ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
ジリジリと肌を焦がすような夏の太陽が、中天高くから容赦のない日差しを照りつけていた。
波打ち際に広がる白い砂浜は、裸足で歩けば火傷しそうなほどの熱を帯び、森から吹き下ろす風はまとわりつくような湿気を含んでいる。
高度育成高等学校一年生による、過酷な無人島特別試験の開始宣告。Aクラスが早々に森へと消え、BクラスとCクラスが同盟を結んで探索へと向かってから、すでに一時間という決して短くない時間が経過していた。
しかし——。
担任である茶柱佐枝からマニュアルを手渡され、砂浜に放り出された1年Dクラスの生徒たち、総勢三十三名は、誰一人としてその場から一歩も動くことができずにいた。
彼らの足元には、見えない重い鎖が絡みついているようだった。
少し前まで四十人いたはずのクラスメイト。池寛治、山内春樹、須藤健をはじめとする七名が、一学期中間試験の赤点によって無慈悲に退学させられた。その強烈なトラウマと欠落感が、彼らの精神を完全に侵していたのである。
「……ねえ、いつまでここにいるの? 暑いんだけど」
不満げに手で顔を扇ぎながら口を開いたのは、クラスの女子のリーダー格である軽井沢恵だった。彼女の苛立った声が静寂を破るが、それに明確な指示で応える者は誰もいなかった。
本来であれば、こういう時に率先してクラスをまとめ上げ、前向きな意見を出して皆を導くはずの男——平田洋介は、まるで魂が抜け落ちたかのように砂浜に座り込んでいる。
「…………」
平田の瞳は虚ろで、焦点が合っていない。彼の脳内では、教室で須藤が暴れ回り、クラスが崩壊していく様が、自身の過去の中学時代の凄惨なイジメの記憶とフラッシュバックし、無限ループのように再生され続けていた。
彼にとって、「クラスの平和を守れなかった」という事実は、精神を完全にへし折るのに十分すぎる致命傷だったのだ。
「平田くん……ねえ、聞いてる?」
軽井沢が少し不安げに声をかけるが、平田はビクッと肩を震わせるだけで、何も答えない。
軽井沢の心の中に、焦燥感がどす黒く広がっていく。彼女にとって平田は、過去のイジメのトラウマから身を守るための『絶対的な盾』だった。その盾が使い物にならなくなってしまった今、この閉鎖された無人島という空間で、自分が再びヒエラルキーの底辺に転落し、標的にされるのではないかという恐怖が、じわじわと彼女を蝕んでいた。
だからこそ、彼女は自らの弱さを隠すために、より一層強く、我儘に振る舞うしかできない。
「ちょっと、誰かマニュアル見せてよ。このままずっと日向にいたら日焼けしちゃうし、熱中症で倒れちゃう」
軽井沢の言葉に同調し、篠原さつきたち女子グループがマニュアルを覗き込む。
「えーっと、テントは配られるみたいだけど、簡易トイレとかシャワーのセットはポイントで買わなきゃいけないんだ……。ねえ、これ絶対買おうよ! 無人島でトイレもお風呂もないなんて、女の子には絶対に無理!」
「そうだよ! あと、冷たいお水とか、虫除けスプレーも必須だよね!」
「 これポイントで全部揃えようよ!」
女子たちがマニュアルの『購入可能物資リスト』を見て、まるでショッピングカタログを眺めるように次々と要求を口にし始めた。
その甘ったれた意見に、真っ向から冷や水を浴びせたのは、クラスでトップクラスの学力を誇り、常に論理と効率を重んじる幸村輝彦だった。
「ふざけるなッ! お前ら、この試験のルールを聞いていたのか!?」
幸村は額に青筋を立て、女子たちを鋭く睨みつけた。
「試験終了時に残ったポイントが、そのままクラスポイントに加算されるんだぞ! 今、俺たちのクラスポイントはゼロだ。この300ポイントを無駄遣いすれば、俺たちは底辺のままだ。簡易トイレだのシャワーだの、そんな贅沢品にポイントを使っている余裕なんてどこにもない! 水と最低限の食料以外は一切購入するな!」
「はあ!? なにそれ、幸村くんは平気かもしれないけど、私たちは無理だって言ってるの! 草むらで用を足せっていうわけ!?」
「生存のためのサバイバルだ! その程度の我慢もできないのか! だからお前たちは頭が悪いんだ!」
「頭が悪いって何よ! あんたこそ、点数が良いだけで偉そうに仕切らないでよね!」
あっという間に、幸村と女子グループとの間で激しい口論が勃発した。
論理的で正しいことを言っているのは幸村だが、彼のヒステリックで他人を見下すような言い回しは、極限状態にある生徒たちの感情を逆撫でするだけで、全く説得力を持たなかった。
「フッ。醜い争いをしているね、ボーイ&ガールズ」
そんな泥沼の口論の中、一人だけ全く違うベクトルで砂浜を優雅に歩き出した男がいた。
高円寺六助である。
彼は手鏡で自らの美しい顔をチェックしながら、金髪を掻き上げた。
「私はこんな汗臭い無意味な話し合いに付き合う気はないよ。この美しい大自然を、私のパーフェクトな肉体で存分に満喫させてもらうとしよう。チャオ」
「お、おい高円寺! どこへ行く気だ! 勝手な行動はペナルティになるかもしれないんだぞ!」
「フフッ。私の辞書にペナルティという文字はないよ。ではね」
幸村の制止も虚しく、高円寺はマニュアルをろくに読みもせず、たった一人で緑深き森の中へと姿を消していった。もはや、このDクラスをまとめ上げる力を持った人間は存在しない。
平田は沈黙し、高円寺は離脱し、幸村は反発を生み、軽井沢たちは不満を募らせる。
完全に崩壊した烏合の衆。それが今のDクラスの惨状であった。
「……みんな、落ち着こうよ。喧嘩したって何も解決しないよ」
険悪な空気を和らげようと、両手を前に出して間に入ったのは、クラスのアイドル的存在である櫛田桔梗だった。彼女は心配そうな顔を作り、天使のような声で皆に語りかける。
「まずは、クラスの代表になる『リーダー』を決めなきゃ。リーダーが決まらないと、キーカードももらえないし、スポットの占有もできないよ。平田くんが……今はちょっと辛そうだから、もし誰もやりたがらないなら、私がリーダーをやってもいいよ?」
櫛田の立候補。
普段であれば、「櫛田ちゃんなら適任だ!」と男子たちがこぞって賛成し、彼女がリーダーに収まっていただろう。
彼女自身も、この絶望的なDクラスにおいてリーダーという「権限」を握ることで、いずれリアヴェルへの有益な手土産にし、自身の地位を確立しようという打算のもとに名乗り出たのだ。
しかし、その提案を秒で叩き斬ったのは、やはり幸村だった。
「駄目だ! 櫛田、お前がリーダーになることだけは絶対に認めない!」
「え……? ど、どうして……?」
櫛田は傷ついたような表情を作り、悲しげに目を潤ませる。
だが幸村は容赦しなかった。
「ルールをよく考えろ! 最終日に他クラスのリーダーを言い当てられれば、マイナス50ポイントのペナルティだ。つまり、リーダーは最も目立たず、他クラスから疑われない人間がやるべきなんだ。櫛田、お前は男女問わず顔が広く、他クラスの連中とも仲が良いだろう。お前みたいな一番目立つ奴がリーダーになれば、真っ先に疑われて正体を見破られるに決まっている!」
「…………っ」
正論。あまりにも身も蓋もない、完璧な正論。幸村の言葉に、周囲の生徒たちも「確かに……」「櫛田ちゃんがリーダーだとすぐバレそう……」と納得の声を上げ始める。
櫛田は表面上は「そっか……私、そこまで考えてなかった。ごめんね」としょんぼりして見せたが、その腹の底では、煮えたぎるようなドス黒い憎悪のマグマが噴火寸前まで膨れ上がっていた。
(死ね……! 死ね死ね死ね死ね死ね幸村ッ!! 何が論理よ、何が目立つよ! あんたみたいなガリ勉陰キャが偉そうに私の提案を全否定するんじゃないわよッ!! ああもう、どいつもこいつもイライラする! なんで私がこんなゴミみたいなクラスで泥水をすすらなきゃいけないのよッ!)
笑顔の仮面の下で、櫛田の心は呪詛で埋め尽くされていた。
彼女の目論見は見事に崩れ去り、リーダー決めの議論は再び振り出しに戻ってしまった。
「……あなたたち、いい加減になさい」
終わりの見えない口論に、冷たく、そして苛立ちを隠せない声が割って入った。
腕を組み、砂浜の端から皆を睨みつけていた孤高の少女、堀北鈴音である。
「一時間。私たちはこの日向で一時間も無駄な時間を過ごしているのよ。他のクラスはとっくに森へ入り、拠点の設営やスポットの探索を始めているはず。このままでは、私たちは何の成果も得られないまま自滅するだけだわ」
「堀北さん……でも、どうすればいいのよ。リーダーも決まらないし、物資の意見も合わないし……」
「リーダーなんて、目立たない人間を適当に指名すればいいだけのことでしょう。それよりも重要なのは、Aクラスをどう出し抜くか。不士鳥リアヴェルや坂柳有栖の策を上回る戦略を立てなければ、私たちはこの試験で確実に敗北するのよ」
堀北の瞳には、Aクラスに対する強烈な対抗心と、生徒会長である兄・堀北学に認められたいという焦燥感だけが燃えていた。
彼女は己の知略を総動員し、この無人島試験のルールから必勝法を導き出そうと思考をフル回転させていた。
——だが。
(駄目……頭が、回らない……っ)
堀北の視界が、ぐらりと揺れた。
彼女の額には、日差しの暑さとは明らかに異なる、じっとりとした嫌な汗が滲んでいる。
彼女は数日前から、風邪による発熱を患っていた。本来であれば休養を必要とする状態だが、彼女はそれを周囲に隠し通し、無理をしてこの過酷な無人島試験に参加していた。
極限の暑さと体調不良。彼女の明晰な頭脳はすでに熱に侵され、論理的な思考を構築することが不可能になりつつあった。
「……とにかく、まずは森へ入るわよ。拠点を見つけなければ、話にならないわ」
堀北は痛む頭を無理やり押さえつけ、強引に話を打ち切って歩き出そうとする。
しかし、誰も彼女の後に続こうとはしない。協調性を欠いた彼女の態度は、クラスの反感を強めるだけだった。リーダー不在、意見の対立、体調不良、そして消えない退学のトラウマ。
Dクラスは、無人島に上陸した時点で、すでに完全なる「死に体」であった。
そんな地獄絵図のようなDクラスの惨状を、集団から少し離れた木陰で、一切の感情を排した無表情な瞳で観察している者がいた。綾小路清隆である。
(……見事なまでに崩壊しているな)
綾小路は、騒ぎ立てるクラスメイトたちを、まるで水槽の中の魚でも観察するような冷徹な眼差しで見つめていた。
平田の機能停止。高円寺の離脱。軽井沢たちの勝手な振る舞いと幸村の独善。櫛田の打算。そして、堀北の空回りと隠しきれない体調不良。個々の能力の低さもさることながら、このクラスには致命的に「統率」が欠けている。
中間試験の『偽の過去問事件』が決定打となり、彼らの精神はすでに修復不可能なレベルでひび割れているのだ。
(茶柱先生は、俺にこのクラスをAクラスに引き上げろと脅迫してきた。俺も平穏な日常を守るために、少しばかり裏で手を回すつもりではいた。……だが、前提条件が完全に狂った)
綾小路の脳裏に浮かぶのは、入学初日から学校のルールを看破し、圧倒的なカリスマでAクラスを軍隊のように統制した怪物——不士鳥リアヴェルの姿だ。
そして、その傍らで冷酷な策を巡らせ、Dクラスを含む学年全体を無慈悲に罠に嵌めた悪魔の女王、坂柳有栖。
あの一件で、綾小路は完全に理解したのだ。
このDクラスという沈みゆく泥船を、どれだけ裏から修理し、知略を絞って航海させようとも、不士鳥リアヴェルの放つ『規格外の砲撃』の前では、一瞬にして木っ端微塵に粉砕されるという事実を。
(俺の目的は、この学校で三年間の自由と平穏を確保すること。それだけだ。Dクラスを勝たせることではない。……ならば、取るべき手段は一つしかない)
茶柱の脅しを無効化し、自身の安全を完全に保障するための最適解。それは、学年最強の支配者である不士鳥リアヴェルと接触し、彼に自身の『価値』を売り込み、彼の手駒(あるいは同盟者)として絶対安全圏に身を置くことである。
(問題は、いつ、どのようにして不士鳥と接触するかだった。学校内では監視カメラが多く、下手に動けば茶柱や他の生徒に怪しまれてしまう。……だが)
綾小路の虚ろな瞳が、目の前に広がる広大なジャングルを捉えた。
(この無人島特別試験。学校側は生徒の自主性を重んじ、森の中には監視カメラを一切設置していない。教師の目も、特定の拠点以外には届かない。各生徒の動きは『監視用腕時計』のGPSで管理されているが……)
綾小路は、自らの左腕に巻かれた黒い防水腕時計を見下ろした。
脈拍、体温、GPSが内蔵された精密機械。これを外せばペナルティとなる。
しかし。
(機械である以上、故障のリスクは必ず存在する。岩場から滑り落ちた、あるいは作業中に誤って岩に強くぶつけた……といった『不慮の事故』を装って物理的に破壊してしまえば、学校側も故意のルール違反とは断定できない。GPSによる監視を無効化することは十分に可能だ)
ホワイトルームで培われた、常識にとらわれない冷酷なまでの合理性。綾小路は、腕時計を破壊することで自らの『完全な自由時間』を作り出す計画を瞬時に構築した。
(夜の森。視界が塞がれ、誰もがテントで眠りにつく時間帯。監視カメラもなく、GPSも壊れていれば、俺の行動を誰も追跡することはできない。まさに、密会にはこれ以上ない最高の舞台だ)
不士鳥リアヴェルは、間違いなくこの島のどこかに絶対的な拠点を築いているはずだ。彼の性格とAクラスの統率力からすれば、他クラスを寄せ付けない強固な陣地を作っているに違いない。
そこへ、夜の闇に紛れて単独で潜入する。
(俺の存在価値。俺が持つ、この学校の生徒の枠を超えた身体能力と知力。……あの男なら、俺の価値を正確に計り、有益な取引に応じるはずだ)
綾小路清隆は、無意味な口論を続けるDクラスの集団に完全に背を向けた。
彼の意識はすでに、この泥船の沈没をいかにして見過ごし、自分だけが不士鳥という黄金の巨船へと飛び移るかという、ただ一点のみに集約されていた。
その頃。Dクラスが砂浜で自滅へのカウントダウンを刻み、BC連合軍が灼熱の森で絶望に這いずり回っている時刻。無人島の中央に位置する、涼やかな冷気に満ちた『洞窟』。その最奥部で腰を下ろす坂柳有栖は、楽しげに笑い声を漏らしていた。
「ふふっ……くすくすっ。リアヴェルくん、聞いてください。どうやらDクラスは、一時間経ってもまだ砂浜で口論をしているそうですよ」
有栖は、念話の魔法で山村美紀から逐一送られてくる島内の状況報告を受け取り、主であるリアヴェルへと伝えた。
「リーダーすら決まらず、物資の購入で揉め、挙句の果てには高円寺くんが単独で森へ消えたとか。堀北さんは体調不良で顔面蒼白のようですし……まさに烏合の衆。彼らがこの過酷なサバイバルを生き抜けるとは到底思えませんね」
有栖の言葉の端々には、一切の容赦もない。
彼女の丁寧な口調は、他者を見下す際により一層の酷薄さを帯びる。
「想定通りだな」
リアヴェルは、岩肌に背を預けながら、微かに口角を上げた。
「一度完全に心をへし折られた敗北者が、たかが場所が変わった程度で立ち直れるはずがない。あいつらは自らの無能さに溺れ、渇きと疲労に苛まれながら、泥のように這いつくばる運命だ」
「ええ。美紀さんには、引き続き彼らの動向を監視しつつ、森のスポットをすべて更新し続けるよう指示を出しています。Aクラスは、この洞窟で快適に過ごしながら、試験終了を待つだけで完全勝利です」
洞窟の中には、葛城や橋本たちが持ち帰った豊富な果実や清らかな水が確保され、Aクラスの生徒たちは過酷なサバイバルとは無縁の、優雅なキャンプ生活を満喫していた。
神室真澄だけが、壁際で膝を抱えながら「……ほんと、あんたたちって悪魔みたいな性格してるわね」と呆れたように呟いていたが、その言葉が文字通りの真実であることには気づいていない。
「……だが、有栖」
リアヴェルが、ふと碧眼を細めて有栖を見据えた。
「Dクラスの中で、一人だけ……あの男の動向はどうなっている?」
「綾小路くん、ですね」
有栖の表情から、先ほどまでの余裕の笑みが消え、冷徹な狩人のそれへと変わる。
彼女にとって、綾小路清隆はただの生徒ではない。ホワイトルームの最高傑作であり、自らの「真の天才」としてのプライドを懸けて打ち倒さなければならない宿敵だ。
「美紀さんの報告によれば、彼は現在、クラスの口論に参加せず、一人静かに様子を窺っているとのことです。……ですが、彼がこのまま無策で終わるはずがありません。必ず、何か裏で行動を起こすはずです」
「ほう。君の宿敵は、この完全に決着したとも取れる盤面からどう動くと?」
「分かりません。だからこそ、面白いのです」
有栖は目を輝かせた。
「どのような手段であれ、彼が牙を剥く瞬間を、私は心待ちにしております。そしてその牙を、私の知略で完全にへし折り、リアヴェルくんの御前で彼を屈服させてみせましょう」
絶対安全圏である洞窟で、悪魔の女王は自らの宿敵との対決に想いを馳せる。
一方、灼熱の砂浜で、人工の天才は悪魔の王への接触を企てる。
無人島の過酷な大自然を舞台に、人間たちの醜い足掻きと、超越者たちの高度な盤上遊戯が、複雑に絡み合いながら夜の帳へと向かっていくのであった。
話数が進むほどにね、誤字というか超展開?だとか重複?だとか、あと「いやそれどっから出した?」みたいなバグがやたら発生して、添削作業が凄い疲れるのよ。
洞窟の中なのにリアヴェルが玉座に座ってたり、有栖がティーセットで御茶会してたり、有栖が杖の代わりの扇子を手に持ってたり、それ全部どっから出てきたんだよ。