人を食べるヒーロー 作:エトエトエト
人は未知を恐れる生き物だ。
わからないものを恐れ、あらゆる手段を以てしてそれをわかろうとし、自分達の理解が及ぶ領域にまで落とし込む。
故に人類をここまで発展させたのは『恐怖』という感情である。恐怖を抱いた者が未知を打倒するために立ち上がり、未知を既知に変えて文明を発展させてきたのだ。だから未知に恐怖を抱くことは必ずしも悪いことではない。
恐怖を感じるからこそ人は備え、思考し、恐怖に負けないように強くなろうとする。
しかし、恐怖というものは随分と厄介だ。
未知を既知に変える原動力となる一方で、自分の理解できないものを排除する理由にもなり得る。
得体の知れないものを恐れれば、遠ざける。遠ざけてもなお近づいてくるのなら、追い払う。それでも消えないのなら、最終的に行き着く先は差別や、その命を奪おうとすらする。
それは未知を知り、乗り越えるための行動ではない。ただ恐怖という感情から逃げているだけだ。
恐怖そのものが悪なのではない。恐怖に支配され、現実から逃げることが悪なのだ。
それは戦いにおいても変わらない。
恐怖は敵であり味方でもある。
恐怖を知らない者が強いわけではない。傷つくことを知らない者が強いわけでもない。本当に強いのは、自分が恐れているものを知っている者だ。
自分が何を恐れ、何を失うことを恐れ、何から逃げようとしているのか。それを理解した上で、それでも前へ進める者。それこそが強者である。
逃げ出したくなる自分を否定するのではなく、その弱さを抱えたまま立ち上がる。そうして初めて、恐怖は敵ではなくなる。
人間は、弱さを捨てて強くなる生き物ではない。
弱さを知り、それを扱えるようになって強くなる生き物なのだ。
かの特等捜査官がそう言ったように。
戦いで勝つのは、弱さを飼い慣らした方だ。
◆◇
結論から言うと、私の宣誓はうまく場を盛り上げることができたらしい。
会場の熱気はピークと言ってもいいぐらいだ。まぁ、歓声が二割程で後の八割はブーイングではあるんだけどね。
観客席のどこからか「俺のことを食べてくれー!!」なんて声もあったけど、たぶん聞き間違いだろう。被食趣味はさすがに変態すぎる。
降壇してA組の列に戻ると皆が何か言いたそうな目でこちらを見てきたが、微笑み返すだけにしておいた。その内何人かの目には闘志がメラメラ燃え滾っていたから、私の宣誓でもそれなりに発破をかけられたらしい。
「運命の第一種目! 今年は…………障害物競走!!」
ミッドナイト先生が鞭を振り回しながらそう叫ぶ。別に驚くことはない。私は知ってたしね。
障害物競走に関しては私は特に何もする必要は無い。上位を狙ってただ走るだけだ。まぁ、先回りして後ろから来る皆を一人ずつ再起不能までボコボコにしてもいいんだけど。
「スタート!!」
その合図と同時に、足元に冷気が広がっていく。パキパキという音がして足が凍りついた。原作通り、轟君がやったのだろう。
「あまいね、轟君」
ソレは通じないって、前の授業で学ばなかったかい?
「それっ…………いちち」
足を氷から引っこ抜く。皮膚が剥がれて血が滴り落ちるが、そんなことは関係無い。まだ動けていない前の人の肩に乗っかって、より前方へ一気に跳躍した。
なるべく人がいないところに着地しようと辺りを見渡すと、見慣れた頭が見えたのでその近くに飛び降りた。
「お。お茶子ちゃんじゃないか。元気してる?」
「うぇっ!? エトちゃん……どしたんその足……!」
「トマトケチャップこぼしちゃった。じゃぁね」
それだけ言って凍りついた地面を駆けた。
ぐんぐんぐんと前に進んで行く。地面が凍ってるだけあって推進力は抜群だ。唯一問題があるとすれば、スタート地点に靴を凍ったまま置いてきたから、足裏がずっと冷たいんだよね。
走り続けていると前に人混みと、0Pロボットが見えた。どうやら先頭に追い付いたみたいだ。
「ちょいと失礼」
「ぐぇっ!」
「いってぇ!」
立ち止まってる人達をぶん殴って押しのけ、先頭に躍り出る。今にも0Pロボットを凍らせようとしていた轟君が、驚きの表情で私の方を見た。
「芳村……!」
「ば〜い」
轟君の舌打ちとロボットが凍りつく音を背後に聞きながら、0Pロボットの足元を駆けて行く。
動きがノロイし単調だから、仮に攻撃されたとしても簡単に避けれる。それにそもそもこのロボット達は標的を認識できないと攻撃できないから、小柄ですばしっこい私を捉えることができない。
『な、な、なんとぉぉ!! 芳村愛支!! ロボインフェルノを無視してここでトップに躍り出る! それ結構お金かかってるんだぞぉ!?』
『言うな。それにしても相変わらずの身体能力だな』
マイク先生楽しそうだな。相澤先生も気のせいでなければ楽しそうな声色をしているし、二人とも浮かれてるのかな?
というかあのロボットやっぱり結構お値段するんだ。だとしたら申し訳ないな。入試の時は修復できないぐらいボロボロにしちゃったからさ。今回私は何もしないから許してね。
私は、だけど。
「お前っ……! 足速すぎだろ……!」
「待ちやがれ肉女ァ!!」
「おぉ。案外速かったね」
後続が二人、私に並ぶ。
轟君と爆豪君だ。爆豪君が個性使って私に追いつけるのはまだわかるんだけど、轟君はなんで? 足元凍らして加速してるとはいえ、身体能力は普通の人間の域を出ないのになんで喰種と並走してるの? 何それこわ……。
CCGと戦う喰種もこんな気持ちだったのかな。
「へいへい。そんな攻撃じゃ私は止められないぜ?」
「クソが! 待てやテメェ!!」
「当たんねぇ……!」
上から降り注ぐ爆豪君の爆破と、少し後ろから飛んで来る氷を避けながら走り続ける。まぁ避けなくてもあんまり問題は無いんだけどね。
爆破されても瞬きの間に再生できるし、氷は突き刺さってもすぐに抜けば問題無い。唯一轟君に全身を凍らされるのが不味いんだけど、轟君は私に追い付くのに必死だから大丈夫。逆に言えば足を止めたら轟君に凍らされてだいぶタイムロスするかも、ってこと。
あ、ほら見えて来た。
『ならならこれはどうだ!? 第二関門 ザ・フォーーーール!!』
目の前に見えてきたのは底の見えない落とし穴。落ちたら私でも上がってくるのは時間がかかるだろうな。
落ちたら、の話だ。
「先行くぞ〜、二位と三位」
背中から赫子を生やして崖から飛び降りる。底に落ちる前に岩壁に赫子を突き刺し、その反動を利用してもう一度上に跳躍する。これを繰り返していけば対岸までノンストップで渡れる、という作戦だ。
東京喰種のアニメで、店長がこんな感じでビルを登っていたのを参考にさせてもらった。こうすれば爆破君と轟君の妨害も無いしね。
赫者になったらこんな崖くらいひとっ飛びなんだけどなぁ。やっぱり理性が無くなっていくのがデメリットすぎる。コースアウトするかもしれないし、最悪の場合後続の皆をムシャムシャする可能性だってある。
「よっ、と」
そんなことを考えていたらいつの間にか対岸に着いていた。これで少しは二人と距離を離せたかな? なんて思って振り返ると、轟君がちょうど崖を渡りきったところだった。
バキバキと鋭い音を立てて巨大な氷塊が私の視界を覆い尽くす。赫子を振り抜いて氷を粉砕するが、足元から急激に凍っていく感覚がした。
「本命はこっちか」
「これは硬ぇぞ。悪く思うなよ」
うん、たしかに今回のは強めに凍らされてるね。足の指先の感覚なんてもう無いし、これもう壊死してるんじゃ?
膝から下を赫子で切断し、新しい足を生やす。毎度思うけど凄まじい再生能力だ。でも、USJで脳無を食べてから傷の治りがより速くなった気がする。まぁ以前は怪我することがほぼ無かったから、比較対象があんまりなくてよくわからないや。
「っ……! やっぱ化け物染みてんな!」
「レディに化け物は失礼だな? 親の顔が見てみたいよ、轟君!」
轟君の表情が一瞬、曇る。その瞬間を見逃すほど私はお人好しではない。
せっかくお父さんが見に来てるんだ。左を使わないとイイトコ見せられないぜ?
「お返しだ」
「が、はっ……!」
前に見えてきた第三関門に轟君を蹴っ飛ばす。ズドォン! という音と共にピンク色の煙が巻き起こり、熱風が頬を掠めた。いい気味だ。
『あーーーっと!! 轟が地雷ゾーンに蹴っ飛ばされたぁぁ!? なんて鬼畜! 悪魔! この喰種!』
これでしばらくゆっくり進める、と思っていたら。上からけたたましい爆音が鳴り響いた。
「俺のこと忘れてんじゃねぇ! 肉女ァ!!」
「ちったぁゆっくりしたらいいのに」
走る速度を上げる。目の前は地雷ゾーンだけど、喰種の視力と嗅覚があれば地雷を避けながら走るなんて造作もない。あとは爆豪君の妨害に気をつけながらゴールまで走るだけだ。
だけど流石あのNo.2の最高傑作。
背後から再び氷が生成される音が聞こえた。チラリと後ろを振り返ると、巨大な氷のタワーが作られていた。その一番上からは、氷の道を作ってその上を滑りながら向かって来る轟君の姿があった。
やっぱ強個性っていいよね。デメリットが無いやつ。
地雷原には私。その上には爆破で飛ぶ爆豪君。さらにその上は氷の道を滑る轟君。
観客の皆は私達三人の内誰が一位になるんだろうと胸を躍らせているんだろうけど、残念ながら賭け始めるには役者が一人足りないんだ。
今日一番の爆発音が、会場に響き渡った。
轟君のさらに上。掘り起こした地雷を使って、その爆発を利用して吹っ飛んで来た緑谷出久がトップに躍り出た。
「緑谷……!?」
「ははっ、面白くなってきた!」
「俺の前行くなやデクッ!!」
私を含めた三人がさらにスピードを上げる。緑谷君だけは地雷の爆破による推進力で飛んでいるから、徐々にスピードが落ちる。原作では地面を走る轟君と爆豪君を踏み台に回転してもう一度ブーストしてたけど、今地面にいるのは私だけだ。
だから緑谷君は私の背中に足を置いて、空中で一回転────その手に持っていた装甲を、地雷原に叩きつけた。
再度巨大な爆発が起こり、緑谷君と私が爆発の衝撃で飛ばされる。
これで役者は揃った。ゴールまでは後数十メートル。誰が勝つのかわからないこの状況。マスコミの皆、観客の皆、才能の原石を探しに来たヒーローの皆さん、準備はいいかな?
さぁ、デッドヒートの始まり────
にはならないんだな、これが。
『さぁさぁ! 序盤の展開から誰が予想できた!? いや、ある意味予想通りかぁ!? 今一番に、ラストスパートで後続をぶっちぎってスタジアムに帰ってきた!!』
単純な身体能力勝負で、ただの人間が喰種に勝てるわけないんだよ。
『芳村愛支ォォォ!!!!』
食事前の運動にしては中々楽しめたよ。
私は無事に1000万ポイントをゲットした。
◆◇
「なァ黒霧……! どうして、どうしてどうしてどうしてアイツが生きてるんだ!!」
ボリボリと気味の悪い音が響き、男が首を掻きながら呻く。その男は今にも誰かを殺してしまいそうな雰囲気を纏っており、とても会話ができそうな状態には見えない。
されど黒霧と呼ばれた人物は、いつものことといった様子でグラスを磨く手を止めずに彼の質問に答えた。
「リカバリーガールか……彼女の個性による回復能力が原因でしょう。殺し損ねた、ということです」
「そんなこと言わなくてもわかってる!!」
貴方から質問してきたんでしょうに、とは思っても口に出さない。口にしたら最後、USJでの芳村愛支のように頭を掴まれ崩壊させられるのがオチだ。
宣誓までは機嫌が良かったのに、どうしてこうなったのやら。
「触れたはずだ…………掴んだはずだ……! アイツはもう壊したんだ!!」
テレビに映るその少女は第一種目で一位を獲っていた。その顔は嬉しそうで、けれどどこか退屈そうだった。
観客席に向かって手を振り、そして最後にカメラに視線を合わせて、笑みを浮かべた。まるでどこかの誰が、何のために今テレビを観ているかを知っているかのような表情で────
バキ、と音を立ててテレビにヒビが入った。モノクロの砂嵐を映して、それ以降テレビはうんともすんとも言わないガラクタに変わり果てた。
「死柄木弔……」
「うるさい」
そう言い残して死柄木弔は部屋を後にした。
いったい誰が壊れたテレビを新しくするのか。やれやれと溜め息を吐きながら、黒霧はワープゲートを広げてその中からテレビを取り出した。
毎度自分で壊しては新しいものを要求してを繰り返すため、黒霧はテレビを買い溜めしていたのだ。
そうして新しくなったテレビを点けて、雄英体育祭の中継を映す。
前より手際がよくなったな、と。主のいなくなった部屋で黒霧は一人得意気に鼻を鳴らした。
東京喰種とヒロアカを見直す毎日…最高すぎる
次も2日後さ!