神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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2-1 発端

 

 三週間が経って刀が打ち終わり、澪も戦線復帰が許された頃。澪とサクヤは庭先で体術だけの模擬戦に興じていた。

 初めのうちは軽い打ち合いに留まり、戦況も五分五分。そうして三分が経過した途端、お互いに様子見をやめて同時に仕掛ける。

 サクヤが放ったこめかみを狙った蹴りは、その場に屈まれ躱される。瞬間、二人ともが勝敗を悟った通りに、澪の掌底がサクヤの顔面を打ち据えて、サクヤはそのまま地面に転がった。

 

「くっ、今日も勝てなかった……!」

「年季が違うんだ。そう簡単には負けてやれるか」

「ぐぬぬぬぅ」

 

 サクヤは歯噛みして、地面に転がったまま手足をジタバタさせつつも反論はしない。

 サクヤの年齢は澪より二つ上。けれど十歳という異常な速さで戦場に出ていた澪と、一年前に狩人として認められたばかりのサクヤでは経験に大きな隔たりがある。修道院で暮らしている年月も、物心つく前に預けられた澪の方が遥かに長い。

 年齢の近さと経験年数の開きに、放逐されたか出奔してきたかという違いはあるが、四公家出身者という無視できない共通点。それらが噛み合って、澪とサクヤはどちらが姉でも妹でもない、悪友のような関係に収まっていた。

 

「観測下手っくそのくせに……」

「いつまで経っても近接下手なお前に言われたくない」

 

 負け惜しみでも敗北したサクヤは、ぐへえと冗談めかして言いながら仰向けになる。

 サクヤの右目は澪の身体のあちこちに刻まれた古傷に向いて、ふぅと息を吐き出した。サクヤは眼帯に覆われた左目を片手で隠しながら、この三週間、澪が慣れない観測で疲弊しているからと我慢していた問いを口にする。

 

「観測機械とも会ってきたんだよね? いつまで戦えそう?」

「今のペースだと五年が限度らしい」

「そっか」

 

 サクヤはそっけなく頷いて、両腕を地面に下ろす。そのまま青空を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「証明、間に合うといいね」

「ああ」

 

 それ以上は続かなかった。澪もサクヤも、戦えなくなった先の人生を想像する余裕はない。まだ戦場に立てる間は、現実しか見ないと決めている。

 

「ふぃー……。澪さんや、暇だしあと十本くらい付き合ってくれない?」

「乗った」

 

 サクヤが腹筋の力だけで起き上がれば、すぐに組み手が再開される。すべて澪の全勝で行われていた組み手の六本目。均衡が崩れる間際に、玄関から顔を出した姉からの呼びかけがやってきた。

 

「澪、サクヤ。観測機械から伝達。一時間後に風切りだってー」

「お、準備しまーす!」

 

 二人はすぐさま手を止めて、意識を切り替えることすらせずに戦闘準備に移る。狩人にとって狩りは生活の一部なのだから、わざわざ緊張する必要もなかった。

 

 

 

 一時間後、澪は風切りの取り巻きとして発生した小物たちの掃討を担っていた。

 今回の中心である風切りは、特筆すべき点もない平均的な規模の悪魔だが、近付くだけで身体を刻まれる概念は、治癒手段に乏しい澪にとって都合が悪い。総員の一致によって、澪は風切り討伐の障害物を駆除していた。

 

『澪姉さん、五分後にサクヤ姉が仕掛けるからそれまでに片付けてって』

「了解」

 

 残りの三方は姉たちが一人ずつ担当している。一群だけを相手にすればいいから、要請は余裕を持って達成できた。

 一時静まり返った空間で、澪は刀についた血液を払い、銃の安全装置をかけながら身体を鎮める。伝達から五分後、森林一帯の空気を飲み込むほどの爆発が生まれ、轟音が響き渡った。

 

「……また威力上がってないか、これ」

 

 離れていてもなお届く爆風に髪と衣服を煽られて、澪は半ば呆れるような心地で独りごちる。

 サクヤによる全力の爆撃。妖精族そのものが科学の適性に特化しているとはいえ、サクヤが扱う火力は桁が違う。直撃を受けた風切りが生存できるはずもない。

 群れの中核が滅びれば、取り巻きの発生も終了する。澪はペストマスクを下ろすと修道院に戻るために動き出して。──終わったはずの通信から、シトゥリの声が現場に出ている全員に伝わった。

 

『お前たち、今すぐその場に伏せなさい!』

 

 切迫した叫び。澪の身体は考えるよりも先に動いて身を守る。

 その三秒後。サクヤが起こした爆風も比べものにならないほどの暴風が吹き荒れて、森林の樹木を破壊した。

 

「っ……!」

 

 風に砕かれた幹や枝が降り注ぐ。澪が頭を庇いながら見つめる空には、巨大な影が悠々と飛び去っていた。

 

「……あれは、まさか」

 

 観測機械の予測には含まれていなかった悪魔の接近。

 翼を持つ巨体と通過しただけで巻き起こった被害規模が澪の中で繋がって、一つの予想を導いていた。

 

「ジョジュアの、竜」

 

 狩人たちの記憶に今も色濃く残る三年前の惨劇。たった一人しか生き残れず、修道院一つが閉鎖に追い込まれた竜の悪魔撃滅戦の顛末。修道院の人間にとってはなおさら忘れ難い存在が、三年ぶりに姿を見せた。

 

 

 

「──悪魔の対応概念は一代につき一つ」

 

 住人全員を集めた食堂で、シトゥリは語る。

 

「観測機械は発生の予測に注力している。あの悪魔が生き残りなら伝達がなかったのも当然です。……件の竜と見て間違いないでしょう」

 

 シトゥリの声は張り詰めているが、恐怖はなかった。

 たとえ一つの修道院を壊滅させた相手だろうが、悪魔なら狩る。狩人の役割と意思を、シトゥリは淡々と実行していた。

 

「三年も見つけられなかった竜が近辺にいる。この機会を逃すわけにはいきません。さあ、お前たち。準備を始めましょう」

 

 シトゥリの宣言へ、誰もが迷わず頷いた。どれほどの脅威であろうと、悪魔ならば狩る以外の選択などない。食堂には緊張と不安が満ちているが、退くという考えは一人として持っていなかった。

 めいめいが動き出そうとする寸前、シトゥリは澪と譲葉へ呼びかけた。

 

「澪。猟友会に行って弾薬の受け取りがてら、仇討ちを連れてきてください。連絡は私から入れておきます。譲葉も同行して物資支援の交渉を」

「了解した。今から向かう。──譲葉、行こう」

「ええ」

 

 澪と譲葉は先んじて食堂から退がり、猟友会に向かう準備のために私室へ向かう。

 澪の隣を歩く譲葉の表情には、不安の色が滲んでいた。

 

「竜一体で、修道院が壊滅したのよね」

「ああ。……でも、大丈夫」

 

 澪は譲葉の手を握る。澪が譲葉に告げた言葉は、狩人たちへの信頼に導かれていた。

 

「当事者が生き残っているんだ。ジョジュアが掴んだ情報があれば、私たちは戦える。戦えるなら狩りも完遂できる。いつもと同じだ」

 

 譲葉も澪の手を握り返して、普段よりも強く力を込める。澪の言葉に頷く表情には、ペラギアへの誇りがあった。

 

「そうね、澪の言う通り。私も頑張らないと」

 

 国家を疎み、嘲笑する呪い姫。譲葉が抱える呪詛は、家族を守るためにと牙を剥いていた。

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