ラーメンハンター×芹沢 〜エンジョイ念能力寿司バトル♠〜 作:みゅう(蒼山みゆう)
「な、なんということだ……」
だが講評を聞く限り文句は言えん。おそらくは粘着性のあるオーラを転用した寿司。念を未習得な奴らには気の毒だが、俺は調理工程で念を使っている以上条件は五分五分、いや明らかに戦闘用の念と料理専門の念の差はある。俺のほうが有利すぎるくらいだ。
アイツの作ったモノは握り寿司と言えるかギリギリのラインの形状だったが、合格が出た以上それをヒントに正解に辿り着く者も出てくるだろう。ここでさっさと2抜けしてしまうべきか。
グレイトスタンプで仕上げたチャーシューはキチンとタイマーと保冷箱を使い、寿司に適した温度までさっさと熱を取りつつ汁の漬け込み時間を圧縮。そして同様にさっきのスープとチャーシューの煮汁を混ぜたものを少量だけ別皿に入れ冷やしている。よし、タイマーの音が鳴った。
チャーシューを取り出し、縛り糸をほどく。そして真ん中に包丁を入れ火の通り具合と、味のしみ込み具合を確認する。いい色だ。これならば豚骨スープの旨味に負けないはず。
「おぉ、すっげぇ。俺にも見ただけでわかる。旨そうな肉だぜ」
「食いてぇ」
ふっ、いい反応じゃないか。悪くない。この寿司試験が終わったらチャーシュー丼にして将来のお客様たちに振る舞ってやるとするか。
寿司に適した形となるよう角形にしておいたチャーシューを寿司に適した薄切りにする。
一枚食べ、その味に問題がないことを確認する。眼鏡に表示された値も想定通りだ。
そしてラーメンの時よりもさらに細く、短く刻んだ白髪ねぎを用意し下準備は整った。
さぁ仕上げるとしよう。
寿司職人ほどではないが、サイドメニュー開発であぶり肉寿司を検討したことはある。少なくとも大衆店で出せる程度のシャリの扱いはできているはずだ。
手に取ったシャリの上に、スープと煮汁を混ぜた煮凝りをかませる。そしてチャーシューを載せて成型。
最後に白髪ねぎを天盛にして完成だ。
「試験官。審査をお願いしてもよろしいでしょうか」
先ほどの合格を見てから、修正案を思いついたのか受験者たちが一時的に引いていたのでその隙を縫って提出へと向かう。
「もちろんよ。ついに来たわね。淡口ラーメンを超えるサプライズを期待しているわよ」
「あなたにも召し上がって頂いたことがあったとは。光栄です」
まさかこの高名な寿司ハンター様がお客様だったとは。しかも玄人向けである特性鮎煮干しを使った淡口醤油ラーメンを引き合いに出すとはわかっているじゃないか。
「これはそのまま食べるけど問題ないわね?」
「そうです。そのままお召し上がりください」
試験官、メンチ=コジマは箸で寿司をつまみ一口。
目をつぶり真剣に咀嚼している。
そして何も言わず一度お茶で口内をゆすいでから彼女は告げた。
「マッズ」
これまでになく力強い眼光。眼球が飛び出そうなほどに見開かれ、物理的な圧力が生じる。
「は? そんなわけがないだろう」
俺はこの中で誰よりも料理がうまいし、寿司の作り方もわかっている。
素材も上等。ここで俺を落としたら今後誰を合格させるというのだ。
あのピエロ一人勝ちなどあり得てたまるか。
そう、得するのはピエロ一人。まさか、念能力寿司のせいか?
「ブハラ試験官。
アイツが操作系能力者でオーラを内部に取り込んだ相手を洗脳するとかだってあり得なくはない。
「いやーそれはないんじゃないかな。オレは美味しそうと思うけど、メンチは拘りだすといつもこんな感じだし」
「そうよ。疑う気持ちはわからなくもないけれど
「あぁ、彼女は嘘をついていない。
親指から分銅付きの鎖を垂らす
「ならば納得のいく講評をもらおうか。寿司職人ではないとはいえ、俺にもラーメン職人としてのプライドがある。まさか握りの練度で語ってはくれるなよ?」
「いいわよ。なら忌憚ない意見を言うわね。このチャーシュー寿司、もちろん大衆店だと受けると思うわよ。個々の調理法や素材の選択も悪くない」
「ならばなぜ?」
「でも”期待値を下回っている”と断言できるから。これが不合格の結論よ」
「期待値だと、ならば他の受験者が同じ寿司を出していたら合格にするのか? 不公平だ!」
「そうよ。これと同じものをあなた以外が出してきたなら迷わず合格にしていたわ。でも料理店経営者のあなたならわかるでしょ? コスパ以下の店、期待値以下の料理がどういった批評を受けるのかを。もちろん分野違いだからシャリの握り方については多少甘く見た上での判定よ」
決してオーラ量が増えているわけではない。だがなんだ底冷えするような声は。
「要は安牌狙い過ぎたのよ。既知も大事。でもそれに縋り付きすぎて未知を求めない者を、それも自身の専門領域でさえ行わないなんて、論外。怠惰すぎるわ。なぜ私がこの場所、この料理を指定したと思っているの?」
そう言いながら彼女は俺の厨房へ向かい、チャーシューを何枚か勝手に切り出し始める。
「チャーシューの仕上がりは最高なのにね。もったいないわ」
1枚を咀嚼してから彼女はそう言った。
「さっきの寿司は脂身が多すぎ。魚みたいにまんべんなく脂身が回っているならばいいけれど、片側にたっぷりがのった脂身が体温で溶ける速さと、肉の部分がほどける速さのタイミングとバランスが適正範囲から崩れているわ。そりゃチャーシュー単体で見たときの完成度は文句なし、豚骨スープを煮凝りにするアイディアも素晴らしい。スープの味もケチをつけるところなんてない」
「脂身の量か。悔しいが確かにそこまで気が回っていなかった。確かにあれは豚骨ラーメンに最適化された脂身多めのバランスだった」
さっきの指摘は的外れではない。だが致命的な問題ではないと考える。俺の寿司には何が足りなかったのだ?
スープの煮凝りを口にした後、もう1枚改めて咀嚼してから彼女は言葉を続けた。
「だからこそ許せない。まだ時間はあったはずよ、何を焦ったの? 唯一念入りに酢飯を味見していたあなたが寿司にした状態で味見をたった1回だけしかしていないなんて。相当自信があったと思ったにね、肩透かしだわ」
3枚目を食べる。どれだけ食べる気だ、この女。
「ねぇ。厚みは適正だった? さっきも言ったけど脂のバランスは?」
その言葉にハッとする。彼女は新たにチャーシューを切り出す。辛辣な言葉とは裏腹にどこまでも精密な包丁さばきにて、脂身を”厚さ方向で”極薄の層を残し、俺の切った厚みの半分ほどの厚さで切り出す。
この方向の切り出し方、まさか俺のと違い脂身を偏らせず舌の全身で味わうためだというのか?
「これのチャーシュー丼ならたくさん食べたいという人はいるでしょう。行列だってできると思う。でもこのチャーシュー寿司の方が好きと言ってくれるお客さんの姿があなた自身、想像つくわけ? チャーシュー丼向けのアイディアの転用はいいけれど、寿司への最適化を忘れたあなたを未知を求める美食ハンターとして認めることはできない。それにせっかくなら美味しいことが分かり切っているグレイトスタンプじゃなくて他の素材での驚きを与えて欲しかったわ」
空気を手の内でシャリに含ませるため、シャリを高速回転させながらも丁寧に握っていく。
俺と違い煮凝りをごく少量に留め、先ほどのチャーシューは脂身を天面ではなくシャリ側に乗せて形を整える。白髪ねぎはない。あぁ、見ただけで意図が十分すぎるほどにわかる。
そして完成された2貫。その1貫を”ネタ下”で自ら食してから、シングル寿司ハンター・メンチ=コジマは俺に食べるよう視線で問いかける。
まず一口目に来るのは豚肉の柔らかな歯ざわりと濃厚な旨味。そして咀嚼すると訪れるほんのり甘い脂身の抱擁。
さらにスープの煮凝りが後から追って来ては、口内をその中毒性のある香りで酢飯ごと飲み込み一つにまとめていく。
敢えて普通と逆に繊維方向へ沿って切った肉は口に残りやすい。そのため肉の旨味の量は適切に保ちつつ、余韻が残る時間をコントロール可能にしているのか。
同じ材料を使ってでもここまで違うとは。ネギを載せないことでネタ下で味わえるようにしたこと、味を意図的に3層化し、そのバランスも適切に管理していたこと。
「どう? 同じ美味しいチャーシューでも全然別物でしょ」
「あぁ、そうか。寿司は一口の量が限定されるから口の中で最適なバランス設計がここまでできるのか……」
この握りに比べたら俺のさっきの寿司は、ただ米に肉を合わせただけみたいなもの────完敗だ。
「そう、口の中で完成するのは計算され尽くした味。たったこれだけで気づくのは流石ね。これこそが寿司の神髄。食べ方のバランスや順番が自由な丼やラーメンとの大きな違いよ」
俺は既知への安堵に頼りすぎ、未知への探求を失っていた。そしてなにより驕り、怠っていた。
小娘の指摘はすべて正論だ。食べる前はあれだけ期待してくれていたというのに失望させた。
これが試験ではなく俺の店だったらどうだ。ラーメン屋失格も甚だしい。
「まだ時間はあるわ。次は美味しい寿司を期待しているわね」
そう言って自席に戻っていったメンチだったが、彼女が両手に包丁を備え急に険しい雰囲気で振り返る。
遅れて俺も振り返ろうとしたが、身体が動かない。なんだこの異質なオーラは。試験官やピエロ、鎖野郎の比ではないぞ。
意を決して振り返ると、莫大なオーラと共に立ちのぼる異様に長い長髪。
もっとも筋肉隆々だった青年は右手にオーラを留めている。何をする気だ。
「難しいことはわからないけど。ここで、終われない。だからここで今ありったけを────」
や、やめろー! 会場を破壊してなかったのことにする気か単純馬鹿めっ!!
感想頂けると嬉しいです!
いよいよ次の投稿でラスト。ラーメンハゲはメンチをわからせられるのか?