『オタクに優しいギャル』の陰キャ役に選ばれたけど、俺に好きな人がいると知った日から幼馴染のギャルが壊れてしまった。 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
高校入学から1ヶ月。教室の中にスクールカーストが完成し、自分がどの層にいるのかを全員が理解した5月の放課後に。
俺は中庭のベンチでひとりラノベを読んでいた。
本を読むなら間違いなく自宅の方がいい。中庭は人の出入りが多く、普段の俺なら絶対に選ばない場所だ。
それでもここにいるのは、そうしろと指示されたからに他ならない。あと数分もしたら金髪の幼馴染が来て、カメラを向けられることになるだろう。
その瞬間から俺は『オタクに優しいギャル』の相方として過ごすことになるわけだ。
「はぁ……」
憂鬱だ。唯一の救いは、今読んでいるのがずっと発売を楽しみにしていた新刊だということ。
昨日から読み進めて残り20ページ。
あいつが来る前に読み終わるだろうか。
そう思って活字へ意識を戻した、まさにその瞬間だった。
「かーなーとっ」
顔を上げると、そこには金髪ギャルが立っていた。
背中まで伸びたミルクティーベージュの髪。前髪は目にかからない長さでわけられ、耳の上にはピアスがふたつ並んでいる。
制服の着こなしも当然のように校則から逸脱していた。折り返した膝上丈のスカートに、腰に巻きつけたカーディガン。ベンチに座る俺の位置からだと、艶めかしい太ももが視界の高さに来る。
――
花蓮は片手にスマホを持ち、そのレンズを俺へと向けていた。
もう撮ってるのかよ……。
開始の合図ぐらいして欲しい。
「あっ、ちょっと待ってね。カメラ固定するから」
花蓮は録画を続けたまま、肩に掛けていたバッグから折り畳み式の三脚を取り出した。脚を開き、支柱を伸ばしてスマホを取りつける。
「よし。これでふたりとも映る」
中庭のド真ん中で撮影の準備を始めた花蓮へ、帰宅やら部活やらに向かう生徒たちが目を向けている。
正直、俺はこういう瞬間があまり好きではない。カメラに映るのも、周囲から見られるのも苦手だ。
6万人もの数字を集められるのは、あくまで花蓮の存在があってこそ。人気者のギャルと釣り合わない陰キャ男が並んでいる、その落差を面白がられているからコンテンツとして価値があるだけ。
だから再生数が伸びても、自分まで人気になったと思ったことは一度もない。
大勢の前に引っ張り出され、見世物にされる範囲ばかりが広がっていく――俺にとってはそちらの感覚の方が強かった。
「それ、ずっと楽しみにしてた本だよね?」
花蓮は俺の隣に腰を下ろした。手元を覗き込まれ、肩が触れ合うほどの距離になる。
明らかにカップルの距離感だが、当然、俺たちは交際などしていない。
これは動画を盛り上げるための必要な距離感、という説明を事前に受けている。だから変な勘違いもしない。
「覚えてたのか」
「だって何回も聞かされたし。幼馴染の女の子が出てくるやつでしょ?」
「ミオな。10年間ずっと主人公を想ってるのに、あとから登場した後輩に先を越されそうになってる」
「ふうん。その幼馴染は告白しないの?」
「そんな簡単な話じゃないんだよ。色々あるから」
「まっ、好きなの伝えちゃったら今まで通りの関係じゃいられなくなっちゃうしね。想い出まで壊れちゃうかもしれないし」
まさか花蓮の口から正鵠を射た発言が出るとは思わなかった。作品を読んでもないだろうに、やけに寄り添ったようなことを言う。
「それで?
「当たり前だろ。10年だぞ。途中から出てきたやつに負けていいわけがない」
「……そっか。読んでみようかな、あたしもその本」
「言っとくけど、イラストからして苦手なやつは苦手だと思うぞ。花蓮とか特に」
表紙に載っているのは、制服姿の少女ふたりが主人公を挟んでいるイラストだ。こういう本を人前で開くと奇異の眼差しを向けられることもある。
「なにそれ。あたしが馬鹿にするって決めつけてんじゃん」
「そうは言ってないけど」
「言ってるって」
花蓮は唇を尖らせて、それからすぐに表情を戻した。
「まあ、実際あたしにはよくわかんない趣味だけど、奏斗にとっては大事なものなんでしょ? だったら、どうして好きなのかぐらいはちゃんと知りたいし」
「…………」
レンズの前でなら、花蓮はこんなことまで言える。
相手の趣味を笑わない。それが知らないものでも、好きになった理由を知ろうとする。
こういうところまで含めて、視聴者は花蓮を好きになるのだろう。大衆が『オタクに優しいギャル』に求めているものを、こいつはよく理解していた。
「なら1巻から貸そうか?」
「マジ!? 今後お願いしようかな。久しぶりに奏斗の家にも行きたいし!」
「別に来る必要は……」
「いいのいいの! それじゃあ楽しみにしてるからねっ」
太陽のような笑顔でそう締め括って、花蓮は三脚のスマホに手を伸ばした。
「――はい。これでオッケー」
途端、触れ合っていた肩がスッと離れた。
「今日のも結構良くなかった? オタクの話をちゃんと聞くギャル。コメントも伸びそう」
「本はどうする? 俺はいつでも大丈夫だけど」
「なにが?」
「貸すって話」
「ああ。企画で使えそうならね」
「…………」
そう。これが花蓮の本性だ。
カメラの前では俺の趣味を笑わず、好きな理由まで知りたいと言う。しかし、録画が止まると人が変わったように興味を失う。今ではもう、俺のことなど見てもいなかった。
撮影中の優しさは視聴者に見せるための仮面に過ぎないわけだ。
花蓮はそっぽを向いたまま三脚の後片付けをしていた。
俺も鞄に手を伸ばす。
用は済んだ。あとは黙って立ち去るだけ、そう思った矢先だった。
「花蓮〜」
「まだ撮ってたのー?」
複数の足音と共に、中庭の向こうから女の声がした。見れば、ふたり組の女子がこちらに歩いてくるところだった。
両方とも花蓮の友達だ。すなわち、俺とは正反対の世界に生きている陽キャ女たち。
「…………」
鞄に伸ばしかけた手が行き場を失って止まる。
クソ……あと5秒早く動いていれば……。
今からでは遅い。向こうはもう俺を認識してしまっている。ここで立ち上がれば、花蓮の友達が来た瞬間に逃げ出した男になってしまう。
かといって、挨拶をしたらしたで『なんでお前が話しかけてくるの』というような顔をされる。被害妄想でもなんでもなく、実際にされたことがあるからわかる。
どう動いても嫌な展開にしかならない状況だった。
「もう終わったよー!」
俺の内心など知る由もなく、花蓮は明るい声で対応していた。
ベンチに辿り着いたふたりが、俺を一瞥したのちに花蓮へと笑いかける。
「また陰キャくんと一緒?」
「よく飽きないよねー」
花蓮は三脚を鞄に仕舞いながら、そのふたりに淡々と言った。
「幼馴染だし。なにかと都合がいいからね」
「でもさ、どうせならもっと顔がいい人を使った方が伸びるくない? 4組にいるじゃん、あの背の高い――」
「いいよ、こいつで。今から変えるのも面倒だし、イケメンが相手じゃチャンネルの趣旨が変わっちゃうでしょ?」
「そうかなー? 美男美女の方がウケ良さそうだけど。それとも案外、陰キャくんのこと気に入ってるとか?」
「はあ!?」
花蓮が素っ頓狂な声を上げた。
「馬鹿なこと言わないでよ! こんな、地味で喋りが上手いわけでもないやつ誰が!」
「ひどっ! 陰キャくんめっちゃ言われてんじゃんw」
話を振られてしまった。
マズい。なんでもいいから返さないと雰囲気が悪くなる。
「あははっ……。まあ、事実なんで」
声が掠れ、笑いの形だけが顔に残る。頬が強張って、不快な痺れが上顎に走った。
でも、場の空気を悪くすると悪者になるのは俺だ。ここは笑って誤魔化すのが無難な手だろう。
そんな俺の対応を揶揄するかのように、花蓮はふたりに「ね?」と同意を求めた。
「こんな感じで、あたしの言うことならなんでも聞くから都合がいいだけだって! 奴隷みたいなもので、それ以上でもそれ以下でもないから!」
花蓮の弁解を聞いて、ふたりは納得したように笑った。
「わっるい女ー!」
「まっ、陰キャくんじゃどう考えても花蓮に釣り合わないしねぇ〜」
「そうだよもう! 変なこと言わないでよね」
「ごめんごめん。あっ、それより週末の買い物どうする?」
そこから予定を巡って、3人の会話はどんどん弾んでいく。誰が来るとかあの店は高いとか、俺の知らない話ばかりだ。
――今だ。
ようやく抜けられるタイミングが来た。
俺はせいぜい自然な動作を心掛けて、鞄に本を仕舞いながら腰を上げた。
「じゃ、じゃあ俺はこの辺で……」
3人の会話は途切れない。俺の声はその隙間にすら入っていかなかった。
結局、俺の存在感なんてその程度。端からああいう人種とは縁のない人間なのだ。
ベンチから少し離れたところで、制服の中のスマホが音を鳴らした。
『新刊、読み終わりました。いつもの場所にいます』
いつもの場所。それだけで図書室の窓際にある席が思い浮かぶ。
あそこには俺を待ってくれている人がいる。撮影のためではなく、ただ好きな作品の感想を共有するために待ってくれている人が。
俺は駆け足で図書室に向かった。中庭の方など一切振り返らずに。
*
図書室の窓際。陽の光が差した席に彼女は座っていた。
長い黒髪に細縁の眼鏡。その姿は人混みの中だと紛れてしまいそうなほど儚げに見える。
俺に気づくと、沙夜さんは本から顔を上げた。
「こんにちは、
「お待たせ」
「大丈夫ですよ。私も先ほど来たばかりですから」
向かいの椅子を引いて腰を下ろす。
俺たちが知り合ったのは入学直後のことだ。高校の近くの書店で、同じラノベの最後の一冊へと同時に手を伸ばしたところから始まった。
譲り合っているうちに会話が始まり、制服で同じ高校だとわかって、軽く話してみると好きな作品がいくつも重なっていた。
それ以来、俺たちはこうして図書室で本の感想を語り合ったりしている。
「今日も撮影だったんですか?」
「中庭で本を読んでろって朝から指示されてさ」
「おふたりとも仲がよろしいんですね」
「別に。ただの幼馴染で、頼まれたから手伝ってるだけだよ」
「でも、1年以上も続けていらっしゃるんですよね?」
「……成り行きだよ。正直、今も好きでやってるわけじゃないし」
本音が出てしまった。けれど、口を滑らせるのはそこまでだ。どうして断らなかったのか、その理由まで沙夜さんに話すわけにはいかない。
中2の夏に、花蓮の両親は交通事故で亡くなった。
天ヶ瀬家とは昔から家族ぐるみの付き合いがあって、小さい頃は誕生日をお互いの家で祝い合ったり、夏になると両家揃って出かけたりもしていた。おじさんもおばさんも、俺にとっては親しみ深い人たちだった。
だから当然、通夜と葬儀には参列した。
そこで見た花蓮の横顔を、俺は今でも克明に覚えている。目を見開いたまま、人形みたいに固まっていた。
その姿を見て、どうにかしてやりたいと思った。
幼馴染だから、なんて話じゃない。
単純に、当時の俺は花蓮のことが好きだったのだ。
好きな女の子が笑わなくなって、なんでもいいから力になりたいと思った。
俺は思いつく限りのことをした。一緒に勉強をしようだとか駅前のカラオケに行こうだとか、陰キャなりに勇気を振り絞って、大好きな幼馴染を外に連れ出そうとした。
付き合ってくれる日もあったし、既読がつかないこともあった。
そんな生活が続いていたある日、花蓮は唐突に言ったのだ。動画投稿をしたいから手伝って欲しい、と。
「その、あいつにも色々あってさ。ずっと落ち込んでた時期があって」
「意外ですね。あんな明るそうな方にもそんな時期が」
「それで、頼んできたときのあいつが久しぶりに元気そうに見えたから、つい流れで承諾しちゃって……」
本音を言うと、動画に出るなんて冗談じゃなかった。
それでも頷いてしまったのは、あの日の花蓮がたしかに前を向いていたからだ。
だから面倒だと感じつつも、ようやく役に立てるのだと当時の俺は浮かれてすらいたと思う。
「ぶっちゃけ、大して伸びるとも思わなかったしね。せいぜい学校で笑い種にされるぐらいかなと思ってたんだけど……」
「それが、ここまで伸びてしまったと」
「うん」
しかし、数字が伸びていくにつれて花蓮は変わってしまった。
中学の頃からギャルっぽさはあったものの、当時の花蓮は黒髪だった。それが高校の入学式には金髪に染まっていて、俺が気づいたときにはピアスの穴まで空いていた。
もちろん、あいつが元気になったこと自体は喜ばしい。ただ、変わっていく花蓮の隣で、俺は撮影のたびに思い知らされることになった。
カメラが回っている間だけ優しくて、止まった途端に俺を見なくなる。そういう相手を想い続けられるほど、俺は出来た人間じゃない。
いつ冷めたのかは自分でも思い出せないけど、そうなるだけの時間は充分にあったと思う。
「でも、好きでやってるわけじゃないのでしたら、柊くんが付き合ってあげる理由はもうないのでは? 天ヶ瀬さん、元気そうじゃないですか」
「そうなんだけどさ……。今さら降りるって言ったら、チャンネルそのものがどうなるかわからないし」
断る機会なら何度もあった。今日だってそうだ。中庭で笑い者にされたときに「もうこれで終わりだ」と、その気になったら言えたはずだ。
でも、それが言えないまま半年が過ぎて、花蓮の指示に従うのが当たり前になった。断り切れず、習慣になってしまった。
「立派ですね、柊くんは」
「皮肉にしか聞こえないよそれ。ただ断る勇気がないだけだし」
「……そうですか」
なにか言いたそうにも見えたけど、それも一瞬で引っ込んだ。
口元だけが小さく笑うと、沙夜さんは話を切り上げるように読んでいた本へと目を落とす。これ以上踏み込むつもりはない、という合図なのだろう。
「ごめん。こんな話がしたいんじゃなくて」
俺は自分から話題を変えることにした。
「どうだった? 新刊は」
「素晴らしかったですよ。柊くんも読み終わりましたか?」
「俺はまだ。あと20ページちょっと残ってる」
「では先に読んでしまってください。私は2周目を始めていますから」
沙夜さんは自分の本を再び開いた。待っている間の手持ち無沙汰をそれで埋めるつもりらしい。
俺は残っていたページを読み進めることにした。
途中で話しかけられることも、ましてカメラを向けられることもない。いつも通りの、ひたすら穏やかな時間だ。
そして、そんな時間を重ねていくうちに――俺は沙夜さんに想いを寄せるようになっていった。
無論、まだ気持ちは伝えてられていない。もし断られでもしたら、これまで通りに過ごせる自信が俺にはなかったから。
「――なにしてんの?」
本当に突然のことだった。活字の海に沈んでいた俺の意識が、聞こえるはずのない声に掬い上げられる。
テーブルの横には花蓮が立っていた。
友達に囲まれていたはずなのに、どうしてここにいるのか。
「花蓮……なんで……」
「誰よその女」
質問を遮られる。しかも明らかに責め立てるような声色だ。
「友達だよ。最近知り合って、趣味も同じだったからそれで」
「ふうん……。友達、同じ趣味ね……」
花蓮は俺を見ていない。向かいに座る沙夜さんと、机の上に並んだ2冊の本を値踏みするように見ていた。
沙夜さんは立ち上がると、楚々とした所作で頭を下げた。
「初めまして。
「へえ。じゃあ、あたしと奏斗の関係も知ってるってことだよね?」
「幼馴染のおふたりで動画を作られていることは」
「話が早くて助かるわ。奏斗はウチのチャンネルの顔なわけ。視聴者はあたしたちの距離感も含めて動画を見てるの。わかる?」
「あの、なにが言いたいのかよくわからないのですが……」
「他の女と一緒にいるところを見られたらチャンネルの運営に関わるって話」
「私たちはただ、ふたりで本の話を――」
「それが迷惑だって言ってんの! わかんないの!?」
完全に罵声だった。
当然、静謐な図書室の空気は一拍で塗り変わる。
ページを捲る音が止み、歩いていた学生たちも一斉に足を止めた。
それでも花蓮の剣幕は収まらなかった。
「言っとくけど、今のこの状況をそのままネタにしてやってもいいのよ? 『相方に近づいてくる女がいて困ってます』ってさ。視聴者はみんなあたしたちのことを応援してるから、そしたらあんたは6万人を敵に回すことになるわね」
脅すような口調で沙夜さんを睨みつけている。
こいつはどうして、俺が苦しむようなことばかりするんだよ……。
それに今回は傷つくのが俺だけじゃない。沙夜さんにも迷惑をかけてしまった。
「わかったら二度と奏斗に――」
「いい加減にしろよ!」
花蓮の言葉を遮ろうとして、自分でも驚くほどの声が出た。
しまった。つい大声を……。
これ以上ここで騒動を起こしたら沙夜さんまで白い目を向けられてしまう。
この人との大切な居場所を、こんなくだらないことで壊すわけにはいかない。
「ごめん沙夜さん」
「柊くん、あの……」
「また連絡するよ。……迷惑かけちゃって本当にごめん」
俺は自分の荷物を手に取った。
そして立ち上がる勢いのままに花蓮の腕を掴む。
「行くぞ」
「ちょっと。まだそいつとの話が終わってないんだけど?」
「いいから来い」
苛立ちを振り払うように足を速め、俺は花蓮を連れて図書室を出た。