『オタクに優しいギャル』の陰キャ役に選ばれたけど、俺に好きな人がいると知った日から幼馴染のギャルが壊れてしまった。 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
人気のない階段の踊り場まで来て、俺は掴んでいた腕を放した。
「いったいわね……。突然なにすんのよ」
花蓮は掴まれていた部分をさすりながら俺を睨みつけた。
手首には指の跡が赤く残っている。かなりの力を込めていたようだが、謝る気にはなれなかった。
「それはこっちの台詞だよ」
「はあ?」
「なんであんなこと言った」
「あんなことって?」
「沙夜さんを脅しただろ」
「脅してないわよ。ちゃんと事実を説明してあげただけでしょ」
悪びれる様子は微塵もない。壁に背を預けた花蓮は、苛立ちを刻むように爪先で床を叩いている。
「ていうか、なんなのあの女。地味なだけなのに清楚ぶっちゃって。奏斗も奏斗だよ。あんな、見るからのぶりっ子に騙されるなんて」
「沙夜さんはなにもしてないだろ。花蓮が一方的に突っかかったんじゃないか」
「仕方ないでしょ。奏斗が他の女といるところをもし誰かに撮られてみなよ? コメント欄がどうなると思ってんの」
「誰かって誰だよ」
「知らないよ。でも、ウチの学校にも視聴者はいるでしょ」
「だとしても、俺が誰と話そうと勝手だろ……」
「勝手じゃない」
床を叩いていた爪先がぴたりと止まった。
「いい? 奏斗はあたし専属のオタクなの。あんたに変な虫がついたらあたしまで困るんだから。普段からその自覚を持って生活してよね」
虫……?
俺がこの1ヶ月で見つけた高校での唯一の居場所を、その相手を、花蓮は虫と呼んだのか?
俺が貶される分にはいい。花蓮の動画を手伝っているのは俺自身が選んだことだから。
だが、沙夜さんまで見下される道理はどこにもない。
「ふざけんなっ……!」
怒声が踊り場に反響する。
気づいたときには、俺は花蓮の肩を掴み、壁際に押しつけていた。
その拍子に互いの鞄が床へと落ちる。
「お前が俺をどう扱おうと、それは引き受けた俺の責任だ。でも沙夜さんは関係ないだろ!」
「えっ。ちょっ……、なにマジでキレてんの?」
「それなのにお前は、沙夜さんまで巻き込んで……!」
「いっ……!」
花蓮の体をさらに壁へと押しつける。
ほとんど無意識での行動だった。
「いっ、痛いよ奏斗……」
花蓮は身を縮めていた。瞼をぎゅっと閉じながら、胸の前で両手を中途半端に浮かせている。
俺を押し返すでもなく、自分の体を庇うかのように。
「……!」
そこで我に返る。
制服越しの肩は驚くほどか細い。薄く開いた目は、怯えるように左右へと揺れていた。
……違う。こんなことをしたいわけじゃなかった。
腹が立ったからといって、力で黙らせていい理由にはならない。
手を離しながら一歩下がる。
花蓮は俯いたまま、自分の肩をそっと撫でた。
「……悪い。熱くなり過ぎたよ」
頭を冷やすように息を吐く。
それでも鬱憤は残った。
花蓮は沙夜さんを虫と言った。それを有耶無耶にしたら、明日以降も同じことが繰り返されるかもしれない。
なら言っておかなくちゃいけない。怒りに任せた発言ではなく、俺自身の言葉として。
「なあ、花蓮」
俯いた頭は動かない。構わず、俺は続けた。
「――俺、沙夜さんのことが好きなんだよ」
「…………。……えっ?」
俯いていた顔が時間差でゆっくりと持ち上がっていく。
「好き、って……。え……? 冗談だよね……?」
「本気だよ。だから頼むよ、その邪魔だけはしないで欲しい」
花蓮の唇はわなわなと震えていた。
驚くのも無理はない。ショックを受けるのも当然だ。
花蓮にとってこの宣告は、『オタクに優しいギャル』という企画の根幹を――つまりは収益を失いかねない話なのだから。数字に固執していた花蓮にはさぞ迷惑な話に違いない。
だから、このまま押し切っても納得はしないだろう。
ただ、そこはちゃんと折衷案を考えた。
「チャンネルのことは配慮するからさ」
「どういうこと……」
「これで辞めるなんて言わないし、視聴者が俺たちの曖昧な距離感を楽しんでるってのも事実だと思う。だから、目立つ場所で沙夜さんとふたりになるのは避けるよ」
「…………」
「沙夜さんと会うときは、目立たない場所でこっそり会うようにするから。ふたりきりなら問題ないだろ?」
悪くない落とし所だと思う。図書室以外にも、校舎裏とか屋上への階段とか人が来ない場所はたくさんある。そういうところで会う分には問題ないはずだ。
チャンネルの運営にも支障は出ない。俺の気持ちも殺さずに済む。全員が損をしない完璧な提案のはずだった。
それなのに。
「目立たない場所……? ふたりきり……?」
肩を押さえていた花蓮の手が、力を失ったように垂れ下がった。
「そんなの……、そんなのって……」
「?」
血の気が引いた顔で、花蓮はただ突っ立っている。
活動には配慮すると言った。
沙夜さんと会うときは人目を避けるとまで譲った。
花蓮の都合は残らず拾ったつもりだ。
これ以上なにを望むというのか。
わからない。わからないまま花蓮の口だけが動く。
「あの女とは……そこまでして会いたいの……?」
同じことを二度も言いたくないんだけどな……。
ただ、わかってくれるまで何度も伝えるだけだ。
「当然だろ。だって好きなんだか――」
「やめて!」
言葉を遮られ、胸を突き飛ばされる。
よろけた俺の横を、花蓮は素早くすり抜けていった。
「おい!」
床の鞄をひったくり、花蓮が階下に消えていく。
反響する足音は徐々に遠ざかって、やがて聞こえなくなった。
「……なんなんだよあいつ」
誰も損をしない提案だったはずだ。
それなのに――すれ違い様に見えた花蓮の横顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。