異変未満の午後 ~ Tea, Cola, Math and a Little Practice   作:折無堂

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6. 心を読む程度の能力と運命を操る程度の能力

 紅魔館の応接室は、昼でも薄暗い。

 厚いカーテン。磨かれたテーブル。銀の燭台。壁にはよく分からない古い絵。主の趣味なのか、咲夜の整え方なのか、どちらにせよ客に「ここは普通ではない」と思わせるには十分だった。

 

 その部屋で、レミリア・スカーレットは得意げに笑っていた。

「心を読む、ね」

 

 向かいに座る古明地さとりは、静かに紅茶を口へ運んだ。

「ええ。そういう能力です」

「ふふん。面白いわね。でも、私の能力なら、その程度はどうにでもなるわ」

「運命を操る程度の能力、でしたか」

「そうよ」

 レミリアは胸を張った。

 

「あなたが私の心を読もうとする運命を、私が操ればいい」

 さとりは瞬きをした。

「なるほど」

「分かった?」

「いえ、分かりません」

「そこは分かりなさいよ」

「私の能力は、相手の心に浮かんだことを読むものです。あなたの能力は、運命を操るという説明ですが、作用範囲も手順も結果も曖昧です」

「曖昧じゃないわ。高貴なのよ」

「高貴さは仕様ではありません」

 

 レミリアは少しだけ口を尖らせた。

 さとりはその表情を見て、また紅茶を飲んだ。

 

「今、“こいつ面倒ね”と思いましたね」

「思ってないわ」

「では、“なんだか理屈っぽいわね”」

「それは思った」

「素直で助かります」

 

 レミリアは咳払いした。

「まあいいわ。能力の相性など、余興よ。大事なのは会話ができるかどうか」

「その点では、あなたはとてもやりやすいです」

「当然ね。私は高貴で寛大だから」

「感情が素直なので」

「そこは高貴で寛大だからと言いなさい」

「高貴で寛大な方は、褒め言葉の指定をしません」

 

 レミリアはまた口を尖らせた。

 さとりは少し笑った。

 心が読める者にとって、レミリアは厄介ではなかった。むしろ、分かりやすい。誇り高い。見栄を張る。すぐ機嫌を直す。妹の話になると、さらに分かりやすい。

 

「ところで」

 レミリアがカップを置いた。

「あなたの妹、うちのフランと桃の木を見ていたそうね」

「ええ。お燐から聞きました」

「ふむ。あの子、変なことをしていなかったでしょうね」

「どちらの妹の話ですか?」

「当然、あなたの妹よ」

「こちらとしては、同じ質問をしたいところです」

 二人はしばらく見つめ合った。

 

 レミリアが先に言った。

「フランは少し危なっかしいけれど、根はいい子よ」

「こいしも、少しどこかへ行ってしまいますが、悪い子ではありません」

「フランは壊せるものを壊さないで見ていられるようになったわ」

「こいしは見つけたものを、ちゃんと誰かに見せに来ることがあります」

「フランは日傘を気合でどうにかして外に出たのよ。私より根性があると言っていたわ」

「こいしは桃の木がまだ自分を桃だと知らないと言っていました」

「何それ」

「私にも分かりません」

「でも、少し良いことを言っているような気はするわね」

「ええ。そこが困ります」

 

 最初は、お互いの妹のどこが危なっかしいかという話だった。

 フランドールは力加減が危ない。

 こいしは存在感の加減が危ない。

 フランドールは何かを壊せる。

 こいしは何かに気づかれない。

 どちらも目を離すと困る。

 それなのに、気がつくと話は自慢になっていた。

 

「フランはね、本当はとても賢いのよ。少なくとも、つまらないことはすぐ見抜くわ」

「こいしも、こちらが考えすぎているところを、何も考えずに抜けていくことがあります」

「それは賢いの?」

「賢さではありません。でも、時々こちらの方が間違っている気がします」

「妹というのは、姉の計画を壊すためにいるのかしら」

「おそらく」

「困ったものね」

「ええ」

 

 二人は同時にカップを傾けた。

 しばらくして、レミリアがふと思い出したように言った。

 

「ところで、地霊殿はどうやって収入を得ているの?」

 さとりはカップを置いた。

「急ですね」

「経営者同士の話よ」

「あなたは経営者なのですか?」

「紅魔館の主よ。ほぼ同じことだわ」

「主と経営者は違うと思いますが」

「では、あなたは地霊殿の経営者ではないの?」

 

 さとりは少し考えた。

「管理者、という方が近いでしょうか」

「何の?」

「旧地獄の怨霊、施設、熱、猫、鴉、その他いろいろです」

「それでお金が入るの?」

「お金という形ではないものも多いですね。管理料、通行の便宜、燃料、労務、物品、貸し借り。旧地獄は旧地獄で回っています」

「ずるいわね。地の底に独自経済圏があるのね」

「紅魔館はどうなのでしょうか?」

「……紅魔館は」

 レミリアは堂々と沈黙した。

 さとりは首をかしげた。

 

「今、“咲夜が何とかしている”と思いましたね」

「思ってないわ」

「“パチュリーも何か知っているかもしれない”」

「思ってない」

「“美鈴はたぶん知らない”」

「それは思った」

 

 レミリアは眉間にしわを寄せた。

「紅魔館の収入源が謎だと言われるのは心外ね。名家には資産があるものよ」

「どこに?」

「地下とか」

「地下ならうちの領分ですが」

「湖の権利とか」

「湖の権利をどう収益化しているのですか?」

「霧よ」

「霧で収入は発生しません」

「じゃあ、高貴さ」

「高貴さは通貨ではありません」

 

 レミリアは少しむっとした顔で、紅茶を飲んだ。

「あなた、さっきから仕様だの通貨だの、夢がないわね」

「夢で雇用は維持できません」

「正論を言えばいいと思っているでしょう」

「あなたは今、“この地底の女、意外と現実的ね”と思っています」

「思っているわよ」

「素直で助かります」

 

 レミリアは腕を組んだ。

「でも、そちらだって主人が幼女の館でしょう」

「否定はしませんが、こちらの住民はだいたい自走しています。お燐は働き者ですし、お空はエネルギー関係で重要です。怨霊も、管理さえすれば資源です」

「怨霊を資源と言い切るの、すごいわね」

「紅魔館では妖精メイドを労働力として使っているでしょう」

「妖精は勝手に増えるから」

「今、かなり危ないことを言いましたね」

「コンプライアンスに引っかかる?」

「幻想郷基準ではぎりぎりかもしれません」

「外の世界基準では?」

「かなり危ないです」

 

 レミリアは目をそらした。

「まあ、その辺りは咲夜がうまくやっているわ」

「結局、咲夜さんなのですね」

「咲夜は優秀だから」

「そこは読まなくても分かります」

 さとりは穏やかに言った。

 

「あなたは、咲夜さんを信頼しているのですね」

 レミリアは一瞬だけ黙った。

 

 それから、少しだけ得意げに笑った。

「当然よ。私の従者だもの」

「今、“私の自慢よ”と思いました」

「思ったわ」

「素直で助かります」

「あなたも、お燐やお空を自慢に思っているでしょう」

 

 さとりの表情が、ほんの少し柔らかくなった。

「ええ。手はかかりますが」

「手がかかるものほど、館らしくなるのよ」

「それは同感です」

 

 二人はまた紅茶を飲んだ。

 能力は噛み合っていない。

 運命を操るという曖昧で尊大な力と、心を読むという具体的で逃げ場のない力。レミリアは自分なら何とかできると信じている。さとりはそれを読み、でも訂正しすぎない。会話は噛み合わないようで、なぜか噛み合っている。

 

 しばらくして、レミリアが言った。

「つまり、紅魔館の収入源は謎ではないわ」

「では、何ですか?」

「歴史と格式よ」

「それは収入源ではありません」

「咲夜に聞けば分かるわ」

「やはり謎ですね」

 

 そこへ、咲夜が新しい紅茶を運んできた。

「何のお話を?」

 レミリアは即座に言った。

「紅魔館の財政についてよ」

 咲夜は一切表情を変えなかった。

「問題ございません」

 

 さとりは咲夜を見た。

 読める。

 

 今月の食費は予定内。ワインの仕入れは来週。銀器の補修費は確保済み。妖精メイドへの支給にも問題はない。厨房の在庫はあと五日。次に確認する帳簿は――

 実に整理されている。

 ただし、さとりが知りたい「そもそも何で収入を得ているのか」は、まるで浮かんでこない。

 隠しているわけではない。

 咲夜にとっては、必要なものが足りていて、支払いに問題がなく、館が明日も回る。それで十分らしい。

 これはこれで、別の意味で厄介だった。

 

 レミリアは勝ち誇った顔をした。

「ほら」

「何が、ほら、なのですか」

「問題ないと言ったわ」

「それは説明ではありません」

「でも問題ないのよ」

 

 さとりは少しだけ笑った。

「なるほど。紅魔館は、主の幼女が経営しているのではなく、従者の大人がどうにかしているのですね」

「大人ではなく従者よ」

「地霊殿も似たようなものかもしれません。主人の幼女が仕事をしているというより、周囲がそれぞれの役目を果たしている」

「私たちは象徴?」

「主です」

「その違いは?」

「本人が胸を張れるかどうか、でしょうか」

 

 レミリアは満足そうに笑った。

「なら、私は主ね」

「ええ」

 さとりは静かにうなずいた。

 

「あなたは、とても主らしい」

「ようやく分かってきたじゃない」

「今、“もっと褒めなさい”と思いました」

「思ってないわ」

「思っています」

「……少しだけよ」

 

 さとりは微笑んだ。

 紅魔館の外では、湖の霧がゆっくり流れていた。

 

 地の底の館と、湖畔の館。どちらも主人は幼く見える。どちらも収入源はどこか怪しい。どちらも、周囲の者たちが勝手に働き、勝手に支え、勝手に困らせる。

 そして、どちらの主も、それを当たり前のように受け取っている。

 

 経営者として正しいかは分からない。

 ただ、館の主としては、案外それで合っているのかもしれなかった。

 

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