神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
「あははは、はは! すごいすごい! まさか御当主さまに壊されちゃうなんて!」
真祖の根拠を失ったというのに、鏡は心の底から楽しそうにはしゃいで笑う。
「私を壊すのは観測機械か譲葉じゃないと無理だと思っていたのに! ねえ御当主さま、教えてくださる? どうして捨てた子のことを自分の娘と断言できるの?」
「お前──!」
今にも斬りかかろうとする森羅を制止したのは御影自身だった。カラスの羽根が今も振りまかれる中、御影は森羅にも一度だけ視線を向けて、答える。
「十七年。この子たちが生まれたときから、森羅と唯我が私の子だと知っている。それだけだ」
「……ふふ、びっくり」
鏡はちらりと澪を見やり、とんとんと跳ねるように背後へ数歩。降り立った巨躯のカラスの首へ手を寄せた。
「死くん、配達ありがと! 助かったわ!」
「……すまん、遅れた」
「ううん、気にしないで。予想外が多すぎたし、どうせ遅かれ早かれ割られてたわ。でもね、見て! もうみんなに運んでもらわなくても動けるし、誰かを映さなくてもお話できるようになったの!」
「ああ、朗報だ。鏡が嬉しいならみな喜ぶ」
「えへへ。あ、それとね。──接続抜いて、端末だけにして。あのお兄さん、冥婚者の血を持ってるから。あなたと相性最悪よ」
すうと、鏡の声が冷えた。呼応するように、カラスも森羅に目を向ける。
「……鏡。いつか迎えにくる」
「余裕ができたらでいいわよ。戦力にもなれないし、それこそ私たちが勝った後とかで」
「わかった」
カラスが答えて、その瞳から知性の色が消える。意思で動く生物ではなく、あらかじめ決められた用途に使われる道具といった風情の無機質さへと瞬く間に変貌していた。
もう情報は取れないと判断したか。森羅がこれまでよりもさらに苛立ちを剥き出しにした声で呼びかけた。
「──おい、鏡」
「ええ。どうしたの、お兄さん」
にこにこと笑う鏡と、不機嫌を雄弁に物語る表情で二組の刃を握り直す森羅。これまでとまったく変わらない構図でも、森羅の声音にはわずかな焦りが乗っていた。
「冥婚とやらが何なのかいい加減に吐け!」
「うーん、お兄さんが動けなくなったら教えてあげる! でもやけに起動が遅いわね、これ。もしかしてこのお屋敷、呪詛緩和でも後付けしてるのかしら」
呪詛。鏡がぽろっとこぼした言葉に、澪はすべてをやっと理解する。ち、とらしくもない舌打ちと同時に森羅へ告げた。
「森羅、そのカラスをお前たちから離せ! 羽根は焼きすぎるな! 起動が早まる!」
返答の代わりに地雷が一斉に作動する。距離は、まだ足りない。自分で押し出すしかない。
巨体のカラス。確実なのは格闘か。澪はサブマシンガンと数百はマガジンを収めたポーチをその場に捨てて、短刀を鏡に投げつけ牽制しつつカラスを目指す。
「あ、潰すなら場所に気を付けてね! その子爆弾だから──きゃんっ」
「悪魔が! 呪いを! 加工するな!」
「は、半分冤罪よ! 呪ったのは私たちじゃなくて魔人女だもの!」
「魔人?」
カラスも澪に狙われていると理解したか、あるいは使途を果たすための予定調和か。澪は羽ばたきの兆候を視界に捉えると、短刀を翼の付け根に投擲。動きながら投げたせいで威力こそ出なかったが、飛翔を一手遅らせるには十分だった。
「人の器に生まれた魔性。何考えてるのかよくわからない呪い女。けれどここまで侵食が遅いなんて。まさか、手を抜かれたのかしら」
「……ああそうか。殺す前に拷問がいる手合いか、お前」
「お兄さん、人ならそこはさすがに濁しましょう!?」
四手。
澪は手順を組み立てて、刀を抜く。
まず一手。眼球に刀を突き刺し、刀身の半分が埋まるまで突き刺す。二手目で刀を強引にへし折り、即席の短刀を作って、首を掴む。掴んだ首を支点に回し蹴りを叩き込むのが三手目。最後に澪自身の身体ごと、カラスを掴んだまま地面を転がり、地面に縫い留めて。
呪詛が広がらないよう、無駄なく叩き込めるように、自分の腹部とカラスの身体の間に手榴弾を放り込んだ。
「──あいつ」
「あら怖い。……あんなことしてるから、回復が追いつかないのよ」
手榴弾の仕掛けを使ってはいるが、あくまで目的は呪詛を携行すること。爆発は容器を壊すための刺激でしかない。
直撃箇所を基点に、カラスの身体が石化の呪いに侵食されていく。数秒もあれば内臓ごと肉体すべてが石に置き換わることを確信してから、身体を跳ね起こす。
「そいつを、寄越せ!」
森羅が鏡の身体を蹴り飛ばせば、呆気なくよろめき澪の進む方向へ押し出される。
御影の論理破壊で真祖ではなくなった以上、あれはただ澪を映しているだけの──脆弱な古代種の鏡像でしかないだろう。
独立した鏡像。記憶を掠め取られ、同じ肉体を持っているはずなのに、鏡の立ち姿に澪が囲まれ育ち、見慣れた狩人の気配はない。
鏡が自称していた通り、これまでずっと映すことしかできなかったのなら。動くことに鏡の悪魔はまだ不慣れだったのだろう。だから真祖に成ってもわざわざ言葉で澪の精神を揺さぶり、協力者を確実に排除するための呪詛まで準備していた。
自分と同じ顔で、まったく違う表情をする鏡。
──壊すべきは、あれだった。
「……私の楽園のために、お前が砕けろ」
無理矢理折ったせいで、肉を抉り裂く形になった刃先を鏡の顔に突き立てる。
鏡なんか大嫌いだと、澪はペストマスクの奥で独りごちた。