神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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1-2 澪と譲葉(2)

 

 譲葉と澪が手を繋いで戻れば、離宮の雰囲気はすっかり様変わりしていた。ペラギア修道院の狩人たちが集まって、賑やかながら張り詰めた空気を作っている。

 澪は報告に行くと言って、狩人たちの中に向かっていった。──子供はやっぱり、澪しかいない。

 

 譲葉はぼんやりと立ち尽くしながら、ペラギアの姉妹たちを眺めていた。

 みんなが同じ正装をまとった、戦場に生きる人。それなのに怖くない。もうすぐ戦いに行くはずなのに、楽しげに笑いあっている。戦場を拒み続ける譲葉からすれば、あまりにも不思議な光景だった。

 澪も当然、その中にいた。姉たちに囲まれて、返り血まみれの髪をタオルで拭われている。澪は自然体のままなのに、譲葉の視線はずっと彼女を追いかけて、それ以外何も見えなくなっていた。

 

「──譲葉姫、澪が気になりますか?」

 

 背後から優しい声がかけられた。譲葉が振り返って見つけたのは、いつの間にか近くに立っていた老境の狩人、ペラギアの院長であるシトゥリだった。

 シトゥリが澪を見つめる視線は柔らかい。譲葉は警戒も嫌悪も解いて、本心を答えていた。

 

「はい。澪、まだ私と同じくらいなのに、どうして」

「……戦うことでしか生きられない子だったから。澪にとってはあれが自然なのですよ」

 

 言いながら、シトゥリはじっと譲葉の瞳を見ていた。譲葉は見定めるようなその視線にも気が付かず、ただ澪に目を奪われている。

 シトゥリは口を閉ざし、澪と譲葉を交互に見つめる。そうしてしばらくの逡巡の後に、迷いを見せない声で告げた。

 

「譲葉姫。澪は古代種──真祖の再来と予言された末に、社会に切り捨てられた子です」

「……え?」

 

 譲葉の声が反射でこぼれる。今日一番の衝撃に硬直する譲葉へ、シトゥリは膝を折って目線を合わせると、銀色の髪を数度撫でた。

 

「本当なら今の戦場についてこられる身体ではない。それなのに、己が狩人であることを認めさせている。だからこそ、あの子は私の……いえ、ペラギアそのものの澪しるべなのです」

 

 シトゥリは最後に譲葉の頬を撫でてから立ち上がった。シトゥリが見つめる先には、むっつりとした顔で不満を露わにする澪がいた。

 

「……院長。勝手に教えないでほしい」

「私が教えない限り、お前は一生言わないでしょう? ほら、帰ったら手合わせをしてやりますから」

 

 シトゥリはあやすように言いながら、ペラギアたちの中心へ戻っていく。澪はむぅと不満の声を漏らしながらも、ちらちらと譲葉を見ていた。

 いつもと何も変わらない無愛想さ。けれど奥には確かに、手を取ってくれた彼女も自分を否定するのだろうかと、警戒と落胆が滲んでいた。

 やがてゆっくり、譲葉が口を開いた。その声の静けさに、澪は思わず目を開く。

 

「どうして、澪は戦うの?」

 

 譲葉の視線は澪ではなく、ペラギアの狩人に向けられていた。

 澪は侮蔑されなかったことに困惑しながらも、譲葉の問いに答える。

 

「……私には何もなかったから。価値がないまま死んでいくことだけは嫌だった。だから院長に願って、戦わせてもらっている」

「怖くないの?」

「怖いよ。私が弱ければ今日にでも死ぬ。運が悪くても死ぬ。けれど、無意味に生きることに比べれば、よっぽど価値があるから戦っている」

 

 澪の声はやっぱり淡々とした、年齢不相応のものだった。声質はまだ子供なのに、声音だけが先走ってしまっている。

 譲葉は澪の言葉を聞いて、ゆっくりと呼吸を繰り返した。振り返るのは、戦場で死ぬことを強制された自分の人生。

 感情だけでなく、理性も無理だと告げていた。

 澪のようには、生きられない。

 

「だめ。やっぱり私は狩人になれない。澪みたいに強くなれない。人の言いなりになって死んでやるなんて、絶対に嫌」

「……そうか」

 

 澪はただそれだけを返して、何も言わずに視線を上に向けていた。

 真紅の瞳が宙を見つめる。何かを考えるようにぼんやりとしていた目は、姉たちに呼び戻されることで現実に戻ってきた。

 澪は首元に下げていたペストマスクを被り直して、戦場へ意識を向ける。けれど去り際に譲葉に向けた穏やかな声は、森の中で出会ってから初めてこぼしたものだった。

 

「譲葉、あなたは強いよ。私よりよっぽど。こんな場所に閉じ込められているのに、ちゃんと嫌だって言えるんだから」

 

 澪からすればただ事実を告げただけだったのか。譲葉の反応を気にすることなく、おいでと呼ばれるまま譲葉の隣から立ち去った。

 一人残された譲葉は、活気が消えた離宮で自分の頬に手で触れる。喉が勝手に声を紡いで、ああ、と小さく呟いた。

 無駄を悟っていた人生に、光が見えた。

 

 

 

 ──出会ってから六年経った。女学院のロビーには澪の狩りが映し出されて、譲葉は自分の人生の使い道を幸福とともに実感する。

 譲葉は無意識のまま、頬を触っていた。そうして澪こそが己の楽園なのだと、何度でも自分の中へ刻むために、誰にも聞こえない声で宣言した。

 

「澪。私はあなたのすべてを証明する。唯我を願われたあなたも、ゼロと否定されたあなたも、澪と見出されたあなたも。私のすべてを使って──あなたの覇道を、証明するの」

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