神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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1-4 夜の前(2)

 

 澪が自室に戻ったとき、譲葉は風呂上がりで上気した身体で机に広げた爆薬を呪っていた。いつもの光景は澪に安堵を与えて、隠す必要も感じず息を落とせる。

 

「ただいま、姫」

「……また姫に戻ってる」

「ここにいる間は従者として振る舞うと言っただろう」

 

 譲葉はむー、と頬を不満で膨らませるが、澪に取り付く島はない。澪の生真面目さは好きだが、それはそれとして。王都ではずっと名前で呼んでくれていたから、他人行儀な呼び方は面白くなかった。

 

「なら私も狩人さんって呼んじゃうわよ」

「ふむ。それも面白いかもしれない」

 

 譲葉からしても意外な反応だった。澪はベッドに腰掛けると、刀の手入れを始める。

 

「対抗試合が終わってペラギアに帰れば元通りだからな。私が譲葉を姫と呼ぶのも、狩人さんと呼ばれるのも、今の機会だけだ」

「……ふふっ、そんな理由だったの?」

「そのくらいの役得はないとな」

 

 澪の言い草に、譲葉はくすくすと笑う。むくれていた機嫌はすっかり上向きになっていた。

 譲葉はトラップと澪が携行する手榴弾に呪いをこめて、日々の狩りに備える。澪は刀を手入れし、銃を整備して、いつものように心を鎮める。日々の繰り返しはどれだけ疲れていてもやめられない。この作業を抜きにすれば落ち着いて眠れないほどに、身体に染み付いた習慣だった。

 

「対抗試合まであと一月もない。もうすぐ帰れるわね」

「ああ。姫のおかげで、私もようやく進める」

 

 譲葉は微笑みながら相槌を返す。

 譲葉が女学院と対抗試合を利用することを思い立ったのは、昨年の本校代表が森羅だと知った瞬間だ。ペラギアに預けられて六年が経っても国はまだ譲葉を表舞台に出そうとしていたから、女学院への入学も義務付けられていた。もともとの予定では入学を拒んでそのまま出奔するつもりだったが、森羅が本校にいると知った瞬間、望外な幸運が転がり込んできたと譲葉は一人歓喜した。

 

 澪を否定した社会に、澪の価値を突きつけるには最高の条件だった。澪が過去の否定を踏み越え、心から楽園を追えると信じるために、双子の片割れである森羅は最適の相手だった。

 国家も個人も、澪の覇道を証明するために必要なら、利用して、使い潰す。譲葉は穏やかに微笑んで、澪の姿を見つめた。

 

「澪が楽園に進めるなら、私も進める。私は私のために動いているだけよ」

「そうだな。姫が証明してくれるから、戦うことしかできない私でも楽園を求められる。──ああ、私たちの楽園は不可分だ」

 

 とっくの昔に共有しあった人生の中核。けれど確認しあうだけで、二人は安定と幸福を感じられる。だから何事もなく時間が過ぎているなら、言葉でも触れ合う。今日は譲葉が戦い終えて以来、やっと落ち着ける夜だったからなおさらに。

 譲葉は今日の分を呪い終えると、仕込み武器の確認をしていた澪に近付く。危険がないことを確かめてから澪の隣に座り、首筋に残る古傷に触れた。

 

 白科学と称される、現代では戦場の前提となっている治療。黒科学の呪詛ほどではないが、これまでの傾倒もあって譲葉の治療は極めて高い効率と効果を誇る。本来なら古傷だろうと癒せるものの、今日も澪には届かなかった。

 

「ダメね。やっぱり」

「そういう身体だからな。気持ちは嬉しいけれど、姉さんたちに回してくれ」

「今は澪しかいないからいいの。……でも、そうね。治せないのは悔しいけれど、私の呪いが役立つのは嬉しい。こんな簡単な呪いでも、澪じゃなかったら死んじゃうもの」

 

 譲葉はついさっき呪っていた手榴弾を指さしながら、澪の頭を自分の肩に引き寄せる。身長差の都合で、自分がもたれるよりも澪にもたれさせる方がお互いに楽だから。

 澪も抵抗することなく身体を預けて、武装の点検を続けていた。

 

「ああ。譲葉の呪いがあるから楽に戦える。助かっているよ」

「ふふ、よかった」

 

 澪の点検も数分で終わった。あとは眠るだけだと譲葉は立ち上がり、自分のベッドに戻る。明かりを落として真っ暗になった部屋で、譲葉は澪の紅眼を見つめた。

 

「おやすみなさい、澪」

「うん、おやすみ」

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