人を食べるヒーロー 作:エトエトエト
一番難産だった
個性が発現したその時から、私は『満腹』になったことがなかった。
月の初めに渡される約20kgの肉が、私が食べることのできる食料の全てだ。最初は余裕だと思っていた。一日一個ハンバーグぐらいなら食べれるじゃん、なんて考えてたっけ。
夕食にはハンバーグを模した肉の塊を、お腹が空いた時はお鍋に入れるような肉団子サイズの肉を食べるようにした。
決して月の途中で切らさないように。食料管理を徹底して、定期的に訪れる検査の日に体重が『増えすぎていない』状態を維持した。
少しでも生きている人間に危害を加えたと判断された瞬間に、私の命はたぶん無い。人を食べたら……そう、外を見ればいくらでもいる生きている人を食べたらだ。
人肉を食べている。
その事実に何度吐きそうになったか分からない。
だけど吐いたら勿体ないから。せっかく肉をくれた人達に申し訳ないから。何より、消化する前に吐いたらまたお腹が空くから。
我慢した。我慢して、我慢して、我慢して我慢して我慢して──────慣れた。
小学校に上がる頃には、食人に対して思うところはほとんど無くなっていた。だが、別の問題が発生した。
肉の量が足りない。
いつからだろうか。月の終わりが来る頃には、冷蔵庫の中が空っぽになるようになった。
私は朝ご飯と軽食を食べなくなった。昼ご飯と夜ご飯以外でお腹が空いた時は、全部コーヒーで誤魔化すようにした。
小学校はそれで何とかなった。幸い、公共の場で個性を使うのはダメとかいう規則があったから、周りから見たら私は個性を全く使わない優等生に見えただろう。
実際は消費エネルギーを極力減らすようにしてただけなんだけどね。
中学生になって、食欲の増加を明確に感じた。それ以降、昼ご飯を抜いて夜に一気に食べるようになった。そうしないと深夜にお腹が減って寝ることができないからだ。
何も食べない日も多くなった。一週間に一度しか食べないことだってあったし、自分の肉を食べたこともあった。
喰種の食事の基本的な量は一月に人間一人分、だったはずだ。20kg前後の肉は、多く見積もっても小学校低学年程度の人間くらいの量だ。
それで満腹になるわけがなかった。
現在、私の食料を提供してくれているのは『ヒロアカ』原作でも聞いたことがない無名の事務所だ。そこが家から一番近かったから、助けを求めた。求めてしまった。
小さい頃は熱心に私の面倒を見てくれていたが、もう私は知名度向上やランキング上昇のネタにならないと判断したのか、最近は連絡すら来なくなった。
一応、今私に提供されている屍肉はそこの事務所から直接渡されているわけではない。その事務所が民間の遺体保管所に取り合って、身元が分からない死体の可食部を発送してくれているのだ。
もちろん冷凍だよ。こんなこと言うと失礼だけど、あんまり美味しくないよね。
彼等のおかげで、雄英に入るまで本当に餓死しそうだったのは二回しかない。
小学生の頃、自分の赫子がエトと同じかどうかを確かめるために赫子を出した時が一回目。
二回目が、初めて赫者になった中学生の時だ。あの時は本当にヤバかった。冷蔵庫にある肉を全て食べて、それでも足りなかったから、無理矢理水とコーヒーで腹を膨らました。
気が狂って、もしかしたら人間の食べ物でお腹を満たす、なんて馬鹿げたことにも挑戦したっけ。
兎に角、私は常に空腹だった。
ヒーローを目指せなんて意味不明な条件も。それで提供される美味しくない肉も。我慢できたのは『雄英に入れば何とかなる』と思っていたから。
そこがゴールだと決めつけて、後は何も考えずにひたすら勉強に励んだ。個性を鍛えるなんてことはしなかったけれど、二度の赫子の使用で私が強いことは理解できたから充分だった。
雄英に入っても、何も変わらない。
それに気付いたのはつい最近だ。尤も、まだまだ雄英に来てから日は浅いし、そう判断するのは速すぎたかもしれない。だけど、入試で赫者を使ってしまった以上、すぐにでも食料を調達しなければならなかった。
そして空腹に苛まれる頭で閃いたのが、USJに来るヴィランを食べればいいということ。
ということで今回は、それはもうたんまりと食べさせてもらったよ。
誤算はあるにはあったけれど、まぁ……あの空腹感に比べたら大したことではない。
よし、納得。言い訳完了。
何をしているかって? 病室で自分自身に言い訳を、ね。
「はぁ……やっちまったなぁ」
「うん。やっちまったのさ」
独り言に思わぬ返答が返ってきた。声がした方向に視線を向けると、そこには一匹のデカいネズミがいた。
「…………いるなら声をかけてくれたらよかったのに、根津校長」
「何か考え事をしているようだったからね。その間にコーヒーを淹れて来たんだ。ほら、君も飲むといい」
熱々のコーヒーだ。礼を言うのはなんだか癪だったので黙って飲み干すことにした。
「…………美味しい」
いつも飲んでいる缶コーヒーとは比べ物にならない程美味しかった。悔しいな。何の豆を使っているか後で教えてもらおう。
私がコーヒーを味わっている間、根津校長は何も言わずに、ただ私がコーヒーを飲み終わるのを待ってくれていた。
「さて」
私がサイドテーブルにカップを置くと同時に、根津校長はその口を開いた。
内容はだいたい見当がつく。制圧済みのヴィランに危害を加えたこと、そして相澤先生との約束だった赫者の使用禁止を破ったこと……まぁその他諸々だろう。
根津校長の話は長いらしいから、説教はどのくらい続くのだろうか。そんなことを考えて時計をチラリと見ると、時刻は既に正午を回っていた。
「まず、君に謝らないといけないことがある」
「…………謝る?」
説教に身構えていた私に告げられたのは、思いもしない言葉だった。
思わず視線を根津校長に戻すと、彼は穏やかな笑みで私を見つめていた。その目は全く笑ってはいなかったけれど。
「君が個性の都合上、人肉しか食べることはできないことは僕達も把握している。コーヒーは例外ってこともね」
「……」
「君がこれまで、月に20kgの肉だけで生活してきたことも、だ」
「……私は月に1kgでいい、って相澤先生に言ったんだけどな」
「『死にはしない』と、君はそう言ったはずだ。『生きていること』と『健全に生きられること』は違う」
根津校長は可愛らしい姿に反して、鋭い目つきで私を射抜いた。
「現に、君は昨日まで腹ペコだったんじゃないのかい?」
そこまで、わかっていたのか。うまく誤魔化せていたと思っていたんだけどな。
「私達はそれを認識していながら、君へ『食料』を提供することが遅くなってしまった。これに関しては完全に私達に非がある」
そう言って校長は椅子から立ち上がって、その頭を深々と下げた。
「雄英を代表して、君に謝罪を」
「頭を上げて……ください。入試で見栄を張った私の失態です。貴方が謝罪するようなことじゃない」
「君に我慢を強いただけでなく、『ヴィランを食べる』という選択まで選ばせてしまった。これを謝罪せずして、私はどうして雄英高校の校長を続けられようか」
頭が真っ白になった。まさか謝られるなんて考えてもいなかったからだ。
だって私は化け物だ。間違っているのは私なんだから、責められるのはいつだって私だと……そう思っていた。
我慢できなかった私が悪い。でも、人を食べなければ生きていけないんだから仕方ない。そう開き直っての今回の行動だったのに……そんな風に謝られたら、勘違いしちゃうじゃないか。
私は悪くなかった────そんな思い違いをしてしまう。
「……違う」
開いたままだった口が、ようやく私の意思に従って動き出す。
「ヴィランを食べたのは私の選択だ。君達に強いられたんじゃない。私が、私の命のために行動した結果だ」
私の責任だ。
私が悪いんだ。
人を食べることが、悪くないわけがない。
「私が選んだ結果に、アンタらが責任を持つな……! 私を、否定するなッ!!」
生まれを変えることはできない。世の中には変えられないことがある。それを否定されてしまったら、生まれたこと自体が間違いだったと言われているようなものだ。
私は生きている。人の命を食らいながらも生きているんだ。仮にこの世界が創作上の世界だとしても、私は確かに意志を持ってこの世界に生きている。
それでも、募る罪悪感からは逃れられない。
屍肉を見る度に考えてしまう。この人にも家族がいたんだ、って。どんな人にも自分の人生がある。べつにそれを奪ったわけではない。だけど、その終わりの果てが私の胃袋だなんて、あまりにもその人が報われないじゃないか。
私が生きているのは間違っている。人の命を消費することが前提の命なんて、間違っているに決まってる。
だけど、私は死にたくない。生きていたい。そう思うことは間違っているのか? この世に間違って生まれてきた生き物が、『生きたい』と願うことは間違っているのか?
間違っているのかもしれない。だけど私は生きることを選んだ。
ならば、私が生きることで生じる『罪』は、私が責任を持って背負うべきだ。
『私が悪くない』のなら、今まで私がやってきたことはなんだったんだ?
「私が、悪いんだ……私から罪を奪わないでくれ…………」
「なら、やるべきことは一つさ。ヒーロー」
根津校長の一言が、私達の間に流れていた沈黙を打ち破った。
「君のその力で、たくさんの人を救うんだ」
「…………」
「罪悪感を抱えて生きることだけが償いじゃない。生きるために食べる。その上で救えるだけ人を救ったらいい」
「……そんなことで、私の罪が消えるわけじゃない! 私が生まれてから死ぬまで、いったい何人の命を奪うと思ってるんだ! どれだけの人を救えば、私は生きても赦される!?」
「一人食べたから、一人を救う。それで釣り合いが取れるかどうかなんて考える必要は無い」
さも当たり前かのように根津校長はそう言った。その言葉を納得して飲み込むまでに、私がどれだけ葛藤するかも知らずに。
「救える人を、救えるだけ救えばいい」
根津校長が私に手を差し伸べた。
「その手伝いを、私達雄英にもさせてくれないか」
ヒーローはいつだってやって来るのが遅いんだ。
「その言葉を、子供の頃に聞きたかったよ」
「ふふっ……ならもう安心してもいいさ」
「私達がいる」
べつに、ヴィランになる予定は無かったんだけど。
「ハハッ、ヒヒ………アハハ…………はぁ」
ヒーローも捨てたもんじゃないなって、そう思えたよ。
◆◇
「座れ。説教だ」
根津校長が帰った後、リカバリーガールにお願いして相澤先生の病室へ案内してもらった。
病室で横になっていた相澤先生は、原作通りしっかりと包帯でぐるぐる巻きの状態だった。だけど私を見るやいなや元気が湧いてきたようで、凄んだ声で私への説教が始まりそうになった。
「それが怪我人への態度なのかな? 一人で頑張った生徒に対してもうちょっと何かないのかい?」
「俺も怪我人なんだよ…………それに、お前が頑張る必要は無かったんだ」
「それ、は……そうかな」
相澤先生の表情は包帯のせいでまったくわからないけれど、その声色から何となく察することはできる。
だから私もそれに応えるしかなかった。
「勝手な行動をして、ごめんなさい」
原作通りに進めていれば、もしかすると相澤先生はもっと軽傷だったかもしれない。独り善がりな行動をせずに、最初から相澤先生と戦っていれば、結果はもっと違ったかもしれない。
ごめんね。私が黒霧を食べてみたかったばっかりに。
クラスの皆にも、酷い光景を見せてしまったわけだし、後でちゃんと謝らないとね。あ、あとオールマイトにも。
「……いや、いい。それに本来はこんなことにならないように俺がしっかりしなきゃならんかった」
「お互い様、ってやつかな」
少し険悪だった空気は、気づけば無くなっていた。
それから私は相澤先生と『個性』についてアレコレ話して、リカバリーガールに従って自分の病室に戻ることになった。
去り際に、「あ、そうだ」なんて先生が呟いたのが聞こえてしまった。私は嫌な予感がしつつも足を止めて、先生の方を振り向いた。
「体育祭の宣誓の言葉、ちゃんと考えとけよ」
「め、めんどくさ……」
こういうのが一番嫌いだ。
中途半端が一番ダメだよね
みんないっぱい感想と評価ありがとう!!!!!
まだまだ続くよ!!!!