修行編終わり!
今回少々ボリュームあります。
ビスケさんが展開した修行を大まかに言い表わすとすると、『基礎能力値の向上』と『常在戦場の心得』であろうか。きちんと体系立てられた流派の指導…しかもそれらを30分で8時間のヒーリング効果がある『
『流』を意識した実戦形式の組手はそのまま継続としながらも、スコップとトロッコを使った岩石地帯の岩山掘りは、『周』の維持を前提とした基礎体力と全身の筋力の向上。指を立てた瞬間という、条件付けでの『凝』の習慣化と高速化…そのついでに頻発する成績下位者への罰ゲームによる筋力向上。睡眠時でも力を込めさせた上で、異変発生時には瞬間的な覚醒を可能とさせる訓練等と修行内容は多岐にわたる。
特に最後に挙げた訓練については鬼畜極まりないものであり、先端に小さめの岩を括り付けたロープを握った状態で就寝させ、眠りが深くなりロープの握りが緩むと頭上の岩が落下するという悪魔のような仕組みだ。
しかも時折、ビスケさんが投げナイフでロープを切断するため、その異変を察知して覚醒、落下する岩を避けることまでも意識しないといけないと言うのだから、たまったものではない。
(眠る時というのはね 誰にも邪魔されず自由で
なんというか救われてなきゃあダメなんだ
快適なベッドの上で…静かで豊かで……)
しかしそんな私の思いを踏み躙る最大の鬼畜要素はまだ控えており…なんと私のロープの先の岩についてのみ、
つまり私が失敗しても私はノーダメージ。
キルアは仮に自分が完遂出来ても、私の失敗次第で一方的にダメージを受け、睡眠を妨害されてしまうのである…。
これについては当然の如くキルアが抗議していたが
『テメー私が嫁入り前の乙女の頭皮を傷つける外道に見えんのか?おおん!?』と逆ギレ一喝されていた。
勿論私の方からも抗議は入れたのだが、それについては
『あんたの場合は自分へのダメージより、その罪悪感の方が燃料になんのよ』と穏やかに諭されてしまってはどうにもならない。
私は今までこの手の訓練とは無縁だったので、ゴン君と一緒に失敗ばかり…どんどん増えていくキルアのたん瘤に耐えきれず、三日目には半泣きでキルアに謝り倒していたほどだ。しかも括り付けられる岩は日に日に大きくなるというオマケ付き。いずれはキルアの命をも脅かしかねないという、恐怖の感情すら燻っていた。
(でもあの時の、本気で狼狽して私を慰めてくれるキルアはとっても可愛かったなぁ…)
しかし鬼畜であれどもビスケさんの見立てはやはり正しく、積もり続けた罪悪感を燃料に、五日目にはついに一度もロープを離さない就寝に成功。
十日目には間違えて私のロープがナイフで切られ、異変に気付きようがないキルアが押し潰されるという珍事にこそ見舞われたが…私としてもある程度はものにすることが出来たと思う。
――因みに十日目の事故の際にはビスケさんから
「間違えちった♪ メンゴ♪」
という謝罪にマジギレしたキルアを、同様に少しキレてた私が支援。二人でビスケさんに反旗を翻したのが、この二週間の体験修行期間のハイライトであったと私は思う。
(いや実際、相当いい経験になったと思う。キルアもかなりガチめな殺し屋モードになってたし、私としても明確な格上相手に挑む仲間の支援というのは、得られる経験値が大きいからね…天然の連携訓練にもなるし)
戦況は若干キルア有利に進む。
付与の支援を織り交ぜた本気キルアの猛攻には、少女モードでは分が悪いと、ビスケさんは真の姿を解放。急に2m近い巨躯になった彼女に一瞬ビビってしまったその刹那を見逃さず、キルアはワンパンのもと岩盤に叩きつけられてノックアウトさせられてしまった。
『念』の付与によりガード力も向上しており、キルアの素の肉体の頑強さも手伝ってか、大事には至らなかったのは幸いである。ビスケレベルの使い手に本気を出させたのは、きっと今後のための大きな収穫となっただろう。
因みに私に対する罰は、少女モードでのデコピン一発だった。う〜んこの男女格差よ。
これはこれで普通に痛かったけどね…。
▽ ▽ ▽
――ビスケ主導の修行開始から二週間が経過。
「「「オス!ありがとうございました!!」」」
「ん。よろしい。クー子だけでなく、ゴンとキルアもやはり相当な逸材ね。キルアはサファイア! ゴンはダイヤモンド! …そんな磨けば光る原石の指導に関われたことは、一指導者としても嬉しく思うわさ」
この二週間は色々あったが…終わってしまえばとんでもない密度であったと思う。
睡眠中に何度も起こされたことで小人のお仕事は暫く機能不全に陥っていたが…後半からは何とか復帰してくれていた。あまりにも濃密な修行であったことで時間が取れず、キルアの方も折角渡せた『付与理論大全(雷のみ)』を全く読めていないようで…それについては少々悲しいものがある。
「…うん♥ 見違えたね♥ 少なくとも指導者としては、君は僕より上のようだ♣」
指導者交代ということで暫く暇になったこともあり、情報収集をしたり適当にプレイヤーや怪物を狩ったり、気が向いた時のみ私たちの修行風景を眺めていたヒソカであるが、お試し期間終了の日ということで、今日はしっかり岩石地帯に戻ってきていたようである。
「まっこれでも長年師範代やってるんでね、後進育成はお手の物よ。で、どうなのかしらあんた達? あんた達なら特別に、今後のコーチも暫く無料でやったげる! そっちのヒソカとどっちを選ぶ?」
――さて、ついに審判の刻である。
「うーん…俺は…ビスケかな! ヒソカとの修行も凄い身になったと思うんだけど、ほーにん主義?というか…自分で考えてやることが多くてさ。俺って実際まだまだだから…ビスケみたいにきっちり指導してもらえる方が、合ってる気がしたんだよね。だから俺はビスケを選ぶよ!」
(おお!あのゴン君がここまできっちり理由を言語化して自分の師匠を選択できるなんて!
他人事ながら…お姉さんちょっと嬉しい)
「……正直胸糞な思い出ばっかだし、自由時間も殆ど無いから読書時間も取れなくて最悪だったけどさ…それでもビスケの指導は本物だと思う。俺たちって今まで特定の師匠いなかったし、今よりもっと強くなるためには、ビスケを師匠に選ぶのが正解だと思うぜ?」
(キルアは重要な選択ではゴン君第一主義なの?てくらいにゴン君に意見合わせることが多いけど、ちゃんと自分の意志で決められたんだね…心証は悪くてもそれでも選ばせるんだから、やっぱりビスケさんは凄いなあ)
「 (ふふふふふ!これで逸材二人略奪ぅ!……ん?)
あれ? あんたら二人の師匠もヒソカだと思ってたけど…まさか別口なの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? ヒソカはお姉さんの師匠であって、俺たちの師匠では無いよ。お姉さん経由でお願いしてもらって、暫くお世話になっていただけ。」
「そうそう。クー子みたいに師弟契約とかもしてないしな。そもそも俺もゴンも、一度もヒソカを『師匠』とは呼んで無いぜ」
「 (それを…それを早く言えぇえええ!!)
…あ…そう。それならまあ…私を選ぶのは当然だわさ。これからもビシバシ鍛えるからそこんとこヨロシク。」
どこかでビスケさんのトーンダウンがあった気がするが、とりあえずこれでゴン君とキルアも明確な師匠という存在を得たわけだ。
「 (だったらここからが本題だわさ…)
それで、クー子はどうするの? 私かヒソカか…別に今の師弟関係を解消しろとまでは言わないけど、今後暫くの指導について、私のコーチングの方に師事するってのは、決して悪い話じゃないと思うわよ?」
ついに私の番となる訳だが、私の思考は彼女の質問とは少々別のことに向けられていた。
(あーこれは…そういうことか。ビスケさんは多分、三人全員がヒソカの弟子と勘違いして、ヤキモチ焼いていたんだな! 私が発端とはいえ…可愛いとこあるなあ。もしかしたら今の姿も、彼女の理想と内面の発露なのかも?)
私の番では流石にヒソカも少し気になるようで…顔は隠せてもオーラがちょっとソワソワしてる。長い付き合いだからこそ分かる程の微細な差異だ。
(なんだこれは!
私の周り可愛い人しかいないじゃないか!)
「いやぁここまでモテちゃうのも考えものですね!ビスケさんのコーチング力は本物ですし、是非とも…と言いたいところですが、ごめんなさい。私は今まで通りにヒソカの下で鍛えます」
「……理由を聞かせて欲しいわさ。特に損する話では無かったと思うのだけど?」
「そうですね…私としてもきちんと言語化するのは大切だと思います。一番の理由はやはり、ヒソカの方が私の事情を深く理解しているということです。」
「それは魔法だったり、元の世界に帰るって話? だとしても鍛えることは無意味ではないし、少なくとも無駄にはならないはずだわさ!」
ビスケさんも食い下がってくれるが…なんというかこればかりは私の個人的な都合でもあるので、綺麗な反論は諦めて自分の意思だけを明確に伝えることとする。
…少し長くなるけどね。
「最終的な『強さ』に固執するのであれば、ビスケさんに師事するのが恐らく正解です。しかし私の目的は『元の世界に帰ること』。そしてその為の方法として、このゲームのクリアが最も現実的な回答になると私は睨んでいます。
つまり、このゲームをクリアするだけの強さがあればそれで十分な訳ですが…はっきり言ってそのための『強さ』だけなら、戦闘勘と身体を鍛え直した今の私と、私が付与を施したヒソカがいれば、既に99%足りていると分析しているんです。
これは別に適当にそう言っている訳ではなく、観測と調査に基づく、高い精度での事実です。
…私は既にゲームマスターの一人と接触し、その際に相手の力量を大雑把にですが把握しております。彼の実力は恐らく本気のビスケさんやヒソカと同等レベル…そこにシステム的な補正を含めれば、明確に上回る可能性すら考えられます。
しかしそれですら、私の付与も含めて考えれば、足りないとはとても思えませんし、万が一足りない場合にだけ、後から鍛えられれば十分です。
要は一言でまとめると…
最初に断りを入れたとはいえ、話が長い!と怒られそうな私の説明をその胸中で咀嚼したビスケさんは、一応の納得を示した表情で、仕方無しとばかりに返答をしてくれた。
「そう…確かにクー子は修行前の時点で、既にビノールトを余裕を持って退けている。仮にそこで転がってる男がゲーム的にはランクD相当だったとしても、低く見積もってもランクA…修行後の今なら、ランクSに相当する実力は間違いなく持っているはずよ。
更にそこにヒソカが加われば、最高ランクであるランクSSカードの入手も、十分過ぎるほどに現実的……。私としたことが、人を磨くことばかりに夢中になって、人の優先順位を見落としていたようね…。
良いわ、納得した。アンタはアンタのやりたいようにやりなさいな。きっとそれこそが、最も正しい選択なんだわさ。」
▽ ▽ ▽
そこから更に一週間ほど修行を続け、私が『念』の付与すら無しで岩石地帯の怪物達の全捕獲に成功した頃。
ついに修行は完了と見切りをつけ、ヒソカと一緒にビノールトを引き連れて港へと向かった。その際にキルアからは、既に届いている筈の宅配物を受け取るようにお願いされたので了承しておく。
(確か武器を発注したとか言ってたっけ? ゲーム開始までには間に合わなかったとかなんとか…。)
電話口でも気安そうだったし、ミルキというお兄さんとはそこそこ仲が良さそうだ。……家出の際にお腹刺したのってこの人じゃなかったっけ?
(フリーポケットカードは全部、ゴン君とキルアに預けたし、これで問題はないはず。ビノールトはヒソカに運ばせてるけど…まあ今さらこの程度の重量で動きが阻害されるような人でもないでしょ…)
「あの人狼の群れ…そこそこ強かったですね。修行前だと不覚を取る可能性もあったかもしれません。…あくまで可能性程度ですけど」
「そうだね♦ 正直君は鈍っていた勘と、足りていないフィジカルさえ鍛えれば、もう後は『流』の精度以外に高められる部分が無いくらいには完成していた♥ このゲームをクリアするには過剰という表現は、かなり的を得ていたと思うよ♥」
「…意外ですね。もしかすると師匠からの不興を買うかも?とは恐れてたんですよ? 要は強さを求める最適解の放棄ですし、ヒソカ的には面白くないかもなって…」
「いや、僕はそうは思わないね♠ だって
暴れないように事前に気絶させていたビノールトは聞けていない、この場の師弟だけの会話である。そろそろ港に着きそうだったのでそこで話は切り上げ、無理難題ばかり要求してくる所長を叩きのめして乗船チケットをゲットする。
暫く待つとリポップしてくれるので、それを三回繰り返しだ。
(待ち時間あるなあ…そういえばグリードアイランドにも森とか沢山あるし、道中の木々からまた植物ネットワークを構築しておこうかな? 触ってもアイテム化しないものは、元々この島で自生してたものだろうし…ゼビル島より何十倍も大きい島だから、広がるのに時間は掛かるだろうけど…今のうちにね)
「さっきの会話の続きですが…そうですね、肯定します。私の強さとしての最終目標は、あの
「僕としても、あのとき挨拶代わりに展開されていた
言っている内容は紛れもない事実であり、ヒソカが本心を隠しているような素振りもない。人を遥かに超越した暴力が一帯を支配する、あの地獄のように絶望的な光景を、私の杖を通して追体験したからこそ…抱いた感想にして、辿り着いた結論であろう。
……しかし、どうにも聞き分けが良すぎるようにも感じてしまう。私にとって都合の良い答えを、敢えて選んで用意しているような…そんな気配を感じてしまうのだ。
「君と僕の契約の本旨は
『君が元の世界に帰るための協力』
――僕はそれを忘れてないよ♥」
七次元防壁とかいう加減しろ馬鹿案件
しかもただの足切りライン
大体名前通りの性能ですが、本作には名前しか出ないので安心です。
■TIPS
今でも根深く残るビノールトランクD査定問題。
マリモっちの捕獲と同等と考えればそれ自体に問題はないのですが、『ランクAやSを複数集めてるゼホ>>>ビノールト』としてしまうと、強さ議論的な意味で少々荒れます。
※主にキルアの脳内見積のせい
念無しでもラクショー
とはいえ彼等はチームで活動してますし、きちんと下準備することでランクSのカードであっても、個人の戦闘能力自体はランクCやD相当でもなんとか入手出来るよう、ゲームとして調整されているとも考えております。それこそ得意分野でカードゲットして、不得意分野の方とトレードでも良いですしね。
戦闘能力に劣るとはっきり説明されてるハメ組ですらランクB相当の港ルートでの脱出は普通に選べるみたいですし、強さだけで語れる話でもないかなと。
一応ゼホの名誉のためにも、本作ではゼホ>ビノールトとはしておきます。…デマセンケド