運命の赤い糸が見える俺、運命の相手は魔王様でした 作:Toaria
やっぱり感想をいただけると、すごくやる気が出ますね!
さて、今回は最後の仲間であるシオンと、ようやくの再会です!
楽しんでもらえたら、僕としても嬉しいです!
街が見えたのは昼過ぎだった。
「……でっか」
思わず声が出た。
視界いっぱいに広がる石の城壁。塔がいくつも突き出し、門の前には長い行列ができている。商人、旅人、荷馬車。人の数だけで田舎町一つ分ありそうだ。
リナリアが少し笑う。
「ここは確か王都だったよね」
アネモネは腕を組んで城壁を見上げた。
「……私の町、小さすぎ?」
「流石に比較対象が悪すぎるわ」
リコリスは特に興味もなさそうに言う。
「人間はこういう壁が好きだな」
「元魔王が言うと説得力あるな」
軽口を叩きながら検問の後、門をくぐる。どうやら魔王が出現したことが王都にも伝わり、警戒が高まっているようだ。
王都の中はさらにすごかった。石畳の大通り。高い建物。行き交う人、人、人。
「……迷子になるぞ、これ」
俺は指を見る。赤い糸は、確かにこの街の中へ伸びていた。
「こっちみたいだ」
歩き出す。大通りを抜け、少し狭い道へ。さらに進む。建物が古くなる。人の服装も変わる。空気が、少しだけ重くなる。そして――
「……ちょっと待って」
アネモネが足を止めた。目の前に広がるのは、粗末な木の家。崩れた壁。ゴミの山。痩せた子供たち。王都の光から切り離された場所。
「ここ」
アネモネが呆れた声を出す。
「スラムじゃない」
リナリアも戸惑っている。
「本当にここなの?」
俺は指を見る。赤い糸は――まっすぐ奥へ伸びている。
「……間違いない、みたい」
「さすがにスラムはないんじゃない?」
アネモネが疑っている。俺も、そう思った。その時だった。――――フラッシュ。視界が一瞬、揺れた。路地。雨。痩せた子供。
「……っ」
頭がズキッと痛む。
「マキア?」
リナリアの声。俺は顔を上げる。目の前のスラム。崩れた壁。細い路地。胸の奥がざわついた。
「……やっぱりスラムで間違いなさそうだ」
小さく呟く。アネモネが聞き返す。
「え?」
「俺の記憶がそう言ってる」
スラムの奥を見る。
「前もそうだったらしい」
三人が驚く。
「前世?」
俺は頷く。
「雨の日だった」
記憶がぼんやり浮かぶ。
「スラムの路地裏でケンカ吹っかけて来た子どもがいた気がする」
リコリスがニヤリとする。
「なるほど」
アネモネはため息をつく。
「勇者様、スラムで仲間拾ってたのね」
「言い方悪っ」
俺は苦笑する。
「でも多分そうだ」
赤い糸は、さらに奥へ伸びている。
「行こう」
スラムの路地を進む。子供たちの視線。大人たちの警戒。しばらく歩いたところで――見つけた。
崩れた石壁。その下に座り込んでいる、一人の少女。くすんでいるがそれでもわかる青色の髪。古い外套に包まれた小柄な姿。
胸が、どくんと鳴った。
「……いた」
俺は呟く。三人も気づく。
「……あの子?」
リナリアが小さく言う。少女はこちらを見た。警戒するでもなく、ただぼんやりと。
「……何」
かすれた声。
「用?」
俺は数歩近づく。足が少し重い。胸の奥が、ざわざわする。これからやることはわかっている。大丈夫、もう決断したんだ。
しかし、アネモネの言葉が頭をよぎる。最悪、自殺。
俺は一度深呼吸した。そして少女の前でしゃがむ。
「なあ」
少女が少し眉をひそめる。
「何」
俺は、まっすぐ見る。
「……先に謝っとく」
少女は意味がわからない顔をした。
「は?」
俺は苦笑する。
「たぶんまた、お前の人生めちゃくちゃにする」
後ろでリナリアが息を飲む。少女は呆れた顔をした。
「意味わかんない」
当然だ。俺は振り向く。
「リコリス」
リコリスが一歩前に出る。
表情は真剣だった。
「……本当にいいのだな?」
俺は頷く。
「頼む」
リコリスは少女を見やり、指先が彼女の額に触れる。
「《記憶解放》」
魔力が、静かに揺れた。その瞬間。少女の瞳が、大きく開いた。
言葉にならない声が漏れる。体が小さく震え始めた。視線が揺れる。
何かを必死に繋ぎ合わせるように、目が泳ぐ。
「……あ」
小さな声。そのまま動かなくなった。沈黙が落ちる。風が、路地を抜けた。
誰も何も言わない。数秒。いや、もっと長かったかもしれない。
少女はゆっくり俯いた。肩が、わずかに震えている。一拍。
そして――不意に立ち上がった。落ちていた尖った石を迷わず掴む。迷わず自身の首へと向ける。
「シオン!」
アネモネが叫ぶ。
だが少女――シオンは躊躇わない。
「っ!」
俺は反射で動いた。腕を掴む。
石は、数センチ手前で止まる。
「離してください」
シオンの声は静かだった。感情が、何もない声。
「離してください」
もう一度言う。
「私」
俯いたまま。
「護れなかった」
短剣を握る手が震える。
「ガーディアンなのに、マキア様を」
声が崩れる。
「護れなかった」
路地に静かな声が落ちる。
「そんな私に」
石を強く握る。
「生きてる意味なんてないです」
俺は、腕を離さない。
「……あのさ」
シオンは顔を上げない。俺は少し困ったように言う。
「前世の俺が悪かったんだから気にすんなって」
「……え?」
ゆっくり顔を上げる。
俺を見た時、シオンの体が、完全に固まった。
「……え」
目が見開かれる。呼吸が止まり、シオンの唇が震える。信じられないものを見る目。震えながら、声が漏れる。
「……マ」
喉が詰まる。もう一度。
「……マキア」
涙が一滴落ちた。
「……様?」
俺は苦笑した。
「おう」
頭をかく。
「久しぶり」
シオンの顔がぐしゃっと歪んだ。
次の瞬間――ドンッ!!
思い切り突っ込んで来た。
「ぐはっ!?」
腹にシオンの頭がめり込む。そのまま服を掴まれる。シオンは泣いていた。ボロボロに。
「なんで」
声が震える。
「なんで一人で死んだんですか」
拳が震えている。
「なんで」
涙が止まらない。
「護れなかったじゃないですか……!」
俺は何も言えなかった。ただそっと言う。
「……ごめん」
シオンの肩が震える。そして――俺の胸に顔を押しつけて、泣き崩れた。
「……ばか」
その声は、とても小さかった。でも確かに、昔と同じ声だった。ようやく落ち着いてくれたようで俺は、少しだけ安心して――ゴンッ!!
「痛いっ!?」
視界が揺れた。頭に鈍い衝撃。何が起きたか理解する前に、俺は片膝をついた。犯人は一人しかいない。
シオンだった。石を振り抜いた姿勢のまま、立っている。
アネモネが叫ぶ。
「ちょっ!?」
リナリアも驚く。
「シオン!?」
アネモネは反射的にシオンの名前を呼ぶ。
シオンは震えていた。でも目は、怒りで燃えていた。
「……もう」
石を握り直す。
「失わせません」
俺の襟を掴む。
「二度と」
ぐいっと引きずる。
「絶対に」
アネモネが慌てて言う。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
シオンは振り返る。
「あぁ。久しぶりですねアネモネ。リナリアも」
そしてリコリスへと目を向ける。
「あなたは……どなたかご存知ないですが、おそらく今までマキア様を護っていてくださったんでしょう。ありがとうございます」
俺を引きずる。
「ですが、放っておくとまた死ぬので」
「いや待て!?」
俺は抗議する。
「本人の意思とか――」
ゴンッ!!
石がもう一回振り下ろされた。
「黙ってください」
アネモネが呆然とする。
「……誘拐?」
リコリスが腕を組んで頷く。
「誘拐だな」
リナリアは少し考えてから言った。
「……でも」
シオンを見る。
「気持ちはわかる」
「味方いない!?」
俺は叫ぶ。
しかしシオンは止まらない。
俺の襟を掴んだまま、ズルズル引きずっていく。
「帰ります」
淡々と言う。
「私の家で保護します」
「さらっとやばいこと言ってない!?」
「そういえばこのスラムに私の家は無かったですね。そのあたりで奪いますか」
シオンがスラム根性を見せる。アネモネが頭を抱える。
「……この娘ってこんなだったっけ」
リコリスが肩をすくめる。
「誘拐されても場所は魔力の流れでわかる。シオンが落ち着くまではマキアと二人で話させた方が良さそうだ」
そして言う。
「見捨てるぞ」
リナリアが頷く。
「うん」
三人は、普通に王都の中心部へと戻って行った。俺はスラムの奥へ引き摺られていく。
「誰か助けろぉぉぉ!!」
俺の叫びは、スラムの路地に虚しく響いた。
◆
ギィ……。古びた木の扉が開く。
俺は、椅子に縛られていた。両手。両足。腰。背もたれまでロープでがっちり固定。しかも妙に手慣れている結び方だ。
「……」
目の前にはシオン。
「逃げようとしたので強化しました」
「まだ逃げてないんだけど!?」
「その目が信用できません」
俺は深くため息をついた。
「なあシオン」
「はい」
「これ誘拐って言うんだよ」
「保護です」
「拘束されてるんだけど」
「保護です」
「監禁じゃん」
「保護です」
無敵じゃねぇか。シオンは真顔だった。完全に本気で言っている顔だ。
机の上には皿が置かれた。
「食事です」
「お、おう」
スープだった。パンもある。シオンはスプーンを持つ。
「口開けてください」
「いや自分で食える」
「ダメです」
「なんで!?」
「最悪死にます」
理屈が飛躍している。
「死なないよ!?」
「前回もそう言ってました」
「言ってない!」
シオンは少し目を細めた。
「マキア様は」
静かに言う。
「自分の命を軽く扱いすぎです」
「……」
「だから私が管理します」
俺は頭を抱えた。
「シオン」
「はい」
「俺はみんなと違って、前世を完璧に思い出せたわけじゃないんだ」
「そうなんですね」
「シオンのこともまだ完全には思い出せていない」
「はい」
「だから、さ?一緒に世界を巡って思い出集めにでも行かない?」
「大丈夫です」
「大丈夫なの!?」
シオンは真剣だった。
「もう失いたくないんです」
小さく言う。
「……マキア様を」
俺は黙る。少しの沈黙。……くそ。こういう言い方はずるい。でも。
「それでも」
俺は言う。
「俺は行かなきゃいけない」
「ダメです」
即答だった。
「魔王が暴れてるんだ」
「ダメです」
「頼む」
「ダメです」
「あの」
「ダメです」
「話聞いてる!?」
シオンはスプーンを差し出す。
「口開けてください」
「話進まないんだけど」
「口」
「……あー」
俺は観念して口を開ける。
しかしスープを食べさせられる勇者とは。何やってんだ俺。
「おいしいですか」
「……うまい」
「よかったです」
シオンは少しだけ嬉しそうだった。
◆
王都。勇者パーティの宿。
リナリアが机に突っ伏していた。
「……遅くない?」
アネモネが腕を組む。
「遅いわね」
リコリスは窓の外を見ていた。
「そろそろ三日だ」
静かに言う。
「さすがに長い」
「一応誘拐だしね」
リナリアが言う。
「そもそも」
アネモネが頭を抱える。
「勇者がスラムで誘拐されて三日って何よ」
リコリスは肩をすくめた。
「マキアなら最悪どうにかすると思ったんだがな」
「そうね」
リナリアが顔を上げる。
「でもさ」
「うん?」
「マキア」
少し考える。
「むしろ抵抗なんてしてないんじゃないかな?」
アネモネがため息。
「あり得る」
リコリスが頷く。
「押しに弱いからな」
「勇者なのに」
リナリアが言う。少し沈黙。そして、アネモネが立ち上がった。
「行くわよ」
「救出?」
リナリアが聞く。
「違う」
アネモネは言う。
「回収」
リコリスが笑った。
「妥当だ」
三人は立ち上がる。
「マキアの魔力はあっちに繋がっているようだ」
「まだスラムにいるってことね?」
「監禁現場まで案内してやる」
「言い方」
リナリアが言う。そして三人は歩き出した。
数十分後。スラムの奥の古びた家の前。
アネモネがドアを見た。
「ここ?」
リコリスが頷く。
「ああ」
中から声が聞こえた。
「だからさシオン」
勇者の声。
「俺お前がいないと生きていけないの」
「ダメです」
「お願い!!」
「ダメです」
「ほら、後で俺のこと好きにしてくれてもいいから!!」
「ダメです」
三人は顔を見合わせた。
アネモネがため息。
「……」
ドアを開けた。バンッ。中。壊れた椅子。散らばっている食材たち。慌てている勇者。泣いているシオン。
完全な事案だった。
沈黙。数秒。リナリアが言った。
「……何してるの?」
俺は叫んだ。
「助けて!!」
「想像より酷いな」
「とりあえずマキア、正座しなさい」
リコリスはあまりの惨状にそう呟く。
アネモネに言われた通り、俺はその場に正座をする。
シオンはようやく三人に気づいた。涙を拭いながら立ち上がる。
「……お久しぶりです」
少しだけ頭を下げた。
「アネモネ。リナリア」
そしてリコリスを見る。
「あなたは……」
「リコリスだ」
短く名乗る。
「マキアの仲間だ」
シオンは一瞬だけ目を細めたが、すぐに頷いた。
「そうですか」
それだけ言う。そして俺を見る。
「マキア様」
「はい」
「床は冷たいので椅子に戻ってください」
「戻りたくないんだけど!?」
アネモネがため息をついた。
「とりあえず」
腕を組む。
「事情を聞きましょうか」
数分後。俺は椅子に再拘束されていた。
「なんで!?」
「逃げるので」
「逃げないって!」
シオンが無言で壊れた椅子を指差す。
「……」
反論できない。アネモネがこめかみを押さえる。
「頭痛い」
リナリアが小声で言った。
「ほんとに勇者だよね?」
リコリスが頷く。
「たぶんな」
俺は叫ぶ。
「疑うな!」
俺は表情を引き締めた。
「シオン」
「はい」
「聞いてくれ」
「ダメです」
「まだ何も言ってない!」
「言わなくとも先程の行動が全てです」
「頼む話を聞いてくれ!!」
「イヤです」
俺は深呼吸する。
「頼む」
言う。
「時間がない」
シオンの眉が動く。
「魔王軍」
「……」
「今もあいつらが暴れているかも知れない」
部屋が少し静かになる。アネモネも真顔になった。
俺は続ける。
「三日」
「?」
「三日も動けていないんだ」
リコリスが頷いた。
「確かにいつあいつらが襲撃してきてもおかしくはないな」
俺は言う。
「だから」
「……」
「被害が生まれる前に行かなきゃいけない」
「ダメです」
即答だった。俺は天井を見上げた。
「だめだこの子」
リナリアが俺に疑問を投げかける。
「そもそも私たちが最初に見たあの光景はどういうことがあったの?本当に逃げ出そうとした?」
俺は仲間への弁明のためにも説明する。
◆
彼女たちが俺の所に来る数分前のことだ。
シオンは買い出しに出ていた。俺は椅子に縛られたまま考えていた。
……さすがにまずい。三日動いてない。四天王がこちらの場所を特定するには十分な時間だ。
「……」
俺は腕に力を入れる。ギシッ。椅子が鳴る。
もう一度。ギシギシッ。背もたれが軋む。
「……ふむ」
さらに力を込める。バキッ!!背もたれが折れた。縄が少し緩む。
「いける」
体を捻ると縄が外れた。俺は立ち上がった。自由だ。……いや。
「シオンとしっかり話さなくちゃいけないな」
俺は呟く。
「じゃあどこで待っとこうか「ギィ…」な?」
扉が開いた。
シオンが立っていた。沈黙。壊れた椅子。自由になっている俺。全部見られた。
シオンの手から袋が落ちた。
「……」
顔が見えない。俯いている。そして。小さく言う。
「やっぱり」
震える声。
「また」
ゆっくり顔を上げる。目が赤い。
「置いていくんですね」
「違う!」
即答した。でもシオンは笑った。空っぽの笑顔だった。
「知ってました」
「シオン」
「知ってました」
笑っているのに。涙が落ちている。
「私は」
小さく言う。
「護れなかったですから」
胸が痛んだ。
「違う」
「だから」
シオンは続ける。
「今度こそきっと」
震える声。
「護らなくちゃ」
そして。
「なのにマキア様は結局……」
顔を上げる。
「もういいです」
決意を固めた目だった。
「やっぱり私の判断は間違ってなかった」
俺は一歩踏み出す。
「あのぅ、シオンさん?」
「ダメです」
「あれ!?また会話出来なくなった!?」
その時。バンッ!!
扉が開いた。
「マキア!!」
アネモネだった。リナリアにリコリス。三人が立っている。全員状況を見た。壊れた椅子に外れた縄。泣いているシオン。
◆
「……ということなんだ」
リナリアが言った。
「……タイミング悪くない?」
俺は叫んだ。
「俺は本当に逃げる気は無かったんだ!!」
アネモネが腕を組む。
「でしょうね」
シオンを見る。
「でも、この子にはそう見えない」
俺は頭を抱えた。
「どうすりゃいいんだ……?」
リコリスが小さく笑う。
「勇者」
「はい」
「頑張れ」
「他人事!?」
リコリスは窓際にもたれたまま肩をすくめた。
「これはマキアの問題だ」
アネモネも腕を組む。
「そうね」
リナリアも頷く。
「うん」
三人とも完全に見物モードだった。
「薄情すぎない!?」
俺は叫んだが、誰も助けてくれない。仕方なくシオンを見る。
シオンは俺をまっすぐ見ていた。その目はまだ揺れている。怒りと、不安と、恐怖。全部混ざった目だった。
「……シオン」
「ダメです」
即答だった。
「まだ何も言ってない」
「言わなくてもわかります」
静かな声。
「戦いに行くんですよね」
「……ああ」
「ダメです」
迷いがない。
俺はため息をついた。
「なあ」
「はい」
「聞いてくれ」
「ダメです」
「……シオン!」
俺は少し声を荒げ、無理矢理話を聞かせる。
「俺さ」
少し笑う。
「会ってすぐの時にも言ったけどさ。前世の記憶、ほとんど戻ってないんだ」
部屋が静かになる。
「勇者だったことやお前と仲間だったことは断片的にしかわからない」
頭をかく。
「どうやって戦ったとか、何を考えてたとか、そういうのは何一つわからない。リコリス曰く、魂と脳の間である無意識に全て行っちまったみたいだ」
シオンが黙る。
俺は続ける。
「でもな」
真面目に言う。
「一つだけ、わかることがある」
「……?」
「たぶん前世の俺も」
少し肩をすくめる。
「今の俺と同じだ」
「……??」
「えっと、つまりだ」
リコリスが横から言う。
「馬鹿だ」
「おい」
アネモネも頷く。
「馬鹿ね」
リナリアも言う。
「うん、馬鹿」
「満場一致やめろ」
俺は咳払いした。
「だからさ」
シオンを見る。
「そんな馬鹿だから、死なないためのストッパーがいるだろ?」
シオンの目が揺れる。
「スラムで子ども拾ってさ。俺のこと護る盾になれとか言って、前世の俺はめちゃくちゃ適当なことを言ったんだと思う」
シオンの唇が少し震える。
「……でも」
俺は言う。
「それでもお前はうちに来た」
シオンは小さく言う。
「……はい」
「なんでだ?」
シオンは少し俯いた。
「それは……勇者様が」
言葉を探す。
「必要としてくれたから」
俺は頷いた。
「だろ?」
「……」
「だからさ」
少し真面目な声になる。
「今回も同じだ」
シオンを見る。
「俺には、お前が必要だ」
シオンの呼吸が止まる。
「俺一人じゃ止まれないし、そう遠くないうちに死んでしまうかも知れない」
シオンの拳が震える。
「じゃあ戦わなかったらいいじゃないですか!!」
「シオンの言う通り、戦わなければ俺は死なないのかも知れない」
ゆっくり言う。
「だからこそ言わせてほしい」
静かな言葉だった。
「俺を護ってくれないか?シオン」
沈黙。長い沈黙。
シオンは俯いたまま動かない。
やがて。
「……信じられません。もう置いて行かれたくないです」
「もう置いていかない」
「でも……」
シオンと目を合わせる。
「頼む。もう一度だけ、信じてくれ」
「……それは命令ですか?」
「いや、お願いだよ」
「……ずるいです」
小さく言った。
「何が」
「そういう言い方」
涙が落ちる。
「断れないじゃないですか」
俺は少し笑った。
「そうか?」
「そうです」
シオンは目を拭く。そしてゆっくり顔を上げた。
「条件があります」
「なんだ」
シオンは真剣だった。
「絶対に」
「はい」
「絶対に」
「はい」
「一人で突っ込まないでください」
俺は頷く。
「わかった」
「勝手に死なないでください」
「善処する」
「死んだら私も後を追います」
「……努力する」
シオンは少しだけため息をついた。
「……護りますよ」
小さく言う。
「今度こそ」
俺は笑った。
「頼んだ」
アネモネが肩をすくめる。
「決まりね。シオンの盾はもう買っといたから」
リナリアも笑う。
「うん」
リコリスが窓から外を見る。
「魔王城に向かうぞ」
「魔王が仲間にいるんだ。負けないだろ」
シオンが眉をひそめる。
「魔王?」
リコリスが軽く手を上げる。
「元だがな」
「……?」
シオンの頭の上に疑問符が浮かんでいた。
俺は苦笑する。
「説明は後でな」
椅子の拘束を外す。
「よし、じゃあせっかく前世の仲間が揃ったんだ!」
「……何する気だ?」
「やっぱ宴だろ!」
俺がそう言うと、三人が一斉にこちらを見る。
「……宴?」
シオンが首を傾げた。
「そう!こういう時は飯だろ!」
「さっきまで監禁されてた人の台詞とは思えないわね」
アネモネが呆れたように言う。
「それはもういいだろ」
「よくないと思います」
シオンが真顔で返した。
「それにいつ魔族が襲ってきてもおかしくないって言ってませんでしたか?」
「もう3日経ってんのに来ないんだ!なら今日一日くらいなら大丈夫だろ!」
「あまり信用できませんね」
「まだ言うの!?」
リナリアがくすくすと笑う。
「まあまあ。せっかくだし、みんなで食べようよ」
「リナリア……!」
味方がいた。
「シオンもいいよね?」
「……リナリアも魔族はまだ来ないと?」
「まぁそれもあるんだけど……みんなでこうやって過ごせる時間、少しくらいあっても、ね?」
シオンは少しだけ考える。
「マキア様が勝手にいなくならないなら」
「いなくならない!」
「なら、いいです」
ようやくシオンが頷いた。
俺たちは王都の大通りまで戻ることにした。
スラムを出ると、さっきまでいた場所が嘘みたいに景色が変わった。
露店が並び、香ばしい匂いが通りを漂っている。
「うわ、腹減った……」
思わず腹を押さえる。
「三日まともに食べてなかったものね」
アネモネが言う。
「シオンに食べさせてもらってたぞ」
「……それをまともな食事と呼ぶのかしら」
「スープ美味しかったぞ?」
俺が言うと、シオンが少しだけ嬉しそうにした。
「そうですか」
「うん、毎日食べたいくらいだ」
「……では、次も私が作ります」
「おう!」
「……」
アネモネが俺を見る。
「何よ、その顔」
「いや、なんでも」
リナリアが笑う。
「マキア、嬉しそうだね」
「そりゃようやく全員揃ったんだ!嬉しくもなるだろ!」
俺はシオンを見る。
青い髪。
少し疲れた顔。
それでも、さっきまでとは違って表情がほんの少し柔らかい。
シオンは俺の視線に気づくと、少しだけ首を傾げた。
「どうしました?」
「いや」
俺は笑った。
「なんでもない」
そうして俺たちは、適当に見つけた食堂へ入った。
店内は昼と夜の間くらいの時間帯にもかかわらず、それなりに賑わっていた。
「何食べる?」
リナリアがメニューを覗き込む。
「私はこのパンとシチューのセットを頼もうかな?」
「私はこのステーキセットね」
「アネモネは相変わらず肉なんだな」
「悪い?」
「いや、らしくていいと思う」
俺もメニューを見る。
「じゃあ俺は……この唐揚げセットにするか」
シオンが隣から覗き込む。
「マキア様」
「ん?」
「それだけですか?」
「え?」
「三日まともに食べていなかったんですよね?」
「いや、シオンが作ってくれたスープやパンは食べたって」
「それはまともな食事に含めません」
「厳しい!」
シオンは店員を呼ぶ。
「すみません」
「はい?」
「この人にこのチャーハンと、カレーと、オムライスと……」
「待て待て待て!」
「なんですか?」
「多すぎる!ってか何で全部米系!?」
「食べてください」
「流石に無理だって!」
「大丈夫です」
シオンは真顔で言った。
「私が見ていますから」
「そういう問題じゃない!」
リナリアが吹き出す。
「ふふっ……やっぱりシオンがいると一気に昔に戻ったみたいになるね」
「そうですか?」
「うん」
アネモネも小さく笑う。
◆
アネモネは突然私の隣の席に着く。
「リコリスもどう?悪くないんじゃない?」
「何がだ?」
「こういうのも」
アネモネはテーブルを見回した。
「こういう時が一番、私たちらしいって思えるでしょ?」
「……」
私は少しだけ黙る。
「……まぁ確かに、悪くはないな」
目の前の光景を見ながら、少し口角を上げる。
「……まじで大量の米料理も来たんだけど」
「頑張ってください」
「いやシオンのせいだからね!?一人じゃ無理だよ絶対!」
目の前の席では、コントのような会話が続いている。
私はため息を吐き、一言呟く。
「……いや、やはり悪いかも知れん」
「……」
アネモネも黙る。
やがて、繰り広げられるコントに聞き飽きたわ!とアネモネは席を立ち、マキアたちの席に戻る。
「いつまでずっと同じ話してるのよ!」
「いやだってこれは頑張っても食べきれんだろ!」
「マキア様ならいけます」
「いけるか!どこで信頼してんだ!」
「もう!私も一緒に食べるから大人しくしときなさい!」
「じゃあ私も一緒に貰おうかな?」
「本当か!?マジで助かる!」
シオンがマキアに大量の食事を頼ませ、アネモネとリナリアがその大量の食事を手伝う。きっと前世で何度も繰り返したやり取りなのだろう。
私はその光景を見て、なぜか眩しく感じる。
「おーい、リコリスも手伝ってくれない!?」
マキアが私に声をかける。あぁそうか。私はもう、この日常がどうしようもなく好きになっていたようだ。
そしてきっと、この日常の中心であるマキアのことも……
「仕方がない奴らだ」
私も席を立ち、マキアの元へ向かう。
◆
交渉の末、オムライスは特に料理を頼んでいなかったリコリスが全て食べてくれるらしく、残りは俺たちで手分けして食べることとなった。
大量の米料理の消費先を見つけた俺は、ようやく料理を口に運ぶ。
「え、この唐揚げうまっ」
思わず声が出る。
「本当?一つ貰ってもいい?」
リナリアが聞く。
俺が返事をする前にリナリアは一口頬張る。
「ほんほうら!ふほくおいひいね!」
「せめて口の中無くなってからしゃべりなよ」
リナリアはゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
「本当だ!すごく美味しいね!」
アネモネはステーキを一口に切り分け、口に運びながら俺に言う。
「何でこんな大量の米料理あるのに唐揚げも頼んでるのよ」
「食べたかったんだから仕方ないじゃん!一応お米はいらないって言ったから!」
「ふーん、まぁ私も手伝うって言ったからね、そこの山盛りチャーハンをこの皿に盛って頂戴」
「えぇ、自分でよそえよ」
「あら、誰の尻拭いだと?」
俺というよりシオンな気が……と言葉を溢した後、とあることを思いついた俺は満面の笑みでアネモネから皿を受け取る。
チャーハンを取り分けた後、アネモネに返す。
「……マキア、適正量って言葉は知ってる?こんな山盛りにしろだなんて誰も言ってないけど?」
「いやぁアネモネなら食べれるかなって思ってさ!ごめんな、やっぱ人の主観が入るとダメだね!」
アネモネは悔しそうな顔をしながら皿を受け取る。
「……すごく美味しいのが余計にムカつく」
「っは!人をパシろうとするからだよ!」
俺がアネモネに勝ち誇っているのを横目にシオンも自分の注文した料理を口に運ぶ。
「……美味しいです」
ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
それを見て俺も笑う。
前世の記憶は、まだほとんど戻っていない。
シオンとの思い出だって、断片的にしかわからない。
それでも、こうやって同じテーブルを囲んで、同じ飯を食べている。
それだけで――なんとなく、昔もこうだったんじゃないかと思えた。
「マキア様」
「ん?」
「これも、美味しいです」
「……そっか」
シオンがそう言って笑った。
その笑顔を見て、俺は思う。
――今度こそ。
この笑顔を失わないようにしよう。
「よし!」
「座りなさい」
アネモネに肩を掴まれた。
「え?」
「まだ食べ終わってないでしょう」
「?いや、もう俺が食べる分は全部食べたけど」
「いえ、まだよ?」
「……え?」
「だって結局頼んだ米料理のほとんどをマキア食べてないじゃない」
「いや、実際的に2人前くらい食べたけど……」
「まぁそんなわけで、シオンが追加注文してたわよ?」
「いや止めろよ!?」
「大量のチャーハンを私に食べさせた恨み、忘れてないから」
もう俺の胃は悲鳴を上げている。
「あのぅ、誰か助けてくれませんか?」
「私はチャーハンでもう無理」
「私は元々そんな食べれないから……」
「私ももういい」
俺は膝から崩れ落ちる。
流石に哀れに思えてきたのか、リナリアが話す。
「ほら、最悪もう無理ってシオンに言ったら食べてくれると思うから」
「……ん?あいつあんな小さい体でそんなに食べるのか?」
「あれ?監禁されてる時は一緒に食べなかったの?」
「あぁ。シオンは俺とは別で食事していたな」
「まぁシオンはみんな自分と同じくらい食べれると思ってるから言わない限りどんどん料理追加されちゃうかも?」
リナリアからとんでもない情報を聞き、急いでシオンの元へ向かう。
だが既に机には大量の料理が並んでいた。
呆然とする俺に、シオンが小さく笑う。
「マキア様」
「……なんでしょう?」
「ちゃんと座っていてくださいね」
「……はい」
王都の喧騒の中。
俺たちはしばらく、他愛のない話をしながら食事を続けた。
◆
次の日の朝、準備を終えた俺は仲間たちに声をかける。
「行こう」
勇者。魔法使い。聖女。ガーディアン。そして、魔王。
勇者パーティは再び歩き出す。
目指すは――魔王城。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回で最後の仲間であるシオンもパーティに加入しましたね!
やっぱり愛と感情の重さは比例すると僕は思うんですよね!
次からは本格的に、物語の終わりに向けた戦闘に入っていきます!
頑張って書いていきますので、これからも読んでいただけたら嬉しいです!