運命の赤い糸が見える俺、運命の相手は魔王様でした 作:Toaria
前回も感想をいただけて、とても励みになりました。
今回は、その中でいただいたアドバイスを参考にして、一部描写を見直してみました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
北へ向かう道中。
森を抜けたところで、俺はまた指先を見る。リコリスと繋がる一本。アネモネと繋がる一本。そして、
「マキアが見えるって言ってた運命の糸はあと何本あるの?」
アネモネが話しかける。
「あと2本だな」
俺は肩をすくめる。
リコリスが静かに言う。
「十中八九、残りの仲間だろう」
「……大丈夫なの?」
アネモネが少しだけ顔を曇らせる。
俺は笑った。
「まあ、いいじゃん。会えるなら会おうぜ」
だがリコリスは何も言わなかった。
数日後、小さな町に着く。教会の鐘が鳴り、穏やかな空気が流れている。
そして俺の指の赤い糸はまっすぐ教会に伸びていた。
「……ここか」
アネモネが呟く。
「教会?」
リコリスは少し考える。
「前世で教会に縁がある者は一人だ」
「誰?」
首を傾げる俺に、リコリスは言う。
「聖女」
「……リナリア?」
俺の頭の奥が少しだけ疼く。
白いローブ。優しい声に笑顔。
「思い出せん」
俺は頭をかいた。
思い出せないことを引きずっても仕方がないと、さっさと気持ちを切り替えて教会の中へと向かう。
「おねえちゃんきょうはあたまがいたいの……」
「大丈夫です、すぐに治りますから」
「わぁいたみがなくなった!ありがとう!だいすき!」
「どういたしまして。私も好きよ」
「突然すまん!母の病状が悪化したみたいなんだ!」
「今お薬準備しますから、安心してくださいね」
「いつも助かるよ!」
「いつも町の者がすまんのぉ、大したお返しにもならんが町のみんなで買ったフルーツじゃ。受け取ってはくれんか?」
「まぁ町長さん、ありがとうございます!」
教会の中では白い修道服の女性が子治癒魔術を施したら薬を渡していた。柔らかい笑顔。穏やかな声。
俺の指の赤い糸はその人に繋がっている。
アネモネが小さく言う。
「……間違いない」
リコリスも頷く。
「前世の聖女だ」
女性は俺たちに気づき、微笑む。
「こんにちは。旅の方ですか?」
普通の声。普通の反応。前世の記憶なんて――何もない。
俺は少しだけ考えて言う。
「俺にも薬、もらえる?」
「はい」
彼女は優しく答えた。
「怪我ですか?」
「いや、胃が」
主に後ろの二人のせいで。
彼女はくすっと笑う。その笑顔を見て。
俺はふと思う。――この人。今、幸せそうだな。教会の子供たちが彼女に懐いている。町の人も信頼している。静かで、平和で、普通の生活。
俺は振り向かずに小さく言う。
「……やっぱやめとこう」
アネモネが眉をひそめる。
「え?」
「前世思い出させるの」
俺は肩をすくめた。
「やる必要なくね?」
リコリスが俺を見る。
「何故だ?」
俺は言う。
「だってさ」
教会の中を見る。
「前世を思い出した時、アネモネ泣いてたろ?それに引っかかってたんだ。元々アネモネはあの町で一生を過ごすつもりだったんだろ?なのに前世を思い出させたせいで俺に着いてきちまった。前世を思い出すことは人生を変えてしまう可能性があるということなんだ。そして俺はお前らを不幸にしたいわけじゃないんだよ」
沈黙。
しばらくし、無事胃薬を貰うと俺たちは何も言わずにそのまま町を離れた。
その夜、森の野営地でアネモネがぼそっと言う。
「マキア、ほんとにいいの?」
「いいって、今更前世の記憶とか戻ってもあの人は辛いだけだろ」
リコリスが静かに焚き火を見ている。その時だった。空気が凍る。リコリスが立ち上がる。
「……来る」
アネモネも魔力を展開。
「何?」
次の瞬間。ドォォォォン!!!!森が吹き飛んだ。爆風。土煙。そして――二つの影。一人は細身の男で黒いローブを着こなし、頭には捻じ曲がっているツノが一つ伸びている。もう一人は全身鎧。細身の男が笑う。
「見つけた」
低い声。
「裏切り魔王」
「……四天王のムラクと……誰だ?」
魔王を辞めてから四天王の半数が変更となったことしか知らないリコリスにとって、グラディウスとムラクの二人以外知らないのは仕方ないのだろう。
男は拍手しながら答える。
「お久しぶりだね、元魔王。僕は四天王のムラク。もう一人新参の四天王のシュラと来させてもらったよ。グラディウスの反応が消えたのを確認してね」
にやりと笑う。
「調べたら、ここにいたってね!」
ムラクが動き出す。
懐からナイフを取り出したかと思うと魔族らしい優秀な身体能力を活かして、凄まじい速度で投げてくる。
アネモネがすかさず魔法を放ち、相打ちをとる。
「わーお。いい反応してるねぇ。やっぱり強いねぇ」
「一方的に知られてるってのは薄気味悪いな」
「そうだねぇ。じゃあせっかくだから君に僕のことを教えてあげるよ」
そういうと、彼は自分の腕をナイフで切った。すると……
「傷口が……沸騰している!?」
「僕の能力は《悪化》、僕がこのナイフで傷をつけた場合にその症状を悪化、ついでに一定以下の回復量じゃ治らないようにすることができるんだ」
もちろんキャンセルもできるけどね、という一言とともに、彼の傷口の沸騰はおさまり、やがて傷口は消えた。
「にしても、うーん……わかってたけど不意打ちでも攻撃防いじゃうかぁ。僕の攻撃で傷を与えるのは厳しそうだねぇ」
ムラクは顎に手を当てて数秒考えたかと思うと何かハンドサインを行う。すると、
「……」
無言のまま、全身鎧が走り出す。
突然の行動に驚きつつも、反射的にリコリスとアネモネは魔術を展開し、放つ。そして全てが全身鎧を襲う。
だが全身鎧は魔法を全てくらいながらも全て無視して突っ込んでくる。
「うっそだろ!?」
「あの威力の魔術を受けても怯まないの!?」
「……妙だな」
俺たちが驚いているのも関係ないとばかりに全身鎧はなおもこちらに向かって来る。
リコリスはその動きに違和感を覚えたのか距離を取ることを優先したが、アネモネは未だに迎撃を試み、魔術の構築を急ぐ。だが、
「……あれは!?」
相手の攻撃を避けるために普段から相手をよく見ていたおかげだろう。すぐに気づけた。
全身鎧が一部だけ欠け、そこから見えたのは──骨と爆薬だった。
使い捨ての自爆攻撃だろう、と。
意識外からの攻撃に、アネモネが目を見開く。
「まずい!」
(この戦闘でくらってはいけないのはムラクのナイフだけ!ならば、アネモネより俺がくらったほうが前衛の負担のみで耐えられる!!)
俺はアネモネを弾き飛ばす。
「マキア!?」
ドォォォォォン!!!!
世界が白く弾けた。気づいた時、俺は地面に片膝をついていた。血の匂い。
「……かはっ!」
「マキア!!」
「まずい、今倒れると戦況が厳しくなるぞ!」
ムラクが嘲笑う。
「やっぱりだ。仲間を護るために身代わりになった。君がこのパーティの中心なのに、ね?」
ムラクは指で頭を叩き、お前は馬鹿だと仕草で表現してくる。
「簡単に引っかかってくれて助かるよ。誤解のないように言っとくけどシュラもちゃんと来てるんだよ?ただシュラには隠れてもらっているんだ。彼女の能力は《蘇生》でね。僕も直接戦闘できるわけじゃないからシュラに頼んで一匹骸骨を用意してもらったんだ。騙されてくれたみたいで何よりだよ」
自慢げな表情をしながらも語り続ける。
「戦いにおいて相手の話を信じるのは馬鹿がすることだよ?最も、騙せる自信があったからこっちもやったんだけどねぇ。これはね?僕の持論になるんだけど簡単に相手を騙すには2つ方法があると思うんだ。一つは最初も最初、相手が一番こちらの情報を欲している時にすごく簡潔な嘘をつく。もう一つが」
「…!!ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「「マキア!?」」
自爆をくらったことでできた傷が、突然沸騰し始める。
「嘘の中に真実を混ぜること、かな。真実に近いほど良いと思う。特に目の前で実演してあげると相手は簡単に全てが真実だと思い込んでくれる。僕の能力は《悪化》だけど、僕が傷をつける必要はないんだ」
一拍。
「この嘘のおかげで、君は僕のナイフを注視しすぎたわけだ。もう少し冷静に対処できれば、まだなんとかなったかもなのにね。ナイフさえ受けなければ後は何とかなるとでも思ったかい?」
この時点で俺は《悪化》によって、既に行動は不可能に近く、ポーションを用いたとしても焼石に水だろう。唯一の前衛かつパーティの潤滑油でもあった俺のダウンで、俺たちのパーティで動けるのは後衛二人となる。その上、
「……うそ、嘘よ。私のせいで、マキアが……」
自分の判断ミスで俺が死にかけていると考えたのだろう。俺が出しゃばったからだと否定してやりたいが、《悪化》の痛みで俺は意識を落とした。
アネモネの様子からも、今勝ち目はなくなったと言っても良いだろう。
その時、リコリスが静かに言った。
「……仕方ない」
立ち上がる。
「予定変更だ。しばらく一人で耐えろ」
「何する気!?」
リコリスは言う。
「聖女を呼ぶ」
「は!?」
「相手の能力である《悪化》を警戒する上で、ポーションよりも高い回復力を持ち、これから仕掛けて来ることが予想されるシュラの《蘇生》対処のためにも奴の神聖術が必要だろう。その上、今はマキアも瀕死だ」
そして、魔法陣が展開され、光り出す。
「綺麗事を言う余裕はもうない」
顔には焦りが見られた。
「緊急だ。悪いが強制的に」
目が冷たい。
「前世を呼び起こす」
天に手を翳し、告げる。
「《記憶解放》」
◆
遠く。町の教会で──白い光が空へ伸び、聖女の封じられた記憶が無理やり目覚める。
遠く離れた町の教会。
白いローブの女性──リナリアは、薬を並べていた手を止めた。
「……え?」
胸の奥が、急に熱くなる。
ドクン。鼓動が跳ねた。
「なに……これ……」
頭の奥に、知らないはずの景色が流れ込んでくる。戦場。炎。剣の音。仲間の声。そして──
「……マキア」
名前が自然とこぼれた。知らないはずの名前。
なのに、涙が出た。手から薬瓶が落ちる。パリン、と床で割れた。頭の中で声が響く。
『ごめん、リナリア』
知らないはずなのに。彼の笑顔を、知っている。
「……嘘」
膝が震える。頭の奥で、もう一つの声がした。
『繋がったか。悪いが緊急だ。マキアを死なせたくなければ早く来い』
聞いたことのない声。普段なら知らない者からの指示なんてもっと考えてから行動するだろう。しかし前世でリシマキアを助けられなかった彼女はその言葉にすぐ行動せざるを得なかった。
彼女は走り出していた。子供たちの声も、町の人の呼び止めも聞こえない。ただ一つ、胸の奥で叫ぶ声だけがあった。
(お願い、間に合って!!今度こそ──マキア)
足元に光が広がる。
(あなたを助けさせて!!)
「《転移》!」
白い光が、夜の森へと消えた。
◆
森。爆発の煙がまだ残っている。焦げた木の匂いが夜の空気に混ざっていた。
ムラクが肩をすくめる。
「一人でよく粘るね」
アネモネが叫ぶ。
「まだよ!!あの娘ーーリナリアが来るまでは絶対に持たせる!!」
杖を振る。足元に巨大な魔法陣が展開する。
「《フレアランス》!」
無数の火槍が空へと放たれた。雨のように降り注ぎ、アンデッドの群れを貫く。
骨が砕ける。腐肉が燃える。
だが森の奥から、さらに黒い影が湧き出してくる。骨の兵士。腐った狼。黒い霧。
アネモネが歯を食いしばる。
(数が多すぎる……!)
アンデッドが一斉に突進する。腐った狼が跳びかかった。
「ちっ!」
杖を横に振る。
「《エアロヴェイル》!」
強烈な風圧の障壁が広がる。狼が弾き飛ばされる。だが別の骨兵士が剣を振り下ろした。ギィン!!
アネモネが杖で受ける。重い。骨の剣が押し込んでくる。
(まずい……!)
骨兵士の頭が吹き飛んだ。黒い魔力の刃。
リコリスがゆっくり前に出る。
「……鬱陶しい」
手を振る。
「《シャドウ・パイル》」
黒い刃と影の棘が扇状に走った。十体以上のアンデッドが一瞬で真っ二つになる。
ムラクが笑う。
「さすが元魔王」
森の奥からフードを被った一人の女性が出てくる。おそらくはシュラだろう。フードの奥で笑う。
「どう、流石にこの盤面は返せないでしょう?何かを待ってるみたいだけど時間をかけすぎると愛しの勇者様が死んじゃうかもねぇ?」
地面の魔法陣が輝く。腐った死体が再び立ち上がる。
アネモネが叫ぶ。
「また増えてるじゃない!」
アンデッドの群れが波のように押し寄せる。
その瞬間、空から光が落ちた。白いローブが夜風に揺れる。
アネモネの目が見開かれた。
「……リナリア」
聖女は、ゆっくり顔を上げた。その瞳にもう迷いはない。
まっすぐマキアを見る。
「……また」
小さく呟く。
「また守れなかったかと思った」
膝をつく。血だらけのマキアの体に手を置く。震える指。そして静かに言った。
「今度は」
白い魔法陣が展開する。
「間に合わせるから。《セイクレッドリバース》」
光が溢れた。暖かく、優しい。森全体を包むほどの光。
リコリスが目を細める。
「……規格外だな」
マキアの胸がゆっくり上下する。骨が戻る。傷が塞がる。血が消える。
ムラクが呆然とする。
「……僕の《悪化》が何の意味もなさないとかある?これでも四天王なんだけど?」
リナリアは涙をこらえながら呟いた。
「もう」
手を握る。
「一人で行かないで」
マキアは眠ったままだ。だが呼吸は安定している。リナリアは立ち上がり、ゆっくり振り向く。その瞬間、空気が変わる。聖女の魔力が森を満たす。アンデッドたちが一斉に怯む。
シュラが驚く。
「……なんだこいつ、急に出てきて」
リナリアが静かに言った。
「死者は」
白い魔法陣が広がる。
「眠るべきです。《セイクレッド・バニッシュ》」
夜が昼になった。白い光が森を埋め尽くす。骨が崩れる。腐った肉が灰になる。アンデッドが次々と消滅していく。
「うそ!?一撃で!?」
シュラが叫ぶ。
数秒後、森に残っていたアンデッドは、すべて消えていた。
アネモネがぽつりと言う。
「……前世で最後に会った時より遥かに強くなってない?」
リナリアが振り返る。
「当然だよ」
マキアを見る。
「この人がいなくなってからもずっと、私は祈り続けていたから」
ムラクは苦笑を浮かべる。
「えーまじかぁ」
シュラのアンデッド壊滅に戦力不足。
「……これは撤退だねぇ」
「本当に言ってる!?折角勇者を使い物にならないようにして、残りも全員後衛なわけでしょ!?なら今「いや、撤退だ」…っく」
ムラクの発言にシュラが突っかかるが、意見は変わらない。
リコリスが魔術を展開し、ムラクへと向ける。
「逃すと思うか?」
「元魔王のあなたならご存知でしょう」
だが、地面に既に描いていた魔法陣が光出す。
「僕は元々直接戦うタイプじゃくて」
ニヤリと笑う。
「参謀タイプだって。もちろん今回、負ける可能性は計算済みだ」
煙玉のような黒い霧が広がる。
リコリスも即座に魔術を放つが手応えはない。
アネモネが叫ぶ。
「逃がさない!」
だが、霧が晴れた時には二人の姿は消えていた。リコリスが舌打ちする。
「相変わらず小賢しい奴だ」
アネモネが肩を落とす。
「くそ……」
その時、リナリアが小さく言った。
「……大丈夫」
二人が振り向く。彼女はマキアの横に座っていた。優しく髪を撫でている。
「全部終わりました」
夜風が焚き火を揺らす。静かな時間が流れた。アネモネがぽつりと呟く。
「……起きたら何て言うかな」
リコリスが腕を組む。
「どうせ」
少しだけ笑う。
「『俺また何もしてなくね!?』だろうな」
アネモネが吹き出す。
「ぷっ、確かに」
リナリアも小さく笑った。そして、優しく言う。
「おかえり」
眠る勇者に。
「マキア」
夜は静かに更けていった。
◆
「……あれ?」
体を起こす。痛みは……ない。いや、むしろ信じられないほど軽い。
確か俺は、アンデッドの群れに囲まれて――
「起きた?」
横から声がした。
振り向くと、焚き火の向こうにリコリスが腕を組んで立っていた。
アネモネは木にもたれて座っている。
「……あれ?戦いは?」
「終わった」
「早くね?」
俺の疑問に、アネモネが肩をすくめる。
「あなた寝てたからね」
「あれぇ?」
「あの時はごめんね、私が悪かったわ……」
あの時、というのはおそらく骸骨の自爆特攻に気づかなかったことについてだろう。なら俺の答えは決まってる。
「あれは俺が勝手に出しゃばっただけ何だからアネモネが気にすることじゃないよ」
「……うん」
「お、思ったより素直だな。正直、でも私の判断が悪かったから……とか言うかと思ってたんだが?ってか記憶が正しければ俺が気を失う前、もっと錯乱してなかったか?」
「……だって治ってるし。それよりも混乱が勝ってるというか……」
「混乱?そういや俺ってムラクの《悪化》で実質の治療不可の大怪我してたよな?何で治ってんだ?」
「私が治したからだよ?」
静かな声が背後からした。ゆっくり振り向く。
白いローブ。焚き火の光に照らされた金色の髪。そして――
「……リナリ、いや信徒さんがなんでここに?」
「リナリアで間違いないよ?」
聖女は、俺をまっすぐ見ていた。その瞳を見た瞬間、背筋が冷える。
「……記憶」
俺は思わず立ち上がる。
「お前……」
喉が乾く。
「……思い出したのか?」
リナリアは般若を彷彿とさせるような笑顔で尋ねる。
彼女の圧が高まる。
「ある程度の事情は聞いたけど、念のためマキアにも聞くね?どうして、私の記憶を戻そうとしなかったの?」
わかっていた質問だった。でも、逃げる気はない。
俺は思ったまま答えた。
「アネモネはさ、記憶を戻した時泣いたんだよ。そして思い出の店を捨ててまで俺についてきた」
俺はアネモネを見る。
「バハムートを倒す上で仲間が欲しかったからさ。何も考えずに前世の記憶を戻してもらった。その結果、アネモネの元の生活を壊してしまったんだ」
そして、と続ける。
「……お前は」
少しだけ笑う。
「幸せそうだったから」
リナリアの目が揺れる。
「教会で子供たちに囲まれてさ。薬作って、祈って、笑ってた。町の人たちからも信用されて、必要とされてた」
あの光景が頭に浮かぶ。
「だから思ったんだよ」
焚き火の火が揺れる。
「俺の都合で、今の生活を壊すのは違うだろって」
沈黙。数秒。そして――バシッ!!
ビンタが飛んできた。
「痛っ!?」
「勝手に決めないで!!」
リナリアが泣きながら怒鳴る。声が震える。
「勝手に測らないで!!」
拳を握りしめる。
「あなたがいない世界で幸せになれるわけないでしょ!!」
森が静まり返る。俺は言葉を失った。
リナリアは涙を拭きながら、もう一歩近づく。
「……前もそうだった」
小さな声。
「勝手にあなたは一人で行って」
俺の胸を軽く叩く。
「そして死んだ」
痛い。でも、これは剣より重い。
リナリアは睨みながら言った。
「次」
指を突きつける。
「次こそ置いていったら」
少し間を置いて、
「聖女の権限で呪うから」
「こわっ!?」
思わず叫ぶと、横からアネモネが笑いを堪えていた。
「自業自得ね」
リコリスも鼻で笑う。
「当然の報いだな」
俺は頭を抱えた。
「いや待て待て、味方いなくない!?」
アネモネが口をはさむ。
「一応言っておくけど私にもリナリアと同じことしてたら怒ってたからね!置いていくなんて許さないから!!」
リナリアが、そっと俺の手を掴んだ。
「……今度は」
小さく言う。
「一緒に行く」
強い声だった。
「絶対に」
俺はため息をついて、空を見上げた。
星が瞬いている。
「……わかったよ」
苦笑する。
「今度は」
仲間たちを見る。
「ちゃんと頼る」
「最初からそうしなさいよ」
アネモネがニヤッと笑う。
リコリスは腕を組んだまま言う。
「さて」
視線を北へ向ける。
「まだ終わっていないぞ」
俺は立ち上がる。
指の先から赤い糸が伸びている。四つの糸が、確かにそこにある。
「……あと一人だな」
そう呟いた。
「そういやどうやってリナリアの前世を思い出させたんだ?」
リナリアは無言でビンタの準備をする。
「いや違うから!!単純に気になったんだよ!だってリナリアと戦場は距離があったろ!?」
「記憶解放に距離制限などない。使う機会がなかっただけだ」
それを聞いて俺は思いつく。
「じゃあさ、最後の一人――シオンの記憶戻してこっち来てもらおうぜ。そっちのが早いじゃん」
三人から馬鹿を見る目が向けられる。
アネモネがため息をつく。
「あんた本当に何も考えてないわね。あの娘はマキアを守るためにガーディアンとなって勇者パーティに加入したのよ?なのにマキアは護る機会すら得られないまま一人で死んだ。そのせいであの娘がどれだけ病んだと思ってんの?」
アネモネが俺と目を合わせる。
「そんなことしたら最悪――自殺しちゃうわよ?」
やべぇまじ重い。前世の俺何してんだ。もう勇者様呼びやめます。出て来いそしてしばかせろ。
重い沈黙が落ちた。
焚き火が、ぱち、と音を立てる。
俺は頭を抱えたまま呟く。
「……いやぁ、前世の俺さ」
空を見上げる。
「最低じゃない?」
アネモネが即答する。
「最低ね」
リナリアも頷く。
「最低だね」
リコリスは腕を組んだまま言った。
「紛うことなき最低だな」
「満場一致やめろ」
パンッと乾いた音が森に響く。リコリスが手を叩いたのだ。
「寝てただけの馬鹿でも現状の理解はもう済んだろう」
三人が視線を向ける。リコリスは呆れた顔で言った。
「前世のマキアを責めても時間の無駄だ」
焚き火の向こうで、金色の瞳が細められる。
「重要なのは今だ」
俺を見る。
「シオンも近くにいるんだろ?」
俺は指を見る。赤い糸が、今いる仲間を除くと、一つだけ真っ直ぐに伸びている。
「……ああ」
北の方角。
「間違いない」
アネモネが立ち上がる。
「あの娘が居そうな場所ってどこよ。前世は確かマキアが拾って来てたでしょ?」
「いやだから俺前世ほとんど思い出せてないんだって…」
「それ、どういうことか教えてほしいな」
リナリアが反応し、俺の肩を揺さぶってくる。
「あー、リナリアも前世戻すために一度くらったと思うけど《記憶解放》ってあるだろ?俺がそれされた時、何故か気絶しちゃったんだよね。で、バグって?俺だけ中途半端なんだ」
「ふん。マキア以外誰も気絶などしていないのだからマキアの脳が微生物レベル説は有効そうだな」
「それ言うなら俺だけ中途半端なの絶対あの電撃のせいだったろ!!こいつらはちゃんと成功してるじゃねぇか!!もっとも、すぐ前世戻らなかったの確かに俺だけだけどね!?」
雑談をしながら歩き出す。焚き火を消し、森を出る。夜風が少し冷たい。
少し歩いたところで、アネモネが小さく言った。
「……マキア」
「ん?」
「本当に」
少しだけ躊躇う。
「思い出させるの?」
足が止まる。その目は覚悟を問う目だった。
「私の時はその重さを知らなかった。リナリアの時はあなたが気絶してるときに勝手にやった。でも今回はマキア自身が決断しなくちゃいけない」
正直な声だった。
「あの娘」
視線を落とす。
「あなたを守れなかったこと、本当にずっと気にしてた。私たちよりもずっと重いわよ」
「……だろうな」
俺は頭をかいた。そして少し笑う。
「でもさ」
三人を見る。
「仲間だろ」
リコリスがニヤリとする。
「ようやく勇者らしいことを言ったな」
俺は続ける。
「一緒に背負って♪」
沈黙。白けた空気が場を占める。
軽く咳払いし、発言を変える。
「今度こそは置いていかないようにな」
アネモネがため息をついた。
「……本当、そういうとこよ」
リナリアも小さく笑う。
「うん」
リコリスは肩をすくめる。
「何はともあれ決まりだな」
俺は指を見る。赤い糸は、確かに北へ伸びていた。
「明日、準備でき次第行こう」
勇者パーティ最後の仲間。
ガーディアン。
「シオンのところへ」
◆
次の日の朝、俺はリナリアに問う。
「町の人たちへの挨拶はもう済んだのか?」
「ううん、でもいいの。まだ朝早いし、教会の方に置き手紙も残してきたから大丈夫」
「……本当にいいのか?」
「うん。知り合いの治癒師にこの町に住んでみないかって声かけもして、引き継ぎもちゃんとしたから。じゃあ行こ「おねえちゃん!」」
どこか聞いたことのある声に振り向く。そこには俺たちが初めて教会に来た時にリナリアに懐いていた女の子、だけではない。おそらく町に住む人たちが何人もそこにおり、そしていまだに人が集まってくる。
「みんな……どうして?」
町長が代表して前に出ると、話し始める。
「この子はあなたに大層懐いておってのぉ。今日も朝から一緒に遊ぶと言ってかけだして行ったんじゃよ。その後でこの子があの手紙を読んだみたいでの?そこでわし達も貴方が出発することを知ったわけじゃ」
そう現状の説明を終えたかと思えば町長は頭を下げ、それに続き、そこに集まった人たち全員が頭を下げた。
「今までこの町に尽くしてくれてありがとう!」
「貴方のおかげで母の病状が安定したんだ!」
「うちは夫が!」「この前はポチを治してくれてありがとう!」「この町には薬の専門家もいなかったから本当に助かったよ!」
口々にお礼の言葉が続く。
みんながお礼を言い終えると、リナリアにとびきり懐いていた女の子が少し前に出る。
「……あのね?わたしおねえちゃんがだいすきだよ?」
リナリアは膝を折り、女の子と目線を合わせる。
「私も、大好きですよ」
「わたしね?しょうらいおねえちゃんみたいなちゆしになる!!」
その言葉に、リナリアは一瞬硬直するが、やがてその表情をゆっくりと綻ばせ、視線をマキアに少し向けてこう返す。
「じゃあ一つアドバイス送るね?一人、何よりも大事だと思える人を見つけてね。それが何よりも君の助けになるよ」
その笑顔は、誰もが見惚れると言ってもいいほどに美しかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はリナリアが町で築いてきた日常や、町の人たちとの関係にも着目して書いてみました!
皆さんからいただく感想やアドバイスのおかげで、モチベーションを保ちながら執筆を続けられています!
また、僕が最初に考えてていた以上にずっと納得のいく世界観に近づけているように感じています!
本当に感謝しています!
これからも楽しんでいただけるように頑張ります!