神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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2-2 再会および再開

 

 猟友会から一日がかりの移動を経て、四人はペラギア修道院に到着した。タタールは修道院の門構えを前にすると、足を止めて腕を組み、ぽつりとこぼす。

 

「今さらだが、俺が入っていいもんなのかねえ」

「ったく、ビビってんじゃないわよ。別に男子禁制ってわけでもないんだし」

 

 セレネはタタールの腕を掴み、強引に引きずっていく。譲葉はその様子を見やると、楽しげな表情で澪に耳打ちした。

 

「仲良しね。もっと苛烈な人だと思っていたから、まだびっくりしちゃう」

「私もだ。自分を誤魔化しているわけでもないようだし」

 

 澪と譲葉は揃って足を早め、門を開ける。門の向こうの庭先では、今日もサクヤが一人で花壇の土をいじっていた。

 

「お、二人ともおかえりー。例の人たちは?」

「すぐそこに」

 

 澪が背後を示せば、サクヤは手についた土を払って立ち上がる。どうやらシトゥリから出迎え役を任されていたようで、声音はいつもの気楽さでありつつも、頭を下げて迎え入れる口上と仕草は堂に入ったものだった。

 

「ようこそいらっしゃいませ。我らペラギア一堂、貴殿らの助力に心よりの敬意と感謝、を──?」

 

 サクヤは言いながら顔を上げて、セレネとタタールの姿を視界に映す。その瞬間、サクヤの動きがぴたりと固まり、右の瞳は見開かれていた。

 サクヤの視線の先にいるのはタタール・グジオ。そしてタタールも同じように、サクヤをじっと見つめながら立ち尽くしていた。

 二人は向けられる怪訝の目も意識できずにお互いの姿を改める。数秒の果てに、先に声を絞り出したのはタタールだった。

 

「……咲耶ちゃん。咲耶ちゃん、だよな?」

 

 第三者には伝わらず、当事者は明確に感じ取れる程度の微細な違いが呼び名にこもる。サクヤはまだ衝撃を飲み込めないまま、曖昧に笑った。

 

「はい。お久しぶりです、タタールさん。もしかして、おじちゃんから何も?」

「聞いてない。ってことはあの人、わざと黙ってやがったな……」

 

 タタールも片手で顔を覆い、この場にいない人間への悪態をつく。

 修道院の典型らしく、ペラギアにやってきてからは一度も外に出ていないサクヤがどうしてタタールとの繋がりを持っているのか。譲葉がサクヤに尋ねたのは、セレネがタタールへ疑問をぶつけるのと同時だった。

 

「サクヤ、タタールさんと知り合いだったの?」

「うん、昔ちょっとね。助けてもらったことがあるの」

 

 サクヤは言葉を濁しつつも、左目を覆い隠す眼帯に触れて経緯を示す。その仕草があれば、澪と譲葉が理解するには十分だった。

 五年が過ぎた今もなお、妖精族への深い傷跡を刻み続ける襲撃事件。サクヤが両親と左の眼球を奪われ、修道院に出奔してくる原因となった、セーナクルシェの悪夢と呼ばれる惨事の中で面識を得たのだと理解する。

 サクヤはゆっくりと息を吐いて、整える。硬直をほぐすように顔を揉み、唱えるのは狩人たちの楽園思想。

 

「楽園に至る道はただ一つ。己が戦で掴みなさい。よし、よし……よし!」

 

 サクヤは勢いよく顔を上げる。タタールへ笑いかける声と雰囲気は、ペラギアの人間が毎日見ているものだった。

 

「ペラギアのサクヤとして、一年前から狩人の末席に認められました。よろしくね、タタールさん」

「……そうか、そうだったのか。ああ、よろしくな、サクヤちゃん」

 

 タタールはしみじみと頷いてから、意識を切り替えるように首を横に振る。話の主体を譲るためにセレネへ目線で促して、自身は一歩下がった。はぐらかされたセレネは未だ不可解そうにしつつも、サクヤの前に出た。

 

「ジョジュアのセレネです。さっそくなのだけれど、ペラギアの方々と話を共有させてもらっても?」

「もちろん。こっちにどうぞー」

 

 サクヤの先導で食堂に向かう。その道すがら、セレネは古びた建物を眺めながら、時折目を細めてはほぅと息をついていた。

 食堂には残る住人全員がすでに集まって、セレネとタタールを迎えるために扉も開け放たれていた。セレネは視界を一度閉ざしてから、ペラギアの中へ足を踏み入れる。

 シトゥリは一人立ち上がって到着を待っていた。セレネとタタールの姿を前にすると、温和な微笑みを浮かべながら出迎えの言葉を述べる。

 

「澪、譲葉、ご苦労様。お二人も、ようこそいらっしゃいました。院長として、皆を代表して歓迎いたします。さ、そちらへ」

 

 各々が席につけば、セレネはさっそく口火を開いた。ペラギアに所属する狩人十五名を見回してから、断言する。

 

「まずは私の判断をお伝えします。ペラギアと私の十六があれば、竜の悪魔を狩るには十分と考えているわ」

「……理由を」

 

 セレネの意見を耳にして、シトゥリの声が張り詰めた。十四で挑み、ただ一人生き残ったジョジュアが断言する以上、その壊滅には常識外の事態が関与していたのだと悟って。

 セレネはシトゥリの促しに従って、三年前の撃滅戦の記憶を語る。その中身は報告を受けた教会も、史上唯一の異様な事態がもたらす混乱を懸念して全体共有に踏み切れず、セレネに開示を委ねるしかできなかったほどの事実だった。

 

「ジョジュアは二度、奴を殺しているから。殺すだけならこの人数で十分なことは、ジョジュアとして担保します」

 

 瞬間、セレネの証言と同時に、食堂に満ちていた静けさに緊張が張り詰める。これから臨む狩りが自分たちの常識では測れないことを理解して、ペラギアたちの意識がより鋭く、先入観を捨てたものに切り替わった。

 シトゥリは全員の態勢が整ってから、さらに尋ねた。

 

「もう少し、詳しく聞かせてもらっても?」

「はい。──一度目は心臓を破壊した。呼吸が止まったことも確認して、私たちが気を抜いた瞬間、奴が動いて五人を殺した。全員で撤退する余裕はもうなかった。院長と姉たちは検証を選んで、奴の胸部をどうにか暴いた。その傷が致命傷になって竜の動きは止まったけれど、心臓が再生して、また動いた」

 

 セレネは卓に乗せた手を握りしめる。握り拳は怒りで震えていても、語る声は平静そのもの。家族に生かされた者としての責務を、セレネは静かに果たしていく。

 

「……ジョジュアが壊滅したのは、奴の生命力を知らなかったから。私が生かされたのは、次にこの情報を届けるためです。観測機械にも概念の再検証を依頼したけれど、やはり竜で間違いないと。それに不死身は未だ幻想だから、悪魔になる可能性はないとも返答にありました」

「そう、そういうことでしたか。──ジョジュアのセレネ、あなた方の情報は必ず活かしましょう。お前たち、やるべきことは理解しましたね?」

 

 シトゥリの確認に狩人たちは頷く。言語にして総意を代弁したのは長姉だった。

 

「殺せるまで殺し続ける。生命力のカラクリは不明でも、奇襲がなければ耐えられる。ならば、いつものように狩るだけで良い」

「ええ、その通り。タタール、あなたには周辺の小物を任せても良いでしょうか」

「ああ、元よりそのつもりだった。修道院の総力戦にいきなり混ざれるとは思えないからな」

「感謝します。澪、観測機械に連絡を取ってくれますか? 竜の移動範囲の予測ができるか、お前に確認してもらうのが一番早いですから」

「了解した。少し待ってほしい」

 

 澪は一人立ち上がり、私室に向かう。狩りのための連絡であっても、観測機械の耳に他者の声が──統計処理の妨げになる情報が入らないようにする必要があるからだ。

 澪はシャッターが下ろされた殺風景な私室に入ると、まずメールで要件を伝える。するといつものように、観測機械からの通話がすぐにかかってきた。澪が通話を受けてすぐ、観測機械は前置きを抜いて返答を告げた。

 

『候補はいくつか送れる。ただ、発生予測の余剰分で処理するからね。精度は荒いよ』

「その分は私たちが足で補えば十分だ。ありがとう、婆様」

『……唯我。こんなところでトチるんじゃないよ』

「大丈夫。いつもの狩りだし、まだ婆様を悲しませるつもりもないから」

『ならいいのさ。……いいかい、唯我。少なくともあんたが楽園を証明できるまでは、あたしが許さないからね』

「わかってる。ちゃんと覚えているよ」

 

 名残惜しさはあるが、会議を放って話し込むわけにもいかない。また連絡すると言い残して通話を終えると、すぐに食堂へ戻って観測機械の返事をそのまま伝えた。シトゥリはしかと頷くと、決行までの段取りを固めていく。

 

「観測機械から予測情報が届き次第、現地で確認。並行してタタールには製薬を進めてもらい、譲葉が作ったトラップの敷設も行っていく。誰か意見は?」

 

 シトゥリが全体に呼びかける。それを契機に、譲葉は澪に目配せを送った。

 意見は猟友会から戻る道中で擦り合わせている。澪は無言で同意を伝えて、シトゥリに向かって手を挙げた。

 

「院長。今回は狙撃に専念させてもらいたい」

「狙撃?」

 

 澪は食堂の壁に立てかけたままにしておいた万象を指し示す。視界に入れるだけで怒りが込み上げてくるが、今回の布陣なら万象を用いるべきなのは明らかだから耐えるしかない。

 澪は万象への嫌悪が言葉選びにまで影響しないように気を張りながら、その異常な性能を全体に伝えた。

 

「銀爺から渡されたものなんだが、徹甲弾に付与した呪いを増幅させる代物らしい。銃そのものの威力も尋常じゃなかった。狙撃に注力させてもらえるなら、私が前に出るよりも有用だ」

「弾丸も呪われることが前提の設計でした。呪った感覚からすると、呪詛が対象の外に拡散することもないはずです」

 

 シトゥリは澪の説明に目を丸くしながらも、譲葉の補足を聞くとすぐさま検討に入る。決定に要したのはほんの数秒だった。

 

「竜の悪魔の狩りに入る前に確認しておきなさい。呪いが拡散しないようなら、狙撃を任せます」

「はい。それと院長、私からもお願いが一つ。澪の隣に出る許可をください」

「────え?」

 

 譲葉の発言の瞬間、ペラギアの娘たちの間で誰からともなく異口同音の困惑が広がった。一同に走った動揺は、セレネが竜の悪魔の生命力を告げたときよりも明らかに深いほど。

 譲葉が戦場を拒む意思の強さは住人全員が知っている。とりわけ、六年前に譲葉が隔離されていた離宮に赴き、ペラギアに預けられた経緯を直に見ている姉たちならなおさらに。食堂にはこれまでと質の違う沈黙が広がって、やがて恐る恐ると末妹が尋ねた。

 

「譲葉姉、いいの……?」

「ええ。現場にいれば、いくらでも呪いの質を変えられるでしょう? トラップに呪いを仕込む時間も増やせるし、それに澪なら絶対守ってくれるもの」

 

 譲葉は心からの幸福を浮かべて笑う。末妹たちが納得して頷く一方で、シトゥリは悩ましげな表情で目元を押さえていた。

 

「……譲葉」

「はい」

「絶対に無茶をしないと約束できますか? 竜の悪魔もろとも土地を呪い殺すような真似はしないと断言できますか?」

「む、ひどい。そんな自殺みたいなことなんかしません。院長には私がそこまで危険な人間に見えているんですか?」

「お前がうちの子になった日に、どうして澪が森まで迎えに行ったのかを思い出してから言いなさい。まったくもう……」

 

 シトゥリは呆れと心労がないまぜになった声をこぼしてから、じっと譲葉を見つめる。指摘された過去など知らぬとばかりに素知らぬ顔をする譲葉へ、シトゥリは事実を伝えた。

 

「譲葉。お前が倒れると竜を狩った後に支障が出るんです。治療の余力は残しておくように」

「はい」

 

 譲葉はシトゥリの目を見据えて、しかと頷く。澪はその隣で、譲葉の横顔をじっと見つめていた。

 万象への呪いの付与は現地で行うべきだという意見は一致している。姉妹はみんな動揺していても、澪にとっては既知の宣言だ。

 

 それなのにどうしてか。理由も不安もないのに、譲葉の手に触れたいと感じる。澪は自分の思考の不可解さに首を傾げながら、青の瞳に視線を吸い寄せられるままになっていた。

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