神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
俯瞰する。イオは星見台に陣取って、戦場のすべてを俯瞰していた。
観測手は送られてくる戦場映像から状況を割り出すから、必ずしも高所に居座る必要はない。理解したうえで星見台に登ったのは、澪の命を預かる重責で崩れないために無意識で選び取った行動だった。
「六陣が見えた。あと五分。それ片付けたら今のあんたから一時の方に向かって。拓けた場所でぶつかれる」
『了解。一分で終わらせる』
追討が始まってから二時間。澪は何も揺らがず、イオは静まり返っていた。
豊穣の仔すべてを監視する情報の戦場。イオは情報処理の負荷で全身から汗を流していても、思考と声は常に冷たく沈んでいた。
──星と同じだった。普段の天体観測と何も変わらないことを知ってしまった。
無数の星から予兆を探す。
広大な戦場から必要な情報を抜き出す。
どちらも同じだ。澪の命に直結するプレッシャーこそあるが、星のわずかな変化から兆候を探すことに比べれば、物質的に存在しているだけ遥かにやりやすい。
「次はほとんど中型。大きいのも見えるだろうけど、トラップで仕留めるから無視して」
『助かる』
澪は宣言通り、一分で波を片付けた。イオが指示した方角にすぐさま向かい、次の戦場に到着すると刀についた血を払う。
豊穣の仔は、時間が経つほど数も規模も増していった。澪が手ずから討伐しただけでも五百は下らない。一人では到底維持できない物量を前に、イオは傍らで見守る教官の助言すら必要とせず、観測の方向を切り替えていた。
澪が片付けた方が早いか、地雷だけでも十分か。仔の位置と規模をすぐさま振り分けて、澪が向かうべき場所だけ伝える。
天性の観測手。澪が下したその評価が間違っていないことを、イオは自然体のまま、自ら証明していた。
『イオ』
ほんのわずかな小休止。澪が初めて、自分から声をかけてきた。
『あなたに託したのは正しかった。私がこれまで受けた観測の中でも、頭一つ抜けている。とても動きやすい』
「……っ」
賛辞を受けても思考の熱は変わらない。けれどイオの吐息はつっかえて、声をすぐには返せなかった。
あと二分で次が始まる。イオは少しだけ、自分の意識に触れた。
「……うちでよかったの?」
『そう言っているだろう。もし世辞を言う必要がある腕なら、私はもう少し苦戦しているぞ』
「そう。そっか。……なら、もうちょい頑張ってあげる」
『頼む』
澪の無骨さは何も変わらない。今も豊穣の仔が視界に入った瞬間に動き、群れの中心で刀を振るい始めている。
澪の斬撃は急所だけを貫き、裂く。それだけの技術と判断力があるのに、観測手によっては効率が変わると断言していた。澪のことだから、悪魔が来るまで暇だからと感想を告げただけなのだろう。これまでの付き合いだけでも理解できてしまうから、イオが信じていた世界を崩されている。
「ほんっと、あの子は……」
イオはとうとうぼやきを堪えきれなくなり、一瞬だけ通信を切って呟いた。
本当にたちが悪い。勝手に世界を変えないでほしい。この観測さえなければ、これまで通りすべて諦めて生きられるはずだったのに、壊された。誰にとってもいらない人間なのに、足掻いていいのかもしれないと勘違いしてしまう。
そんな考えが湧く中でも、イオは戦場を俯瞰し続けていた。
ペラギアの澪の力量は理解した。あとは彼女が最大効率で動けるように情報を導き出せばいいだけ。星を読むのと、何も変わらなかった。
七回目の波に入った。澪は淡々と獲物を片付けていく。
一人きりで三時間も戦い続けていれば、さすがに心臓も痛みを訴えてくる。だから動きを止めていい瞬間、叩きつける雨に意識を向けて心拍の激しさを忘れ、鎮める。
目の前には体高二メートルの狼。自分よりも大きな相手に対して、澪は首の下に潜り込んでから頚部の動脈を裂き、短刀を刺してから離脱。あとは勝手に失血で死ぬ。生物の法則がそのまま通じるから、豊穣はやりやすい相手だった。
狼から離れるや否や、蛇と鳥が襲いくる。鳥なら多少裂かれるだけだと放置を選び、まずは蛇の頭部を刺し貫いた。それと同時に鳥の鉤爪が澪の肩を切り裂くが、空いていた左手で足を掴んで拘束し、右手の刀を手放すと拳銃を抜いて発砲。一撃で心臓を潰し、処理を終える。
刀を拾う。すぐさま斬るには距離が足りない。サブマシンガンに弾丸を補充する。迫ってきた仔の眼球を潰して、足を落とす。
『澪。次が来なくなった。今の波で終わりのはず』
「ふむ。だいぶ削ってくれていたな、これは」
あと三回は片付ける必要があると思っていたが、だいぶ早い。澪は姉たちの配慮を理解して、しばらくはからかいの種にされることまで直感してしまった。
「はあ……どこかで挽回しないと」
心中では肩を落としながらも、狩りに淀みは一切ない。目の前の仔から順に下していく。
まともな獣なら、とっくに澪から逃げ出しているだろう。けれど豊穣の仔たちはただただ人類を襲い続ける、悪魔と呼ばれる概念存在。生存本能を持たず、人を殺すことを最優先にする存在だから、澪に殺され続けている。
これまでの戦いでマガジンはかなり消費した。重量が減ったおかげで、刀も振るいやすくなっている。
首を落とし、手足を斬り捨てる。悪魔を狩り続ける狩人の一員として、ただ殺す。
『……澪、確定。これで終わりよ。そこの群れと、奥に大きいのが一体いるからそれだけ処分して』
「ああ、あの蛇っぽいのか。了解」
木立の奥に見えるのは、蛇肌の質感でうごめく巨大な七つ頭。あの図体なら仕留めるのは簡単だと、群れを蹂躙しながら殺し方を組み立てていく。
群れのほとんどを仕留め終えると、手榴弾を放りながら離脱した。銃弾と同じように純銀を詰められた爆薬が、悪魔の命を破壊する。
一秒だけ立ち止まって、息を整える。呼吸と血液の流れが噛み合っていることを確かめると、すぐさま駆けた。
七つある目の一つが澪を見つけた。すべての頭が澪に殺意をぶつける。人骨を容易に噛み砕く牙が七つ迫ってくる中で、澪は短刀を頭の一つに投げて、硬直させた。
牙を砕かれた衝撃で一つが怯む。その頭を斬り落としながら、蛇の胴体に接近した。
サブマシンガンを接射して、残弾すべてを撃ち尽くす。胴体は銀の弾丸に抉られて肉を剥き出しにするが、まだ生きている。六の殺意がなおさら強まる。
「痛いか。なら死ね」
譲葉が呪いを込めた手榴弾を投げて、澪自身もその只中で刀を振るう。
爆発は最小限。ただ呪詛を解き放つためのスイッチに過ぎないが──四つの頭が一気に爛れ、腐り溶けた。澪自身も頭一つを落としたから、残りは一頭だけ。
無差別の呪いを全身に浴びようと、澪に影響は一つとしてなかった。遺伝子を改造する以前の古代種の肉体は科学を扱えず、科学の癒しも効かないが、転じて黒科学の呪詛に侵されることもない。だから殺せる。
「──完遂した。ペラギアの澪、帰投する」
純白のシャツを黒く染め上げて、澪はペストマスクを下ろした。