異変未満の午後 ~ Tea, Cola, Math and a Little Practice 作:折無堂
霧雨魔理沙の家は、相変わらず物が多かった。
本。瓶。箒。茸。用途の分からない金属片。借りたままの魔導書。返す気があるのかないのか曖昧な実験器具。机の上には、半分乾いた薬草と、黒い傘のような茸が並んでいた。
その狭い部屋に、アリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジがいた。
魔理沙は椅子にまたがり、少し居心地悪そうに二人を見ていた。
「で、なんでうちでそんな真面目な顔してるんだよ」
アリスは茸を一つつまみ上げた。
「あなたの魔法について、前から気になっていたことがあるの」
「私の魔法?」
「ええ。あなた、よく茸を使うでしょう」
「使うな」
パチュリーが本を開いたまま、淡々と言った。
「茸は本来、性質としては陰寄りよ。土、湿気、腐敗、分解、夜、閉じた循環。魔法分類で言えば、光よりは闇に近い」
「言い方が悪いぜ。うまい茸もある」
「味の話はしていないわ」
アリスは机の上の茸を並べ替えた。
「それなのに、あなたの魔法はかなり光寄りになる。星、閃光、熱線、レーザー。特にマスタースパーク系は、見た目も性質も明らかに発光型よね」
「まあ、派手な方が強そうだろ」
「強そうではなく、実際に強いのよ」
パチュリーは茸の傘を指で軽く叩いた。
「だから気になる。闇寄りの素材から、なぜ光寄りの出力が出るのか」
魔理沙は腕を組んだ。
「気合いじゃないか?」
「気合いで説明すると、あなたの魔法体系が全部そこで終わるわ」
「それで終わっても困らないぜ」
「私たちが困るの」
「なんでだよ」
アリスは真剣だった。
「魔理沙、あなたは自分の魔法を感覚で組んでいるでしょう」
「悪いか?」
「悪くはないわ。ただ、外から見ると構造が妙なの。普通なら陰性素材を陰性のまま使う。毒、幻覚、隠蔽、腐食、睡眠、そういう方向に伸びる。でもあなたは、それを光に変えている」
パチュリーがつぶやいた。
「位相を反転させているのかもしれない」
魔理沙は顔をしかめた。
「いそう?」
「波の向きよ。陰性の魔力をそのまま増幅するのではなく、反転させて陽性の出力にしている。闇を押し固めて、境界で光を噴かせているようなものね」
「何言ってるか半分くらい分からんが、なんかかっこいいな」
「褒めていないわ」
「いや、今のは褒めてただろ」
アリスは別の茸を手に取った。
「この茸、暗い場所で育ったものでしょう?」
「たぶんな。家の裏で採った」
「こういう素材は、内部に閉じた魔力を持ちやすい。外へ放つというより、溜め込む。あなたはそれを火薬みたいに扱っているんじゃない?」
「火薬なら分かる」
「でも、ただ爆発させているだけではない。爆発なら火属性に寄るはず。でもあなたの弾幕は星になる。光の筋になる。方向性がある」
パチュリーは本の余白にさらさらと図を書いた。
「陰性素材を圧縮する。閉じた魔力を一点に寄せる。限界まで閉じ込める。そこで魔理沙が外向きの魔力を叩き込む。すると、反発として光が出る」
「つまり?」
「闇を直接光に変えているというより、闇の閉じる性質を利用して、光を細く強く押し出している」
魔理沙は黙った。
分かるような気もした。
自分ではそんなふうに考えていない。いい茸を見つける。乾かす。刻む。混ぜる。火を通す。魔力を通す。試す。爆ぜる。光る。失敗する。もう一回やる。そういう積み重ねだ。
けれど、二人が言っていることは、まったく見当外れでもなかった。
だから余計に、少しむずむずした。
「人のやり方を勝手に解析されるのって、変な気分だな」
アリスはちらりと魔理沙を見た。
「普段、私の家の魔導書や人形を勝手に触っている人が言う?」
「私は触ってるだけだぜ」
「それを世間では荒らすと言うの」
パチュリーも静かに言った。
「紅魔館の図書館から本を持っていく人に、解析されたくないと言われるとは思わなかったわ」
「借りてるんだ」
「返却を前提とするものを借用と言うのよ」
「いつか返す」
「死後?」
「私は長生きする予定だ」
アリスはため息をつき、茸の横に木の葉を置いた。
「仮に、同じ処理を木の葉でやったらどうなるのかしら」
「葉?」
「茸が陰性素材で、それを反転させると光になる。なら、木の葉みたいに日を受けて育った陽寄りの素材を同じように反転させたら、闇魔法になるのかしら」
パチュリーは少し考え込んだ。
「あり得るわね。葉は光合成の器官。光を受け、変換し、蓄積する。陽性の履歴を持つ素材。それを魔理沙式に圧縮して反転すれば、光を吸う弾幕になるかもしれない」
「光を吸う弾幕?」
魔理沙の目が少し輝いた。
「それ、かっこいいな」
「ほら、興味を持った」
アリスが呆れたように言った。
「実用化できるかな」
「できても危ないわよ。あなたの魔法は出力が大きすぎるもの。光を吸う弾幕なんて、周囲の視界や魔力感覚を壊すかもしれない」
パチュリーは咳を一つした。
「それに、葉で同じことをするなら、水分と揮発成分の管理が難しい。茸は乾燥させると扱いやすいけれど、葉は乾かしすぎると魔力の流れが切れる。生葉では不安定。発酵させれば別の性質になる」
「茶葉みたいだな」
「萃香の茶を魔法素材に使わないで」
アリスが即座に言った。
「まだ何も言ってないぜ」
「言いそうだった」
「言いそうではあったわね」
パチュリーまで同意した。
魔理沙は不満そうに口を尖らせた。
「しかし、緑茶で闇魔法、紅茶で何が出るかは気になるだろ」
「気になるけれど、試す場所は選びなさい」
「博麗神社とか」
「やめなさい」
「霊夢なら避ける」
「神社は避けないでしょう」
アリスは木の葉と茸を見比べた。
「でも、素材の履歴を反転させるという発想は面白いわね。茸は暗さを食べて、魔理沙の魔力で光になる。葉は光を食べて、同じ処理で闇になるかもしれない」
「人形にも応用できる?」
パチュリーが聞いた。
アリスは少し目を細めた。
「人形はまた別。あれは素材というより構造と操作系の問題だから。ただ、蓄積した性質を反転させるという意味では、使えなくもないかもしれないわ」
「人形が闇を出すのか?」
「出さないわよ。出すとしても、もっと上品に出す」
「闇に上品も何もあるか?」
「あるわ」
「あるわね」
パチュリーが同意した。
「闇は雑に広げるとただの暗がりだけれど、精密に扱えば遮断、保護、隠蔽、保存になる。光より繊細な場合もある」
「へえ」
魔理沙は机に肘をついた。
「闇って、もっとパチュリーっぽいと思ってたけどな」
「私は属性全般を扱うわ。闇だけではない」
「でも暗い図書館にいるし」
「環境と属性適性を混同しないで」
「キノコの話をしている魔理沙がそれを言うのは、少し説得力がないわね」
アリスが言うと、魔理沙は肩をすくめた。
「私は茸と仲良くしてるだけだ」
「仲良くした結果、光線を撃っている」
「いい関係だろ」
パチュリーは魔理沙のミニ八卦炉を見た。
「結局、鍵は八卦炉かもしれないわね」
「これか?」
魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出した。
アリスとパチュリーの視線が同時に集まる。
「茸の陰性素材を、そのまま光へ反転させるには変換器が必要。あなた自身の魔力だけでなく、その八卦炉が位相変換を安定させている可能性がある」
「つまり、私がすごいんじゃなくて八卦炉がすごいってことか?」
「両方でしょう」
アリスが言った。
「道具だけなら、誰でも同じ魔法が撃てるはず。でもそうはならない。あなたの雑なようで妙に外さない感覚と、八卦炉の変換性能と、茸素材の蓄積性が合っている」
「雑は余計だ」
「雑ではあるわ」
「雑ね」
二人に言われ、魔理沙は反論を諦めた。
普段なら、ここで何かしら言い返している。だが今日は、自分の家で、自分の机の上で、自分の魔法が分解されている。しかも、言っていることがそれなりに当たっている。
何も言えない。
普段、自分が二人の領域にどれだけ土足で踏み込んでいるかを思うと、さらに何も言えない。
「……まあ、続けろよ」
魔理沙は少しだけぶっきらぼうに言った。
アリスは小さく笑った。
「嫌ではないのね」
「嫌ではある」
「どっち?」
「微妙なんだよ。勝手に中身を覗かれてるみたいで嫌だけど、私の魔法がちゃんと理屈で説明できるかもしれないのは、悪くない」
パチュリーは静かにうなずいた。
「魔法は感覚だけでも使える。でも、理屈にすると他の形へ伸ばせる」
「伸ばすと、もっと強くなるか?」
「強くなることもあるし、危なくなることもある」
「だいたい同じだな」
「違うわ」
アリスは机の上に、茸、木の葉、茶葉を順に並べた。
「では仮説。茸は陰性素材。魔理沙式処理で光へ。木の葉は陽性素材。同じ処理で闇へ。茶葉は加工状態によって中間。緑茶は比較的陽寄り、紅茶は発酵で少し陰に寄る」
魔理沙は少し考えた。
「それってさ。茸を使う奴なら、みんな私みたいに光るのか?」
パチュリーは首を横に振った。
「そこまでは分からないわ」
「分からないのかよ」
「今見ているのは、あなたの魔法よ。茸そのものの性質と、八卦炉と、あなたの魔力の使い方。そのどこまでが一般化できるかは、まだ分けられていない」
アリスも頷いた。
「同じ茸を私が使って、同じ結果になる保証はないわね」
魔理沙は一瞬黙った。
それから、にやりと笑った。
「なんだ。じゃあ私が特別なのか」
「どうしてそうなるのよ」
「同じ茸でも私だから星になるんだろ?」
「そうとは言っていないわ」
「でも否定もできない」
「……できないけれど」
魔理沙は満足そうに腕を組んだ。
「よし。重要な研究成果だな」
「未確認事項よ」
「似たようなもんだ」
「全然違うわ」
パチュリーはため息をついた。
「だから、素材を変えて確かめるの。茸だけの性質なのか、あなたの処理がそうしているのか」
魔理沙の目が机の上へ移った。
「じゃあ、茶葉だと?」
アリスが指で順に示した。
「仮説通りなら、緑茶で薄い闇。紅茶で柔らかい光、あるいは幻惑」
「ますます試したいぜ」
「やるなら結界を張ってから」
パチュリーが即座に言った。
「できれば紅魔館ではやらないで」
アリスも続けた。
「私の家でもやらないで」
「じゃあ、どこでやるんだよ」
二人は少し考えた。
そして同時に言った。
「博麗神社」
「博麗神社ね」
魔理沙は笑った。
「結局そうなるのか」
その瞬間、遠くからくしゃみが聞こえた気がした。
霊夢かもしれない。
気のせいかもしれない。
魔理沙はミニ八卦炉を手の中で転がした。
「でもさ」
「何?」
「何か、自分の魔法が私より先に分かられていくの、ちょっと悔しいな」
パチュリーは本を閉じた。
「なら、自分でも考えなさい」
アリスも頷いた。
「あなたの魔法でしょう」
魔理沙は少し黙ったあと、にやりと笑った。
「じゃあ、考えるか。茸が闇で、光になる。葉っぱが光で、闇になる。なら、氷はどうなる?」
「チルノを巻き込む気?」
「最近、数論で忙しいらしいけどな」
パチュリーが眉をひそめた。
「氷は固定、保存、結晶、相転移。光や闇より、構造の魔法になるかもしれない」
アリスがつぶやいた。
「形を保つ魔法。人形には向いているかも」
「ほら、面白くなってきただろ」
魔理沙は立ち上がり、机の上の茸を一つ手に取った。
さっきまで微妙な気分だったのに、もう次の実験のことを考えている。
解析されるのは、少し嫌だ。
でも、解析された先に新しい魔法があるなら、話は別だった。
「よし」
魔理沙は笑った。
「まずは木の葉で闇魔法だな」
「結界を張ってから」
「場所を選んでから」
「分かってるって」
アリスとパチュリーは、ほとんど同時にため息をついた。
分かっていない。
たぶん分かっていないが、魔理沙の魔法は、いつもそういうところから光り出すのだった。