神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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4-3 まだ何も頼んでなかったはずなのになあ(オレリア談)

 

 おかしいな、とイオは密かに考える。今さっき、鏡が視界に入ったばかりだったはずなのにな、と。

 

「まあ──お兄さんがわざわざお見舞いに来てくれるなんて……私、嬉しくてはらはら泣いてしまいそうよ! さすがはお兄さん!」

「黙れ不当生存者! お前が呼び立てたんだろうが!」

「え、何のお話? ええ、私はお兄さんとお話がしたいとは確かに言ったけれど、誰のお兄さんとは言っていないし、呼んでほしいともお願いしていないのだけれど。それなのに来てくれたってことは、ふふっ。私もお兄さんの妹だってようやく認知してくれたのね。ありがとう、お兄さんっ」

「──イオ、すまない。針を持ってきてくれ。新品は勿体無いから錆びてるくらいでいい」

「お兄さん、その指定は怖いわ。錆び針で何を繕うつもり?」

「お前の爪の間の皮膚」

「やだ過激。さては破傷風を狙っているわね。妹として治療と看病を請求します」

「はあ……歯茎も縫うか」

 

 澪とまったく同じ声と形の──けれど発言と表情だけで別人とわかる悪魔がけらけらと楽しそうに笑う。森羅は鏡の言葉に逐一反応して拷問を始めようとする。

 オレリアに呼ばれて、鏡をぶち込んだ即席の牢の前にやってきて。イオはたった一瞬で満ちた騒音を、オレリアの隣でしばらく眺めていた。

 

「えっと……イオちゃん。彼っていつもあんな感じなの?」

「いや、まったく。うちもこんな森羅を見るのは初めてやね」

「そっかぁ……」

 

 オレリアは遠い目をしながら鏡を罵る森羅を見やる。知人──知人と認めるのも拒否したい知り合いの息子だからこそ、普段から森羅が抱えているストレスが心配になってしまうほどの有様だった。

 

「ちなみにお兄さん。薄っすらとした記憶なのだけれど、お兄さんが私を抱えてここまで送り届けてくれた気がするの。実態は?」

「ああ、そうだな。その屈辱分だけ、お前をどうやって痛めつけるか考え続けていた。だから大人しく拷問されろ」

「お兄さん、やっぱりどう考えてもカリカリしすぎよ。ほら、昨日教えてあげたでしょう? 澪は背を伸ばすためにちゃんと毎日寝る前に乾燥小魚を欠かさず食べていたから、ちょこんと小さく可愛い静かな私たちの妹になれたって。だからお兄さんも小魚食べて落ち着きましょ」

「オレリアさん、この中入っても?」

「え、あ、うん。気をつけて……?」

 

 即席の檻だけに、まだ簡素な施錠が開けられる。森羅は迷わず足を踏み入れ、芋虫のように手足を拘束されている鏡の背中に座り込んだ。

 

「鏡。お前さっき、俺を呼んでいないとか言っていたな」

「ええ。それが何か?」

「お前は目が覚めるなりお兄さんと話したいと主張した。ここは猟友会だ。狩人だらけの場所だ。よってお前ら悪魔どもの家族ごっこに兄役が存在していたとしても、お前が狩人にその要求を伝える利益はない。むしろ一匹、兄役がいると存在を確定させるだけデメリットですらある」

「ふむふむ、言われてみれば確かに」

 

 森羅が主張する抗弁に、鏡は椅子にされたまま頷く。今の鏡はただ澪を映しているだけの──不滅性はともかく武力だけで言えば一般人にも劣りかねない存在だから、という理由もあるが、それはそれとして。いきなり繰り広げられた光景が異様すぎてイオもオレリアも口を挟めていなかった。

 森羅も鏡の理解にああ、と相槌を打ってから、腰に下げていたイオの血を吸う刃を一振り引き抜いた。

 

「よってお前は人間の中の誰かをお兄さんと宣い、実質的にそいつが来ないと口は割らないと主張した。お前が愚妹の劣化模写品になってから、お兄さんと呼んだのは俺一人。こちらの情報からお前の要求に当てはまっていると判断できるのは俺に絞られる。だからその主張は間違っている。いいな」

「ちょ、ちょっと待ってお兄さん。お兄さんの理屈は受け入れるけれどその罰ゲーム理由はちょっと横暴──刺した、芋虫妹を本当に刺したのだわ! よりにもよってその血がついた剣を!? お兄さんまさか鬼畜外道の類なの!?」

「黙れ。因果応報だ」

 

 刃が鏡の背中に突き立てられて、森羅は一仕事終えたとでも言いたげに息をつく。刃から滴るイオの血が鏡の傷に染み込めば、依然として騒ぎ続ける鏡の表情と声にも嫌悪が見えてきた。

 

「うううううう、ひどい。酷すぎるわお兄さん……。私だってお兄さんの妹と同じ顔と体格と体型と声をしてるのに……妹はしくしく泣かせてもらうわ」

「もう一本」

「それはいや! お兄さんは先立っての主張通り、錆び針の拷問を優先するべきだと思います」

「口を出す権利があると思うな。手順は俺が決める」

「やっぱり横暴。お兄さん、私頑張って澪とそっくりなフリしてあげるからこの剣抜いてくださる?」

「いらん、あの愚妹が増えるなんて考えるだけで気色悪い。──抜いてほしいならこれを嫌がる理由を吐け。大人しく話すなら考えてやる」

「お兄さん、これまでの発言を振り返りましょう。私が正直にお話したところで、お兄さんがちゃんと考えたからもう一本追加の未来がとってもくっきり見えているのよ」

「無駄口を叩くな。お前にある権利は、この血がどうして嫌なのかを話すことだけだ」

 

 むう、と鏡が初めて口を尖らせた。それほどまでにイオの血が嫌なのか、これまで立板に水とばかりに澱みなく回っていた口がわずかに閉じて、むむうともう一度頬を膨らませる。

 

「ええ、唯唯諾諾と請け負いましょう。お兄さんが知りたくて、私が知っていることなら教えてあげる。その代わりにお兄さん、これちゃんと抜いてちょうだいね?」

「検討はしてやる」

 

 ついと、鏡の視線が森羅から逸れて、イオへ向けられた。

 森羅との会話を楽しんではいても、その森羅と一緒にやってきた時点でおおよそは察していたのか。鏡はふうと、嫌気の詰まった声を落とす。

 

「その血。私が死くんを映したときに見た、冥海の匂いがするのよ──」

 

 

 

 #

 

 

 

「婆様。金糸を使いたいんだが、上の人たちに依頼してもらっていいか?」

「ああ、いいともさ。そのくらいならすぐに持ってきてくれるだろうね。刺繍でもするのかい?」

「うん、ちょうどいいから直しておこうと思って。竜のせいで直す暇もなかったし」

「あんた、針仕事は得意なんだよねえ……。唯我。ついでにあたしの分のお守り刺繍も頼まれてくれるかい?」

「わかった。ペラギアの図柄ならすぐできるけど、婆様も同じでいいか?」

「ああ、もちろんさ。──それにしても、兄妹で針の用途がここまで変わるとは」

「……用途?」

「ああいや、昨日の晩から面白すぎる流れがちょいと見えててねえ……。どうしてあの兄は、自分から悪縁を引っ掴みに行ったんだか」

 




(実質)告白しておいてから数分でこの騒ぎ
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