運命の赤い糸が見える俺、運命の相手は魔王様でした 作:Toaria
オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル
タグ:R-15 残酷な描写 転生 男主人公 曇らせ ハッピーエンド 魔王 ハイファンタジー 勘違い コメディ
しかし戦う才能に恵まれず、冒険者として落ちぶれた生活を続けていた。
リシマキアには運命の相手を魔力で視覚化することができた。だが、それは戦闘に生きることのない力だった。
そんなある日の朝だった。魔王を自称する美少女が突然現れ、リシマキアの前世が勇者だと告げる。
これは勇者に憧れた少年と元魔王が、散り散りになったかつての仲間たちと共に世界を救う話。
終わったはずの勇者の物語の、その先の話。解けた糸を、もう一度結び直すための物語。
なお、前世で作った地雷を回収することとなる模様。
もしかしたら誤字脱字や違和感があるかもしれませんが、僕が好きな内容を込めて書いたので、是非とも最後まで読んでみて欲しいです!
ちなみに今回短編で出させてもらっていますが、全部で七話ほどを2日に一回くらい出せればいいなと考えています。
次話から仲間達が加入していくので、もし興味があれば続きを待って貰いたいです!
「私と貴様は……だったはず……何故……だ」
目の前の少女が悲しそうな表情を浮かべつつ、何かを言っている。
彼女は黒い髪を肩まで伸ばし、その頭からは二種類のツノが伸びている。
無意識に言葉が出る。
「 」
その一言に女は目を見開き、やがて表情が穏やかになった。
一拍置いて、彼女は口を開き……
◆
「――ちょっと、マキアさん。起きてください、マキアさんってば」
肩を小突かれる感覚と、呆れたような声で目が覚めた。
重い瞼を持ち上げると、ギルドの受付嬢さんが、受付カウンターの向こうから身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいた。
どうやら、今日こなしてきた依頼の成果報告を待っている間に、待合室のベンチで爆睡してしまっていたらしい。
「あ、すんません。つい気持ちよくなっちゃって」
「もう、いくら安全なギルドの中だからって無警戒すぎます。はい、これ今日の薬草採取の報酬ね。確認してください」
受付嬢から手渡されたのは、数枚の銅貨。それが、俺の今日の命の値段だ。
まじまじと小銭を見つめる俺に、受付嬢はふう、と深い溜め息をついた。
「それにしてもマキアさん、本当に毎日毎日、薬草採取ばっかりですね。たまには討伐依頼とか受けないんですか? その『リシマキア』って大層なお名前が泣いちゃいますよ」
苦笑い混じりの言葉に、俺は痛いところを突かれて頬を掻いた。
両親や友達からはマキアと呼ばれているが、俺の本名はリシマキア。今のこの平和な世の中を作ったという、あの伝説の勇者様と同じ名前だ。
「いやぁ、名前だけならSSSランクなんだけどさ。ほら、現実は非情だから」
「現実は万年ランクE、でしたっけ?」
「そう! ドラゴンなんてもってのほか、オークだって夢のまた夢。なんなら、最弱のモンスターであるスライムにすら、俺の剣じゃ傷一つつけられないんだから、薬草を毟るしかないだろ?」
ガハハと笑い飛ばす俺に、受付嬢は今度は気の毒そうな視線を向けてくる。
「……でも、よくそれで冒険者になろうと思いましたね。実家に帰ったりはしないんですか?」
「帰れるわけないだろぉ。両親には『絶対最強になってくる!』って大見得切って、半ば家出同然で飛び出してきたんだぞ? 今さら『スライムに勝てないから薬草採取専門になりました』なんて、恥ずかしくて死んでも言えないって」
理想はSSSランク、現実はランクE。自分でも嫌になるくらい矛盾した生活だ。
そんな落ちこぼれの俺を哀れに思ったのか、受付嬢が声を潜めて言った。
「まぁ、マキアさんには、ちょっと変わった『能力』もありますしね。ほら、この前もギルドの先輩冒険者たちの仲を取り持ってたじゃないですか」
「ああ、俺の唯一の特技『運命探知』ね」
俺は自分の指先をじっと見つめた。
文字通り、運命の相手を赤い糸という形で見ることができる能力。……といっても、ただ糸が見えるだけの上に、なぜか自分自身には使えないという、これまた戦闘には0ミリも役に立たない、矛盾極まりない能力なのだが。
「あれのおかげで、他人の色恋沙汰にはめちゃくちゃ詳しくなれるんだけどなぁ。戦闘能力はきれいにゼロだから、今日も明日も足元の草を毟るだけさ」
「ふふ、まぁ、マキアさんらしくて良いと思いますよ。それじゃ、明日も遅刻しないでくださいね」
「はいはい。それじゃ受付嬢さん、また明日」
懐の寂しい財布をポケットに押し込み、俺はギルドの重い扉を押し開けた。
最強になれそうにない後ろめたさを抱えながら、明日もまた、薬草の匂いにまみれた矛盾した生活を送る。
――そんな風に、諦め混じりの日常がずっと続いていくのだと、この時の俺は疑っていなかった。
◆
「……い、おい」
誰かの声が聞こえる。
「おい起きろ貴様。これは何だ」
声を聞く限り、誰かが俺を呼んでいることがわかる。
「……あと5分」
「いきなり私に魔力を繋げた目的はなんだ」
寝たりない俺は再び寝ようとするが、突然した覚えのないことを追及される。どうやら相手はかなりイラついているようだ。
反論しようと目を開いた瞬間、驚きで固まる。黒髪の美少女が自分にまたがっていた。
「おい、反応しろ。これは何だ?」
彼女はそう言って自身の小指を指す。そこからは赤い糸が伸びており、先は俺の小指と繋がっているようだ。
「はっ!?誰この美少女!?てか赤い糸が発動してる!?赤い糸ってことはもしかして将来の恋人だったりします!?」
俺が困惑し始める。彼女は俺が事情を理解していないことを理解する。
「仕方ない」
そう言うと、彼女は突然目を赤色に光らせ始める。
「なるほど。お前の言う運命探知が私と貴様とを魔力で繋げた、と。以前まで繋がらなかったのは自分に使うことが出来なかったからか」
どうやら俺の心を読んで、状況を把握したようだ。まぁ俺はまだ何もわかってないけどね!いつ自分にも使えるように!?
「魔力の件について理解はした。もういい。」
「ありがとうございます……?」
「だが貴様、その能力はどう手に入れた?その能力はアイツしか使い手がいなかったはずだが?」
それについては俺が聞きたい。俺もこの能力は物心ついた時から使えるもので、よくわからない。
「もし私の予想が正しいなら……。まぁ貴様の言い分がどうだろうが、こうすればわかるはずだ」
目の前で魔法陣を展開し始め、光る。
「《記憶解放》」
俺の困惑を無視し、彼女は俺の頭に手を伸ばす。頭を掴んだかと思うとすぐにとんでもない情報量が脳に送られる。そして耐えきれずに俺の意識は暗闇におちていった。
◆
焚き火の明かりが、木造の宿の天井に柔らかく揺れている。
俺はゆっくりとまぶたを開けた。視界には、焚き火を囲む三人の女性の姿が映る。
一人は銀髪で、とんがった帽子を被る、いかにも魔女といった風貌の少女。
「……また寝ぼけてるの?」
ツンとすました声だが、瞳の奥には優しさがある。心配そうに俺を見下ろすその表情に、少しだけ安心する。
隣には金髪で柔らかい笑みを浮かべる、まさに聖女のような女性。
「よく眠れた?」
その声は暖かく、耳に残る。眠気まなこでも、少し元気が出るような気がした。
向かいには青髪の女性が、大きな盾を背負ったまま座っている。
「マキア様はのんびり屋ですね」
彼女の声も柔らかく、励ますような響きがある。俺から伸びる赤い糸が、三人全員の小指に繋がっているのを確認した。
しかし安心するのも束の間だった。景色が揺らぎ、焚き火の光が滲み、視界が暗転する。まるで世界が呼吸を止めたかのように静まり返る中、先程の三人が眠る姿が映る。
「……行くか」
俺はそっと体を起こし、宿を抜け出した。夜の闇が冷たく肌を刺す。指先から伸びる赤い糸を辿ると、三人のものとは異なる、別の運命の先へと導かれる。
歩き続け、辿り着いたのは――どこか禍々しさを帯びた城だった。
漆黒の石壁が月光に照らされ、淡い影が蠢く。空気が重く、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだ。
奥に進むと、朝に宿で見たあの少女が荘厳な椅子に足を組んで座っていた。
だが、先程の可憐な姿とは違い、頭には二本の黒いツノが生えている。
(この姿はまるでこの前夢で見た彼女の……)
俺の思考とは裏腹に空気は張り詰め、心臓が不自然に強く脈打った。足音が城内に吸い込まれるようで、微かな緊張が全身に広がる。
少女は椅子からゆっくり立ち上がり、目の前に歩み寄る。
その瞳は真っ赤に光り、威圧感と知性が混ざった冷たい視線を俺に向ける。
「貴様が勇者だな?」
◆
「あいたたたたた!」
体に走る電流が全身を貫き、思わず声を上げてしまう。
「やっと目を覚ましおったか」
彼女は涼しい顔で、俺の手から手を退ける。その手のひらにはまだ微かに電気がまとわりついている。……いや、気のせいだろう。
「ってんなわけないだろ!何電撃浴びせてくれてんだ!」
思わず叫ぶと、彼女は眉一つ動かさずに返す。
「そんな細かいことは気にするな。そもそもこの程度のことで意識を失うのがわからんな。お前の脳は微生物と同程度なのか?」
微生物呼ばわりされるとは思わなかった。どうして俺が攻撃されてるのにdisられなきゃならないんだ……。
「まぁいいよ。それよりさっき俺が見てきたものは何だ?ただの夢にしては実感がありすぎる」
体験したことのない景色、聞いたこともない会話――なのにまるで自分の記憶のように受け入れてしまった。
「察しの悪いやつだ。貴様が見ていたのは夢などという陳腐なものではなく、前世だ。どうだ?はっきりと見てこれただろう?」
「あぁ。何なら寝起きドッキリのおかげで前世どころか天国まで見えたぜ」
つい軽口を叩いてしまう。緊張感を和らげるつもりだったが、どうやら彼女の興味はそこじゃないらしい。
「軽口はいい。それで、どこまで見た?」
問いかけに、俺は正直に答えた。
「どこまでというか……おそらく前世の仲間?な美少女三人組と、禍々しい城に二本ツノが生えたお前みたいなのがいたくらいだな。あ、あと前世の俺?も俺と同じ能力を持ってたっぽい」
「……その二本ツノは間違いなく私だろう。貴様がアイツの能力を持つ理由も理解した。だが、記憶解放は全ての記憶を思い出すはずだ。何故そんなに情報が少ない?」
彼女の瞳が鋭く光る。俺の見た前世の情報の少なさに、明らかに疑問を持った様子だ。
少し悩んだ様子を見せた後、彼女が口を開く。
「だいたいわかった。思いつく原因は、三つのうちのどれかだな」
「というと?」
理由を知りたくて、俺は軽く身を乗り出す。
「一つ、私がした電撃によってお前の記憶も飛んで行った説。二つ、貴様の脳が予想より小さすぎて、前世を読み取るのに時間が必要で、私が電撃で中断させた説」
「聞いただけでも、やっぱりあの電撃しない方が良かったよね!?」
怒る俺を無視して、彼女は最後の説を放った。
「そして三つ、私の弱体化により、当時作った時より出力が落ちている説、だな」
「ちょ、待って!?また新情報出さないで!?弱体化って何!?てかこの魔法作ったの!?なんで俺が知らないんだよ!」
やかましい俺を、彼女は軽く呆れたように見つめる。
「この説明は少し時間がいる。貴様の前世も絡むからな。貴様も前世を把握出来なかった様だから、それもまとめて説明してやる」
互いに沈黙が流れる。緊張感と、これから話される未知の情報に胸が高鳴る。
そして、彼女は口を開いた。
「私は魔王で、貴様は勇者だった。私と殺し合い、勇者が負けて死んだ。後に国で反乱があり、その結果私が弱体化した。理解したか?」
「まてまてまてまて!簡略化しすぎだろ!俺から聞くから、それに答えてくれ!」
目の前の自称魔王から漂う、どうしようもない奴感に困惑する。
頭を抱えつつも、俺の質問の順番で話を進めさせるべく提案すると、彼女は不満そうにしながらも、それを受け入れた。
「まずお前、魔王で、俺が勇者ってのは?」
「そのままの意味だが」
「オーケー。俺の聞き方が悪かった。お前が魔王なのは置いといて、俺はあの勇者リシマキア様なのか?」
「ふむ、名前は思い出せてるようだな。その通りだ」
英雄譚から引っ張ってきた名前が正しいものとして確認できた。これで話が進む……はずだ。
「わかった。次に勇者様とお前が殺し合った件だ。お伽話の内容では殺し合ったそうだが俺が前世の記憶を見た時は一瞬は少なくともそんな雰囲気はなかった。何があった?」
俺の問いに、彼女は一瞬だけ言い淀んだかのように目を細めた。だが、その沈黙はほんの一瞬で、すぐに口を開く。
「あの時は戦争中で、お互い国を背負って命を懸けて戦った……それだけだ」
説明は簡潔だった。実際それ以上のことはないのだろう。
「じゃあ反乱は? お前は勇者様を倒したんだろ?なのに反乱が起きる理由がないように見えるが」
「それは簡単だ。勇者を倒し、戦争に勝てる状況でそれを放棄したのだからな」
「戦争を放棄した!?」
「あの勇者は魔族と共存するために動いていたのだ。あの勇者に殉じ、私も無為に人を殺すのをやめたまでだ」
言葉だけ聞くと冷静だが、胸の奥に熱い意思が感じられる。俺の頭はまだ整理できない。
「じゃあ弱体化は?」
「魔王を辞す際、魔族の力の源であるツノを捨てた。再び能力を行使できるようになるのに苦労したものだ」
魔王の話を聞けば聞くほど、前世の状況が頭に浮かぶ。しかし理解できない部分も多い。
「最後に一つ聞かせてくれ。勇者様は魔族との共存のために動いていたんだろ? 何でお前と戦ったんだ?」
「……もういいだろう。理解できたはずだ」
彼女はそれ以上口を開かず、鋭い目を逸らした。
気になるが、これ以上詮索しても仕方がない。俺は話を理解したふりをすることにした。
もちろん、全てを信じているわけではない。しかし、俺が見た前世の記憶や彼女の言葉には、幼少期に読んだ英雄譚と重なる部分が多い。納得はできる……だが
「ぶっちゃけ、俺は勇者様できるほどの才能がないんだが……これだけ腑に落ちん!」
そう、俺は万年最低ランクの冒険者なんだ。わはは、と笑う俺に、つい自分でも突っ込みを入れたくなる。
「何を言っているんだ? 勇者も才能あることなんて何もしていなかったぞ。奴がしていたもの全ては知識と技術の集大成だ。それは前世で見れなかったのか?」
言葉を失う。魔王に勝てなかったとはいえ、世界を救った勇者様も、才能はなかった……だと?
「だが確かに貴様の能力全般が不足している。あの男の転生先のくせに弱すぎる。貴様は勇者の転生体として、私の次に強い存在であるべきだろう。仕方ない、私が鍛えてやる」
絶句する俺の目の前で、彼女は静かに立ち上がり、威圧感を漂わせながら部屋の窓に向かう。
「では、また明日」
そう言い残すと、彼女は窓から飛び去っていった。
……てか今気づいたけど、あいつ窓割ってきてたのかよ。朝から修繕費とかどうすんだ。
俺は深く息を吐く。状況はわかった。だが、今日やるべきことはただ一つだ。
「よし、薬草採取に行こう」
宿での生活を維持し、窓を直すための金を稼ぐ。今日も冒険者ギルドへ向かう。
「俺の前世が勇者様かどうかなんて、今考えても答えは出ないしな」
そして、あのやべぇ女と結びつけられた運命探知を、少し恨む。魔王じゃなくて恋人をくれよ、と。
……だが、赤い糸はしっかりと繋がっていた。
次の日、自称魔王が扉の前で腕を組んで立っていた。
「ようやく起きてきたか。まったく、たるんでいる」
「……いや何でいるの!?昨日お前帰らなかった!?」
「貴様は何を言っている。昨日鍛えてやるといっただろう」
確かに、意識を取り乱す前にそんなことを言われた気がする。仕方ない、と諦めかけた瞬間、彼女は足を動かし始めた。
「ちょっとまって!どこに行くつもり!?というかまず拒否権は!?」
「あるわけがないだろう。むしろ元とはいえ魔王に訓練をしてもらえるのだから感謝すべきだ。そして訓練の行き先など一つに決まっている」
彼女は満面の笑みでそう言い放ち、そして一言。
「魔物を狩りに行くぞ」
◆
しばらく歩みを進め、彼女が森の中片手間で魔物を処理しているのを戦々恐々と眺めながら俺は問う。
「で?魔物を一匹も狩れず今まで薬草採取しかしたことのない俺にどんな魔物を狩ってこいって?」
「道中何度も答えてやっただろう。ドラゴンだ。」
「無理に決まってんだろ!?」
「何を言う。私は生まれてすぐに父に言われ、殺して見せたぞ」
「頼む魔王と一緒にしないでください!!ドラゴンはほんとに無理!!ほら最初だしスライムとかどう!?」
俺の命を守るためにも魔物界で最弱と話題のスライム先輩の名前を出す。
「雑魚と命の取り合いをして成長するものなど何がある?成長とは苦難を乗り越えた先にこそあるものだ。ドラゴンでも足りないくらいだ」
道中同じ会話を繰り返したおかげで彼女はかなり鬱陶しそうにしている。
こういった会話をしていると思うが、彼女は間違いなく魔王だったのだろう。
「俺の前世が勇者様なのは納得した!!したよ!?でもね、戦い方も知らないのにドラゴンはダメでしょ!!」
「やかましい。ついたぞ」
彼女の発言を聞き、目線を彼女から移すとそこには丸まって寝ているレッドドラゴンがいた。
「これは無理!!どうや「《シャドウアロー》」ってえぇぇぇぇ!?」
俺の発言を無視し、彼女の放った一つの闇の矢が目の前のドラゴンに突き刺さる。
「グォオオオオオオオオッ……!」
ドラゴンの咆哮が大地を震わす。完全にブチ切れた赤い瞳が、こちらを射抜いた。
「やっぱりレベル違うよね!?俺止めたよ!?ねぇ聞いてる!?」
「ふむ。こいつならまぁいいだろう。じゃあ殺れ」
「雑すぎ!!えっ嘘でしょ!?嘘だと言って!!」
返事はなかった。
代わりに――巨大な影が、一瞬で迫る。
咆哮と共に振り下ろされる、丸太のように太い前脚。
「死ぬッ!!」
考えるより早く、俺はがむしゃらに横へと飛び退いた。
ドゴォオオオン!!と、さっきまで俺がいた地面が爆発したかのように弾け飛ぶ。風圧だけで身体が吹き飛び、泥まみれになりながら転がった。
「は、はあ、はあ……っ!」
心臓が痛いほど脈打つ。まともに立ち上がることすらできない。生まれたての子鹿みたいに足がガタガタと震え、恐怖で肺の空気が凍りつく。
逃げなきゃいけないのに、身体が言うことを聞かない。
次に来る、尾の薙ぎ払い。視界を覆う圧倒的な質量。
「が、は……っ!?」
避けれなかった。
まともに喰らったわけじゃない。掠めただけだ。それなのに、強烈な衝撃が全身を突き抜け、俺の身体は軽々と吹き飛んで大樹の幹に激突した。
背中に走る激痛。地面に落ちる。
「あ、ぐ……、ぁ……」
口の中から鉄の味がする。視界がグニャリと歪み、急速に光が失われていく。
あぁ、死んだ。これ、絶対に死んだ。
戦場から一歩引いた位置で、冷徹に俺を見つめる彼女の姿が霞む。自称魔王は、微動だにせず冷たい言葉を紡いでいた。
『そもそも私があの男に発動したあの魔法に失敗は見られなかった。勇者の記憶は魂から脳に移動している。これは絶対だ。なのに奴は記憶にないと言う。』
意識が、完全に途切れる寸前。
ドラゴンの影が俺を見下ろし、止めの一撃を刺そうと、巨大な爪を高く振り上げた。
『つまり、だ。記憶にないだけで奴の全ては魂と脳の中間である“無意識”に沈んでいる。ならば――』
――その瞬間。
(……浅いな)
ふと、冷徹な声が脳裏に響いた。俺の声だ。いや、俺の知らない、俺の声。
カチリ、と頭の中で何かのスイッチが切り替わる。
先ほどまで全身を支配していた「死の恐怖」や「身体の震え」が、嘘のように消え失せた。完全に意識を失いかけたことで、脳のストッパーが外れ、底に沈んでいた“何か”が強制的に引きずり出される。
振り下ろされる、確実な死の爪。
しかし、今の俺には、それがスローモーションのように見えていた。
――右へ半歩。
がむしゃらな跳躍ではない。
無駄な力を一切省いた、ミリ単位の最小限のステップ。
ゴウッ!と、髪の毛の先をかすめる位置をドラゴンの爪が通り過ぎていく。
地面を抉る凄まじい衝撃を真横で受けながらも、俺の視線は冷酷なまでに一点を見つめていた。
(鱗の継ぎ目。左前脚の付け根。三枚目――そこが、心臓への最短ルート)
知らないはずの戦術が、無意識の海から溢れ出す。
地面を蹴る足に、もう迷いも震えもない。ドラゴンの懐へ鋭く滑り込み、ただ一閃。
吸い込まれるように、刃が鱗の隙間へと突き刺さった。
「グ、ガ……ッ!?」
ドラゴンが短い悲鳴を上げる。
手応えを確認するまでもない。刃を引き抜き、流れるような動作で後ろへ一歩退く。
数瞬の後、山のような巨体がズゥウウウン……と激しい音を立てて横倒しになった。二度と動かない。一撃のもとに、絶命していた。
「……は、はぁ……、がはっ……っ」
その瞬間、頭の霧が晴れるように「俺の意識」が急激に戻ってきた。
同時に、全身の骨が軋むような激痛と、泥のような疲労感が一気に押し寄せてくる。
膝が折れそうになるのを、手に持った剣を地面に突き立て、かろうじて杖代わりにすることで踏みとどまった。身体が、ガタガタと刻みつけて震えている。
(今の……何だ……? 俺は、何を……)
理解が追いつかない。だが、これだけは聞かないと気が済まない。
後ろから近づいてくる、足音。
「合格、と言っておこうか」
「いや……ふざ、けんな……」
消え入りそうな声で、だけど怒りのままに自称魔王を睨みつける。視界がチカチカと明滅して、彼女の顔がよく見えない。
「何だ今の……。俺だぞ……? 戦い方なんて、知らないのに……身体が、勝手に……」
「見ての通りだ。貴様が見たと言った前世は、あれだけではなかった。今の戦闘がその証明だ。あれは勇者の戦い方そのものだったぞ」
自称魔王はドラゴンの傷口を一瞥し、淡々と、しかし満足そうに頷く。
「記憶にないだけで、貴様の全ては無意識に沈んでいる。ならば、その蓋をこじ開けてやればいい。気絶しかけの脳なら、余計な思考も恐怖も挟まぬからな。……ふむ、やはり私の魔法に失敗はなかった」
――確信犯か、この自称魔王。
俺をわざと死線に立たせて、無理やり力を引き出しやがった。
その事実を理解した瞬間、張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れた。
「……まじで、鬼……」
それだけを絞り出すと、視界が完全に真っ暗になった。
地面に倒れ込む俺の身体を、彼女が呆れたように受け止める気配が、意識の最後だった。
◆
次の日の朝、討伐したドラゴンの首を持っていく。
街の冒険者ギルド。受付嬢が目を丸くする。
「……確認しました。これで魔物討伐も含めて依頼達成数の規定を超えていますね」
「え?」
「おめでとうございます。本日付でランクDへ昇格です」
胸元に付けた木製のタグが、金属製へと交換される。わずかに重い。たったそれだけなのに。ずしり、と来た。
「こちらのモンスターの討伐と見合ったランクではないのは承知ですが、ランクは強さの他に信用を示すもののため、このランクとなるのはご了承ください」
受付嬢が目の前で申し訳なさそうにしているが、言葉が頭に入らない。
「……上がった」
呟くと、隣で腕を組んだ魔王が言う。
「当然だ。竜を斬った男がFのままでは笑い話にもならん」
「言うな」
たかが一つランクが上がっただけ。
だが万年ランクEだった俺にとって目指した最強に近づいていることを今初めて理解し、喜びに震える。
「まだ始まりに過ぎぬ。気張れよ。リシマキア」
その言葉に、俺は驚く。
「……なあ今俺の名前呼んだか?」
「何だ悪いか?」
俺は少し頬をかきなが、目を逸らしながら答える。
「いや、むしろ認められた感じがして、な?」
「そうか。くだらん」
「くだらん!?」
俺の抗議に彼女は肩をすくめるだけだった。
「そういや今更だがお前の名前って何なんだ?聞いたことなかったよな?」
「……リコリス。覚えておけ」
「わかった。これからもよろしくな!リコリス!」
「誰が呼び捨てしていいと言った」
彼女は俺の頭を鷲掴みにしてそう言う。
「いたたたたた!!ごめん、ごめんって!!よろしくお願いしますリコリス様!!」
彼女は俺の無様な姿に少し微笑む。
「まったく、ランクが上がっただけでこれか。現金な奴め」
そう言うと彼女は歩き始め、それについていく様に俺も続く。
◆
それからの日々は、文字通り地獄だった。
いや、正確には“地獄を歩かされる日々”といった方がいいだろう。
無意識に眠る勇者様の力を恒常的に発揮するために、とにかく数を積んだ。
ゴブリン、オーガ、ワイバーンなど討伐した魔物の数はもう覚えきれていない。
魔王リコリスは容赦なく俺を魔物の巣に叩き込み、俺は死にかけながらも剣を振り続けた。
最初は、ただ必死に生き延びるだけで精一杯だった。
勇者様の力を引き出すために何度も死にかけ、経験を積む。
血と泥、焦げた匂いに包まれながら、何度も何度も倒れる。
だが、不思議なことに――身体が、心が、少しずつ反応し始める。
あの恐怖の最中、繰り出される動きは、まるで前世の勇者の戦い方そのものだった。
鱗の隙間、角度、尾の薙ぎ払い……どれも自然に、的確に躱せる。
「ほう……反応が速くなってきたな」
リコリスの声は、いつも通り冷たくも的確だった。だが、耳に入る言葉の端々には、微かに認めるような響きもあった。
そして、気づけば――冒険者ギルドのカウンターで、新しいタグを渡されていた。
「おめでとうございます。本日付で――Aランクへ昇格です」
金属製のタグは、かつての青みがかった色から金色へと変わり、首元で存在感を主張していた。目標にしていた“最強”まで、あと一歩。手が届きそうだという実感に、胸が熱くなる。
しかし、その横でリコリスは腕を組み、眉を吊り上げていた。
「遅すぎる。マキアがこの程度のランクに収まるわけないのが、わからないのか?」
「いや、冒険者ランクには強さの他に信用もあるから……」
「言い訳はいい」
彼女の目は厳しいが、どこか嬉しそうでもあった。
四年の鍛錬で、俺たちはお互いを理解し合うようになった。彼女は一度も手を抜かず、俺を限界まで追い詰め、戦わせ続けた。俺はその度に倒れ、また立ち上がる。
気がつけば、俺の身長はリコリスを追い抜き、見下ろす形になっていた。あの日、森でドラゴンを前に足がすくんだ弱い自分は、もうここにはいない。
冒険者として活動する日々、隣にいるのは常にリコリスだった。
戦闘中は容赦ない師であり、日常では無言の支え。お互いの呼び方も変わった。
最初は「リコリス様」と呼んでいた俺も、今では「リコリス」と呼ぶ。彼女も、「マキア」とあだ名で呼ぶようになった。
だが、性格は変わらない。冷静で厳しく、容赦がない。
ある日、夕暮れの森で休憩中、俺はふとリコリスを見た。
斜めに差す夕陽に照らされ、鎧の隙間から伸びる指先まで神々しく見える。
「……俺、強くなったな」
小さく呟く俺に、彼女は横目だけで答える。
「まだまだだ。だが、今日の戦いぶりならまぁ許してやる」
俺はその言葉だけで十分だった。
四年間、死にかけ、悔しがり、喜び、そして成長してきた。
冒険者としての俺、勇者としての俺、その両方がようやく交わり始めた瞬間だった。
そんな毎日を過ごしていた時だった。突然リコリスが俺との会話を切ったかと思うと、突拍子もないことを言い始める。
「突然で悪いが、今から私たちは北を目指す」
「……はぁ?急にどうしたんだ?」
「新たな魔王が誕生した」
その一言で、周囲の空気が変わった気がした。
「……は?」
俺は思わず間抜けな声を出す。
「ちょっと待て。魔王って……今まで何もなかったじゃないか。なぜ急に?」
「マキアに説明してなかったか?そもそも魔族は片ツノの種族だ。魔王は自身のツノに加え、歴代から受け継いだツノをつけるのだ。そしてツノは魔族の力の源だ。そのツノを受け入れるだけの器がなければ魔王になれん」
話を続ける。
「そして器があるとされたのは私とあの馬鹿、バハムートだけだった。私は魔王になどなるつもりはなかったが、バハムートにその席を渡したが最後魔王の力を得た上で敵味方問わず殺すのが見えていた」
リコリスは淡々と言った。
「私が退く前、奴が暴れ出さない様に封印を施したはずだ。だから魔王の座は長く空席だった。だがバハムートを解き放った奴がついに現れたらしい。力だけを振りかざす愚か者をな」
その声には、激しい嫌悪が混じっていた。
「そいつが今、北で勢力を広げているのがわかった」
「……人間を襲ってるのか?」
「あぁ、既にいくつかの町が滅んだようだ。その情報もすぐに出回るだろう」
「うわ、最悪じゃん」
「だから行く」
「……おいおい」
俺は額を押さえる。
「それってつまり」
「魔王討伐だ」
あまりにもさらっと言うものだから、思わず笑いそうになる。
魔王討伐。それは、かつて勇者が命を懸けて挑んだ戦いだ。胸の奥が、少しだけざわついた。遠い記憶の底で、何かが揺れた気がした。リコリスは俺をまっすぐ見て言う。
「行くぞ、マキア」
その言葉に、俺は一瞬だけ考える。逃げる理由はいくらでもある。だが、ここまで来て引き返すつもりはなかった。俺は小さく息を吐いて言う。
「……しょうがないな」
そして剣の柄を軽く叩いた。
「Aランク冒険者の初仕事が魔王討伐か」
リコリスが鼻で笑う。
「遅すぎるくらいだ」
俺も笑った。
「ほんと、スパルタだよなお前」
「当然だ」
リコリスは踵を返す。
「貴様は――勇者だからな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。俺は何も言わず、その背中を追った。
◆
魔王討伐のための旅の準備を街で進めている途中、ふと俺は足を止める
「……どうした」
前を歩いていたリコリスが振り返る。俺は少し困った顔をする。
「いや、ちょっと気になることがあってさ」
「何だ」
「運命探知なんだけど」
リコリスの目がわずかに細くなる。
「……続けろ」
俺は指先を見る。そこには、いつもの赤い糸が伸びている。魔王と繋がっているあの糸だ。
「これさ、最初はリコリスとだけ繋がってたんだよ」
「ほう」
「でもお前の魔法で前世見たろ?あん時から増えたんだよ」
「ふむ。確かに気にしていなかったが魔力の線が私とのもの以外にも三本ほどあるみたいだな。で?」
俺は頷く。
「うん。まぁ問題があればリコリスみたいにあっちから来るかと思って放置してたんだけど状況が変わったみたいだから、念のため?」
その言葉を聞いた瞬間。リコリスの表情が、ほんのわずかだけ変わった。
「……なるほど」
「これもしかしてだけどさ」
彼女は小さく息を吐く。
「恐らく」
そして静かに言った。
「貴様の前世の仲間だろう」
「……やっぱり?」
「丁度いい、最悪を考えるなら戦力が足りなかったのだ。回収に行くぞ」
やがて準備を終えた俺たちは街を出る。
そして、俺たちの旅は始まった。
世界観の補足
この世界の魔族は通常一本のツノしかありません。しかし魔王だけは自前のツノに加えて歴代魔王が受け継いだツノも一本、装備されています。
ツノには魔力とツノに宿る固有の能力の二つが持ち主に渡るため、魔族は膨大魔力量と一つ能力を持っています。
ツノのない人間は、待機中の魔素を運用することで魔力に色をつけて魔術を行使できます。ただし、通常人間は能力の行使の仕方がわからないため使用できないです。
リコリスは現在ツノはないけれど、過去にツノを持っていたため、どう魔力を通せば能力を使えたかを知っており、弱体化はしてるけど能力は使える感じです。
より詳しい説明は次話で話させていただく予定ですが、知った上で読んだ方が面白く見れるかと思い、先出しさせてもらいました!
既に長く書きすぎてる気もしますが楽しく読んでもらえてたら嬉しいです!