神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
幼い時。狩人になりたいと訴える前。澪はかつて、ゼロだった。
生家に与えられた「無価値」の定義。女学院の少女たちの姿に、澪は自らの無価値を思う。
「修道院から見て、彼女たちは?」
「まだ足りない。悪魔狩りへの執念も、楽園を求める意思も」
隣に立つ教官から問われ、澪は率直に答える。
女学院の開始は、戦闘技量の確認からだった。小物を模した自律模型への動きを見る。その動きを通して、元狩人の教師と現役狩人二人は同類を探していた。
澪の返答に、教官もでしょうねと首肯する。
「まともな者は軍に行きますからね。猟友会に行くような子は、数年に一人見つかれば十分な方です」
「……教師も、相変わらず大変だな」
引退した狩人はたいていが教師と呼ばれる実務者に回る。女学院の教官も、例外なく教師が務める役割だ。
教官は同意の相槌を軽く打ってから、話を続けた。
「それにしても、譲葉姫も見事なことで」
「ああ。姫はすごいぞ」
二人が言い合うのは、にこやかに笑みながら、生徒らに囲まれる譲葉。その、あまりにも露骨なやる気のなさ。
生徒たちに称えられているように、譲葉の結果は優秀だった。それでも修道院で育ち、狩人の中で生きているなら合格基準にはするはずのない解体効率と速度を出している以上、澪や教官が見れば意図は明白。
国の要求通り、外面は整えてやる。けれど、狩人になる気は微塵もない。読み取れる人間には確実に伝わる手抜き仕事だった。
「国も惜しいことをしましたね。あの反骨精神なら、放置しておけば勝手に狩りへ進んでいたでしょうに」
「本当に。国もさっさと諦めればいいのに。譲葉──姫を飼い慣らすなんて無理だって、とっくに知ってるだろうに」
澪は普段の呼び方をうっかりこぼしつつも、どこか誇らしげに言う。
試験は澪を除いた全員が終了した。教官は澪に気楽な調子で呼びかける。
「では澪、お願いします」
「承った」
澪は腰の刀の位置を確かめつつ、スタスタと歩き出す。
手抜きはいらないと言われている。現役者を目の当たりにして奮起できるならそれで良し。それだけで折れるなら早くに折った方が少女らのためだろうという、篩の役割。
澪が動き出して、視線が一気にやってきた。ひどく居心地の悪い──不快ですらある視線。けれど譲葉をチラリと見れば、譲葉は心から嬉しそうな微笑みで、澪の演習を今か今かと待ち望んでいた。
衣装は着慣れた狩人の正装ではなく、背負った銃と弾薬の重みもなく、短刀も仕込んでおらず、血の匂いがどこにもない。
あまりにも日常からかけ離れた舞台。澪はせめて譲葉の期待には応えられるようにと、じっと模型を見つめて。
歩いたまま間合いに入ると刀を抜いて、急所を一閃した。
「……え」
ポトリと首が落ちる。誰が呟いたのか、困惑の声と同時に一帯が静まり返る。
「ありがとうございます、澪。──さて」
衝撃で静まり返る少女たちに教官が呼びかける。穏やかな指摘に叱責の意思はなく、ただ事実を告げていることが嫌でも理解できる声音だった。
「狩人は国軍のような統率された戦力ではありません。単独で複数の悪魔を狩ることは前提条件。この程度は当然です。今の動きも本調子とは遠いようですしね」
「……事実だ。不甲斐ないものを見せた」
見抜かれていた気恥ずかしさで、返答が少し遅れる。やはり意識の適応が間に合わず、抜刀が普段よりも遅れていたのだ。
もし今の動きを院長に見られていたら、と澪の思考が勝手に想像を走らせて、説教されている光景を思い浮かべてしまう。負い目から、澪の呼吸は気付かないうちにため息を落としていた。
平穏さすら感じさせるやりとりは狩人からすれば事実を確認しあっているだけだが、狩人の戦場を知らない人間にはより強い戦慄をもたらすもの。突きつけられた現実に誰も声をあげない。重い空気の中でただ一人、譲葉だけは興奮を悟られないよう、胸元の鼓動に触れて押し黙りながら、己の英雄に目を輝かせていた。