召喚された墨村利守は六面世界を往く   作:rOOd

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城塞攻略

        【水無月 夜中】

 

       [被害者の兄の家]  

 

〜墨村正守 視点〜

 

 遠縁の再従兄弟の家の玄関先で、祖父と俺は深

々と頭を下げた。

 

「・・・・・・このたびは、御両親、及び御兄弟のこと

 心よりお悔やみ申し上げます」

「・・・・・・お悔やみ申し上げます」

「・・・・・・恐れ入ります。遠方からお越しいただき

 お心遣いに感謝いたします。

 どうぞ、中でお線香をあげてやってください」

 

 短く言葉を交わすと、彼は何も言わず、静かに

家の中へ促した。

 玄関には人の気配がほとんどなく、靴棚に置か

れた時計の針が刻む音だけが、やけに大きく響い

ていた。

 閉め切られた家の空気には、新築にもかかわら

ず、肌に冷たさを感じ、家の中から流れてくる線

香の煙の匂いが薄く漂っている。

 俺たちは草履を脱ぎ、彼の後に続いて仏間へ向

かう。

 彼の足取りは重く、何度も振り返りかけては思

い直すように、俯いたまま歩いていた。

 背中はひどく小さく見え、袖口から覗く指先は

落ち着きなく何度も握り直されていた。

 

 仏壇の前に座り、祖父が線香を手向ける。

 俺も隣で手を合わせ、静かに頭を下げた。

 火を移した線香の先から、細い煙がまっすぐ立

ち上った。

 甘く、少し苦い匂いが鼻の奥に残り、目を閉じ

ると、その向こうにもう戻らない三人の気配があ

るような気がした。

 けれど、耳を澄ましても聞こえるのは、線香が

燃えるかすかな音と、彼の浅い呼吸だけだった。

 

 祖父がふところから香典を取り出して彼に差し

出すと、彼はしばらくそれを見つめていた。

 両手を伸ばしかけたまま、彼の指が宙で止まる

 白い封筒に触れることさえためらうように、何

度か指先を震わせてから、ようやく受け取った。

 

「・・・・・・・・・ありがとうございます」

 

 消え入りそうな声だった。

 彼はそれ以上何も言わず、香典を受け取った。

 膝の上に置いた封筒を、彼は両手で強く押さえ

ていた。

 紙がかすかに鳴るほど力を込めているのに、そ

の目はどこにも焦点が合っていない。

 線香の煙がゆっくりと薄れていくのを、ただ黙

って見送っていた。

 

 やがて俺たちは仏間を出て、客間へ案内された

 襖が閉じると、仏間の気配が遠のき、家の静け

さがいっそう際立った。

 誰もいない部屋には、冷めた茶の匂いと、窓の

隙間から入り込む冬の冷気が残っていた。

 向かい合って腰を下ろす。

 久しぶりに顔を合わせた年上の再従兄弟は・・・

・・・・・・以前とは比べものにならないほど憔悴して

いた。

 頬はこけ、目の下には濃い隈が落ちている彼は

何かを話そうとして何度も口を開きかけた。

 

 だが・・・・・・結局、喉の奥で言葉を飲み込んだ。

 そのたびに、膝の上で組んだ手だけが、ぎこち

なく強く握られた。

 その目に浮かんでいるのは、泣き腫らした跡だ

けではない。

 大切なものを失い、行き場をなくしたような空

虚さが滲んでいた。

 

「・・・・・・・・・今日は、弟のことを聞きたいと?」

「すみません。実は、事故に遭ったあいつが我々

 の仕事に関わっているのです」

「・・・・・・・・・・・・」

「事故の経緯については、ある程度知ってします

 とても話しづらいと思うが、あなたから詳しく

 話を聞きたいのです」

 

 そう告げると、彼はしばらく黙り込んだ。

 俺は、言葉を急ぎすぎたのではないかと胸の内

で悔いた。

 聞かなければならぬことはある。

 だが、目の前の彼に、これ以上苦痛を負わせて

 よいのか。

 その迷いが、喉に絡みついていた。

 やがて、俯いたまま、苦しげな声を漏らす。

 

「・・・・・・大変申し訳ありません」

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

「弟の・・・・・・あいつのことは、もう思い出したく

 ないんです」

 

 その声には、思い出に触れれば崩れてしまいそ

うな危うさがあった。

 やはり、あいつの存在は彼にとって、もう厄介

者なのか。

 

「忘れたいんです。できることなら・・・・・・全部

 忘れてしまいたい」

 

 その言葉を聞き、俺は返す言葉を失った。

 聞きたいことは、まだいくつもあった。

 だが、ここで問いを重ねれば、彼の傷口を無理

に開くことになる。

 祖父も黙ったまま、膝の上で固く手を握りしめ

ていた。

 

 これ以上、聞くべきではない。

 

 そう思い、俺は口を閉ざしたまま、彼の苦しげ

な表情を見つめていたした。

それでも、聞かねばならぬという思いだけが、

胸の奥に重く残った。

 

「そうですか。大変聞きづらいことを質問して申

 し訳ございません」

「・・・・・・・・・あの、もしや例の神隠しの件で?」

 

 彼の問いに、俺は静かに頷いた。

  どうやら彼も、この近辺で立て続けに起きて

いる怪異については、耳にしているらしい。

 

「実は、今回の事件は弟の利守に任せていたので

 す」

「ほう。確か、利守くんは高校生では?」

「私たちは幼少の頃から、この程度の超常現象の

 調査や退魔などを行っていました」

 

 俺の言葉に、彼は『そういえば』と言いたげな

表情を浮かべた。  

 そして、一度咳払いをしてから尋ねる。

 

「それで、調査は順調ですか?」

「それが・・・・・・利守と、事件の関係者二名が調査

 中に時空乱流へ巻き込まれてしまい、そのまま

 異世界に転移してしまったのです」

「・・・・・・申し訳ありません。あまりにも現実離れ

 した話なのですが・・・・・・・・・・・・」

「ええ。まあ、そのとおりです」

 

 彼は苦笑いを浮かべた。

 

「正直・・・・・・頭がついていけませんよ」

「そうなりますよね・・・・・・」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 やはり、いきなりこんな話をされても、信じら

れるはずがない。

 すると、隣にいた祖父が静かに頭を下げた。

 

「確かに、いきなり超常現象の話をしても仕方が

 ないな。君には関係のない話だ。

 これ以上、時間を取らせるわけにもいかん・・・。

 今日はこれで失礼する」

 

 そう言って、祖父は立ち上がった。

 俺もそれに続いて腰を上げる。

 すると彼も何も言わずに立ち上がり、俺たちを

玄関まで見送ってくれた。

 

「・・・・・・今日は、突然お邪魔して申し訳ありませ

 んでした」

「ああ・・・・・・いえ、」

 

 短い別れの挨拶を交わし、俺たちは静かに玄関

を後にした。 

 背後から、彼が何かを言おうとして――

結局、口を閉ざしたような気配がした。

 俺は振り返らなかった。

 だが、胸の奥には、どうにも引っかかるものが

残っていた。

 

「おじいさん。俺はこのまま、被害者たちの家族

 の家に向かいます。信じてくれるかわかりませ

 んが、今回の件について説明をしてきます」

「うむ、そうしてくれ。儂はお前の部下たちと合

 流して、現場調査に加わる」

「分かりました」

 

 そうして、俺たちは別々の道へと向かった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

     【甲龍暦412年 昼過ぎ】 

 

  [中央大陸南部 赤龍の下顎山脈付近] 

 

〜墨村利守 視点〜

 

「・・・・・・やはり、予想どおりか」

「・・・・・・そうだね、トショくん」

「・・・・・・うむ、腹立たしいな」 

 

 僕の呟くと、フィリップさんとギレーヌさんは

頷いた。

 

「何が予想どおりなんだ、利守?」 

 

 現況が理解していない誠司が怪訝そうに尋ねる

 

「いいか、誠司。ここからでも敵兵の配置がよく

 見えるだろ」

「敵兵の配置?」

 

 そう僕たちは、あの指揮官が口にしていた軍事

基地を、門壁から数キロほど離れた場所から遠目

に眺めていた。

 身を隠しているこの距離からでも、基地を包む

緊張した空気が伝わってくる。

 

「遠目でも、城の周りにいる敵兵の人数が分かる

 だろう? 明らかに警備が強化されている。

 それも、単純に警備兵を増やしただけじゃない

 基地そのものの警戒レベルを引き上げている」

 

 僕は基地の周囲へ視線を走らせた。

 外周には、互いの死角を補うように兵士が配置

され、こちらのいる方角にも頻繁に視線を向けて

いる。

 門前では、出入りする者を一人ずつ呼び止め、

身分証だけでなく、荷物まで念入りに確認してい

た。

 さらに外周では、兵士たちが二人一組で巡回し

ている。

 その巡回経路も一定ではない。時折足を止めて

周囲を見回し、死角になりそうな場所まで確認し

ている。

 この距離なら問題ないが、少しでも近づけば、

こちらの存在を察知される可能性が高い。

 見張り台からも、兵士たちが絶え間なく周囲を

監視していた。

 武器を手にしたまま警戒を解かず、基地の外へ

向けた照明まで、昼間だというのに消されていな

い。

 

「・・・・・・確かに、厳重に警備しているように見え

 るな」

 

 誠司が目を細める。

 

「つまり・・・・・・敵兵は、こっちの情報が筒抜けっ

 てことか?」

「そういうこと、本当に面倒だ」

 

 誠司の問いに、僕は小さく頷いた。

 

「あの指揮官を始末したのは、ほんの数時間前な

 のに、この対応の早さ。

 どう考えても、僕たちが次にどう動くのかを事

 前に把握しているよ」

 

 僕の言葉に、フィリップさんが大きく息を吐い

た。

 

「ハァ〜〜、まったくだよ!?」

「フィリップさん?」

 

 僕が振り向くと、フィリップさんは基地を見据

えたまま、苦々しげに口を開いた。

 

「トショくん。君の推察が当たりだよ。本当に参

 るな」

「・・・・・・・・・そうですね」

 

 僕が頷くと、フィリップさんは額に手を当て、

そのまま空を仰いだ。

 

「僕たちがここへ来ることを分かったていた」

 

 フィリップさんは、しばらく基地を見つめた後

重々しく続ける。

 

「敵の背後にいる『神』は、本当に恐ろしいな」

 

 その言葉に、僕たちは黙って頷いた。

 

「トショ」

 

 不意に、ギレーヌさんが口を開く。

 

「お前、本当にあの軍事基地を落とすつもりなの

 か?」

 

 問われた僕は、迷うことなく答えた。

 

「それしか活路はないですよ」

「・・・・・・そうか」

 

 ギレーヌさんは一瞬だけ目を伏せ、それから呆

れたように息を吐いた。

 

「もはや何も言わぬ。思う存分、暴れてこい」

「はい」

 

 僕は短く頷く。

 そして、基地へ向けて歩き出した。

 

「トショくん!」

 

 背後から、フィリップさんの声が飛んでくる。

 

「囚われているフィットア領の住人たちの救出も

 頼むよ」

「分かっています、フィリップさん」

 

 僕は振り返り、はっきりと答えた。

 

「必ず助け出します」

 

 僕はそう言い、草原を歩き出した。

 

 

〜とある警備兵 視点〜

 

「ふあ〜〜・・・・・・・・・ねみぃ〜〜!」

 

 下級兵の俺たちは、上からの命令で急遽、基地

周辺の警備を強化することになった。

 

「全くだ〜! なんで交代もなしで、ずっとやら

 されてるんだよ。やってらんねぇ〜!」

 

 そのせいで俺たちは、朝陽すらまだ昇っていな

い早朝から、休む間もなく警備を続けている。

 

「あ〜くそ〜、上の命令とはいえよぉ。なんで急

 に、根城の警備を厳重にするんだよー!」

「んあ〜、だな〜。こんなこと、今まで一度もな

 かったぞ!」

 

 そんな愚痴をこぼしながら、俺は大きな欠伸を

噛み殺した。

 そして、何気なく基地の外へ視線を向ける。

 

「・・・・・・・・・ん?」

 

 ちょうど東側を見ていると、遠くの方で、何か

が動いた気がした。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 

 

 俺は目を細め、朝靄の向こうへ視線を凝らす。

 

 すると――。

 

 数キロ先から、こちらへ向かって歩いてくる人

影が見えた。

 

「……おい。あれ、なんだ?」

 

 最初に感じたのは、ほんの少しの違和感だった

 東の方は、断崖絶壁だらけだから、歩いてくる

人間 なんて、ほとんどいない。

 

 俺はまだ、それほど気にしていなかった。  

 

「おい! 誰かいるぞ!」

「どこだ?」

「あそこだ! 基地の東方向!」

 

 仲間たちも一斉にそちらを見る。

 人影は、ゆっくりと近づいてくる。

 朝靄の中から、少しずつ姿が浮かび上がってい

く。

 

「・・・・・・・・・ガキ?」

 

 最初に出てきた言葉は、それだった。

 見た感じ、十五、六歳ほどのガキだ。

 黒い装束を身につけ、ただ一人でこちらへ歩い

ている。

 

「なんだよ・・・・・・・・・あいつ」

 

 さっきまでの眠気は、いつの間にか消えていた

 それでも――この時点では、まだ恐怖なんてな

かった。

 

 不審者。

 

 そう思っただけだ。

 

「ったく、こちとらイライラしてんのによ!なん

 で、ガキがいんだよ」

「どうする?」

「一応、警告するしかねえだろ。それを無視した

 のならば、とっ捕まえるんだよ」

 

 誰かが叫ぶ。

 周辺を警備していた兵士たちが集まり、ガキを

取り囲む。

 

「何事だ!?」

「不審者を発見! 基地へ接近中!」  

 

 武器を構える。

 

 剣士はロングソードを。

 

 槍の使い手はショートランスを。

 

 拳闘士はバグナウを。

 

 いつでも取り押さえられるよう、全員が身構え

俺も剣を抜いた。 

 

「止まれ!」

 

 声を張り上げる。

 

「そこで止まれ!!」

 

 ――止まらない。

 ガキは歩き続ける。

 

「おい! 聞こえてんのか!」

 

 それでも、止まらない。

 ただ静かに、こちらへ近づいてくる。

 その無言の態度に、俺は初めて妙な気味悪さを

覚えた。

 だが、それでも――まだ負ける気はしなかった。

 相手はガキだ。

 武器を持っている様子もない。

 こちらには数がいる。

 

「全員、かかれ!」

「うおおおっ!」

 

 兵士たちが一斉に襲いかかった。

 剣士のロングソードが頭上から振り下ろされ、

槍が正面から突き出される。拳闘士のバグナウが  

脇腹へ迫り、四方の刃と拳が少年へ殺到した。 

 

 ――当たる。

 

 そう確信した瞬間。

 

「――『空蝉』」

 

 ガキの声が、騒音の中を静かに抜けた。

 振り下ろされた剣が、ガキの肩をすり抜ける。

 刃は空を切り、勢いのまま地面を叩いた。

 

「…………え?」

 

 槍も、拳も同じだった。

 突き出された穂先は黒装束を揺らすことなく通

り抜け、拳は幻を殴ったように空を打つ。

 ガキの輪郭が、陽炎のように一瞬揺らいだ。

 

「う、うわっ!」

 

 攻撃した兵士たちが、勢い余って前のめりに倒

れ込む。

 

「な、何だ!?」

「今の見たか!?」

 

 俺は息を呑んだ。

 確かに当たった。

 なのに、血も傷もない。

 ガキは、最初からそこにいなかったかのように

立っている。

 

「・・・・・・嘘だろ」

「魔法・・・・・・なのか?」

「いや・・・・・・でも、あんな魔法・・・・・・」

 

 理解できない。

 俺は剣を握る手に力を込めた。

 ――震えている。  

 

「おい・・・・・・お前、何なんだ・・・・・・・・・?」 

 

 問いかけても、ガキは答えない。

 ただ、こちらを見ている。

 その視線が、妙に冷たく感じられた。

 

「攻撃を止めろ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「いや、まだだ! 囲んで動きを封じろ!」

「どうやってだ!? 触れられないんだぞ!」

「魔法か!? 魔法を使え!」

「バカ! 味方を巻き込む気か!」

 

 怒号が飛び交う。

 だが、誰一人としてガキへ近づこうとはしなか

った。

 

 ガキが進む。

 

 俺たちは後ずさる。

 

 気づけば、ガキを囲んでいたはずの俺たちは、

逃げるように後退していた。 

 

「こいつ・・・・・・人族なのか?」

 

 誰かが呟いた。

 

「し、知らねぇよ・・・・・・・・・」

「でもよ、あれ・・・・・・見たこともない・・・・・・」  

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の背中を、冷たい汗が流れた。

 ――化け物。

 その言葉が、頭に浮かんだ。

 だが、誰も口には出さない。

 口にしてしまえば、本当にそうなってしまう気

がした。

 

「・・・・・・・・・逃げるぞ」

 

 誰かが震える声で言った。

 

「バカ、何言って!?」

「ふざけんな! 命令なんか知るか! 俺は逃

 げる!」

「俺もだ!やってやれるか!」

 

 次々と兵士たちが後退していく。

 だが――。

 

「・・・・・・はっきりと言う」

 

 ガキが足を止めた。

 静かな声だった。

 怒っているわけでもない。

 殺気を放っているわけでもない。

 それなのに――。

 その声を聞いた瞬間、俺の身体が凍りついた。  

 

「アンタたちを逃がすつもりはない・・・・・・『結』」

 

 ガキが指先をわずかに上げる。

 次の瞬間、足元から淡い光の線が走った。

 線は俺たちの間を縫い、瞬く間に四方へ伸びる

 空中で光が折れ、透明な壁となって周囲を閉ざ

した。 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 いつの間にか、俺たちは透明な箱の中に閉じ込

められていた。

 

「なっ・・・・・・!?」

「い、いつの間に!?」

「くそっ! 出せ!」

 

 俺は壁を殴った。

 硬い。

 拳の衝撃だけが鈍く返り、壁はびくともしない

 隣の兵士も剣で斬りつける。

 

 ――キィン!

 

 火花が散り、剣が弾かれた。

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」 

 

 何度叩いても、何度斬っても、壁は傷一つつか

ない。

 周囲から叫び声が上がる。

 

「助けてくれ!」

「誰か! 誰か外にいないのか!?」

「隊長! 隊長はどこだ!?」

「出してくれ!!」

 

 さっきまで戦おうとしていた兵士たちが、今で

は必死に壁を叩いている。

 

 俺も叫んでいた。

 

 喉が痛くなるほど叫んでいた。

 

 ――死ぬ。

 

 今まで戦場で何度も死の危険を感じた。

 だが、これは違う。

 相手が強いとか、負けそうだとか、そういう恐

怖じゃない。

 ――何をしても無駄だ。

 そう理解してしまう恐怖だった。

 ガキがこちらを見る。

 その顔には、怒りも憎しみもない。

 ただ、淡々としていた。

 

「・・・・・・恨むなら、命令を出した上官を恨め」

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 俺は息を呑んだ。

 その言葉の意味を理解した瞬間――。

 初めて、本当の恐怖を感じた。

 

「待て・・・・・・」

 

 声が震える。

 

「おい・・・・・・待ってくれ・・・・・・」

 

 ガキの口が動く。

 

「・・・・・・・・・・・・『滅』」

 

 ――その瞬間。

 

 透明な壁が内側へと瞬時、圧縮した。

 

 そして、基地周辺を警備していた約三千人の兵

士たちは、その場から消滅した。

 

 抵抗する暇もなかった。

 

 逃げることもできなかった。

 

 叫ぶことすら――。

 

 何もできなかった。

 

 その後、基地に残っていた兵士たちも、黒ずく

めの少年によって次々と消えていった。

 

 数時間後。

 

 

 そして――。

 その一部始終を、遠くから監視していた敵軍の

偵察兵たちは目撃していた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・何だ、あれは」

「あ・・・・・・あれだけいた・・・・・・人が・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・消えた?」

 

 誰も答えられない。

 ただ一人の少年の手によって、巨大な軍隊を壊

滅した。

 その事実だけが、瞬く間に敵軍へと伝わってい

く。

 

 そして――。

 

 その日。

 

 敵軍の兵士たちの間に、一つの恐怖が生まれた

 ――あの黒い少年には、絶対に近づくな。

 

 戦うな。

 

 見つけたら、逃げろ。

 

 それが、後に敵軍全体へ広がることになる最

初の命令だった.

 

ーto be continuedー

 

 

 




次回 フィットア難民団
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