神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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1-5 対抗試合(1)

 

 

 王都での対抗試合が行われるのは夏の真っ盛り。最も太陽が長い夏至の一日と決まっている。

 本校と女学院の代表が、国家と猟友会に自らの力を示すための大舞台。用意された控室で澪は椅子に座ることもせず、壁にもたれかかって腕を組んでいた。

 

 澪は白のレースシャツに朱色のヴィジットを羽織り、下半身もいつものスーツで覆っている。立場は女学院の代表であろうと、自分はペラギアの狩人なのだと自覚するために。

 武装は腰の刀と衣服に忍ばせた短刀だけ。銃器を用いるつもりはなかったから、サブマシンガンと拳銃は荷物の中にしまわれたまま。普段は大量に携行しているマガジンや爆発物もないから、身体はひどく軽かった。

 時計の秒針がかちかちと音を鳴らしている。同伴している譲葉はしばらく澪を眺めてから、お互いの共通認識を声にした。

 

「正装なのに銃がないなんて、変な気分になっちゃうわね」

「まったくもって。バランスも違うから居心地が悪い」

 

 澪は嘆息を落としつつも、銃を取り出そうとはしない。

 意地だろう、と澪も自覚していた。殺し合いでない以上、銃はきっと過剰だし、何より誰が使っても同じ結果を出せてしまう。──自分の力を、誰が見ても否定できないように示したかった。

 澪はふう、と最後の嘆きをこぼして愛銃への恋しさを断ち切る。緩く首を後ろに倒し、ぼんやりと白い天井を眺め始めた。

 あと三十分。三十分後に、すべてが始まる。譲葉が踏み越えた一線を意味あるものに変えられるか。生まれた瞬間の否定を覆せるかが決まってしまう。

 

 緊張は避けられなかった。対抗試合が始まれば現実に没頭できるが、待つしかない時間には気を逸らす先がない。腕を組み、天井を眺めて、秒針の音に耳を傾けて。まっすぐ自分たちの控室に向かってくる足音に気が付いた。

 

「……譲葉、すまない。誰かが来ているみたいだから、確かめてほしい」

「ええ、いいわよ。──あら」

 

 扉を開けて廊下を覗いた譲葉は、思わぬ顔に目を丸くした。けれど警戒は一切向けることなく、その男を控室に招き入れる。

 

「よう、澪も譲葉も久しぶりだな」

 

 気楽な挨拶がやってくる。控室に入ってきたのは、巨大な斧を背負った二メートル近い恵体の大男。猟友会の代表であり、序列第一位と教会に指定された実力者。クロック・ザ・ロックと名乗る狩人だった。

 澪はクロックの声に茫漠としていた意識を引き戻されて、もたれていた壁からも離れた。澪が所有する銃器の提供や銃弾の製造はすべて猟友会の工房に頼りきりになっている。修道院の狩人としては異例なほどに猟友会へ足を向けている関係で、クロックとは澪が幼い頃から顔を合わせている間柄だった。

 

「クロック──すまない、わざわざ」

「仕事ついでに顔見にきただけだ、気にすんな。で、制服は?」

「……どうして誰も彼も制服にこだわるんだ。こっちの方がずっといいのに」

「お前が正装しか着ねえからだよ。まだ十七ならもうちょい色気づきやがれ」

「私は正装がいい」

 

 澪がぷいと顔を逸らして不満を表明すれば、クロックは愉快そうに喉を鳴らす。そのまま身長由来の大きな歩幅で澪に近付くと、いとも簡単に澪の首根っこを掴んで吊り上げてしまった。

 

「軽いな。ちゃんと鍛えてるのか?」

「あなたとは背丈からして違うんだ。いいから降ろしてくれ」

 

 澪とクロックの身長差は五十センチ近いほど。猫のように摘み上げられては満足な抵抗ができるはずもなく、澪はクロックを睨め付けて不服を訴えるしかなかった。

 クロックは澪の文句を適当に受け流しつつ、くすくすと笑ってやりとりを眺めていた譲葉のすぐ近くへ。譲葉の隣へ澪を降ろし並べて、片手ずつで二人へのお仕置きを同時に始めた。

 

「はぁ──こんっの、じゃじゃ馬娘どもが……。いつかはやると思ってたが、ここまでデカい規模でやらかすとはな……!」

「っ……!」

「そ、そんなに怒らなくたって、ちゃんと国の問題は片付けたもの──ふきゅっ!?」

「よし、もう五秒追加だ」

 

 クロックは右手で澪の頭を掴み、左手で譲葉の頬を挟む。二人が解放されたのは十五秒後。物理的なダメージも受けていた澪は、ぐたりと項垂れた。

 

「筋力が人類じゃない……」

「無駄にデカいわけじゃねえからな。ほら、反省したか悪ガキども」

「あなたが叱る理由は理解しているが、反省はしない」

「しません」

「ああ、知ってた。知ってたよ。ったく、これだから狩人ってのは……」

 

 クロックはガシガシと頭を掻きながら、椅子に腰を下ろす。

 狩人たちの思考傾向とはかけ離れた説教や物言いは、猟友会の序列第一位のものとは信じがたく、しかしクロックという人間にとっては当然だった。

 極天、クロック・ザ・ロック。人類の普遍的な命名法則とは異なる名前を使う男は悪魔を狩る人間ではあるが、楽園思想を持つ狩人ではない。

 

 曰く、猟友会と合流するまでは師と二人きりで辺境を──最前線のさらに奥の死地を放浪していたと語る男は、生きる過程で悪魔を殺していた人間だ。

 食事中の安全確保のために悪魔を狩り、武具の整備をするために悪魔を狩り、眠るために悪魔を狩る。だからこそ猟友会でもその実力は頭抜けているが、思考回路は現役の狩人の中では明らかな異端──国家との折衝を意識できる人物だった。

 

「いいか、澪、譲葉。今さら止めねえが、俺に叱られるくらいのことはしたって覚えとけ。問題がないならなんでもやっていい、ってわけじゃねえんだよ」

「……はぁい」

 

 澪は無言で頷いて、譲葉も不満を露わにしつつも素直に答える。クロックは時計を見ると立ち上がり、最後に澪の肩を叩いた。

 

「じゃ、またな。ここまでやらかしたんだから、最後までやりきってこい」

「もちろん」

 

 澪の肯定を確認してから、クロックは立ち去った。

 対抗試合の立ち合い人はクロックだ。澪は時間がやってきたことを理解して、ゆっくりと息を整える。目を閉じて、ここがすべての分水嶺になると意識した。

 

「──私たちも、行こう」

 

 澪は刀に手を触れて、過去を見つめる。

 否定された事実と、顔も知らないのにずっと思考の片隅に居座っていた双子の片割れへの、理由のない憎悪を思い出して。

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