神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
「……どうしても、なのか? 本当に無理なのか?」
「無理だ。諦めろ。さすがに哀れだが、オレにはどうにもしてやれん」
ペラギアの一画に築かれた工房で、澪と職人は向かい合っていた。ペラギアを預かる女職人はキセルを吹かしながら澪に悲哀の目を向けて、訴えを棄却する。
「その銃はオレが理解できるものじゃない。発想が常識の埒外にあるからな、手を加えた時に何が起きるか予想もできん。銘を潰すだけだとしても、機構が壊れる可能性がある以上は無理だ」
「っ、ぐ……!」
職人の宣告に澪は本気で歯噛みして項垂れる。怒りと苦悩が入り乱れるその様子は、ずっと澪を見てきた職人でも初めて見るものだった。
万象という銘から澪が受けている苦痛は職人も想像できる。だから同情は尽きないが、ペラギアの武器を預かる者として、銘を潰すという要望に応えることもしない。職人は手近にあった金属片を使い、澪の背中を叩いた。
「ほれ、いいからさっさと撃ってこい。それとも外して譲葉の呪いが森を殺す現場でも見るか?」
「……慣らしてくる」
澪は万象を背負うと、促されるままに裏手の演習場へ向かう。
竜の悪魔を狩るまでに万象の扱いを完成させるのは最低条件だ。銘を潰すのは不可能だと断言されてしまった以上、あとは練習に没頭するしかない。
狙撃技術に不足はない。問題はただ一点、万象の反動だけ。どれだけの力で抑えれば射線が乱れないか。継続して撃ち続けるために適切な間隔はどの程度か。それらを身体で判断できるようにするために、澪はひたすら撃ち始めた。
撃っている間なら万象への不快感は無視できた。当てることだけを考えて、引き金に指をかける。
一人黙々と慣らしを続けること二時間。装填のタイミングで、譲葉の声が背後からやってきた。
「澪、順調?」
「感覚はなんとなく掴めてきた。ただ、さすがに痛い」
譲葉からの呼びかけで意識が狙撃から離れた途端、切り捨てていた全身の痛みが一気に戻ってくる。譲葉は木陰に腰を下ろすと、自分の隣を叩いて示した。
「なら一緒に休憩しましょ。私も気晴らしに出てきたの」
澪も首を縦に振って、譲葉の隣へ向かう。譲葉が持ってきてくれていた水分を摂取すれば、強張っていた身体の緊張が緩んでいった。
澪が延々と万象を撃ち続けていたように、屋内にこもってひたすら地雷を呪っていた譲葉は、外の空気へ心地良さげに目を細めていた。
その表情はいつもと何も変わらない。食堂での会議が終わってしばらく経ったが、譲葉の手に触れたいと感じた理由はわからないままだった。
澪はしばらく譲葉の手を眺めてみるものの、やっぱり数時間前の感覚の意味は見えない。なら、と投げ出されていた譲葉の左手を両手で取ってみた。
「あら、どうしたの?」
譲葉はくすぐったそうに笑う。澪は手遊びのように譲葉の手のひらや指先に触れながら感覚を探って、一人で頷いた。
「いつもと変わらない。落ち着くだけだ」
「ふふっ、だったらこっちもどうぞ」
譲葉は自ら右手を重ねて澪と指を絡める。温かさも柔らかさも普段と変わらない。今も癖になるほどに出会った時から繰り返してきた手繋ぎは、澪と譲葉のどちらにも無条件の安堵を与えるものだった。
譲葉は楽しそうに澪の指を弄ぶ。そのうちに、譲葉の瞳はじっと澪の顔を見つめていた。譲葉は喜びが滲んだ声で、澪に自分の感情を伝えていく。
「今も前線に出るつもりはないわ。国の思い通りに動いてやるのは絶対に嫌だもの。──でもね、ペラギアの役に立てるのはとても嬉しい。今回は私の呪いも使えるから、なおさらに」
「役に立つどころじゃない。私たちは譲葉がいることを前提に動いているんだから、いてくれないと回らなくなる。院長もそう言っていただろう?」
澪が会議でのやりとりを示せば、譲葉はまた嬉しそうに表情を綻ばせる。そんな譲葉に向けて、澪はだから、と続けた。
「無茶はしないでほしいし、私から離れないでくれ。近くにいてくれれば、譲葉一人くらい守れるから」
「……むう。澪まで私が変なことすると思ってるの?」
「前科があるからな。婆様が教えてくれなかったらどうなっていたか、考えるだけでぞっとする」
澪がそう言って離宮での出会いの経緯を──譲葉が森林と離宮のすべてを呪って死のうとしていた過去を指摘すると、今の譲葉はぷいと顔を逸らして知らないふりをする。澪はため息をついて譲葉を呼んだ。
「譲葉」
「……もうあんなことするつもりないのに」
「ならちゃんと安心させてくれ」
澪の要求に、譲葉はほんの一瞬目を丸くした。ぱちとまばたきをすると、澪の手を自分の頬に添えて、答える。
「昔みたいなことをするつもりはありません。私が死んだら澪は悲しんでくれるでしょう?」
「当たり前だろう」
「ええ。だから、大丈夫。澪を悲しませるような真似は絶対にしないわ」
譲葉は澪と繋いでいた手を離して立ち上がり、軽く手を振って仕事に戻った。澪も万象を手に取って、身体に馴染ませる作業を再開する。
観測機械の予測情報がペラギアに届けられたのは、その日の夜のことだった。