神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー 作:卯月スズカ
『やー、遅くにごめんねー。でも出られたってことは狩りではないと受け取ったのでこのまま本題に入るねー。セレネごめん、こっち戻ってきて』
ペラギアの共用リビングでだらけていたセレネを襲ったのは、オレリアからの有無を言わさぬ要請連絡だった。セレネはふぅ、といったん静かに笑って平静を装ってみる。
「ねえオレリア。あなたがここまで強引ってことは、もう外堀埋まってたりする?」
『えー、教師たちと銀爺とクロックがセレネをご指名です』
「ふふ。──なんでよぉ!」
緋色の尾を膨らませ、ピンと耳も立ててセレネは通話口の向こうに怒る。オレリアは申し訳なさそうにはしつつも、一切譲らぬと断言しているも同然の声音で言い切った。
『いやほら、今クロックが代表は休職してるでしょ』
「うん。だから銀とオレリアが回してるって織流から聞いたんだけど」
『その私がしばらく国の方に行くことになった』
「ふふ。なんで?」
『いやー、ちょいと適材適所と言いますか、埃を被ったままにしておくつもりだった昔の杵柄を引っ張り出す必要が出てきちゃったというか』
「あー、はいはい。また厄介な案件が増えたのね。で、なんで私に?」
『セレネ、現実を見よう。あんた以上に、狩りと実務のバランスを取れるやつが序列持ちにはいない』
「ふふ。──だから返上させなかったのねあの教師ども!」
とうとうセレネが全身で怒りを表明する。クッションを抱いてソファで悶えるセレネの様子に、なんだなんだと視線がやってきた。
「ああもう、何よこの数字! 狩りにいらないのになんで押し付けられるのよこれ! さっさとフクロウ野郎の首ねじ切ってジョジュア開院したいのに、こんな仕事があったらいつまで経っても戻れないじゃない!」
『祝福ども狩るまで耐えて。序列も諦めて。あれ、現場じゃなくて教会が動きやすくなるためのブツだから』
「ならなんでタタールは拒否できたのよ! 私のとき拒否権なかったんだけど!」
ん? と急に名前を呼ばれたタタールがじたばた暴れるセレネの近くにやってくる。タタールはセレネの首ねっこを掴んで持ち上げると、ソファに置き去りにされた通信端末を拾い上げた。
「おいおい、何したオレリア。狼娘がいきなりワンコロになったんだけど」
「犬じゃない! 持ちあげんな! 下ろして!」
『いやー、ちょっと私が猟友会から物理的に離れることになっちゃってさあ。セレネに戻ってもらうべきってなったのよ』
「ああ、そういうことか。セレネ、諦めろ。仕事できるやつの定めだ」
「やだぁあああ! ジョジュア開院の準備ができるようになるまでなんだかんだでペラギアに居座る私の計画返して!」
「それは計画じゃなくて願望だろ。いやまあそりゃ、お前も修道院の方が動きやすいんだろうけど、織流さんが来た時点で澪の留守番って理由もなくなってるしなぁ」
「バカ! バカ織流! 実質男やもめ!」
「おい、どうしておじちゃんにまで流れ弾が来たんだ?」
水をかけられた子犬か何かのようにセレネは悶える。全身で怒りを表現しつつも、かなり本気で悲しそうでもある苛立ちを回収したのはエンジェだった。
「はいはい、落ち着け。そんな気に入ってくれたならまた来ればいいから」
「うう、エンジェさん……。私ここ義実家くらいにするぅ……」
『いやうん、本当にごめんとは思ってる。私が戻ったら美味しいもの食べさせてあげるから』
「なら許す」
エンジェに物理的に回収され、オレリアに詫びも提示された途端、セレネの機嫌が一気に上向いた。やっぱりこの子も末っ子属だったか、とエンジェはこっそり確信しつつも、暴れて乱れた尻尾の毛並みを整えてやり始める。
「オレリア、すぐ戻った方がいい? もともと留守番だったんだし、余裕があるなら澪が帰ってくるまではこっちにいたいんだけど」
『あー、そうだねえ……。そこまで切迫詰まってるわけでもないし、澪と入れ替わりで』
「了解。はあ、院長に話してくるわ……」
セレネは整えられた尻尾に満足げな表情を浮かべ、礼をエンジェに言ってから立ち去る。持ち主に忘れ去られた通信端末からは、わずかに躊躇いを滲ませるオレリアの声が続いた。
『あー……ところでさ、タタール、織流。耳にだけ入れといてほしいんだけど』
「ん?」
『鏡の悪魔をこっちで監禁することになった』
そうオレリアが告げた瞬間、クッションが一つヒビ割れて砕けた。
え、とエンジェが疑問をこぼすと同時。タタールが織流の頭を全力で叩く。
「暴発すんな」
「……いや、ごめん。ちゃんと責任とって解呪はするから。タタール、塩持ってきて」
「あれほんとに効くのか?」
「気分くらいなら。──はあ。オレリア、そいつ死と繋がってるよな。拷問して吐くタイプか?」
『無理。だから耳にだけ入れといてって言ったの。こっちに来てもあんたの収穫はないだろうから、そっちで死のやつに備えとけってことよ』
「ああ……そうだな。ああ、そう。わかってる。サクヤちゃんの近くにいるのが一番いいはずなんだ……」
流れるように猟友会の狩人たちの会話は進む。エンジェはクッションが砕けてからの発言をゆっくりと擦り合わせて、織流の呪詛が暴発したのだとやっと気付いた。
「……織流さん、呪いってそんな簡単にこぼれるの?」
「自制を失いかけるとどうしてもねえ……って、ん?」
問われた織流は顔を上げて、目を丸くする。エンジェを──より正しくは、ペラギアを見る目は信じがたいと心から訴えるもので。
「譲葉さん、まさか暴発させたことないのか?」
「え、うん。少なくとも私が知ってる限りだと、うちの子になってからは一度も」
そうか、と織流は低く呟いた。独り言のように確かめる声は、人類の範疇で強力な呪詛者だから気付いた疑念に満ちていて。
「自制心が途方もないのか、まだ暴発させるだけの刺激がないのか。どっちだ……?」
それは譲葉を長姉として育ててきたエンジェにも、答えられない問いだった。
現時点の五章書き溜め完了部分で10万字超えが見えているのはどういうことなのか。
というわけで五章を書き終わったらまた投下しにきます。イオ編だけど兄のせいで妹にも自動接続されるので双子編でもあり。
・国について
この世界、四百年ほど前に確認できる範囲の国家を全部統合してます。なので国名もなかったり。四公家はその当時の有力国家の指導層から輩出された、最初の遺伝子改変の被験者たちの子孫。
王政なのも統合当時の「議会制にすると動きが遅くなって悪魔に対処しづらいわ」の結論から。