神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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3-4 祖母と孫娘

 

 どうして、と。澪の思考はただ停止する。唯我と口にされた音への疑問がただ満ちて、口も開けなかった。その間も真那はじっと、澪の姿を──返り血と澪自身の血に染まったペラギアの正装は一瞥するだけで、やはり温度のない瞳で澪の顔を見つめていた。

 

「御影くんにも私にも似てないのに、真祖の肖像画と似てる。やっぱり遺伝子改変の影響が出ていないせいなのかな」

『──おい、真那』

「なに?」

 

 銀の声が割り込んだ。聞き慣れた声でようやく、澪の意識にわずかな余白が生まれる。

 

『てめえ、ふざけるのも大概にしろ! よりにもよってお前がその名前を使うのか!?』

「……この子は唯我だよ? そりゃ戸籍名はゼロだけど、あれはただの仮名だし」

『っ……澪! さっさと観測機械のとこに行け! 鏡の後始末はこっちでどうにかする!』

 

 澪と呼ばれて、は、と息をようやく吐き出せた。ペストマスクで顔を隠して息を整え、捨てたままだった銃器を拾い上げる。

 

「銀爺。誰か、狩人は近くにいるのか」

『ああ、一時間もありゃ着ける距離には誰かしらいるはずだ。そもそも観測機械に会えるのはお前だけなんだから、そっち優先しろ。それと、シトゥリにも状況だけは伝えてある。落ち着いたら連絡入れとけ』

「わかった。そう、する」

 

 婆様と、澪は無意識に口の中で唱えていた。

 婆様に会いたい。婆様の部屋に行って、今日はもう何も考えたくないと、心から思っていた。

 ふらふらと、澪はエルダーガーデンの庭から立ち去る。真那は澪の後ろ姿を見送って、御影を見た。

 

「御影くん、ごめん。間違えたところ、教えて」

「……ああ、ここを片付けたら。御老公、指示を仰いで良いだろうか」

『──チッ、銀でいい。何はともかく、鏡をこっちに移す人員がいるんだが』

「それなら俺が受けます。どちらにせよ、猟友会に行く用事があるので」

 

 と、口を閉ざしていた森羅が割り込んだ。森羅は立ち上がると真那から通信端末を引ったくって、沈黙する鏡を下敷きにまた座り込む。

 

「こいつ単体なら、途中で意識が戻っても抑え込めます。それで構わないでしょうか」

『……はあ、それが早いか。任せた。こっちから教会に頼んで、連行中の戦力は探しとく』

「ええ、お願いします」

 

 森羅は鏡に突き立てていた刃を二本とも引き抜き、鏡の身体を雑に担ぎ上げる。イオの血を飲んだ刃を一瞥だけして、怒りの露わな舌打ちを落とした。

 

 

 

 

『澪、数日そちらで休みなさい』

 

 報告を──たぶん、まともな形になっていなかった報告を聞き終えたシトゥリは、真っ先にそう告げた。

 観測機械が座す地下に向かうための管理区画。申請処理の待ち時間を区画の隅で過ごす澪はどうして、と短く尋ねる。

 

『急いで帰ってきたところで、どちらにせよ刀がないでしょう。なら、観測機械への報告を詳細にして、お前もついでに休んだ方が有意義です。こちらにいるとどうせ何かしらで働くでしょう、お前は』

「……それも、そうか。すまない、院長」

『謝る必要なんかないでしょうに。安全圏だったはずの場所で奇襲されて、知性が確認された悪魔を初めて討伐した。十分な成果だと自覚しなさい』

「ああ。うん、そうか」

 

 ぼんやりした声は、観測機械から幼い澪を引き継いで養育してきたシトゥリもしばらくぶりに聞くものだった。最後に聞いたのはそれこそ、まだ引き取ったばかりの頃に泣くことすらせず、「婆様に会いたい」と静かに呟いていた時か。

 シトゥリは少し間を空けてから、澪に伝えた。

 

『澪、帰りに野菜の苗を探してきてください。皆にも欲しいものを聞いてから、またメールを入れておきます』

「……ああ、そういえば。今回は聞く暇もなかった」

『ええ。休暇明けの役にはちょうどいいでしょう』

 

 お互い用件を伝え終えて、通話を切る。こつこつと、静かな一帯に響く足音に顔を上げれば、許可を伝えにやってきた役人の姿があった。

 

「手続きが終わりました。……御前に、早くお顔を見せてやりなさい」

 

 声を出すのも億劫で、澪は無言で頷き役人の後をついて歩く。普段は手続きのやりとりだけをしている役人がわざわざ言葉を付け加えていたと気付いたのは、観測機械の部屋に続くエレベーターに乗り込んでからだった。

 十分以上かけて地下深くに降りるエレベーターに運ばれて、五重の扉以外は一見がらんどうの地下空間へ。いつもなら澪がさらに求められる手続きを面倒がって、観測機械に訴えて開けてもらうのが常なのだが、今回は様子が違った。

 

 澪が地下に降りてすぐに扉が開いていく。澪は意図を──観測機械がわざわざ自分が到着するタイミングに合わせて扉を開けてくれたのだと理解して、足早に奥へ進んだ。

 澪は不躾なほど乱雑に、観測機械の部屋に繋がる最後の扉を手で開ける。観測機械はいつも通りの、老獪な少女の表情をわずかに歪ませて、澪を迎えた。

 

「──唯我。ほら、こっちおいで」

「……婆様」

 

 さらに足を進める。いつものように観測機械のベッドに上がろうとして、辿り着く前に膝から力が抜けていた。

 あれ、と澪は首を傾げる。動けなくなるような怪我はしていないのに。あとほんのちょっとで、婆様のそばに行けるのに。

 

 自分の状態もよくわかっていなかった。どうして足が動かないんだろうと、不思議そうに自分の身体を見下ろす澪の頭をそっと、観測機械はかき抱く。

 

「なんだい、そんな疲れちまって。まったく。しょうがないから、婆様も一緒に寝てやろうかね」

 

 頭を柔らかく抱きしめられて、いつからか強張り続けていた澪の呼吸がようやく解けた。澪は震える腕で、観測機械の背にしがみつく。

 

「うん。婆様、一緒にいて」

「ああ、もちろん。唯我、あんたはあたしの孫娘だからね」

 

 数億台ものコンピューターと自らを繋ぎ、延命を重ねて四百年を生きる永遠の少女。人類の生命線たる観測機械の統御を担う老婆は、涙を流さないまま泣く孫を抱きしめ続けた。

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