神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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2-1 合流

 

「──ああ、久しぶり。そう、銀爺の工房に行ってきたばかりだ。クロックがあなたを探してみろと」

 

 山道を降りながら、澪は知己の狩人と通話をしていた。通話相手は猟友会序列七位、オレリア・ファム。銃火器を主武装に扱う数少ない狩人であり、知り合ったきっかけも銀の顧客仲間の繋がりからだった。

 

「わかった、いつものところに向かう。それと一つ頼みたいことがあって。仇討ちと繋いでもらいたいんだが、可能だろうか。お互いに探しているといつまで経っても合流できなさそうで。──すまない、助かる」

 

 オレリアから返ってきたのは快諾の声。話がまとまり通話を終えて一人になった瞬間、背負った狙撃銃と懐の手紙の存在が澪の意識に侵入してきた。

 

「……銀爺のせいだ」

 

 銀に非はないと理解していても不満を抱いてしまうほどに、渡された二つは不愉快と不可解を澪にもたらしていた。

 呪詛耐性を前提にした狙撃銃を知らぬ間に誂えられて、エルダーガーデンの人間から手紙がやってきて、これで苛立ちを起こすなと言われる方が土台無理な話だ。澪は周囲に人影がないのをいいことに、ため息まじりの文句をぼやく。

 

 気分を乱したままの澪が目指すのは、銀の工房のふもとにぽつんと作られた射撃場。利用者の少なさと静けさから、澪とオレリアが顔を合わせるときは常に射撃場で待ち合わせている。

 山を降りて到着した射撃場は、今日もがらんどうだった。誰かが撃っていれば見物して気を紛らわせることもできたが、一人ではどうしようもない。澪は尽きることのない嫌悪を呼吸に落としてから、狙撃銃を手に取った。

 

「少し重いか」

 

 呪詛の増幅機構のせいか、澪が知るものよりも重量は増している。澪は試射に使えと渡された弾丸を装填して、一キロ先の的を見据えた。

 大抵の銃器なら扱えると自負している。実戦だけでなく、銀の工房のテスト要員として渡された試作品の数々のおかげで射撃は自然と鍛えられた。だから久々の狙撃でも命中させる自信があったが、実際に撃ってみれば。想定を遥かに超えた威力と反動を抑え込むだけで精一杯だった。

 

「このっ……滅茶苦茶すぎるだろう、これは……!」

 

 全身に走る、痛みにも似た痺れに思わず悪態がこぼれる。

 的を外れた弾丸は奥に広がる樹の幹を抉り、半ばからへし折っていた。あくまで試射用の弾なのに、十分すぎるほどの殺傷力をすでに発揮している。これで本来の用途通り、徹甲弾を──呪詛のこもった弾丸を撃てば、一体どれほどの威力になるのか。

 銀が嫌々ながらに渡してきた理由がわかった。これは確かに使える。製作者への不信と気味の悪ささえ無視すれば、狙撃に徹する選択肢が生まれる。

 

「……しばらく慣らさないと」

 

 嫌悪は消えないが、使えるなら使うしかない。オレリアが来るまで撃ち続けようと意識を切り替え、装填のために立ち上がる。そうして動いた視界に、銃身に刻まれた銘が映った。

 

 万象。

 

 刻印された銘に、澪は銃を取り落としかける。反射的に湧き上がった動揺と拒絶が澪の心臓を締め上げて、動悸まで起こしていた。

 

「──なんで」

 

 万象、森羅万象。

 その銘だけで、双子の兄を連想してしまう。自分は狩人だと、ペラギアの人間なのだと定義しようが、結局は森羅の片割れなのだと自覚させられる。

 偶然のはずがない。呪詛への耐性を前提にしているなら、この銘は必ず自分たちを踏まえて付けられている。澪は自覚しないままうずくまって、両手で顔を覆っていた。

 

「ふざけてる。……どこまで性格が悪いんだ」

 

 目を閉じて呼吸だけを意識する。動悸を鎮めるのは諦めた。はああ、と深々としたため息を落としてから、ベンチに足を向けて腰掛けた。

 

「銀爺だ。全部銀爺のせいだ……」

 

 澪はがくりと肩を落として銀への恨み節を口にする。銀に責任がないとはわかっていても、怒りをぶつける相手が必要だった。

 澪の動揺は一向に鎮まらない。オレリアの到着までに落ち着くのは無理だと理解して、澪はまた嘆息を落とした。

 澪が一人で苛立ち、感情を持て余していた時間は五分ほど。澪は聞こえた足音に顔を上げて、オレリアと連れ立って現れた金狐の少女に──イオの姿に、万象のことも一瞬忘れて目を開いた。

 

「……イオ?」

「うん、しばらくぶりやね」

 

 イオは嬉しそうにはにかみながら手を振ってくる。その隣にいる妖精混じりの翼人、オレリアはいたずらが成功した時そのものの笑顔を浮かべていた。

 

「ふふふ、どう? どうよ、澪? さすがのあんたもびっくりしたでしょ」

「あ、ああ、イオがいるなんて思っていなかった。どうしてここに……いや、どうして一緒に?」

 

 澪の問いにオレリアはふふんと胸を張る。反面イオの表情には微かながら、オレリアに振り回される日々への疲れが滲んでいた。

 

「ふっ。澪よ、お姉さんがお望み通り答えてあげよう。なぜならこの私が攫ってきちゃったからだ」

「……攫った?」

「語弊はあるけど状況的にはそんな感じやね、うん」

 

 オレリアの主張にイオも同調する。突如として思考を止めるほどの困惑に叩き込まれた澪に、イオはおおよそ三週間前の出来事を語って聞かせた。

 

「この前のあんたらの対抗試合見ててさ、うちもいい加減に覚悟決めるかーって思ったわけよ。で、クロックさんに時間もらって話をしてたら、さ」

「豊穣の時の話は現地で聞いてたからねえ。まだ誰も粉をかけてない逸材なら逃すわけにはいかないでしょ? ってわけでクロックに駄々こねて、私の預かり扱いで専属観測お願いしてるの。いやぁ、ほんっと動きやすくて最高!」

「うん、まさかいきなり実戦に叩き込まれるとは思ってなかったわ……」

 

 心から楽しそうなオレリアと、疲れを見せつつもオレリアとのやりとりにすっかり馴染んでいるイオ。その様子に澪は納得して頷いた。

 

「そういうことだったか。……まさか、オレリアの専属に耐えられる人間が存在したなんて」

「うん、私もびっくりしてる。まさにこの世の春よ」

「オレリアさん、うちが一戦終わるたびに倒れてるってことは覚えといてね?」

 

 単独狙撃部隊、オレリア・ファム。その異名はただの事実だ。

 オレリア自身は前線で足止めをしながら、科学で作った複数体の影法師を操作しての狙撃で削る。その特異かつ替えの効かない戦法から物量戦で重宝されているが、オレリアが求める情報量は通常の狩人たちの比ではない。観測手の負荷は異常と言えるほどで、捌き続けられる人間がいない──観測手殺しの悪名問題は常に付き纏っていた。

 オレリア本人ですら永久に解決しないと思っていた問題が解決したのだから、上機嫌も当然なのだろう。オレリアはイオの苦言にしみじみと頷いて、腰のポーチから飴を取り出した。

 

「もちろん覚えてるって。その証拠に飴ちゃんあげてるでしょ?」

「うん、飴はありがたいわ。でも休暇もちょうだい?」

「……前向きに検討しておくね。──あ、そうそう。澪、セレネもここに呼んでおいたから。準備が終わったら行くって言ってた」

「助かった。ありがとう、オレリア」

「構わぬ、銀爺の顧客仲間のよしみよ。……にしても、竜か」

 

 オレリアは不意に呟き、射撃の的をじっと見つめる。そのまま考えこむように黙りこくり、やがて首を横に振った。

 

「私だと火力が足りないだろうね。今回は大人しくしておくべき、でしょ?」

 

 オレリアは言いながら身体を反転させる。その視線の先にいたのは、深いスリットの入ったワンピースと首に下げたペストマスクが特徴的な緋狼の女性。ときに仇討ちの乙女と呼ばれる狩人、ジョジュアのセレネ。

 

「うん。気持ちはありがたいけどその通り。──オレリア、ありがと。合流する手間が省けたわ」

「よいよい。これも猟友会の先輩の務めよ」

 

 セレネはオレリアに頷いて、澪に向き合う。猟友会に移籍した今も華やかな正装を纏う緋色の狼は、修道院正式の礼と共に告げた。

 

「初めまして、ペラギアの澪。ジョジュアとして、まずは此度の情報提供と共同戦線に感謝申し上げます」

 

 三年前の惨劇の生き残り。竜の悪魔を知るただ一人の人間。猟友会序列第四位と指定された狩人は、鋭く冷静な瞳で澪を見つめた。

 

 

 オレリアとイオは去り、射撃場には澪とセレネだけが残った。セレネは澪が座っていたベンチに腰掛けて、ぐいと背伸びをする。

 

「ごめんなさい、話は少し待ってもらっていい? 私の方でも一人、協力をお願いしてて」

「そういうことなら私の連れも待ってもらっていいだろうか。教会の方に物資支援を依頼しに行っているんだが、そろそろ終わるはずから」

「もちろん。――オレリアと繋がってたなんて驚いたわ。おかげで助かったけれど」

 

 修道院の狩人が私用で外に赴くことは少ない。狩りを差し置いてまで出かける理由が滅多にないからだ。

 セレネの驚きは自分の過去と照らし合わせているからだろう。澪も頷き、例外的な人付き合いの理由を万象を示しながら伝えた。

 

「銃を使うから、どうしても銀爺に頼る必要があって。オレリアともその繋がりで知り合った」

「そういうことか。私もオレリアには何かと世話になっててね。特にこっちに移ったばかりの頃なんか、勝手が何もわからないから頼りっぱなしだったの」

 

 セレネはさらりと過去に言及する。その声音の落ち着きと、竜の悪魔を目前にしてもなお崩れない冷静さは、仇討ちという通称のイメージとはあまりにもかけ離れていた。澪は仇討ち──復讐者と聞いて真っ先に連想するサクヤを思い出しながら、セレネの様子を伺っていた。

 そんな澪の視線に、セレネはくすりと微笑みながら片膝を抱える。自分の通称と雰囲気の乖離は自覚しているらしい。ゆらゆらと先端だけが揺らめく尾に、不機嫌の気配はなかった。

 

「私のことが不思議?」

「……ああ。正直なところ、もっと復讐に飲まれていると思っていた」

「そうでしょうね。私だって竜が目の前にいる状況で、こんなに落ち着いていられると思ってなかったもの」

 

 セレネは吐息を落としてまぶたを閉じる。右腕で膝を抱えつつ、空いた左手はペストマスクを撫でていた。

 

「私の楽園はね、次こそ竜を殺してジョジュアを再興する未来にあるの。今、憎悪と距離を取れているのもジョジュアが支えてくれているからでしょうね。私にとって、あいつを殺すことはあくまで過程だから」

「未来──そうか。それなら私にも想像しやすい」

 

 澪の相槌にセレネは頷く。

 復讐を終えた先の未来を望んでいるのなら、今に命を投げ打つことはできない。仇討ちを知らない澪でも、セレネの言葉は腑に落ちるものだった。続けられたセレネの声はやはり静かに、決意を呟く。

 

「私には生かされた責任がある。けれど、竜を野放しにしたままでは楽園に至れない。だから私は竜を狩って、生き残るの」

 

 セレネはそう言いながら、ぴょんと跳ねるように立ち上がった。セレネは手を振って、射撃場を物珍しげに眺めながらやってくる男性に呼びかける。

 

「タタール、こっち!」

「へいへい。ってことは、嬢ちゃんがペラギアの狩人か」

 

 独特な匂いが染みついた狩人だった。澪は彼の佇まいと狩人らしくない気配に首を傾げながら記憶を辿り、その匂いが薬草に特有のものだと思い出す。タタールの名乗りは澪の感覚が正しかったことを裏付けるものだった。

 

「タタール・グジオだ。本業は狩りなんだが、今回は薬師として参加させてもらうことになった。よろしくな」

「ペラギア修道院の澪だ。助力に感謝する。……ただ、薬師として、とはどういうことだろうか?」

「ドーピング用の薬剤を提供するってことさ。俺の家がそういうものをずっと作り続けてるおかげでな、直接問診させてもらえればそれぞれに合わせた薬を作ってやれる。……ま、あんただけは違う処置をさせてもらうが」

 

 タタールが澪だけに向けた言葉には呆れが滲んでいた。タタールは理由こそ明言していないが、澪の視点だけでも薬師にそんなことを言われる心当たりは大量にあるせいで、何も言えずに固まるしかない。折しもそのタイミングで譲葉からの連絡がやってきたことは、澪にとっての救いだった。

 二人に断りを入れてから、譲葉と状況を伝え合う。準備が整っているなら、これ以上猟友会に留まる理由もないだろうと澪は判断して、セレネとタタールに尋ねた。

 

「セレネ、タタール。あなたたちが動けるなら、今からペラギアに戻っても構わないだろうか」

「ええ、話は道中でしましょう。タタールも大丈夫でしょ?」

「おうよ。教会の爺さんたちに荷物の手配は頼んできたからな、さっさと行こう」

「助かる」

 

 澪は万象を背負い、セレネとタタールを先導して合流場所まで歩き始める。すべきことが明確なら、万象への嫌悪も忘れていられた。

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