神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
「いいか、婆様の部屋への行き方を知られた。こいつを逃すわけにはいかない」
──たとえ侵入されても婆様なら問題はないだろうが。と澪は内心で思いつつも、明言する。何重にも重なった鏡への怒りを固めて、もう崩れないために。
「……愚妹、お前。どこまでやらかせば気が済むんだ」
「うるさい、ここがお前の実家なら婆様の部屋は私の実家だ。知っているのは当然だろう。勝手に私を映したこいつが悪い」
「黙れ、わかりきった事実をわざわざ言うな。余計にイライラさせられる。こいつをここで潰すのは確定事項だ。でないと俺の気が済まない」
「……頼む。お前が黙れ。お前に釣られるせいで私まで無駄に喋る羽目になってる」
「勝手に釣られる方が悪いに決まってるだろうが!」
森羅はそう吐き捨てながら鏡に迫る。悪魔相手の初陣とは到底信じられない自然体に、澪の思考も油断すると森羅の生態への疑問を抱きそうになってしまう。
澪は視線を鏡に。先ほどは自分の動揺もあって確信できなかったがやはり、森羅に斬られてから鏡の様子が何かおかしい。
「愚兄。その剣はなんだ」
「……作者の感性が最低最悪の性能だけは突出した武器だ」
森羅は苦々しい声でぼやき、それでもすぐに鏡を見やる。森羅も同じ疑問に達していたようで、鏡への質問はまさに澪が求めていたもの。
「おい、鏡。お前これが嫌なのか」
「嫌──嫌悪、怖気、矛盾、冥海……冥婚。ええ、そうかもね」
鏡は首を横に振って、じっと刃を──刃に染みる血液を見つめる。
「ねえお兄さん。その血、どこで手に入れたの? 死んでるわよ、それ」
「……全部言え!」
地雷が爆ぜて鏡を飲み込む。鏡は全身を焼かれながらも、素直に森羅の要求に答えた。
「生きているのに死んでいる、死んでいるのに生きている。矛盾だらけなの。気持ち悪い。私、それが気持ち悪いわ、お兄さん」
「──ああそうか、ならもっと苦しめ!」
「お兄さん、ガラが悪すぎよ! 妹は悲しいわ!」
「この、いい加減その主張をやめろ愚妹の粗悪品が!」
「そんな、世界でただ一つのお話し相手になれる鏡に粗悪品とか言うの!?」
「悪魔は一括廃品で十分だ! ゲテモノならなおさらな!」
「ゲテ──希少品って言ってちょうだい!」
森羅を黙らせるのはもう諦めよう、と澪は首を横に振った。森羅が構うから鏡の口が軽くなっている側面もあるはずだ。
澪は少しだけ距離をとって、鏡を見つめる。
鏡は斬られ、地雷に焼かれながらも楽しそうに笑っている。軽やかな笑みは余裕をありありと伺わせるが、今のところはそれだけ。
思えばずっと、鏡は笑っているだけだ。あれだけ嬉しそうに真祖に成れたと語っていたのに、実際にやっていることと言えば言葉で揺さぶるばかり。幻想生物としての吸血鬼でもあるなら攻撃手段はいくらでもあるだろうに、行わない。
行えないのか、行わないのか。たぶん、後者だろう。
「鏡。お前、何を待っている」
澪がそう問い掛ければ、楽しげに森羅を煽っていた鏡の視線が動く。言ってみて、と無言で促す表情はやはり、喜悦に満ちていた。
「お前はもう私の姿を持っている。独立もしている。鏡が鏡になれないはずがないとお前が言った。なら今すぐにでもペラギアに行けばいいはずだ。でも、していない。攻撃もせずに、そこの愚兄と無駄に遊んでいる」
どうして接近戦の距離でこんなに話さないといけないのか。澪はこれまでの狩りにはありえない手順に嘆息を混ぜながらも、鏡に告げた。
「お前は私の形に囚われた。もう鏡じゃない。私の鏡像だから鏡を渡れない。だとすれば私を殺した方が成り代わるには都合がいいのに、私を煽るだけで殺そうとしていない。だから、あるんだろう。愚兄に邪魔されず、私を殺す手段が」
「──ふふっ」
鏡の口元が、くいと吊り上がる。直後、初めての攻勢に──森羅が持つ剣を蹴り付け、優美な歩調で距離を取ったかと思えば、ドレスの裾を持ち上げてカーテシーを一つ。
「お兄さんはいなかったことだし、改めまして。私は祝福受けし概念の一つ。かつての源を鏡にして、今はエルダーガーデンの唯我と成ったもの」
ドレスからかすかに覗く脚には鮮血が伝う。ぽたりぽたりと地面に落ちる赤い血はひとりでに動き、固まり、鏡を囲って幾つもの血刃を作る。
「そして、祝福受けし悪魔たちの姉役を請け負う鏡像。我ら悪魔を殺し続けた真祖の伝承をもって、人を殺すものにございます」
「そうか。どうでもいい。さっさと狩られろ」
刀を抜かないまま、居合の要領で踏み込む。左手には袖に仕込んだ短刀を握り、鏡の腹部へ突き刺して離脱。下がる流れで刀を抜いて、飛来する血刃を斬り落とした。
森羅も間髪入れずに鏡の心臓を狙い、イオの血を飲んだ刃を振るう。森羅にも血刃が数本差し向けられるが、地雷の爆炎に飲み込まれて液体へ戻るだけの結果に。
「もう、このお屋敷おかしいわ! お兄さんきっと、こんなお家に住んでいるからずっとカリカリしてるのよ!」
「ああ、そうだな。そう、だから身体で思い知れ。お前のせいで改悪が確定した恨みを……!」
「八つ当たり!」
「嫌なら俺を止めればいいだけだ! どうせ仕込みがあるんだろうが!」
「そうね、えーと……あと三十秒くらいで到着するわ!」
「──おい、父さんのところに下がれ!」
「わかっている!」
森羅が抑えているなら背中を向けても問題はないと判断。御影は庭と邸宅の境で付かず離れずの距離を保ち、鏡の話を聞いていたようだった。
「……澪」
「可能な限りは防ぐ」
到着と表現するあたりは増援か。澪は四方に警戒を傾けながら、一度呼吸を整える。そんな澪に対して、御影はわずかに表情を歪ませると──一拍の後に、話しかけた。
「澪。鏡の概念が変質したと考えていいだろうか」
「おそらく。あの性格なら、間違いを断言すれば煽ってくるだろうし」
「そう、だろうな。……澪」
真剣な声だった。澪が見たのは、変わらず真摯ながらも躊躇いを捨てた御影の目だった。
「すまない。君をまた、踏み躙る」
「……何を──っ!?」
御影は澪の肩を押し、背後から抜けて歩き始める。迷うことなく森羅と鏡が争う庭へ踏み入ると、おそらくは御影の意思で森羅と鏡の間の地雷を起爆して、二人に割って入った。
「父さん……!?」
「あら、御当主さま」
森羅は焦り、鏡はきょとんと首を傾げる。御影はふうと息をつくと、鏡だけを見た。
「鏡、お前は唯我を名乗っていたな」
「ええ、何か文句でも?」
「ある。……唯我は、私の娘の名前だ」
ぴくと、鏡の笑みが固まった。
そして同時に、巨大なカラスが空に現れ、荒れ果てた庭に影を落とす。いくつもの濡れ羽がばら撒かれる中、それでも御影は指摘を止めない。
「お前は唯我ならば真祖と言ったが、違う。確かに唯我は観測機械から真祖の再来と言われた子だが、少なくともお前が主張するような肉体の話ではなかった。唯我は真祖ではないし、お前の名前でもない。それは、あの子のために用意された名前だ」
「……あは」
笑う。
鏡が笑い、ピシリと何かが砕ける。澪を映した顔はそのままに、けれど曇ったような曖昧さに。
ペラギアの澪は真祖ではなかった。
御影の娘である唯我も真祖ではなかった。
ならばエルダーガーデンの唯我もまた、真祖ではない。
だから、鏡が悪用したロジックが砕けるのは当然だ。
Q.この兄やかましすぎでは?
A.森羅はもともと変な生き物(例:ぼっち同盟、イオとの関係ほぼすべて、対抗試合の諸々)