人を食べるヒーロー 作:エトエトエト
エトのあのシーンいいよね
気まずいなぁ。
臨時休校の翌日、私はいつも通り早朝から登校して一人教室で読書をしていた。
退院する時、相澤先生は包帯ぐるぐる巻きだったけれど、私は何にもされなかった。流石喰種の再生力だね。相澤先生が恨めしそうにこちらを見てきたけれど、こればっかりは体質だから仕方ない。
相澤先生のことは置いといて。
私が気まずいのはA組の皆だ。
ヴィランをパクパク食べてるとこは緑谷君達にはばっちり見られたし、なんなら赫者状態で脳無を食べてるところも見られてる。
あの時はやっとお肉を食べれることにテンションが上がってたし、やっぱり赫者になったらどうしても気分の上がり下がりが激しくなってしまう。
ハイテンションでヴィランを食べてた姿を見られた同級生にどんな顔で接したらいいのだろうか。
それにもう個性について隠す必要もほとんど無くなってしまった。何人かには見られちゃったわけだし……体育祭もあるしね。
しかし体育祭の宣誓か……入試が一位通過だったから当然っちゃ当然なんだけど、百ちゃんとか爆豪君……いや、やっぱり百ちゃんとかがいいと思うんだけどな。
皆に発破をかけたり鼓舞したりするのは私の専門外なんだよね。私に喋らせてもエトっぽいことしか言えないよ。
ガララ、と。その音で思考の海から一気に現実へと引き戻される。時間的にもまだ皆が来るような時間ではない。かといって相澤先生はまだ職員室で休んでいるはずだ。
誰が来たのだろうか。後ろを振り向くとそこには──
「……今日はずいぶん早起きだね。爆豪君」
「チッ……そう言うテメェは早すぎんだよ」
意外も意外。爆豪勝己がそこにいた。いつも早く登校してくる方ではあるけれど、今日ほど早く来た日は無い。私に何か用があるのは明白だった。
私は本を閉じ、立ち上がって彼の方へと体を向けた。
「告白なら場所を変えよう。私は屋上が良いと思うんだけど、爆豪君はどうかな?」
「違ぇわボケ!!」
「! おぉ」
BOOM!! なんて効果音が付いてそうな爆発が、私の顔めがけて彼の手から放たれる。
「……チッ」
避ける程のモノでも無かったから、それを正面から受けた。右頬と口元が少し焼けてしまったが、その程度だ。
血が頬を伝って顎まで赤い道を作る。その雫が教室の床を汚す前に、人差し指で流れる血を受け止めた。
勿体ない。そう思って指に付いた血を舐め取っていると、目の前の爆豪君がドン引きしたような目でこちらを見ていた。
「……どうした? そんなに熱烈な視線を送られたら照れるんだけど」
「いや、今のでクソデクの話がマジだって確信したぜ。肉女」
「喧嘩なら買うぞ、青少年」
麗らかな乙女になんて渾名を付けるんだ。失礼にもほどがあるだろ。
「言っとくけどな」
低い唸り声のような宣誓をして、爆豪君はズカズカと私との距離を詰めた。身長差のせいで自然と彼が私を見下ろす形になる。
間近で見る彼の瞳には、苛立ちと獰猛な闘志が渦巻いている。綺麗な赤色だった。
「テメェの個性がナンだろうと、俺がそれを超える!」
それはあまりにも青い宣誓だった。
相澤先生。やっぱりこの子に宣誓させた方がいいと思うな。『俺が一位になる』なんて大衆の前で言って、しかも実行できるような子だぞ? そんな面白くて、みんなの競争心を燃やせる言葉を言えるこの青少年を前に立たせないでどうするんだ。
「ふふっ……あはは!!」
「何がおかしいんだ!! あぁ!?」
凄んでくる爆豪君を無視してひとしきり笑った後、私も一歩踏み出して、彼と密着した。
「もうすぐ体育祭だね」
障子君の時みたいに手を這わせるのは、はたき落とされそうだったから止めたけど。
彼の耳を掴んで、顔を近付けた。
「受けてやるよその勝負。喰い殺してやる」
「上等だァ……! ぶっ殺す!!」
私達の戦いは、二人だけの教室で始まった。
この後皆が来るまで二人っきりですごい気まずかったよ。爆豪君は外見てボケっとするだけでいいんだけどさ、私は来た人から心配されたり質問されたりでそれはそれは大変だったよ。
それと、私のことを色々喋ってたらしい緑谷君は後で説教だね。
◆◇
芳村愛支ってどんな子?
その問いにはっきりと答えられる人は、A組の中にはいないだろう。同じクラスメイトであるにも関わらず、『よくわからない』というのが大半のクラスメイトからの印象だ。
だが、彼女について語れることはいくつかある。
まず、芳村愛支の登校時間は異常に早い。誰も彼女が登校してくる姿を見たことが無いくらいには早い。
一度だけ爆豪が彼女を待ち構えようとして早朝に登校したらしいが、爆豪が教室のドアを開けると既に芳村が読書をしていたらしい。ちなみにこの話は爆豪の前ではできない。殴られるからだ。余程登校勝負?で負けたのが嫌だったらしい。ガキすぎる、とは誰が言ったか。たぶん皆が思ってる。
次に、たぶんカフェイン中毒であること。本当にいつも缶コーヒーを飲んでいる。芳村のおかげで毎朝教室にはコーヒーの匂いが充満しているし、彼女に憧れて缶コーヒーを飲み始めた人もいる。A組の他の女子曰く、芳村は憧れの女の子らしい。
顔が整っていて、大人の余裕を感じさせる立ち振る舞いをしていて、さらに朝から教室で缶コーヒーを飲みながら本を読む。「これに憧れない人はいないでしょ!?」とは芦戸の言葉である。
授業中でも机の上には常に缶コーヒーが置いており、暇さえあれば常に手の中で缶を転がしている。「なんか艶めかしいんよね……」とは麗日の言葉である。
次に、彼女の『個性』について何もわからないこと。
芳村愛支はヒーロー科の入試を一位で合格している。頭がいいのは言わずもがな、個性の扱いに関してもA組の中では頭一つ抜けているのだろう。実際、入学後すぐに行われた個性把握テストや対人訓練の際には他とは明らかにレベルが違う実力を発揮していた。
だが、その個性の詳細は誰もわからない。
超人的な身体能力を有してはいるが、それだけで実技試験を一位で突破したとは考えられない…………と断言できない程に彼女の身体能力は化け物じみている。
しかし、ただの身体能力を強化する個性ではないことは、対人訓練の時に障子に対して使ったモノが証明している。だからこそさらに個性が何なのかわからないのだけれど。
本人も個性についてはあまり話したがらない、というのはA組の中では有名だ。芦戸や葉隠が、聞いてもはぐらかされた! とはしゃいでいたのを八百万が注意していた光景は記憶に新しい。
最後に、彼女が何かを食べているところを見た人が誰もいない、ということは最早A組の七不思議の一つになりつつある。
芳村は昼休みの時間になっても、食堂に行くことも教室で弁当を食べることもせず、ただ缶コーヒー片手に本を読み続けている。「個性が何か関係してるんじゃないかな?」とは緑谷の言葉である。本当はもっと長々と麗日や飯田に語っていたのだけれど、長すぎるので割愛する。
そして、USJでの一件を経て新たに判明したことがある。
芳村愛支は強者であるということだ。
USJに襲来し、相澤先生を重体にまで追いやった脳無。緑谷、蛙吹、峰田の三人が言うには、そんな脳無を圧倒していたらしい。
対人訓練の際も障子を一撃で戦闘不能にしたことから、強いことは確かだったが、それほどの強者だとは誰も思っていなかった。
ともかく、これらを総括して芳村愛支は『よくわからない』のだ。
そして迎えた体育祭当日。皆がそれぞれの思惑を抱えて奮起する中、やはり芳村は缶コーヒー片手に和やかな雰囲気で皆を眺めていた。
「選手宣誓、一年A組 芳村愛支!」
入場し、会場の熱気が一気に伝わってくる。その熱気が、宣誓をする芳村ただ一人に向けられた。
「宣誓」
「の前に一つ、私事ではありますが」
昼下がりの友達との会話みたく、芳村はそんな声色で淡々と言葉を連ねた。
「私は『喰種』です」
会場がざわめいた。『喰種』って何? そんな声があちらこちらから聞こえる。かく言うA組も、その言葉が何を意味するのかわかる人はいなかった。
それもそのはず。この世界に喰種はたった一匹しかいないのだから。
「人を食べなければ生きていけない化け物です。私はそういう個性を持って生まれました」
ざわめいていた会場が一気に静まり返る。
そして再びざわめきが起こった。その中には少なからず罵詈雑言が含まれており、観客席にいるヒーローすらも顔を顰める者が何人かいた。
何故なら、彼女の個性はいつか彼女自身がそう言ったようにあまりにもヴィランのような個性だからだ。
会場に飛び交う様々な言葉を芳村は微笑を浮かべながら暫く聞いていた。
それらが少しだけ小さくなった時、芳村はようやくその口を開いた。人を食べているであろう、その口を開いた。
「間違ってこの世に生まれてきた私でも、どんな人でも、ヒーローになれるのだと今日証明します」
どんな人でも。その言葉にヒーロー科以外の生徒達が少し湧き立つ。彼らが期待する意味が、彼女の言葉に含まれているかは不明ではあるけれど。どんな解釈をしようとその人の自由だ、と芳村はきっとそう言うだろう。
「宣誓する」
芳村がくるりとこちらに振り返る。その目は彼女が個性を使う時特有の、黒と赤に染まった色をしていた。
「ヒーローの卵達。君達を食い散らかして、今日は私が勝つ」
彼女は一年A組を見ながらそう宣言した。
次回は2日後に投稿します。