消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
今日は『1号くん』のところへ行き、定期実験を行う日だ。
この実験日は月にたった1日半しか設けていない。
なぜなら、ベスター市のような人口が万単位でひしめく大都市の近くや、腕利きの魔法使いに探知されるような場所に1号くんを置いておけるはずがないからだ。
だから毎回、馬をレンタルして半日かけて走った先の、人里離れた深山に彼は寝かせてある。
何もない街道の途中で馬を木に繋ぎ止め、俺は【生命探知】の反応だけを頼りに、暗闇の森の中へと踏み込んでいく。
「よし、居るな。おーい、暗い内にサクッとやるぞ」
(はーい。)
脳内に返ってきたのは、のんびりとした1号くんの応答だ。
前回の訪問時に木々をなぎ倒して作った獣道を、彼と一緒に歩く。今回の実験内容も、道中の脳内通信ですでに伝えておいた。どうやら彼なりに準備を進めてくれていたらしい。
「結構、モノになったらしいじゃないか」
(そうだよ。がんばった。)
俺たちがやって来たのは、大きな岩がむき出しになり、大小の石ころが転がる開けた岩場だ。
「じゃあ、練習の成果を見せてくれ」
俺は近くに落ちていた拳サイズの石を拾い上げ、1号くんの肉壁に押し当てた。
ズブズブと、石が肉の中にめり込んでいく。吸収しているのではない――装填(ロード)しているのだ。
ビュッ! ――ガァーン!!
次の瞬間、猛烈な風切り音と共に石が射出され、遠くの岩塊を粉砕した。
1号くんは巨大な肉の塊だ。ならば、落ちている石などを肉圧や構造で弾丸として射出(遠距離攻撃)できないかと考えたのが今回の実験だった。
詳細な構造は本人に任せていたのだが、彼が辿り着いた最適解は『投擲専用として、筋肉と骨だけで構成された特注の腕を生やし、野球ボールのように投げる』というスタイルだった。
最初、俺が提案した「体内におさめてから大砲のように肉圧で発射する(砲丸投げ方式)」だと、速度が出きらないらしい。
「関節と腱のシナジーを使った投擲の方が速い」と、体を管理している本人が言うのだから間違いないのだろう。
「うわ……エグいな、おい」
着弾した崖に駆け寄り、惨状を目にした俺は思わず引きつった声を漏らした。
投擲された拳サイズの石自体は、あまりの衝撃に耐えかねて跡形もなく粉砕されていた。だが、その代わりに硬い岩壁には、めり込むような見事なクレーターが穿たれていたのだ。
石が砕け散るほどの運動エネルギーをそのまま岩盤に叩きつけたということだ。初速は間違いなく音速を超えている。
こんなものを生身の生物が喰らったら、防具ごと肉体をすり潰されて即死――どころか跡形もなく霧散するだろう。
「……生物版の重戦車の完成だな」
(えへへ、ほめられた。)
脳内に響く1号くんの誇らしげで無邪気な応答を聞きながら、俺は冷や汗を拭った。
自分発案の実験とはいえ、森の奥深くに恐ろしい怪物を生み出してしまった実感がジワジワと湧いてくるのだった。
◇
実験が終わる頃には、すっかり夜も更けて深夜になっていた。
俺はそのまま、1号くんの肉壁に包まれて一夜を明かすことにする。
なにせ、人里から半日離れた山奥だ。寒さや魔獣を防ぐ寝具やテント、水と食料をフルセットで持ち込もうとすれば、ただのレンタル馬ではあっという間に重量オーバーになってしまう。無駄な大荷物を載せて馬を潰すわけにはいかないのだ。
その点、1号くんの中に潜り込めば完璧だ。
この圧倒的な巨体と分厚い肉壁の中は、極上の保温効果があり、外の寒風も一切届かない。そんじょそこらの野生の魔獣が襲ってきたところで、1号くんの防護力ならかすり傷すら負わないだろう。これ以上なく安全な野宿シェルターである。
(……まあ、さすがに1号くんから直接『栄養(養分)』をもらうのだけは、生理的に気が引けて無理なんだけどな)
だって、こいつのベース(原材料)って、そこらへんに転がっていた『死体』をかき集めて合成した肉塊だし……。
自分の体内で実験室として稼働させておいて今更だが、いくら【細胞操作】で完全無菌化・精製されているとはいえ、死体由来のスープを口から(あるいは点滴で)体内に取り込むのは精神的に無理だ。
俺はリュックから持参した素朴な干し肉とパンを取り出して噛み締めながら、ぬくぬくと温かい1号くんの体内で静かに目を閉じたのだった。
◇
朝を迎え、俺は1号くんの体内から這い出すと、繋いでいた馬のところまで戻ってベスター市への帰路についた。
揺られる馬上で、俺は早くも『次の実験』のアイデアを巡らせていた。
「昨日の投擲(物理攻撃)は完璧だったが……やっぱり、万が一の大群相手や広範囲を制圧できる攻撃手段も欲しいよな。……あ」
その時、ふと脳裏に極めて悪魔的な閃きが走った。
1号くんの肉体は、元を正せば放置された人間の死体や動物の肉をかき集めて合成したものだ。
ならば――腐敗の過程で発生した、ヤバい細菌やウイルス、病原体の類いを大量に保持しているはずではないか?
すぐさま脳内通信で1号くんに確認を入れる。
(うん、持ってるよー。コレラっぽいのだとか、腐肉の毒素とかいっぱいあるー)
やっぱり持っていた。
「……これ、1号くんの表面にある細孔や一時的に作った高圧噴射口から『霧状(エアロゾル)』にして撒き散らしたら、最強の生物兵器になるんじゃないか?」
風下にいる敵集団、あるいは洞窟や拠点に引きこもる敵に対し、無音無臭で致死性の細菌兵器を大量散布する。
魔法のバリアや物理装甲を誇る相手であっても、呼吸器官や粘膜から侵入する病原体には抗えないはずだ。
もちろん、パンデミック(大流行)を起こして自分が住む街まで滅んでしまっては元も子もない。
散布してから数時間で自動的に遺伝子が崩壊して死滅する『タイマー付き病原体』に1号くんの中で遺伝子改造させ、同時に俺自身にも完全な抗体を作っておけばリスクはゼロだ。
「よし……決まりだな。次の実験テーマは『無力化タイマー機能付き・広域エアロゾル生物兵器』の開発だ」
ベスター市の街並みが見えてくる頃には、周囲の軍隊や盗賊団すら一瞬で壊滅させられる最悪の『拡散兵器』のロジックが、俺の頭の中で完璧に組み上がっていたのだった。
「……待てよ。内容的には毒ガス(生物兵器)の類いにはなるが、細菌やウイルスじゃ『即効性』がないな」
馬に揺られながら、俺は自分の発想の欠陥に気づいて苦笑いを浮かべた。
呼吸器から侵入させたところで、発症して敵が倒れるまでに数時間から数日の潜伏期間がかかってしまう。今まさに刃を抜いて襲いかかってきている目の前の敵に対して、それでは全く戦闘の役に立たないのだ。暗殺や拠点への事前の毒殺なら使えても、咄嗟の迎撃(戦闘)向きではない。
「ちっ……また不便な仕様だな。能力行使の『直接タッチ条件』に始まって、体内の遊女の『減圧覚醒条件』、そして今度はバイオ兵器の『潜伏時間問題』か。本当にうちのシステムは扱いづらいったらないぞ」
1号くんという超規格外の生体兵器を抱えておきながら、痒い所に手が届かないもどかしさに舌打ちが出る。
『【細胞操作】で即死性の神経毒素でも生成させて、それを高圧噴射させるか?』
『いや、それだと風向き一つで自分に跳ね返ってくるリスクが跳ね上がるな……』
街に戻ったら戻ったで、まだまだ実験と改良の宿題は山積みになりそうだった。