神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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2-4 竜の悪魔撃滅戦(4)

 

 前線の様相はすっかり様変わりしていた。

 竜の視界にはセレネしか映らず、セレネも竜を殺し切ることに全霊を注いでいる。セレネが一人で鍔迫り合えているのは、竜の意識すべてがセレネに傾いていることも大きい。

 そこに外部から割り込むとセレネの予測が乱れて、最悪均衡が崩れるとわかっているから、ペラギアも静観を選ぶしかなくなっていた。だからこそ澪の狙撃が行われていなくても誰も違和感を持たず、報告を受けたシトゥリの衝撃は大きかった。

 

「譲葉と、同格の?」

 

 そもそも、悪魔狩りの戦場に闖入者が現れることは想定されていない。

 狩人の戦場はたいていが人里から離れていて、敗れれば人類が追い込まれるだけ。狩りの邪魔をすることで人類が得るのは損害だけなのだから。

 

『詳細は終わったら報告する。ただ、竜はすぐにでも仕留めたい。セレネが構わないなら撃つつもりだ』

「……セレネ、判断を」

『了解、勝手に合わせるわ』

 

 セレネから返ってきたのは即時の肯定。シトゥリはこれ以上、セレネの集中を削がないように回線を切り、澪への連絡に戻る。

 

「澪、件の女はタタールに委ねます。お前たちは狙撃に集中しなさい」

『了解した』

 

 シトゥリが通信を終えてすぐに、狙撃の轟音が大気に反響して竜を貫く。澪の懸念が反映されたような行動速度に、シトゥリも状況への焦りと疑念を深めつつも、まずはタタールの観測を行っている末妹三人に声を繋いだ。

 

「お前たち、少々状況が変わりました。タタールと繋いでほしいのですが、今の余裕は?」

『問題ありません。繋ぎます』

 

 まだ幼く、戦場を許されていないとはいえ、末妹たちも悪魔狩りに人生を使うと決めた修道院の子だ。シトゥリの要請へ疑問を挟むことなく応えて、一人離れた場所にいるタタールとシトゥリを繋いだ。

 

「タタール、そちらの状況は?」

『奇妙なまでに静か。小物が数体いた程度だ。何か不都合が?』

「澪から報告がありました。譲葉の呪いに殺されない、妖精族の女に接触された、と」

 

 通信越しにタタールが息を呑む音が聞こえた。

 シトゥリがいる前線は森林が燃える音と竜の咆哮に染まっているのに、タタールがこぼしたごく小さな動揺の音はやけにシトゥリの耳をついた。

 

「黒髪に紫のメッシュが入っていて、年齢は二十代半ばか三十代に見えたとのことです。痕跡を探してほしいのですが、頼めますか?」

『……承った。あなた方が迂闊に動くわけにもいかないだろうしな』

 

 タタールも許諾には迷いを見せない。けれど追跡ではない何かを懸念しているのは声音から明らかで、その中身をシトゥリが尋ねるよりも先に、タタールが口を開いた。

 

『院長、一つ頼みがある。サクヤちゃんには伝えずに、俺との回線を繋げておいてほしい』

「サクヤと?」

 

 シトゥリはちらと、今の猶予を使って、傷ついたまま放置していた眼窩に処置をしているサクヤを見やる。

 サクヤとタタールの関係性はシトゥリも聞かされていたが、今どうしてその行動が必要なのか。暗にこめられた質問に、タタールも隠すことなく懸念を──直感からの不安を答えた。

 

『セーナクルシェの、あの事件。もう五年も前の話だが、あれはとにかく異様だった』

「異様、ですか」

『サクヤちゃんは偶然で生き残ったわけじゃない。左目だけを奪われて、墓地とご両親の遺体が破壊される光景を悪魔に見せつけられていた。悪魔が人を殺さずに弄んでいたから、俺たちが間に合っただけだ』

「……それは」

 

 タタールが苦々しげに吐いたその言葉で、シトゥリの中にも嫌な接続が見え始める。

 悪魔狩りの戦場に侵入してきた女。人類への殺害本能に囚われていないような悪魔の影。竜の狩りに集中したいのに、無視してはいけない何かが見え隠れしているようで。

 

「わかりました。サクヤへの通信権限を渡しておきます」

『助かる。何か見つかれば、すぐ報告する』

 

 次から次に湧いてくる、狩りにはありえない事実と疑念。シトゥリは現状をどこまで伝えておくか少しだけ思案して、戦場での右腕に等しい長姉へ密かに連絡を繋いだ。

 

 

 

 セレネの狩りは止まらない。セレネは仇討ちへの宿願を燃料に、淡々とした剣筋で竜を斬り続ける。

 

「爪と牙はいける。骨……は、さすがにキツいか」

 

 振り上げられた前腕を回避して、叩きつけられた間隙に爪の根本へ刃を差し込み、竜が腕を戻そうとする動きも利用して切り裂いた。

 セレネの身長にも届きそうなほどの、鋭利な爪が地面に残される。譲葉が推測した脱皮概念の仮説を裏付けるように、爪の傷跡には肉や臓器に見られる異常再生は起きていなかった。

 そうとわかった以上、一つずつ解体してやればいい。翼はすでに腐食している。爪を抉り、牙を奪って、竜の脅威を剥がしていけば抵抗も弱まっていくだろう。

 

「ジョジュアがお前に負けたのは事実よ」

 

 竜が言葉を理解しているのか。そんなことはどうでもよかった。セレネはただ、自分にとって必要な言葉を発しているだけ。

 

「でも、院長と姉さんたちは狩りをまっとうした。お前の再生を暴いて、お前を殺し続けて、お前に恐怖を刻みつけた」

 

 開戦時に竜へ植え付けられた寄生呪が生命を蝕み、腐った肉体は今も激痛を与えているのだろう。ペラギアの狩人が苛烈に攻め続けて与えた損傷は再生こそ行われているが、竜の消耗が消えるわけではない。影響は刻々と、着実に現れている。

 

「わかってる? お前が私を狙ってくれるおかげで、とっても動きやすいの。ただのけだものみたいに暴れていたときの方が、よっぽど厄介だったわ」

 

 左の眼球を一文字に裂く。爬虫類の瞳が潰れて、血涙が竜の顔を伝う。

 銃声が轟く。竜の巨体はただでさえ狙いやすく、機動力を削がれた今となっては格好の的だった。竜も呻きと怒りの息を漏らしてはいるが、生存本能か、殺害本能か、あるいはプライドめいた感情でもあるのか。

 

 ──お前だけは殺す、と。そう告げるように、殺意のこもった瞳をセレネに向け続けていた。

 

「……自覚しなさい」

 

 二振りの曲剣を握り締める。獣人ゆえの鋭い嗅覚が全身に浴びた返り血の鉄臭さを捉えて、セレネの鼓動を高鳴らせる。

 爪の切り裂きを刃先でいなし、切先を口蓋へ。上顎を裂き開き、ついでとばかりに牙を一本抉り抜く。

 鮮血が降り注ぐ。竜も損傷を顧みることなく、セレネの脇腹めがけて腕を振るう。消耗著しいとはいえ、未だ触れるだけで致死に等しい振り払い。セレネは二度、宙を蹴って射程から逃れ、潰れた左目へさらに刃を突き立てた。

 

 三次元機動での一対一こそセレネの本領。三年前の相対から、悪魔の中でも巨体極まる竜を殺すために身につけた狩りの作法。竜を殺すために三年のすべてを費やしてきたのだ。竜もジョジュアへの怒りと殺意に駆られているが、所詮は刺激で引き出されただけ。三年間、尽きることなく薪を焚べてきた憎悪にどうして敵うだろう。

 

「今ここで、死ぬのはお前だ」

 

 竜の脇腹を徹甲弾が貫く。ぐずりと膿み爛れ始めた傷口は再生がやや遅れていて──セレネは迷うことなく、生きるように蠢く傷をさらに抉り暴いた。

 奪ったかぎ爪は両前脚合わせて四本。抉った牙は三本。眼球は潰れ、数多の呪いに侵食されて、肉を裂かれ、内臓を幾度も破壊され、一部の骨髄は砕かれ、両翼を折られて、ようやく。

 

「──楽園証明の進行を、宣言します」

 

 三年を生き延びた、竜が潰えた。

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