中は空洞になっていて、ケーキが乗っているワゴンの下から出入りできるようになっているんだが……」
「どうだい、リョーさん?」
「……ふつーのウエディングケーキだ……」
「まずいよ、リョーさん!」
「もう一個のウエディングケーキはどこにいった!」
「ウエディングケーキなんだから、当然、結婚式会場に……」
給仕が話し終えるのを待たずにリョーツナッハは駆け出していた。
「ヤバい! ヤバい! ヤバい! 間に合え!」
会場に駆け込んだリョーツナッハが見たのは、二つに割れたウエディングケーキのなかから飛び出してセクシーポーズをきめるバニーガールのすがたであった……。
見渡す限りの雲海を貫いて、艦が飛び立つ。
一隻ではない。
純白の宇宙戦艦と真紅の宇宙戦艦が、互いを気遣うような、互いを励ましあうような軌跡を描いて空をかけあがってゆく。
蒼穹はやがて星々の海へと変化する。
二隻の宇宙戦艦はたったひとつの星をめざして、同じ星をめざして…………星じゃねえな、コレ。輸送戦艦のエンジン噴射光だ、コレ。
「すみません、わざとじゃないんです!」
「……………」
「式をめちゃくちゃにしたのはホントに反省してます!」
「………………」
「あの、せめてなんかいってください!」
「…………………………」
かくして、ブリュンヒルトとバルバロッサがカメアリーンを無言で散々に追いかけまわすことになったのであった……。
「ふたりとも、そのあたりで許してあげたらどうかしら」
「アンネローゼさまが、そういうのでしたら」
「姉上が、そういうのでしたら」
超光速通信で二人をなだめるアンネローゼを、聖女を見る目でヒルダがみていた。
ちなみに、久しぶりに二人で一戦したラインハルトとキルヒアイスは、ひどくスッキリした顔をしていたことを追記しておこう。