人を食べるヒーロー 作:エトエトエト
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意見を通すのはいつだって乱暴なヤツだ。
話し合いは人だけが選べる平和的な問題解決手段だ、とは誰の言葉だったか。人類学者とか、心理学者とかそんな感じの役職の人だったはずだ。
人には言葉があるからこそ、拳ではなく、言葉をもって互いの意見をぶつけ合うべきなのかもしれない。それでこそ知的な生物であり、平和的で皆が納得するやり方なのだと、口を揃えて大人は言う。
けれど、結局最後は誰かの意見が通り、他の意見は捨てられる。
それのどこが平和なんだ?
例えば。右に行きたい人間と、左に行きたい人間がいる。この二人の意見が衝突した時、最終的に進むのは右か左かのどちらかでしかない。
右に行きたい人間が左に行きたい人間より口達者なら、自ずと行く道は右になるだろう。次の分かれ道で同じことが起こったとしても、きっと次も右に進むはずだ。
だが、左に行きたい人間はそれで納得できるのか?
話し合ったから、なんて言われてもそれは相手の得意な勝負に持ち込まれて負けただけにすぎない。言葉という暴力に捻じ伏せられただけだ。
だから、左に行くには右に行きたい人間を倒すしかない。殴ればいいんだ。もう口を開けられないくらいボコボコに。そうすれば確実に左に行ける。
やったことは話し合いと変わらない。相手を捻じ伏せて己の意見を押し通す。言葉か暴力か、用いた手段の違いでしかない。
意見を通すのはいつだって乱暴なヤツだ。
乱暴なヤツしか意見を通すことはできない。
私は自覚する。
私はいつだって『乱暴なヤツ』だ。
◆◇
翌日。
委員長になってやたら張り切っている飯田君に率いられ、私達はレスキュー訓練のためのバスに乗っていた。ちなみにバスの中は珍しい二列対面型で、初っ端から指示をミスった飯田君は落ち込んでいた。
ちなみに服装はコスチュームだ。背中は素肌が露出しているから、バス特有の背もたれの感触がすごくくすぐったい。これは誤算だった。何かマントのようなものを羽織ってもいいかもしれない。
バスの中では皆が思い思いに話していた。緑谷君の個性についてだったり、爆豪君は人気が出なさそうだったり。
私? 今日の私に楽しくお話する余裕なんて無いよ。
せっかくのビュッフェなんだ。ちゃんとお腹を空かせてきたに決まってるだろ?
訓練場に到着し、バスを降りると一人のヒーローが私達をお出迎えしてくれた。
13号さんだ。コスチュームを着ていると宇宙服を着たずんぐりむっくりだけど、その中身はなんと美女である。180cmと女性にしては……この世界だとそうでもないのかもしれないけど、かなり大柄だよね。おっきいお姉さんもすごくいいと思います。
「13号だ!」
「13号さんいいよねぇ」
「エトちゃん……なんかねっちょりしてるよ?」
お茶子ちゃんにまたキモがられた。なんか私に対する対応がだんだん雑になってきてる気がするんだけど。もっと優しくしてよお茶子ちゃん。
「えー、授業を始める前にお小言を幾つか…………」
わかってるよ。一人占めはしない、ちゃんと残して綺麗に食べる、あとは殺さない。これぐらいかな? 私は良いヒーローだからね、ちゃんと守るよ。
「君たちの力は他者を傷付ける為でなく、助ける為にあるのだと。そう心得て帰って下さいな」
そんなこと疾うの昔にわかってる。そしてそれが無理だってことも。だから私は、『悪』を傷付けて人間を助けるんだ。
13号の演説が終わり、生徒達から拍手が贈られる。私ももちろん手を叩いたよ。流石ヒーロー、その口から出る言葉も綺麗だね。
まぁ、どうでもいいさ。
私の意識は、たった今広場にぽっかりと空いた穴に夢中になっていた。
ぞろぞろと溢れ出てくる異形のヴィラン。うん、どいつもこいつも珍味っぽくて食べてみたくなる肉だ。
「……ふふふ」
「一かたまりになって動くな! 13号は生徒を守れ!」
ヴィラン連合が来た。
相澤先生の言葉でA組の皆が狼狽える。中には入試の時みたく既に訓練が始まってると考えた子もいたけれど、残念ながら今回はそうじゃない。本物のヴィランが来たぜ? ヒーローの卵達。
緑谷君の静止を振り切り、ゴーグルをかけて戦闘準備をするイレイザーヘッド。私は彼に一歩近付いて声をかけた。
「手伝おうか?」
「ハッ……必要無い」
「あらら。振られちゃった」
そう言って相澤先生は飛び出してしまった。
鼻で笑われたけど、まぁいいや。空腹は最高のスパイスだからね。あとちょっとぐらい我慢できる……するさ。
後ろをチラチラと振り返りながら、皆と一緒に出入り口まで避難する。緑谷君がこんな状況下でも分析なんかしてるから飯田君に怒られてたけど、そりゃそうだ。
向上精神旺盛なのはたいへんよろしいんだけどさ。
「させませんよ」
だからこうなったかもしれないんだぜ?
黒霧がワープで私達の目の前に現れる。これで私達は完全にUSJに閉じ込められてしまったわけだ。爆豪君と切島君が果敢に攻撃するけど、流石は連合トップの守り役。見事に防がれてしまう。
「いくら生徒とはいえ金の卵、だから散らして嬲り殺します」
黒霧の個性が私達を覆う。生徒達はここで各ゾーンに飛ばされて雑魚ヴィランと戦わされることになる。私もそっちに行ってもいいけど、もし轟君とか爆豪君とかと一緒だとせっかくの食事が台無しになっちゃうからね。
だから、安牌を取ることにした。
私は思いっきり足に力を込めて横に飛んだ。
◆◇
「全てを吸い込み塵にするブラックホール……なるほど、驚異的な個性です……!」
大半の生徒達を散らした後、その場に残った数人の生徒を散らし、そして13号を戦闘不能にするため黒霧はその個性を遺憾無く発揮していた。
「しかし13号。貴女は災害救助で活躍するヒーロー。やはり…………戦闘経験は一般ヒーローに比べて半歩劣る!」
13号は『ブラックホール』という強個性を持つヒーローではあるが、まったくもって宝の持ち腐れだ。
「自分で自分を塵にしてしまった」
「や……やられた…………」
これで目的の一つは達成した。その気の緩みが、一人の生徒が飛び出す隙を生んでしまった。
確かに速いが、追いつけない速度ではない。ワープホールを飛ばして、この施設のどこか……水害エリアにでも飛ばしてやればいい。
「外には出させない!」
黒霧の判断は正しかった。この時に至るまでの行動も、最適と言っても過言ではなかった。生徒を散らし、プロヒーローを戦闘不能にする。雄英を襲撃したヴィランとして、これ以上は無い程の戦果とも言えるだろう。
誤算があるとすれば。
その生徒達の中には『ヒーローの卵』などではなく、『化け物』がいたということだ。
「ばぁ」
そんな巫山戯た声が、耳元から聞こえた。
違和感、次に焦燥。視界の端にチラリと映った翡翠色の髪は、先程目の前にいた生徒達の中にはいなかった。つまりだ、外部からの救援……もしくは散らし損ねた生徒がまだいたということ。
何よりの失態は、本体を霧で守れていないこと。その状態での接近を許してしまったこと。
出口へ向かう生徒に割いていた霧をすぐに体に戻す……が、その瞬間、私の肩に強烈な痛みが走った。
「ぐっ……!」
「…………う〜ん」
すぐにワープホールを向けるが、既に翡翠髪の女は私の肩から離れ、顎に手を置いて何かを考えている様子だった。
痛む箇所を見ると、肉食動物に齧られたように肉が抉れていた。バッと女の方を向くと、やはりその口は何かを咀嚼するかのように上下に動いているではないか。
「私を……食べたのか……!?」
女は肯定も否定もせず、ただ口を動かしながら黒霧を見つめていた。
緊迫した空気が辺りを支配し、黒霧は、そして他の生徒すらも動けないでいた。
ゴクリと喉を動かし、どうやら黒霧の肉を食べ終わった女はその表情を険しくして、黒霧に言葉を吐いた。
「クソ不味いな。お前」
黒霧は死柄木弔以外で久しく苛立ちを覚えた。
ともかくだ。生徒の一人を取り逃がして救援を呼びに行かせてしまった以上、今回の作戦は失敗に終わるだろう。急遽集めたチンピラ風情のヴィラン擬きでは、雄英に在する数十ものプロヒーローの相手は務まらない。
であるならば、黒霧がすべきことは死柄木弔の保護。そして彼の指示を仰ぐこと。
己の味を酷評した忌まわしき女のことは置いておいて、ひとまず黒霧は広場にいる死柄木弔の下へ向かった。
「死柄木弔。少し問題が」
「……は?」
「13号は行動不能にはできましたが……一人散らし損ねた生徒がおりまして、一名逃げられました」
黒霧が自分の失態を告げると、死柄木弔は苛立ちを隠すことなく己の首を引っ掻き回す。ボリボリと不気味な音が静かになった広場に響き渡った。
「はぁ………………黒霧、お前───」
「それと、もう一つ」
死柄木弔がさらに苛立ちを黒霧にぶつける寸前、彼の言葉を遮って黒霧が進言した。
その、時だった。
「逃げんなよ。まだ食べ終わってないんだから」
黒と赤に染まった瞳で、翡翠髪の女は真っ直ぐとヴィランを睨みつけてやって来た。
「よし……むら……」
脳無に抑えつけられたイレイザーヘッドがか細く生徒の名を呼んだ。『ヨシムラ』と言うらしい。
ヨシムラはイレイザーヘッドを見て、嘲るようににやりと笑った。
「手伝おうか? って言ったよね」
舌舐めずりをして、ヨシムラがイレイザーヘッドに近付く。その狙いは不明だが、脳無は対オールマイト用に作られた兵器だ。どんな小細工があろうとも、あのような少女は障害にすらならない、と黒霧は考えていた。
「イレイザーヘッド、許可を」
だが、その一言を聞いて一気に警戒度を上げた。明らかに何か秘策のある言葉。そしてイレイザーヘッドの許可を必要とする程のもの。
何より、その喜色に滲んだ声がひどく不気味だったからだ。
「脳無!!」
死柄木弔の一声で、脳無がイレイザーヘッドの頭を地面に叩きつける。辛うじて意識があったイレイザーヘッドは今の一撃で気を失ったようだ。
そんなプロヒーローを見ても、ヨシムラは未だにその笑みを崩さなかった。ましてや、その笑みはさらに増したように見えた。
「沈黙は肯定だぜ、先生?」
沈黙も何も、イレイザーヘッドの意識は既に無いというのに。
恐れたわけではない。『超再生』という個性、そして脳無の特性上、温存することに意味など無い。だが黒霧と死柄木弔の二人の勘が、あの女を脳無に宛てがうのは危険だと告げていた。
「黒霧」
「ハッ」
ワープホールを広げ、広場に残っている動けるヴィランを女の下に転移させる。女そのものを転移させることができたら良かったが、初めの転移から何らかの方法で逃れられている以上、同じ手は通用しないだろう。
「あ? 女じゃねぇか!」
「イレイザーヘッドの生徒か? 目の前で犯してやるぜ!」
「ぶっ殺す!!!」
結局、転移できたのは数人のヴィランだ。異形型で、イレイザーヘッドと戦った後も余力のあるタフネスを持った人間。それで充分だとは思えなかった。
そして、それは現れた。
ヨシムラの背中から、二本のブレードのような肉と、結晶の塊のようなものが生えてきたのだ。
「な、なんだ……それ…………」
「気持ちわりぃ……!」
「ば、化け物!!」
肉が形成される音が、ヴィラン達の足を竦ませた。
その一瞬で、彼等の運命は決まってしまった。
結晶が、ヴィラン達に突き刺さった。ショットガンでも放たれたかのような轟音と共に、ヨシムラに生えた肉の塊から結晶が放たれ、ヴィラン達を一掃した。
ヨシムラは倒れたヴィランに近付いて、その傷口に手を突っ込んだ。
「ぐぁぁぁあぁぁあ!!!!」
ぐちゅぐちゅとかき混ぜ、血がべっとりと付いた手を恍惚とした表情で見つめ、その舌を這わせた。
「
ゲームオーバーだ。