運命の赤い糸が見える俺、運命の相手は魔王様でした 作:Toaria
前回も感想をいただけて、いつも泣いて喜んでます!前回の戦闘シーンについても問題はなさそうでよかったです!
今回もずっと戦闘になると思いますが、是非最後までお付き合いください!
中は暗い。城の内部はほとんど光が届かず、奥へ続く長い石の通路だけがぼんやりと見えていた。
俺は一歩踏み出す。瓦礫と血の匂いが残る城門前を越え、魔王城の中へ入る。
「……いよいよですね」
シオンが後ろで呟く。
アネモネが肩をすくめる。
「四天王が全員出てきたってことは」
リコリスが続けた。
「残るは――バハムートのみ、だな。気をつけろ、今のあいつは魔王だ。恐らく自身のツノのみならず歴代の魔王が引き継ぐツノを手にしているだろう」
リナリアが静かに頷く。
「……うん」
城の中は静まり返っていた。ただ、奥へ続く赤い絨毯の廊下。まるで――最初からここへ通すつもりだったかのように。
俺たちは歩き出す。足音だけが響く。コツ、コツ、コツ……
やがて長い廊下の先に、大きな扉が見えてきた。黒い扉。その向こうから――気配がする。圧倒的な魔力。空気が重い。
アネモネが小さく言った。
「……いるわね」
シオンが盾を構える。
「はい」
リコリスが鼻で笑う。
「隠す気もないらしい」
リナリアは少しだけ息を吸った。
「……行こう」
俺は扉の前に立ち、ゆっくりと押した。
重い音を立てて扉が開く。
広い玉座の間だった。高い天井に黒い柱。奥に続く長い赤い絨毯。そしてその先の玉座に、一人の影が座っていた。
一人の男。肘掛けに頬杖をつき、退屈そうにこちらを見ている。
額からは三本のツノが伸びている。一つは自分のもの。一つは歴代魔王の象徴。そしてもう一つ――歪んだ黒いツノ。
リコリスのものだった。
魔王は歴代魔王のツノのみならず、リコリスのツノをも自身の力としていた。リコリスの表情が凍る。
「……貴様」
ゆっくりと口を開いた。
「やっと来たか、遅かったな」
その声を聞いた瞬間。胸が強く脈打つ。玉座の影が立ち上がる。
赤い瞳が、こちらを見下ろした。
「リコリスに勇者たちよ」
空気が震える。魔王だ。
俺は剣を握り、言葉を返した。
「お前がバハムートか?」
玉座の間に、静寂が落ちる。魔王がゆっくり笑った。
「いかにも」
一歩、階段を降りる。
「我がバハムートだ」
「リコリスから聞いた性格とは随分と違うように見えるけど?」
その視線が、リコリスに向けられる。
「リコリス」
背後で、シオンたちが息を呑んだ。
「お前が施した封印が解除されるまで何年、何十年だったのかはわからない。丁寧にも封印の中では時間の流れが異なったようでな。暴れても無駄だと理解してからはずっとなにもない時間を過ごしたのだ。性格も変わろう。お前への恨みを忘れた事はない、が」
剣を構える。
「今はいい、後にしておいてやる。勇者達よ、せめて我が封印された期間に足るだけの時間を過ごさせてくれたまえ?」
魔王は少しだけ目を細めた。そして――ゆっくりと剣を抜く。黒い刃。空気が歪む。
「来るぞ!!構えろ!!」
空間が、異様な摩擦音を立てて歪んだ。
「──潰れよ」
バハムートが低く呟いた瞬間、玉座の間を満たす空気の質感が変貌した。
大気が鉛へと変わり、見えない巨人の拳が天井から叩きつけられたかのように、強烈な重力波が俺たちの全身を襲う。
床の黒大理石が蜘蛛の巣状に亀裂を刻み、激しい衝撃音と共に爆ぜ跳ねた。
「くっ……あぁぁぁっ!?」
「っ、身体が……石になったみたいに……!?」
シオンの大楯が重圧で石畳にめり込み、アネモネとリナリアもその場に縫い付けられたように膝をつく。十数倍どころではない。空間そのものの「重さ」という概念を、バハムートが奪ったリコリスの角の《干渉》によって書き換えられているのだ。
「所詮は人間、これだけでも何もできまい」
指一本動かすことすら叶わない。圧倒的な絶対領域。
「どうだ?貴様らが誇る連携も、地には這いつくばっては何の意味もない」
「……っへ!この程度、頑張ればなんとか「無駄だ」っ!!」
この身にかかる重力が強まる。
「一つ聞こう。人間の書物にはいわゆる英雄譚があるだろう?そこでは様々な手法を用いて人間は限界を超えたがる」
まるで日常の一部かのように淡々と話しながら歩み寄ってくるバハムート。
「確かに弱者の努力が報われ、強者を踏破する。大層胸打たれる物語となるのだろう」
一拍。
「──だが、限界とは限りとなる境界(ボーダーライン)。つまり超えることができないから限界なのだ」
「……なにが、言いたい?」
「何、答えが欲しいのだ。今貴様達が成そうとしていることはまさしく不可能と言ってもいい。英雄譚のように限界を超えなくてはならない一方、限界とは超えれないから限界と言う。面白い矛盾だと思わないか?」
バハムートは重力に逆らえず倒れ伏す俺たちに目をやり、嘲笑う。だが──
「……我が角の力を誇示するな……愚か者が……っ!!」
血を吐きながら、リコリスが震える腕を持ち上げた。
角を奪われ、能力はかつての面影もないほど弱体化している。それでも──彼女の瞳からは怒りと意地の炎が消えていなかった。
「私から奪った力なら……その理の癖も、波長も……全て私が一番よく知っている!! 《リバースグラビティ》!!」
リコリスの全身から、残された魔力のほとんどが影となって噴き出す。
彼女の放った《干渉》の波動が、バハムートの支配する重力空間に楔のように打ち込まれた。完全な打ち消しには至らない。だが、圧死するほどの重圧が「どうにか動ける」レベルまで強引に減衰される!
「……っ!? なに……!?」
バハムートの眉が跳ね上がる。
全身を縛り付けていた透明な鎖が弛んだその一瞬を、俺たちは絶対に逃さなかった!
「よくやったわ、リコリス!! もう少しだけ耐えて、シオン! 我が風よ、重力の理をさらに薙ぎ払え──《エアロバースト》!!」
アネモネが血を吐きながらも杖を掲げ、極大の圧縮風環を放つ。
俺たちの周囲で猛烈な上昇気流が爆発し、上空からの押し潰す重力波を強引に相殺・減裂させた。
自由を取り戻した瞬間のその刹那、シオンが大楯を地面に叩きつける。
「絶対に守ります!!」
その一言と共に地面に叩きつけた大楯を中心に、幾重にも重なる六角形の光の障壁が展開される。
直後、バハムートが掲げた左手から、狂暴な魔力の嵐が解き放たれた。かつての人類が編み出した魔力に色を纏わせるだけの技術──魔術。それをただ圧倒的な魔力で押し潰す極大の業火、空間を凍てつかせる絶対ゼロ度の吹雪、全領域を穿つ雷霆の奔流が、一死角の隙もなく束となって押し寄せた。
ドッバァァァァァァァンッッ!!!!
光壁と極大魔術群が激突し、視界が白熱の嵐で塗りつぶされる。
バハムートの攻撃は止まらない。重力波を維持したまま、次々と魔術の嵐を撃ち込んでくる。
「くぁ……あぁぁぁぁぁっ!!」
シオンの腕の骨が軋む嫌な音が響き、皮膚が弾けて彼女の口から大量の血が噴き出した。障壁にミリ単位の亀裂が走る。
「耐えてシオン! 《セイクレッドヒール》!!」
リナリアが喉を焼き切るほどの限界を超えた詠唱で、極大治癒の光を注ぎ込む。砕けかけたシオンの腕の骨、焼き焦げた皮膚が、破壊と再生を秒未満で繰り返す凄絶な肉体維持。激痛にシオンが悲鳴を上げるが、その脚は一歩も後ろへ引かない。
「マキア様を通す……! 私の命に代えても……ッ!!」
「だが、届かん!!」
バハムートが冷酷に腕を振り下ろす。重力波が急増幅され、シオンの膝がメリメリと石畳を割りながら沈み込んだ。障壁が限界を迎え、砕け散る寸前──
「見くびるなと言っている……!!」
リコリスの手によって解き放たれた無数の影の棘──《シャドウパイル》が、バハムートの足元から削り立ち上がった。
バハムートの視界を遮り、影の棘が空間を縫い上げ、その四肢を玉座ごと強引に縫い付ける!
「……チッ、鬱陶しい手応えだ!」
バハムートが影を撒き散らそうと腕に力を込めた、そのわずかコンマ何秒の隙。
「アネモネ!!」
「言われなくてもぉぉぉっ! 《エアロアクセラレーション》!!」
アネモネが全魔力を風に変え、俺の背中へ叩きつける。
「確かにお前の言う通り、限界とは本来超えられない壁なんだろう!」
押し出される体。音速の壁を突き破る猛烈な加速。摩擦熱で刀身が赤く発光し、視界の景色が引き伸ばされて消える。
「だが、同時にこうも聞くだろう?人間の可能性ってのは……無限なんだよ!!」
重力波の残滓が俺の肌を削り、肉を裂く。だが関係ない。全員が血を流して繋いでくれた、たった一度の機会!
「おおぉぉぉぉっ!!」
正面。影の拘束を力任せに引き千切ろうとする魔王の首元へ、全神経、全存在を研ぎ澄ました魂の一閃を叩き込む!
ガギィィィィンッッ!!
火花が爆ぜ、肉が断ち切られる肉厚な手応え。
「──なるほど」
首骨まで叩き切るには到底至らない。しかし、確実に──バハムートの首筋からは、赤黒い鮮血が一筋、滴り落ちた。
「皮肉なものだ。まさかこの我に無限を語るとは。実際に傷まで負わされた。見事な連携だ、勇者たちよ」
バハムートが冷徹な瞳で俺を見下ろす。
魔王の手が動いた。
ただの払いの動作。それだけで爆風が発生し、俺たちの血と命で組み上げた超連携は、圧倒的な物理の暴力によって木端微塵に砕き散らされた。
「確かに人間には限界すら超え得る可能性に満ちているのだろう。面白い!敬意を表し──我も可能性にかけようか?」
バハムートが額の三本の角へ手をかざす。
その異形の角が、おぞましい脈動と共に漆黒の光を放ち始めた。
「器への《無限》を解除し──我が【肉体ステータス】そのものへ《無限》を適用する」
「……なっ!? 何をする気だバハムート!!」
リコリスの悲鳴のような制止の叫び。しかし、世界の理が改変される音の方が早かった。
「ぐおおおおぉぉぉぉ!!!」
バハムートの雄叫びが辺りを響かす。
そして暴走と言ってもいい魔力のうねりは、彼の雄叫びと共に止まる。
ズズズズズズズズンッ……!!
魔力ではない。「存在の質量」そのものが無限大へと膨れ上がる。
大気が自重に耐えかねて歪み、玉座の間の巨大な黒柱たちが、ただバハムートがそこに立っているという事実だけで次々と粉砕されていく。
筋力、速度、耐久、反応─彼のステータスが無限の領域へ。
「が……ぁ……!?」
最初に弾け飛んだのは、不落を誇るシオンだった。
消えた。バハムートが消えたのではない。認識が追いつかない速度で接近し、ただ素手でシオンの大楯を殴りつけたのだ。
ボガァァァァァァンッッ!!
概念遮断の障壁ごと彼女の大楯を殴り、大楯は大きくへこむ。
シオンの巨躯は衝撃波を全身に受けて吹き飛び、城の分厚い柱を何本も突き破って壁に叩きつけられる。
その場にはへこんだ大楯だけが残された。
「シオン!? 嫌……嫌ぁぁぁっ!!」
「アネモネ、動くな──」
俺の制止は届かない。取り乱したアネモネが極大の風魔術を練り上げた瞬間、彼女の背後にすでにバハムートが立っていた。
手加減のない裏拳の一撃。
アネモネの肋骨が全壊する凄惨な音が響き、彼女は血の泡を吹きながら石畳を何十メートルも転がっていき、ぴくりとも動かなくなった。
「《セイクリッドバリア》──っ!!」
顔を蒼白にしたリナリアが展開した、神の加護たる光の多重障壁。
バハムートは視線すら向けず、通りすがりざまにその拳を軽く振るった。
バリンッ!! と、可哀想なほど呆気なく光壁が砕け散り、その余波の衝撃風だけでリナリアの華奢な体が壁へと打ち付けられ、意識を失って崩れ落ちる。
「リナリア! アネモネ! シオン!!」
リコリスが叫び、残りの全魔力を賭した影の波浪《シャドウカタストロフ》を解き放つ。
だが、バハムートは迫る影の濁流の中を、ただ「歩いて」踏み破ってきた。
権能の力ではない。純粋なステータスの暴力。無限の物理破壊力の前には、あらゆる事象改変すら意味をなさない。
「私から奪った角で……そこまで……っ!!」
「フン」
バハムートの足蹴りがリコリスの腹部を穿つ。
「がはっ……!?」
絶叫と共にリコリスの体が宙を舞い、床へと激しく叩きつけられた。鮮血が赤絨毯を濡らしていく。
「死ね、勇者」
バハムートが、俺の目の前へと現れる。
回避の動作すら許されない。超神速の拳が俺の胴体を捉えた。
グシャァッッ!!
「がっ…………はぁッっ……!?」
肺の中の空気が全て吐き出され、視界が真っ赤に染まる。
激痛を感じる暇すらなく、俺の体は玉座の間を激しく跳ねながら転がり、砕けた柱の残骸の山へと埋もれた。
圧倒的。絶望的。
理不尽という言葉すら温い。人間が、生命が届く領域を完全に逸脱した怪物。
床に散らばる仲間たちの血と、動かない体。
俺の喉から、ヒューヒューと掠れた血の呼吸が漏れ出る。
バハムートが静かに歩み寄り、俺の首元に漆黒の剣先を突き立てた。
「終わりだ。存外楽しかったぞ、勇者よ」
冷酷な死の宣告。
首筋に刃が食い込み、すっと赤い線が走る。
だが──
「……は……はは」
俺の唇が、血に濡れながら歪んだ。
バハムートが冷たい瞳を僅かに細める。
「……死を前にして狂ったか?」
「狂って……ねぇよ……」
俺は倒れたまま、血反吐を吐き捨て、倒れているリコリスへと視線を向けた。
「……リコリス」
「……マキア……なに、を……」
「俺の中に眠る前世の記憶……全ての前世を解き放て」
「ダメ……ダメよマキア!!」
遠くで意識を取り戻したのだろうアネモネが涙を流しながら強く否定する。
「人間の脳が処理できる情報量じゃない……! 」
「そうだ!何十、何百という戦鬼の過去生を一度に流し込めば、貴様の脳は一瞬で焼き切れて、死んでしまうぞ……!!」
アネモネの意見にリコリスが同調する。
「それなら、脳で処理しなけりゃいい」
「……え?」
「最初会った時、お前が電撃を浴びせたことであの勇者の記憶はどこに行った?」
「マキア……まさか」
「あぁ、解き放った記憶を、脳じゃなくそのさらに奥……無意識へ直接叩き落とす。肉体の容量オーバーを回避する唯一の手だ」
「そんなの、机上の空論だ! 失敗すれば間違いなく死に、成功してもどんな後遺症があるかもわからんのだぞ!?」
「知ってるさ」
俺は首元の剣先を見つめたまま、笑ってみせた。
「だけどな、リコリス……あんなに理不尽なほど強かったバハムートも覚悟をもって壁を超えたんだ。……勝つには、俺も覚悟決めるっきゃねぇんだ!!」
「マキア……!!」
リコリスは唇を噛み締め、血と涙に濡れた顔で、絞り出すように笑った。
「ダメよ、絶対ダメ!!」
「お願い、考え直して!!」
「約束を守ってください、マキア様!!」
アネモネ以外の仲間も意識だけは回復したようだ。仲間達の引き止める声が聞こえる。だが、
「……本当に……いいんだな……?」
リコリスが震える腕を持ち上げ、残された全霊の魔術を指先に宿す。
「あぁ、後悔はない」
「死んだら……絶対に許さないぞ……マキア!!」
「頼む……ッ!」
「────《記憶全解放》!!」
ドクンッ!!!!
世界が、白と黒の混濁した激動の中に消失した。
脳内に直接流れ込む、幾千の時代、幾多の戦場、数兆を超える剣閃の記憶。
異形の怪物を斬り捨てた感触、国を背負って戦い死んでいった記憶、愛する者を護れずに絶望した慟哭。
それら全てが灼熱の溶岩となって脳を焼き、全神経が引きちぎれるほどの劇痛が全身を襲う。
「ぐぁ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
俺は咆哮した。
肉体が破壊し尽くされる直前、俺の身体に電気が走る。そしてその膨大な戦技と絶技の記憶は、意識の届かぬ「魂の最深部」へと向かう。
深淵へと沈む、数千の『英雄』たちの殺陣。
そして──世界から、音が消えた。ゆっくりと、俺は立ち上がった。
世界の「輪郭」が変わっていた。
空気の対流、微細な魔力の波形、バハムートの皮膚の収縮、骨格のきしみ、角から漏れ出す《無限》の出力パターン──その全てが、まるで「何度も見た記憶」として鮮明に脳裏へ届く。
転がっていた剣を拾い上げる。
吸い付くようなフィット感。
俺がただ一歩、足を踏み出した瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
足元の大理石が、巨大な隕石でも落ちたかのように同心円状に砕け跳ねた。
バハムートの赤い瞳が、初めて歓喜を通り越した「戦慄」に揺れる。
「……ほう。気配が変わったな、勇者」
「待たせたな。……第二ラウンドだ」
「いい、良いなぁ!!来いぁぁぁぁっ!! 喰らい尽くしてやるぞぉぉ!!」
バハムートが爆音と共に視界から消え去る。
ステータス《無限》による、物理限界を超越した神速。だが、遅い。
俺は振り返りもせず、背後へ無造作に剣を振り抜いた。
ガギィィィィンッッ!!
背後に現れたバハムートの黒剣と、俺の刀が正面から衝突する。
「なっ……!?」
驚愕する魔王。両者の合撃が引き起こした衝撃波が空間を球状に削り取り、天井の巨大な石材が爆風で消し飛ぶ。
押し負けない。いや、力学のベクトルを前世の技法で最小限にズラし、強引に押し返す!
「軸が甘いぞ、化物!!」
「ぬぁぁぁっ!?」
俺の剣が黒剣を弾き上げ、返しの一閃がバハムートの胸甲を斜めに深く切り裂いた。
ドッと噴き出す魔王の鮮血。無限の耐久を誇る肉体に、初めて「確実な死の傷」が刻まれる!
「ハ……ハハッ! 素晴らしい! 最高だ勇者ぁぁ!!」
バハムートが狂乱し、全ステータスを解放した乱撃を繰り出す。
一秒間に数千を数える漆黒の剣線。空間そのものが細切れに刻まれていく。
だが、俺は無意識から引き出した絶技で、それらを打ち払い、受け流し、紙一重ですり抜ける。
残像が錯綜する。
右へ踏み込んだ残影を残し、バハムートがそれを斬り伏せた瞬間には、俺はすでに左側から彼の死角へ刃を走らせている。
シュカァッ! ガギィン! ボゴォンッ!
剣と剣、拳と刃が交錯するたびに、玉座の間が一段階ずつ崩壊していく。
厚さ数メートルの黒柱が紙のように断ち切られ、崩落した天井から落雷のような瓦礫が降り注ぐが、二人の超次元の戦闘領域においては、巨大な瓦礫すら接触した瞬間に衝撃波で粉末へと変わる。
「死ねぇっ!!」
バハムートが距離を詰め、全魔力を注ぎ込んだ漆黒の炎獄を放つ。
城全体を焼き尽くすほどの極大の破壊領域。
「まだだ!」
俺は地面に落ちていたへこんだ大楯を拾い、受け流すように試みる。しかし、
(ダメだ、これは受け切れない……!!)
「……頑張って!!」
突如、大楯の前に障壁が生まれる。攻撃を受け切るには心元ないと言っても良いほどに薄い一枚。だが確かに現状を変えうる一枚となる。
「これなら、いける!!」
前世を全解放したことで大楯の扱いもマスターしている状況。
「ここでミスれば、男が廃るってなぁ!!」
漆黒の炎獄が飛んでくる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
それは一瞬の出来事であったはずなのに10分にも1時間にも思えるほどに長く思えた。だが、確かに耐え切った。
「今度は、俺の番ってな!!」
俺は刀を振り下ろす。
肉体はとうに限界を超えていた。全細胞が焼き切れ、前世の記憶が精神を汚染し始めている。
だが、踏み込みは重く、刃はどこまでも鋭く加速する!
「これで……終わりだぁぁぁっ!!」
俺は地面を蹴った。
音を置き去りにした超加速。迎え撃つバハムートの黒剣。
ガシィィィィィィィンッッ!!!!
全視界が真っ白な光に包まれた。
両者の全力が激突し、爆発的な衝撃エネルギーが城の全階層を突き破る。
バハムートの居城全体が、耐えかねて大音響と共に崩れ落ちていく。
そして──パキィン、と切ないほどの甲高い音が響いた。
過負荷に耐えかね、バハムートの漆黒の剣が粉々に弾け飛ぶ。
同時に、俺の剣も限界を迎え、蒼い魔力の粒子となって大気中に散った。
お互いに素手。距離、ゼロ。
「──勝つのは我だぁぁぁ!!」
バハムートは剣を失ってもなお、《無限》の筋力を宿した右拳を引き絞り、俺の胸元へ向かって撃ち抜いた。
空気が爆縮し、音速壁の衝撃波が俺の体を穿つ──しかし、その剛拳は、俺の残像を空しく突き抜けた。
(残影……!? どこへ──)
「上だ」
バハムートが戦慄して仰ぎ見る。
砕けた瓦礫と爆風の渦の中、俺は頭上へと跳躍していた。
右拳に、魂の最も深い底から引きずり出した、全人生の誇りと決意の全てを宿して。
「あんたは強かったよ……だが、人間の可能性の方が上だったようだな!!」
空中で身体を極限までねじり、無防備な魔王の顔面へ、渾身の右拳を叩き込む!!
ボガァァァァァァァァンッッ!!!!
「ぐ、ふっ……ガハッ……!?」
『英雄』として生きた数千の夢、仲間たちの想いを乗せた一撃が、魔王の存在の芯を真っ向から撃ち抜いた。
バハムートの巨躯は激しい大音響と共に崩壊する玉座の間の最底層へと叩きつけられ、クレーターの底で激しく血を吐いた。
やがて城の崩落が収まり、静寂が訪れる。
夜空が剥き出しになった残骸の中で、バハムートは仰向けに倒れ、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。
「……見事だ……勇者……」
そう告げると、魔王バハムートは静かに動かなくなった。
遠くで、倒れていた仲間たちの声が聞こえる。
「マキア……!?」
「勝ったの……? 私たち……」
俺はゆっくりと振り向こうとした。
だが──その瞬間、無意識に押し込めていた幾千の記憶が一気に反動となって脳を灼いた。
「……あ」
膝から崩れ落ちる。視界が急速に黒く染まっていく。
「マキア! マキア!!」
(……ごめんな、リコリス、みんな……これは……ダメかも……)
反動に耐えきれず、俺は体勢を崩し、その場に倒れ込む。
今回もここまで読んでいただき、ありがとうございます!
まさかのマキアが倒れた!?次回は一体どうなる…?と気になってもらえてたら嬉しいです!
今回の戦闘は魔王と勇者の激闘を書きたかったんですけど、ちゃんと上手く書けてたらいいなぁ…
今回で六話ということで、なんと次回で完結予定になります!早いですね!
ここまで書けたのもひとえに読んで下さっているみなさんや感想をくださる方々のおかげです!本当にありがとうございます!
あと一話の付き合いとはなりますが、是非最後までよろしくお願いします!