異変未満の午後 ~ Tea, Cola, Math and a Little Practice   作:折無堂

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4. さすがさびれた神社

 博麗神社の縁側には、なぜか地獄コーラの瓶が並んでいた。

 黒い液体。強い泡。厚手の瓶。河童が「人間にはおすすめしない」と小さく注意書きをつけた、鬼向けの試作品である。

 

 それを、比那名居天子は平然と飲んでいた。

「ん。悪くないわね」

 天子は瓶を軽く振り、泡の上がり方を眺めた。

「天界にはない刺激だわ。桃ばっかり食べてると、こういう下品な味がたまに欲しくなるのよね」

「天人の発言とは思えないぜ」

 魔理沙が呆れたように言った。

 

「私は天人よ。だからこそ、地上の味を評価してあげているの」

「その割には、妙に地上人っぽいわね」

 霊夢がぼそりと言った。

「失礼ね。地上人っぽいんじゃなくて、地上の退屈を理解しているだけよ」

「だいたい同じじゃない」

 

 もう一人、地獄コーラを手にしている者がいた。

 八雲紫である。

 紫は日傘を傾けながら、瓶を優雅に持っていた。外の世界を好き勝手に出歩いているだけあって、コーラそのものには驚かない。むしろ、知っている飲み物を幻想郷風に荒くしたものとして眺めていた。

「香りは悪くないわね。焦がし砂糖に薬草、少し柑橘。河童もなかなかやるじゃない」

 そう言って一口飲む。

 

 次の瞬間、紫はわずかに目を細めた。

「……ただ、ちょっと炭酸がきつすぎるわね」

 天子が小声で言った。

「ほら、おばあちゃん」

 

 紫の目が、すっと天子に向いた。

「何ですって?」

「何でもないわよ」

「今、非常に不愉快な単語が聞こえた気がしたのだけれど」

 

 霊夢は萃香の茶をすすりながら、何の遠慮もなく言った。

「でも、あんたが長生きなのは事実でしょ」

「霊夢まで」

「それに、藍が娘なら、橙が孫のようなものじゃない。ほら、何もおかしくない」

 

 紫はこめかみを押さえた。

「あのね、霊夢。式神は親子関係ではないの」

「藍はともかく、橙は藍のことを親か何かとして見ていないようだけど」

 

 魔理沙が境内の方を見ながら言った。

 紫も、霊夢も、天子も、そちらを見る。

 

 境内では、橙が藍の袖を引っぱっていた。手には小さな花が握られている。

「藍様! 見つけました!」

 

 藍は腰をかがめて、橙の手元を覗き込んだ。

「おお、これはナズナだね。よく見つけたな、橙」

「はい! これであと、ほとけのざだけです!」

「そうだね。橙はえらいな。さすが、さびれた神社だ。すぐ見つかった」

「そうですね! 藍様! さすがさびれた神社です!」

 

 霊夢の湯呑みが、かたりと鳴った。

「あんたらねえ」

 

 藍ははっとした顔で振り向いた。

「い、いえ、霊夢。これはその、植物相が豊かだという意味で」

「さびれたって言ったわよね」

「言葉の綾だ」

「橙も言ったわよね」

 

 橙はにこにこしたまま、境内の端を指さした。

「あ、藍様! あっちにあるの、ほとけのざじゃないですか?」

「本当だ。これで春の七草がそろうな」

「やったあ!」

「聞きなさいよ」

 

 霊夢が唇を尖らせると、天子が瓶を片手に笑った。

「いいじゃない。植物が多いってことでしょ」

「それを寂れてるって言うのよ」

 

 紫はようやく炭酸の刺激から立ち直り、口元を扇で隠した。

「まあ、博麗神社は昔からこういう場所ですもの。今さら少し草花が増えたくらいで、寂れたとは言えないわ」

「それ、慰めてる?」

「歴史的評価よ」

「一番腹立つやつね」

 

 霊夢は縁側に置かれた瓶を見た。

「というか、あんたたち、少しはお金を落としてくれてもいいのよ」

 

 天子は首をかしげた。

「桃のタネはあげたじゃない。天人が好きそうな桃のタネよ。ありがたいでしょ」

「変な石を落とさないで、と言ったら今度は種なの?」

「石じゃないわ。桃よ」

 

 魔理沙が横から言った。

「すぐ枯れたな」

「枯れてないわよ」

 霊夢は即座に反論した。

 

「燐がお世話してくれているわ。まだ枯れていない」

「なんで地霊殿の猫が博麗神社の桃の世話をしてるんだよ」

「知らないわよ。気づいたらやってたのよ。あの子、変なところで面倒見がいいから」

 

 紫が楽しげに目を細めた。

「つまり、神社の植物管理は怨霊を運ぶ猫任せなのね」

「言い方」

 

 天子は瓶の残りを飲み干し、満足そうに息をついた。

「でも、このコーラはいいわね。桃には合わないけど、退屈には合うわ」

「退屈に合う飲み物って何よ」

「刺激があるってことよ」

「天界にも持って帰ればいいじゃない」

「瓶が重いのよ。あと、天界でこれを飲むと、たぶん怒られる」

「じゃあ地上に金を落として飲みなさい」

 

 天子は少し考えてから、袖の中を探った。

「じゃあ、これ」

 

 霊夢の前に置かれたのは、小さな石だった。

 霊夢の目が据わる。

「変な石落とさないで」

「ただの石じゃないわよ。天界の石よ」

「それが一番困るのよ」

 

 魔理沙が石をつまみ上げ、光に透かした。

「面白い石ではあるな」

「あげないわよ」

「要らないのか要るのかどっちなんだ」

 

 紫はくすくす笑いながら、再び地獄コーラを一口飲んだ。今度は少しだけ慎重だった。

「まあ、霊夢。神社が寂れているからこそ、こうして皆が集まるのかもしれないわよ」

「寂れてなかったらもっと集まるわよ」

「そうかしら」

「そうよ」

 

 境内では、橙が七草を抱えて藍に見せていた。

「藍様! 全部そろいました!」

「よくやった、橙。さすがだ」

「はい! さすがさびれた神社です!」

 

 霊夢は額に手を当てた。

「あんたらのせいで余計寂れるのよ」

 

 天子と紫は、ほとんど同時に言った。

「もともとじゃない?」

「もともとでしょう?」

 魔理沙も湯呑みを置いて、平然と続けた。

「もともとだな」

 

 霊夢はしばらく黙っていた。

 それから、萃香の茶を一気に飲み干した。

「……集中力が欲しい巫女にはおすすめ、ね」

「効いてるか?」

 魔理沙が聞く。

 

「ええ」

 霊夢はにっこり笑った。

「今、誰から退治するか、かなり集中して考えてるわ」

 

 その場の全員が、少しだけ背筋を伸ばした。

 地獄コーラの泡だけが、瓶の中で陽気に弾けていた。

 

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