『オタクに優しいギャル』の陰キャ役に選ばれたけど、俺に好きな人がいると知った日から幼馴染のギャルが壊れてしまった。 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
「――やめて!」
その先を聞いたら耐えられないと思って、あたしは奏斗の胸を突き飛ばした。
どこをどう走ったのかもわからないまま、気がついたら自宅アパートの部屋に立っていた。電気もつけずに鞄を放り出し、玄関の床に座り込む。
……怖かった。
肩を掴まれたときの力も、目の前で弾けた怒鳴り声も。なにより、あたし以外の女に好意を向けていることが堪らなく怖かった。
それに……。
「なんで追いかけて来ないのよっ……」
ああして逃げ出したら心配して追って来てくれるんじゃないかと、そんな期待も微かに抱いていた。でも呼び止める声が一度聞こえただけで、それ以上はなにもなかった。
「……馬鹿みたい」
自分で逃げ出したくせに追いかけて来て欲しいなんて自己矛盾も甚だしい。
……なにがしたいんだろ、あたしは。
いつからあたしは、こんな矛盾を抱えたまま奏斗の隣にいるようになったのかな。
床に落ちた鞄からスマホを拾い上げる。奏斗からの連絡はなかったけど、通知は溜まっていた。
すべて動画へのコメントだ。
『これで付き合ってないわけないだろ』
『さっさとくっつけ』
視聴者は、あたしたちの関係を勝手に決めつけてくれている。この人たちの中では、あたしと奏斗はとっくにそういう関係なのだ。
それが嬉しかった。付き合ってる前提の反応をひとつずつ読んで、ベッドの上でニヤニヤしていたこともある。
あたしがリアルで言えないことを、視聴者たちは毎回のように言ってくれる。だからもっと、チャンネルを伸ばしたかった。
それに動画の中でなら合法的に奏斗の隣で笑っていられる。企画という体裁さえあれば、肩をくっつけることも手を繋ぐことも余裕だ。カメラが回っている間だけ、あたしは素直になれた。
でも普段は別だ。初めて腕に縋りついた日なんて、編集でそこを再生するのに深呼吸まで要した。ひとりのときですらそれなのだから、録画を止めた直後なんて冷静でいられるはずがない。
直前まで仲良くしていた自分が恥ずかしくて、まともに奏斗の顔も見られなかった。好意を悟られたくなくて、興味がないように振る舞うしかなかった。
もしこの気持ちがバレてしまえば、あたしたちの関係は壊れてしまうかもしれない。けれど、こうやって外堀を埋めていけば、ふたりだけの時間を積み重ねていけば――いずれ奏斗はあたしを好きになる。
本気でそう思っていたのに……。
今日、それが唐突に崩れてしまった。
「あの女のせいで……!」
音無沙夜。あいつのせいですべて台無しになってしまった。
でも、これで諦めたりしない。あたしにも希望は残っている。
図書室で怒鳴りつけたときの、あの泥棒女の顔を思い出す。
あいつが異性として奏斗を意識してる様子はなかったと思う。
そして、告白されている雰囲気でもなかった。
つまり奏斗は、まだ自分の気持ちを伝えていないということ。邪魔しないで欲しいと頼んできたのがなによりの証拠だ。
……そう。だからまだ、なにも決しちゃいない。
ただ悠長に構えていられる状況でもない。
隣にあった当たり前は、ある日なんの前触れもなく消えてしまうから。
一昨年、両親が突然この世を去ってしまったように。
……あんな悲しい想いは二度としたくない。
そんな悲しみの中で、残ってくれたのが幼馴染の奏斗だった。
その奏斗が、あんなぽっと出の女に盗られる……?
「……っ!」
そんなの絶対に耐えられない……!
トーク画面に文字を打つ。
『さっきはごめん』
……違う。消す。
『あたし、ずっと奏斗のこと』
これも消す。
……いつもこうだ。あと少しの勇気が足りなくて、大事なことは全部後回しにして。好きだと伝えた瞬間にすべて壊れてしまうんじゃないかって、今は隣にいられるだけで十分だと自分に嘘を吐き続けた。
でも、あたしたちの関係にはすでに亀裂が入ってしまった。壊れる前に離れていかれたら元も子もない。
もうなりふり構っていられる状況じゃなかった。
……素直になろう。
好きだって伝えよう。ずっと隠していた言葉を、今度こそ面と向かって。
ただ、それだけじゃ足りない気がする。言葉だけで振り向いてもらえるなら、そもそもこんなことになっていない。
奏斗の心を取り戻すには、もっと強烈ななにかが――。
「ハハッ……」
そうだ。
あたしは女で奏斗は男の子。そしてあたしは他人よりも可愛い。
たとえ今この瞬間に天ヶ瀬花蓮を好きでいてくれなくても、少なくともこの体には興味があるはずだ。
だったら、先に既成事実を作っちゃえばいい。
素直に好意を伝えて、さらにこの体を差し出せば、奏斗はきっと振り向いてくれる。目を覚ましてくれるはずだ。
スマホに意識を戻す。余計なことは書かず、あたしは端的に用件を送った。
『今夜ウチに来て。話したいことあるから』
既読はすぐについた。なのに1分経っても2分経っても返信は来ない。
なんで!? 早く返してよ……!
返事がないのが返事だなんて思いたくない。
見捨てないで欲しい――そんな想いが先走って、指が勝手に動いた。
『来なかったらあの女のこと動画で話すから』
最低だ。奏斗が嫌がることを、あたしはまた選んでしまった。こんなことをしたらもっと嫌われると頭ではわかっているのに。
でも、送信は取り消さない。
怒ったままでもいいから、今夜だけでいいからあたしのところに来て。
そうすればきっと……。