異変未満の午後 ~ Tea, Cola, Math and a Little Practice   作:折無堂

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10. 木の葉魔法の感覚的な実験

 その夜、霧雨魔理沙は一人で実験をした。

 アリスとパチュリーは、帰り際に何度も言った。

「結界を張ってから」

「場所を選んでから」

「葉の水分量を測ってから」

「茸と同じつもりで扱わないこと」

「八卦炉の出力を半分以下に落とすこと」

 

 魔理沙は全部に対して、同じように答えた。

「分かってるって」

 そして、だいたい分かっていなかった。

 

 机の上には、茸、木の葉、乾かした茶葉、ミニ八卦炉が並んでいた。最初は木の葉だけでやるつもりだった。だが、ただの葉では面白くない。少し茸の粉を混ぜる。光を受けた葉と、暗がりで育った茸。陽と陰。これをうまく反転させれば、闇の弾幕か、光を吸う魔法が出るはずだった。

「出力は控えめ」

 魔理沙は自分に言い聞かせた。

「感覚でいける。いつも通りだ」

 

 ミニ八卦炉が低く唸った。

 葉が震えた。

 茸の粉が焦げた。

 空気が少し暗くなった。

 

「お」

 魔理沙の目が輝いた。

「来たか?」

 

 次の瞬間、光が消えた。

 いや、消えたように見えた。部屋の灯り、月明かり、魔理沙自身の魔力の感覚まで、一瞬だけ何かに吸われた。

 そして、吸われたものが全部まとめて反発した。

 どかん、と音がした。霧雨魔理沙の家は、半分ほど吹き飛んだ。

 正確には、屋根が飛び、壁が二枚倒れ、机が逆さになり、魔導書が草むらに散った。幸い、魔理沙本人は煤だらけで済んだ。頑丈なのか、運がいいのか、たぶん両方だった。

 魔理沙は瓦礫の中から起き上がった。

 

「……成功だな」

 誰に向けた強がりなのか、自分でも分からなかった。

 

 翌朝、最初に来たのはアリスだった。

 正確には、アリスの人形が先に来て、惨状を確認し、次にアリス本人が来た。

 アリスは吹き飛んだ屋根を見上げ、倒れた壁を見て、煤だらけの魔理沙を見た。

 

「結界は?」

「心の中に張ってた」

「場所は?」

「家」

「出力は?」

「控えめだった」

「結果は?」

「家が広くなった」

 

 アリスは深く息を吸った。

「ほら、だから感覚では限界があるのよ」

「限界じゃない。ちょっと出力が元気だっただけだ」

「家を吹き飛ばす元気を、普通は事故と言うの」

 

 少し遅れて、パチュリーも来た。小悪魔に支えられながら、珍しく外まで出てきている。

 パチュリーは現場を見て、咳を一つした。

 

「予想より派手ね」

「お、パチュリー。見ろ。光を吸うところまでは行ったぜ」

「その後、全部返ってきたのでしょう」

「分かるのか?」

「見れば分かるわ。吸収、圧縮、反発。制御できない反転魔法の典型的な失敗例よ」

「典型的なのか」

「典型的よ。ただ、家ごと吹き飛ばす人は少ないけれど」

 

 アリスが机だったものの残骸を拾い上げた。

「葉は水分が残っていたのね。魔力の通り道が不均一になっている。茸の粉も混ぜた?」

「少しな」

「少しではない量が床に散っているわ」

「床も散ってるから分からないだろ」

「そういう問題ではないの」

 

 魔理沙は帽子の煤を払った。

「でも、悪くなかっただろ。ちゃんと暗くなった」

 

 パチュリーは瓦礫の中から焦げた葉を拾った。

「悪くはないわ。むしろ、発想自体は当たり。だから危ないの」

「当たりならいいじゃないか」

「当たりを引いた時に爆発するから、理論が必要なのよ」

 

 その時、遠くから穏やかな声が聞こえた。

「あらあら、ずいぶん賑やかですね」

 聖白蓮だった。

 

 魔理沙は嫌な予感がした。

「なんで来たんだよ」

「大きな音がしましたので。妖怪退治か、修行か、事故かと思いまして」

「事故ではない」

「では修行ですね」

「そういうことでもない」

 

 白蓮はにこやかに、吹き飛んだ家を眺めた。

「魔理沙さん、以前から思っていましたが、あなたはとても良い素質を持っています」

「その話、長くなるやつだろ」

「長くはしません。ただ、力の扱い方を学べば、もっと遠くへ行けるでしょう」

 

 アリスが小さく頷いた。

「それは本当ね」

 

 パチュリーも続けた。

「感覚は悪くない。むしろ良い。けれど、感覚だけで出力を上げ続けると、いつか家では済まなくなる」

「今のところ家で済んでるぜ」

「それを幸運と言うのよ」

 

 白蓮は魔理沙の前に立った。

「理論派になれ、と言っているのではありません。あなたの良さは、手を動かすこと、試すこと、怖がらないことです。ただ、試す前に少しだけ道筋を知る。それだけで、失敗の形を選べます」

「失敗の形を選ぶ?」

「ええ。爆発する失敗ではなく、光が弱い失敗。家が壊れる失敗ではなく、葉が焦げるだけの失敗。そういうふうに、失敗を小さくできます」

 

 魔理沙は黙った。

 失敗をなくす、ではなく、失敗を小さくする。

 それは少しだけ、魔理沙にも分かる言葉だった。

 

 アリスが言った。

「あなたは理論家になる必要はないわ。でも、自分の魔法を他人に説明できるくらいにはなった方がいい」

 パチュリーが言った。

「説明できない魔法は、再現性が低い。再現性が低い魔法は、強くなりにくい」

 

 魔理沙は少し不満そうに口を尖らせた。

「強くなりにくい、ねえ」

 

 白蓮はそこで、静かに笑った。

「たとえば、霊夢さんよりも?」

 魔理沙の目が動いた。

 アリスが横目で白蓮を見た。

 パチュリーもわずかに眉を上げた。

 白蓮は穏やかな顔のままだった。

 

「あなたが木の葉魔法を制御できるようになれば、光を吸う弾幕、魔力を散らす結界、相手の感覚を一瞬だけ暗くする術も作れるかもしれません。霊夢さんの勘や直感に対して、正面からではなく、場そのものを変える魔法で挑める」

「……霊夢より強くなるかもってことか?」

「可能性はあります」

 

 魔理沙は腕を組んだ。

「でも、理論とか面倒だぜ」

「霊夢さんは、面倒なことをしなくても強いですね」

「よし、やるか」

 

 即答だった。

 アリスは額に手を当てた。

「乗せられやすすぎる」

 

 パチュリーはため息をついた。

「でも、動機としては十分ね」

 

 白蓮はにこにこしている。

「では、まずは基礎から」

「基礎って何だ」

「記録の取り方です」

 

 魔理沙は眉をひそめた。

「記録なら取ってるぜ」

「見ました」

 

 アリスが、机の端に積まれていた古いノートを一冊持ち上げた。

「『いつもの茸。少し乾かす。火は強め。かなり光った』」

「分かりやすいだろ」

「あなたにはね」

 

 パチュリーが言った。

「素材の量、乾燥時間、八卦炉の出力、魔力を通した時間、結果。同じ条件をもう一度作れるように残すの」

 魔理沙は露骨に嫌そうな顔をした。

「そこまで書くのかよ」

「魔法を強くするための準備よ」

 

 アリスが言った。

「人形も設計図なしでは精密に動かないわ」

 パチュリーも言った。

「魔導書は、誰かが失敗と成功を記録したものでもある」

 白蓮が締めた。

「修行も、昨日の自分を覚えていなければ積み上がりません」

 

 魔理沙は瓦礫の中に座り込んだ。

「三人がかりで説教かよ」

「普段の行いね」

「日頃の返却遅延ね」

「良い機会です」

 

 魔理沙はしばらく黙っていたが、やがて帽子をかぶり直した。

「分かったよ。いつものノートじゃ駄目なんだろ」

「駄目とは言っていません」

 白蓮が言った。

「あなたには役に立っています。ただ、今回はもう一歩だけ細かくしましょう」

 アリスが新しい帳面を開いた。

 パチュリーが項目を書き込む。

 

 魔理沙は羽ペンを受け取り、しばらく考えたあと、その下に大きく書いた。

 木の葉魔法実験 一回目

 結果:家が吹き飛んだ。

 原因:たぶん出力。

 感想:暗くなったところは良かった。

 

 アリスが覗き込んだ。

「もう少し具体的に」

「具体的だろ」

「どこがよ」

 

 パチュリーが赤字で書き足した。

 素材:生葉、乾燥不足。茸粉末混入。

 八卦炉出力:本人申告では控えめ。実際は不明。

 結界:なし。

 実験場所:自宅。最悪。

 

「最悪って書くな」

「事実よ」

 

 白蓮は穏やかに言った。

「まずは、壊してもよい場所を探しましょう」

「博麗神社か?」

 

 三人が同時に言った。

「違う」

「違うわ」

「違います」

 

 魔理沙は肩をすくめた。

 面倒なことになった。けれど、悪くはなかった。

 木の葉は闇になるかもしれない。茸は光になる。氷は構造になる。茶葉は中間で揺れる。全部をうまく扱えれば、今までの魔法とは違うものが作れる。

 そして、それで霊夢より強くなれるかもしれない。

 

 魔理沙はにやりと笑った。

「よし。まずは家を直すところからだな」

 

 アリスが冷たく言った。

「それも記録しておきなさい」

「魔法の修行に関係あるか?」

「失敗の費用を知るのも大事よ」

 

 パチュリーがうなずいた。

「費用対効果ね」

 白蓮も微笑んだ。

「生活を整えることも修行です」

 

 魔理沙は天井のない家を見上げた。

 空がよく見えた。

「……やっぱり家が広くなったってことでいいんじゃないか?」

「よくない」

 三人の声が、きれいに揃った。

 

 

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