神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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3-4 実母来襲

 

 澪は息を荒らげたまま、鏡に馬乗りになり、自分を映した顔を破壊する。その姿を眺める森羅に、御影から静かな声がかけられた。

 

「森羅、すまなかった。私が唯我のことを曖昧にし続けていたから──」

「……言われなくても、父さんがあいつを捨てていなかったのは知っています。あいつにゼロとつけたのはどうせ母さんでしょう」

 

 御影の言葉を遮り、森羅はまた長いため息をつく。刃を右手に一本だけ握ると、乱雑な歩幅で澪に近づき、脱力していた身体をまた放り投げた。

 

「……どうして投げる」

「邪魔だし腹が立つし目障りだからだ。狩人のくせに止血もできないのか、野蛮人が」

 

 森羅は動かなくなった鏡の首に刃を突き立て、地面と縫い付ける。もう一本も腹部に刺し、鏡を下敷きに座り込んでも反応はやってこない。ここまでされても黙っているなら鏡に意識がないことは確実だが、まだ呼吸はしている。

 

「愚妹、羽根はもう問題ないんだな?」

「ああ。本体を潰したから、羽根が媒介する呪いがない。本体もただの石になったから、処分したいなら砕けばいい」

「──人の実家に、また、余計なものを、残してくれたな、こいつは……!」

 

 森羅は苛立ち混じりに、鏡の腹に突き刺した刃を動かしてさらに抉る。

 澪もペストマスクを下ろすと、疲労が色濃い息を落とした。

 

「そいつを見ていろ。猟友会に連絡する」

「言われなくてもやっている。ああ、さっさと連絡でもなんでもしてこい。ついでに見ていてイライラするから血も止めろ」

「このくらい放っておけば勝手に止まる」

 

 澪の人生でも滅多にないほどの疲れで身体がひどく重かった。雑務や後処理を担うのが教会である以上、本来なら教会に直接伝えるべきなのだろうが、今は話をするのも気だるい。ひとまず銀に繋いで状況だけ伝えるか、と通信端末を出そうとして。澪には一切聞き覚えのない女性の声が聞こえた。

 

「いいよ、連絡しないで。もう繋がってるから」

 

 そう言われると同時に、澪へ通信用の端末が放られた。澪は反射的に捕まえて、すぐさま聞こえた大音量にそのまま落としておけばよかったとちょっとだけ後悔した。

 

『おい澪! お前無事か!?』

「……銀爺。耳が痛い」

『お、おう。悪かった。──はあ、ったく。いきなりこうなるたぁな』

 

 銀の声には苛立ちと安堵が滲んでいる。どこから知っているのか、そもそもどうしていきなり通話口に銀がいるのか。澪はこてんと首を傾げて問いかけた。

 

「銀爺、なんで私と話しているんだ?」

『……例の、万象の作者だよ。あいつがかなり最初の方から俺に繋げてた』

 

 そう言われて、銀に奪われていた意識を唐突に現れた女性に向ける。女性はなぜか肩を落とす森羅には構わず、地面にしゃがみこんでじっと鏡を見つめていた。

 

「うん、やっぱり壊せなさそう。銀、そっちに監禁できる場所ってある?」

『作る。問題は移送役か……。澪、お前観測機械のところにはまだ行ってないんだよな?』

「ああ、これから行くつもりだった。……あいつ、私を映しただけのくせに殺せないのか?」

 

 気が抜けたせいか、澪の頭はあまり回っていなかった。ぼんやりと尋ねる声に答えたのは、森羅に抵抗されているのに頬をぺたぺたと触ろうとする女性──万象の作者。

 

「そこが厄介そうなんだよね。これ、概念の屁理屈が上手すぎるから、君が生きている限りは鏡像も消えないとか解釈してるんだと思う。そうとでも考えないと頑丈すぎるし」

「っ、この──! 何をしてるんですか、あなたは!」

「変なことになってないかとりあえず触診。それとね、森羅」

 

 女性は森羅をじっと見つめる。その声も表情も瞳の温度も、気安げな口調に反して奇妙なまでに平坦だった。

 

「口が悪いのはよくないと思う」

「……はああああ──」

 

 森羅から鏡に不満を叩きつけたときとはまた気配の違う、苛立ちと疲弊が煮詰まったため息が発された。何も言いたくない、とばかりに森羅が項垂れると、八つ当たりのように鏡の首に突き刺した剣が引き抜かれる。そうして、また地面に刺さる勢いで貫かれた。

 

真那(まな)──」

「御影くん、無事?」

「あ、ああ。私はまったく」

「ならよかった。御影くんも森羅も──いや、森羅はまだわからないか。御影くんが元気ならたぶん嬉しい」

 

 発言そのものは親密そうなのに、やはり声音からは感情が伺えないほどに平板だった。澪は銀と繋がったままの端末を手に、三人から若干離れた場所でやりとりを遠巻きに眺める。

 

「銀爺、あの人が?」

『ああ。──いいか、澪。こうやって会っちまったもんは仕方ない。あいつが気に入らないなら殴れ。殴れば数秒はさすがに止まるはずだから、その隙に本題だけ叩き込め。それが一番楽な対処法のはずだ』

「本当に何があったんだ……?」

 

 澪としてはさっさと後処理を終わらせて観測機械の部屋に行きたいのだが、動く気力がなかなか出てこない。ぼうっとやりとりを眺める澪に見えるのは、森羅が心の底から苦々しい声と表情で吐き捨てる姿だった。

 

「森羅、採血。それともらった血もちょうだい」

「……拒否権は」

「ある。でも拒否するメリットないでしょ? 冥婚ってのを調べない方がまずいんだし」

「っ、ぐ……俺の血なら、いくらでも。提供された分は本人に確認してからにさせてください」

「わかった。ふむふむ、それにしても息子にいい人ができてたとは。これはお祝いなのかな」

「真那、それは言わなくていいことだからやめなさい。迂闊に踏み込むのは侵害になるから」

「む、そうなのか。わかった、やめる」

 

 森羅は鏡を前にしていたときとは別方向に荒んで、御影は手慣れた調子で制御して、真那と呼ばれる女性はやはり淡々と──人らしい抑揚の見えない、無機質な調子で答え続ける。その様子を他人事として、油断しながら見ていたのがよくなかったのか。

 澪にしてはらしくもなく、真那が自分に近付いてくる様子を、警戒もなく受け入れてしまって。

 

「ふむふむ。最後に見たのはまだ一ヶ月になる前だったから、うん。大きくなった。久しぶり、唯我」

「──は?」

 

 構えることすらできず、一瞬で飲み込まれていた。

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