神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
2-1 帰宅
【未討伐事案報告書】
討伐対象概念は竜。ジョジュア修道院の総員十四名による撃滅戦で対応。
死亡者十三名。生存者一名。
院長死亡により、ジョジュアのセレネが院長代理に就任。院長代理セレネの決定により、ジョジュア修道院は竜の悪魔討伐完遂まで一時閉鎖。院長代理セレネおよび職人らは猟友会に移籍。
いずれ必ず撃滅を為さん。
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南部大森林の深奥、盛夏の新緑に囲まれる建物こそがペラギア修道院だった。四ヶ月ぶりに戻ってきた家の門構えを前にして、澪はがくりと肩を落とした。
「……叱られる。苦情で殴られる。からかわれる」
「もう。こんなところで止まってたって仕方ないでしょ?」
譲葉はほらほら、と言いながら澪の腕を組んで引っ張り、修道院の門を開ける。古く錆びついた門はぎぃと音を立てて、二人の帰還を伝える。譲葉は庭先を見回すと、花壇の土をいじっていた妖精族の狩人に声をかけた。
「サクヤ、ただいま!」
「ん? お、二人ともおかえりー! ──って、制服は!?」
「澪がもう嫌だ、って聞いてくれなくて」
「なんでさぁああああ!」
一人庭先でテンションを上げていくのはペラギアのサクヤ。妖精族らしく尖った耳と左目を覆う眼帯が特徴的な狩人は迷わず澪の胸ぐらを掴みあげた。
「ねえなんで、なんで脱いじゃったの!? 私まだ見てなかったんだけど!?」
「うるさい黙れ、寝坊したお前がすべて悪い」
サクヤはガシガシと、一切の遠慮なく澪を前後に揺さぶっていく。澪はサクヤに揺すられる勢いを利用しての頭突きで拘束から逃れると、そのまま肩の関節を極めて抵抗を封じた。
「はあ……サクヤ、ただいま。院長は?」
「うん、おかえりおかえり。院長なら畑にいたはずだから、もう気付いてる頃じゃないかな?」
サクヤがそう告げるのと同時に、三階の窓がバンと開けられた。顔を出したのは見習いとして過ごす、まだ幼い三人の妹のうちの一人。サクヤは一体なにを騒いでいるのかと確かめるように庭をキョロキョロと見回して、澪と譲葉の姿に目を輝かせた。
「あ! 澪姉、譲葉姉、おかえり! ──みんなー、二人とも帰ってきたよー!」
鳥の翼人である末妹は建物中に聞こえるように叫び、窓から飛び降りてくる。着地の衝撃を逃す勢いでそのまま駆け寄り、澪の腰に抱きついた。
「澪姉おかえり! お土産ある?」
「婆様が気に入っている店の焼き菓子が全員分と、お前には魚の干物を買ってきた」
「お魚!」
「澪、私のお土産のはずの妖精族の出生記録と死亡届はどこに?」
「私たちがどうやって入手するんだ、そんなもの。お前が本名で取り寄せろ」
ぶーと不満を訴えるサクヤは無視して、澪は土産が入ったカバンの一つを妹に渡す。
森に囲われたペラギアでは魚はなかなか食べられない。末妹が澪から渡された好物に喜び、カバンを持ってキッチンに走っていくのと入れ替わりに、住人が続々と庭へやってきた。
「お、やぁっと帰ってきたか。二人ともおかえり」
「あー、譲葉が帰ってきた……。これでいろいろ楽になるよぉ」
「ええ、留守にしちゃった分はしっかり働きます。誰か怪我しているなら後で治すわ」
修道院で暮らすのは、狩人と見習いに、医師と武具を誂える職人。澪と譲葉を含めても住人はたった二十一名だから、全員が出迎えにやってくるまで時間はかからなかった。
ならば当然、シトゥリも顔を出す。野菜を育てている畑から歩いてきたシトゥリはにこやかに笑いながら、澪と譲葉へ声をかけた。
「澪、譲葉。おかえりなさい。元気そうですね」
「はい、ただいま帰還しました。院長、わがままを聞いてくれてありがとうございます」
譲葉はぺこりと頭を下げつつ、嬉しそうにシトゥリへ答える。反面、澪はぴくりと肩を震わせてから、強張る声を返した。
「ペラギアの澪、ただいま帰還した。……ただ、その、院長」
「刀が打ち終わるまで二週間はかかるそうですよ。ええ、久々にお前の観測が上達したか確かめてやれますね」
あくまで温和なまま告げられた宣告に、澪は反論の術なく頷いた。さらに後ろから肩を掴まれたかと思えば、ペラギアを支える職人が楽しそうな笑顔で澪へ声をかける。
「鋼と純銀の割合が難しくてな、そうそう簡単には満足いかんのだ。はは、お前が刀を壊すのはこれが何回目だろうなぁ?」
「……五回目だ」
「その通り。さあ澪、七年で五回も打ち直させる気分はどうだ?」
「心から申し訳ないとは思っている」
全力で背中を叩かれ、蹴られてからようやく解放された。澪が予想していたそのままの言葉と叱りに項垂れていれば、残る末妹二人が澪のそばにやってくる。
「み、澪姉さん、元気出して? 澪姉さんの観測が下手っぴなのはわかってるから大丈夫!」
「うん、私たちが一緒に観測してあげるから怖くないよ?」
「ああ、そうだな……。ありがとう……」
善意の慰めがさらに澪を追い詰めるが、文句を言えるはずもない。澪は最低でも二週間は続く観測の日々に気を落としながら、それぞれに買ってきた土産を渡し始めた。