神なき楽園宣言 ー少女狩人(戦歴七年)が最愛の呪い姫と世界に挑む話ー   作:卯月スズカ

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1-1 女学院(5)

 生まれて初めて目の当たりにする双子の兄の姿に、澪が真っ先に感じたのは、思ったよりも似ていないな、という素朴な感想だった。

 黒髪と金髪。赤い瞳は同じでも、澪の方がより深く、鮮やかな紅色だった。二卵性であることを差し引いても、外見で双子だと見抜く人間はいないだろう。

 

「……ゼロ」

「ああ。院長に澪と名前をもらってからは使わなくなったが、貴様からすればそちらが相応しいだろうな」

 

 執着と憎悪と殺意と歓喜と。生まれてからの十七年にわたって常に抱いていた感情のおかげで、初対面の相手と話をする億劫さも感じなかった。

 森羅は吸血鬼らしく尖った犬歯を食いしばる。森羅が澪に向ける憎悪と殺意は一切の混じり気がない。感情を汲み取るのが苦手な澪からしても、向けられる敵意は自分の内部で慣れ親しんだものだったからこそ、森羅も双子という生まれに囚われていたことを実感できた。

 

「婆様の──観測機械の婆様の予言を誤読したんだ。貴様らにとって、私の存在は目障りで仕方ないだろうな」

 

 澪が挑発すれば、森羅の瞳はさらに鋭く研ぎ澄まされた。武器さえあれば今にでも殺し合いが始まるほどの殺気が満ちる中で、譲葉は澪の肩に触れながら声を発した。

 

「はじめまして、エルダーガーデンの森羅。きっとお察しの通り、澪は私がこの場に招きました。すべては、私と澪の楽園を証明するために」

 

 堂々と、何一つとして躊躇うことなく、譲葉はいつもの微笑みをたたえながら、自らが禁忌を犯し、踏み躙ったことを明言した。その告白に森羅はとうとう、堪えきれない怒りで壁を殴りつける。

 

「……譲葉姫。あなたは自分が何をしたのか、理解しているのか」

「ええ、もちろん。父と四公家は私を弾劾するでしょうね」

 

 ざわと、怖気まじりのどよめきが周囲の生徒に広がった。

 温和な微笑みをたたえる姫君は、かつて抹消されたはずの四公家の者を自らの意思で伴い、表舞台に立たせるためにすべてを利用していたことを見せつけられたからこそ。自分たちがこの場に立っていることも、譲葉の思惑を伝える証人として利用されているのだと、理解してしまったから。

 譲葉の柔和な笑みは変わらない。澪の腕を取って、彼女こそが私の英雄なのだと世界に告げる。

 

「けれど、そんなものは関係ない。あなたたちがこだわる禁忌も、私からすれば澪と比べる価値すらない。私の楽園は澪の覇道を証明すること。楽園に至るためなら、私は何でもするわ」

「っ──イカれているのか、あなたは……!」

「ええ、そうかもしれない。だからあなたたちは、私を呪い姫と呼んでいたのでしょう?」

 

 譲葉は何も変わらない。声音も微笑みも、幼い頃に抱いた国への厭悪も。

 人類史上最大の黒科学への才覚を──呪いへの適性を叩き出した呪い姫。澪とペラギアによって人間味を手に入れた今も、その情念は決して薄らいでいない。

 澪への憎悪と譲葉への嫌悪とで、森羅は何も言えなくなっていた。その姿を見つめる譲葉へ、澪はいつものように声をかける。

 

「姫、戻ろう。宣戦布告はもう十分なはずだ」

「そうね。……では、さようなら森羅。また後ほど、弾劾場で会いましょう」

 

 譲葉はたおやかに頭を下げる。全面的な非が譲葉にあるのだとは、とても信じられないほどに優美なお辞儀だった。

 二人の足音だけが響く。困惑と憎悪。すべてを無視して立ち去ろうとする二人の背中に声をかけたのは、空気に飲み込まれていたイオだった。

 

「……澪、姫様。あんたらこのためだけに、ここに来たの?」

 

 イオの声に応えたのは澪だった。澪は静かに吐息を落としてから、森羅への感情は消し去った声で、楽園を求める狩人として告げる。

 

「ああ。私が生きるには、エルダーガーデンを乗り越えなくてはならない。だから私は譲葉と共に罪を犯して、表舞台に戻ってきた」

 

 今度こそ、澪は譲葉と共にその場を去った。澪は周囲に人気がなくなると威圧のための足音を消して、譲葉に尋ねる。

 

「姫。私はいつも通りだったか?」

「ええ。いつも通りの、私の澪よ」

「そうか。ならよかった」

 

 ふう、と今度こそ澪は心身を緩めるために深く息を吸って呼吸を整えた。

 自分を否定したエルダーガーデンと、初めて見えた双子の兄への宣戦布告。待ち望んでいた瞬間とはいえ、やはり緊張は大きかった。過去との対面は初陣よりもよっぽど深く、澪の心を締め上げていたのだ。

 寮の私室に戻る道で、二人はどちらからともなく手を繋いでいた。手に触れている間は、お互いだけに集中できるから。

 春が過ぎて、地面には緑の葉っぱが舞い散っていた。新緑を踏みしめながら、譲葉は笑う。

 

「ふふ、ここまで完璧にやったんだもの。ひどく荒れるでしょうね」

「……すまない。私には、何もできない」

「む。そんな顔しないで? 前も言った通り、この賭けに勝つ手段はあるんだから」

 

 譲葉は澪の顔を覗き込むと、両手で澪の手を包み込む。綺麗な、吸い込まれるような青の瞳。澪はそのいつも通りの微笑みを見ると、まだ緊張を残しながらも表情を緩めて頷いた。

 

「──ああ、任せた。私は姫にすべてを託そう」

「ええ、任されました。ここから先は私の戦いなんだから、澪にだって渡さないわ」

 

 くすくすと譲葉は笑う。

 この先の混乱すべてを理解したうえで、姫と狩人は笑い合っていた。

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