「ねぇいろはぁ! 今日は学校休もうよ! 顔色ヤバいって!」
「大丈夫大丈夫。今日を乗り切れば休みだから……」
ふらふらとした足取りで部屋を出ようとする酒寄彩葉。
最初は邪険に扱われていた同居人のかぐやだが、最近は大分彩葉の態度が軟化してきた。
それはそれとして彩葉の生活の詰め込み方は変わらず、いやむしろ以前よりも勉強やアルバイトに精を出していた。
過労で死にそうな顔色の彩葉をかぐやは心配するが、自分のライフスタイルを変えるのを嫌う彩葉は登校しようとする。
「かぐや。今日の晩御飯よろしく……あんまり高くないのでね」
それだけ言って部屋を出る彩葉にかぐやは心配そうな顔で先日買ったクッションにダイブする。
「あ〜もー! あんなんじゃいろは倒れちゃうよ〜!」
寝転がりながらネットサーフィンでなにか方法はないかと検索。
幾つかの動画を見て、かぐやはある動画に辿り着く。
「これだ!」
早速やり方を頭に叩き込んだ。
「ただいま〜。かぐや〜、ご飯できてる〜?」
学校とアルバイトを終えた彩葉は今にも倒れそうな自分をなんとか堪えて雑に靴を脱いで部屋に入る。
今すぐ寝てしまいたいくらい疲労が蓄積している。
晩御飯が脂っこい物だったら受け付けないかもしれない。
そんな事を考えていると、かぐやが抱きついてきた。
「いろは、おかえり〜!」
「ちょっと抱きつかないでよ! いや、いまホント無理……」
ぶっ倒れそうになったのをなんとか耐える。
でもそんな事はお構い無しにかぐやがちょいちょいと手招きする。
そこには少し高く座る為のクッションが積み上げられていた。
「いろは、取り敢えずここ座って!」
「なになに〜!」
疲れてるのにホント勘弁して欲しいと思ういろは。
しかし逆らう気力というか、疲れて頭が回らず、とにかく立ってるのが辛くて座った。
背後に立ったかぐやが首と肩を撫でるように触れる。
「かぐや、いろはの為にマッサージを修得しました〜! 癒やしを是非!」
「まっさーじー?」
頭が回らないでいると、かぐやが肩に触れてくる。
「カタッ!? 石みたいじゃん! じゃあ先ずは擦るねー」
そう言ってかぐやは彩葉の肩を温める為に擦る。
血行が少しだけ良くなり、彩葉大きく息を吐いた。
「いろはは疲れてんだからさー。休むことも覚えなよ」
がんばりすぎ、と首に流れてる血を押し上げるように親指で押す。
「ん……っ」
肩をトントンと叩いたり、揉んだりしながら少しずつ筋肉をほぐす。
「ちょ……かぐや上手じゃな、い……いつの間にこんなことおぼ……あぎゅっ!」
グリグリと親指で押されて不意に声が出る。
「ん〜。ネット動画でやってるマッサージを真似してるだけだよ〜?」
それにしては上手い。
手や指の動きに迷いがなく、彩葉の凝っているところを指圧してくる。
そこで首に冷たい液体が塗られる。
「ちょっと! なに塗って……あ!」
リンパを押し流すように首を強めに擦るかぐや。
「マッサージ用のオイル〜いい匂いでしょ」
「あんたまたそんな高そうな、の……んっ!?」
叱ろうとするが、疲労がピークなところに指圧による刺激に甘い吐息が漏れた。
肩を揉むのに戻る。
親指でグリグリしながら押し上げるように力を入れるかぐや。
滞っていたリンパの流れる感覚がして心地良い。
力加減も絶妙で痛気持ち良い。
「はぁ……」
重かった肩が楽になる感覚からウトウトし始めると、かぐやがパッと手を放す。
「あ……」
なんで離すの? と訊こうとする前に、かぐやが肩揉みから肩叩きに変える。
トントントンと小刻みに左右の肩を叩く。
「まだ寝ちゃダメだよー。かぐやが極楽に連れてってあげるんだから!」
「極楽って、どこよ……あっ、でもホントに気持ちいい……」
目を閉じて肩叩きの刺激に身を委ねる。
痛くない力加減でほぐしてくる。
「いろははさぁ、がんばり過ぎだよ。休んでって言ってもきっと簡単に休んでくれないだろうから、かぐやが癒してあげるね! という理由で、うつ伏せになって」
「なにがというわけよ〜……」
なんとか意地を張るように返すが、脱力して呂律が怪しくなってくる。
それでも言われるままにうつ伏せになる彩葉。
背中のシャツを捲り、かぐやは彩葉の腰に手を当てる。
「それじゃ、いっきま〜す!」
そこから始まる腰へのマッサージに移る。
「うわ……コリやっば……よく平気だったねいろは」
握り拳で強めに腰を押す。
それだけで彩葉の口から重い息が吐かれる。
「極楽ごくらく〜。かぐや〜……次はマッサージの動画でも投稿してみる〜?」
「いいね! じゃあマッサージを受けてるいろはの声を録っていい?」
「いやよ……ん……っ」
程良く痛気持ち良い刺激が腰に与えられる。
手の平や指を使って背中や腰の血流を整えてくれる。
(きもちいいなぁ……なんか、全部どうでもよくなる……)
この瞬間だけはやらなきゃいけない予習とか、シャワーやご飯も、全部後回しでいいやと思えるくらいに思考が鈍化する。
グリグリと肘で尻を押すと、お尻って凝るんだぁ、とちょっと感動した。
ひたすら丁寧に凝りをほぐしてかぐや。
「いろは〜。足をマッサージするから仰向けになって」
「は〜い……」
もう逆らう気力もなく言われた通りに体勢を変える。
「んじゃ、いっきま〜す!」
太腿からふくらはぎまでマッサージ用のオイルを塗りつつ指圧する。
特にふくらはぎの部分は血流を下に流すように何度も強く擦ったり、パンパンとリズムカルに叩く。
「♪ 〜♪ 〜」
鼻唄まじりにマッサージをするかぐや。
急激に凝りが解消されていき、彩葉は逆に足腰に力が入らなくなっている。
かぐやの手が彩葉の足の裏に触れる。
「ちょっと痛いかもしんないから、我慢できなかったら言ってね」
「ふへ? ……イッタァッ!?」
かぐやが足の裏を押すと激痛が入る。
彩葉の反応を見ながら押す力を調整する。
「ん〜こんくらいならどぉ?」
「あ〜それくらいなら痛いけど気持ちいい……」
「は〜い!」
足裏を指圧したり手で包むように擦る。
かぐやはマッサージを始めてからまるで宝物でも扱うように真剣かつ丁寧に彩葉の体をほぐしていく。
足裏のマッサージが終わると、ふーっとかぐやは額の汗を拭った。
「それじゃあ最後に耳かきしま〜す! いろは、頭載せて!」
自分の膝をポンポンと叩くかぐや。
「いや、それは恥ずかし────」
「いーから!」
「わっ!?」
半ば強制的に自分の膝に頭を載せさせる。
耳の側面を軽く引っ張りながら覗く。
「うわ〜。けっこう溜まってますなぁ」
「口にするのやめて……」
耳の中を覗かれている羞恥心から顔が熱くなる。
「これじゃあ最近聞こえづらかったんじゃない?」
「そう、言われたらそうかも……」
バイトで指示や客の声が少し聞き取りづらかったような気がする。
てっきり疲れからかと思ったが、単純に耳垢が溜まり、塞がっていたらしい。
かぐやがヘラ型の耳かきを耳穴に入れる。
溜まっている耳垢を集めて取り除いていく。
(これもきもちいい……)
耳の中に弄られてるのに痛みはなく、独特の気持ち良さを与えてくる。
直接鼓膜に届く耳を掻く音も、これまでの披露もあって程良く眠気を誘ってくる。
(だめ……終わったあと、ちゃんとかぐやにありがとうっていわな、きゃ……)
そう思っていても、襲いかかってくる睡魔に彩葉は目蓋を下ろしていった。
「終わったよ〜いろは〜。ありゃ?」
妙に静かだと思ったら彩葉は既に眠っていた。
耳掃除に夢中で気付かなかった。
あんまり気持ち良さそうに眠っているので、このまま起こすのも悪い気がする。
「しょうがないなぁ」
膝枕したままなのは正直辛いが、たまにはこういうのもいいだろう。
「ほんと、がんばりすぎだって……」
毎日毎日遅くまで勉強し、学校やアルバイトに精を出す高校生。
いつ倒れてもおかしくないスケジュールをこなしてきたのだ。
その負担は半ば無理やり同居してるかぐや自身の面倒を見てる疲労もあるだろう。
「お疲れさま、いろは」
その頑張りを褒めるようにかぐやは彩葉の頭を撫でた。
翌日。
彩葉は昨夜かぐやが使ったマッサージ用のオイルを含めた道具のお金を見ていた。
高い。いったいこれで何日分の食費になるのか考えるのも嫌なくらい。
「かぐや……これ……」
「あ、うん。いやーせっかくだから良いの使いたくってさぁ。奮発しちゃった!」
「orz……」
「いろは? どうしたのいろはー!?」
魂が抜けたようにその場に座り込む彩葉の肩をかぐやは何度も揺さぶった。