神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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3-2 ミラー・ミラー(2)

 楽しそうに笑う鏡が纏うのは、黒と赤で彩られた細身のドレス。真祖の肖像画を思わせる姿と唯我の名乗り。澪は直感した嫌な気配を確定させるために、鏡の脇腹を蹴り抜いた。

 鏡は澪の蹴りを避けようともせず、衝撃のままに後ろへと下がる。澪自身への痛みの反射はひとまず起きていなかった。

 

「やだもう、いきなり?」

 

 鏡に堪えた様子はない。くすくすと、澪と同じ顔で、澪が取らない表情で軽やかに笑うだけ。

 鏡像。澪はどちらに転んでも最悪なことには変わりないだろうが、と仮定しつつも抜刀と同時に踏み込んで、左の腰から胸までを斬り上げる。

 

 澪自身への反射はない。鏡の傷がなかったことに──澪の状態と同期することもない。その代わりとばかりに飛び散った鮮血が自律して、いくつものコウモリを形作っては鏡の周りに。刀傷も傷口から目を離した一瞬で塞がっていた。

 

「……鏡のくせに、独立しているのか」

「ええ、固定したから」

 

 いたずらっぽい笑みと声音。どちらも澪とは似ても似つかない、同じ顔でも別人だと確信できるほどの違い。

 

「私は祝福受けし概念の一つ、源は鏡」

 

 優美に優雅に軽やかに。己の舞台の幕開けのように、鏡はドレスの裾を持ち上げる。

 

「そして今は、この形を唯我と名付けられた子の鏡像としたもの──すなわち、吸血鬼の真祖にございます」

「っ……」

 

 覚悟していた最悪の確定に、澪は思わず息を呑む。

 めちゃくちゃすぎる。あまりにも無茶な暴論だが、成立してしまった以上は文句を言っても仕方がない。一人で、民間人がいる場で、どうすれば自分より格上の悪魔を狩れるか。あまりにも不利な条件に、澪の背中を冷や汗が伝う。澪と鏡が見合う中、御影の声が割って入った。

 

「鏡。鏡像。この子への真祖の再来という予言が、肉体そのものの再来だったと歪曲して、お前が映した。それで間違いないか?」

「ええ、ええ、その通り! ペラギアの澪は、かつて真祖の再来と予言された子。ペラギアの澪は真祖ではなかったけれど、裏返せばエルダーガーデンの唯我ならば真祖となる。ええ、竜殺しの戦場であなたを見つけた時は心が震えたわ。ただ映すだけの私が、あなたの可能性を映すだけで吸血鬼の真祖に──終生悪魔を殺し続けた真祖と同一になれるんだもの!」

「……可能性と真祖伝承の悪用か。セーナクルシェの悪夢以来、街そのものの悪魔避けを徹底的に見直したのだが、どうやって侵入した?」

 

 御影は逃げることなく、淡々と鏡に問いかける。その行動に澪は疑念を抱くものの、鏡がすぐさま返した楽しげな声で察した。

 

「ふふ、そうね。確かにあなた方の仕掛けは堅牢強固にして攻略困難。悪魔の本能に近付くなと刷り込む精神誘導はお見それいたします。けれどね、人類に獣避けの炎が効かないように、本能から脱した私たちにとっては抵抗可能なもの。鏡が鏡になれない道理はないでしょう?」

「そうか、情報提供感謝する。悪魔の知性化とは、また抜本的な改造が必要だな」

 

 鏡は、話好きだ。少なくとも鏡が楽しんでいる間は、攻撃よりも会話を優先するだろう。

 澪はすぅ、と呼吸を整え、ペストマスクを装着する。

 狩りに入ったことで脳の熱も消えて、普段通りに戻っていた。敵は吸血鬼の真祖、その力へのイメージを振るう存在。武装はいつも通りに揃っていて、譲葉が呪った携行火器も少しとはいえ持っている。

 狩れるか、ではない。狩る以外の選択は存在しない。

 

「時に御当主さま、その口ぶりだと悪魔避けはあなた方の仕業なのかしら?」

「ああ、真祖の出身が風水学の発祥地だったらしくてね。その縁でエルダーガーデンが担うことになっている」

 

 御影が小さく息をつく。鏡を見る目はひどく冷たい。

 

「他の公家のような面妖さはないが、ここは陣地構築の本流だ。侵入した場所が悪かったと自覚はしてもらおうか」

 

 澪が踏み込み、右肩を斬りつけ、落とす。切断こそ成功するが、鏡がこぼした血液は爆ぜて真っ赤なコウモリとなり、そのコウモリが形を変えて欠損した腕をすぐさま置換する。澪は即座に後ろに下がり──澪と鏡の距離が空いた途端、鏡の足元だけが起爆した。

 

「っ──!?」

 

 急襲した邸宅に地雷が仕掛けられているとはさすがに予想していなかったか、鏡も困惑混じりの苦悶をこぼす。澪にとってもほんの一瞬前まで自分が立っていた場所が爆破された光景はそのまま飲み込めるものではない。平時なら真っ先に御影に尋ねる案件だが、今は気を取られている場合ではないと判断して切り捨てる。

 古典的な、踏んだ重みで起動するような類ではないのだろう。なら澪自身に支障はない。血液の利用は一度きりなのか。爆発に巻き込まれたコウモリは元々の赤い液体として床に飛び散っていた。

 

「澪、あの血液はこちらの備えで対処できそうだ」

「……感謝はするが、何なんだこの家は」

 

 澪のぼやきに御影は軽く表情を緩ませる。そうして鏡の視線が御影を捉えれば、今度は鏡の頭上の天井が爆破されて落ちてきた。

 鏡もこの直撃は嫌がったか、大きく下がって崩落から逃れる。火薬の爆音と地響きめいた衝撃が収まって、聞こえてきたのは澪にも聞き覚えがある、ひどく不機嫌な声だった。

 

「ああくそ、疫病神なのか、この愚妹が……!」

「──え」

 

 澪の喉から思わず、本心からの疑問の音がこぼれる。澪が現実を飲み込む前に、御影は想定通りとばかりに呼びかけた。

 

「森羅、火器の制御権は?」

「俺と父さんに。ただ、基本は俺が主体になります。父さんは下がってください」

「ああ、任せた」

 

 澪も良くないとはわかっている。それでも顔を合わせる想定をしていなかった双子の兄の存在に、澪の意識は一瞬だけ鏡から外れていた。

 

「森羅。お前、なんで」

「俺の実家だ!」

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