「ほとんどないね! 正月に愛する家族と人生ゲームをするくらいかな」
トレセン学園の体育館。普段はウマ娘たちが己の身体を鍛え上げるトレーニングに使われるこの場所も、今日はまるでカジノのように、頭脳ゲームが支配する空間となっていた。
「……だというのに、この大舞台でその自信。素直に尊敬しますよ」
「鏡に映るボクがいついかなる時も美しいように……ボクはどんな勝負をしていても美しいからね!」
ルーラーシップがファン感謝祭で開いた派手なボードゲーム会場に、世紀末覇王ことテイエムオペラオーが飛び入りでやってきた。
レース史に残る世紀末覇王の登場に、ルーラーシップ本人が相手をすることになり、ギャラリーも自分の試合そっちのけで観戦し始めたというわけだ。
「なるほどね……しかしオペラオーさん。ゲームの世界には、こんな言葉があるんですよ」
愛弟子の受け売りですがね、とルーラーシップはチラリとギャラリーの一人を見ながら言った。
「鏡の中に――君を助ける答えはない」
「で、負けたと」
「そうなんだよぉ……めちゃめちゃカッコつけたのにぃ……」
ルーラーシップのボードゲーム部屋で、トレーナーが得意のゲームで負けてべこべこに凹んだ彼女を慰めている。
「でも! お二人の勝負はまさに激戦でした!」
ルーラーシップを慰めるのは昔はトレーナー一人でやっていたが、今は彼女の一番弟子とも呼べる漫画家ウマ娘、キセキも一緒だった。
「冷静な戦略をもって堅実に、そして大胆にゲームを進めるルーラーシップさん! それを異常な読みの精度で徐々に逆転するオペラオーさん! トレセン学園であんな頭脳戦が見られるなんて……」
「ルーラーシップの戦略に、読みでついてきたのか?」
ルーラーシップは負けたときの凹みっぷりこそ凄まじいが、ゲームやレースに関しては天性の戦略家だ。
いくら世紀末覇王と呼ばれるウマ娘でも、ルーラーシップにゲームの読みで勝つのは不可能に近いはずだ。
「ああ……話せば長くなるんだがな……」
「そんなトレーナーさんのために、あの激戦をラフ画ですが漫画にしました! どうぞお読みください!」
「その勝負って、今日の午前中だよな……?」
十ページ以上ある冊子を渡され、困惑しながらもとりあえず読み始める。
そこには、ラフでもオペラオーとルーラーシップの区別がつくくらいの絵で、激戦の様子が描かれていた。
『クッ……さすがオペラオーさん。俺の戦略をここまで読んでくるとはね……』
『フフフ……覇王の目には全てが見えているのさ』
ルーラーシップとオペラオーが遊んだのは、じゃんけんをモチーフにしたカードゲームのようだった。
ただの運ゲーにならないように、ゲーム開始時と一定間隔で各手に掛け金の倍率を設定し、お互いどの手で勝つと最大の利益を得られるかを読み合う――という趣旨らしい。
そして、一定の点数に先に到達した方が勝ち。
要するに、じゃんけんで勝つと手に応じた歩数進める、あのゲームのカード版だ。
初期手札はグー・チョキ・パーを二枚ずつ持つため、どこかで点数がつきやすくなっている。
『しかし、そろそろ終幕といこう。ボクはこの手で勝負だ』
序盤はルーラーシップが得意の戦略で優位に進めたが、オペラオーが徐々にルーラーシップの手を読みきって逆転を始め、最終的にほぼ互角。いよいよ決着の一手というところまで来たようだ。
(……どうする、オペラオーさんの読みは異常だ。俺の戦略は、既に見きられている……?)
焦るルーラーシップ。
しかしオペラオーは、すでに自分のカードを出していた。
ならば自分がオペラオーの手を読みきれば勝てる道理だ。
(何かないか……オペラオーの手を確実に読みきる手は……!)
しかし、そこでルーラーシップは気づいてしまった。
オペラオーの愛用する手鏡。勝負の前にも掲げていたそれに――オペラオーの手札が映り込んでしまっていることに。
(僥倖ッ……! ピーピングでの勝利など本来ご法度だが、これはオペラオーさんの自爆。この情報を見てプレイしても、俺に咎はない!)
何より、ルーラーシップは負けるわけにはいかなかった。
この感謝祭には自分のファンだけでなく、三年間を走りきって得たルーラーシップに憧れ、その戦略を教えられた弟子たちも大勢いる。
(例えアナタのような覇王が相手だとしても、確固たる戦略をもってすれば勝利できる……それをアイツらに教えてやりたいんです。恨まないでくださいよ、オペラオーさん)
ルーラーシップは、オペラオーの手札にないカード――つまり、すでに出された手に勝てる手を出す。
それを見て、オペラオーは不敵に笑った。
『さぁ、運命のカードは出揃った! 泣いても笑ってもこれで終幕だ!』
『ええ……悪いが、勝たせてもらいますよ』
お互いが自分のカードを捲る。
その結果は――ルーラーシップがグーで、オペラオーがパーだった。
『え……な……バカなっ!!』
ルーラーシップは、オペラオーの手札を覗き、確実に勝てる手を出したはずだった。
キセキの漫画だからか、まるでピカソの抽象画のようにルーラーシップがすごい顔になっている。
『そんな……そんなはずがない! オペラオーさんの手は……その手札にないチョキだったはずなんだ!』
ルーラーシップが驚愕のあまりにオペラオーの手札を指差す。
すると、オペラオーは手札を公開した。
そこには、確かにグーが二枚にパーも二枚。そして、オペラオーが出したのもパーだった。
『このゲームのルールは、各ラウンドごとにグー・チョキ・パーを二回ずつ出すこと……つまり』
オペラオーは、隣のテーブルにある同じゲームから、パーのカードを持ってくる。
『自分の手札には偽物の手札を何枚持っていてもルール違反にはならない。本来どこにも影響はないからね。手札を覗かれでもしない限りは』
『ま……まさかっ!?』
『そう、ボクはわざと鏡に手札を映したんだよ。君の複雑で優れた戦略ではなく、単純な答えに誘導するためにね』
『たった一度……ここぞというときに俺を嵌めるためだけに、手鏡を用意したとでも言うのか!?』
震えるルーラーシップ。
しかしオペラオーは肩をすくめて言う。
『ボクが鏡を持つのは、ボクの美しさをいつでも確認するためさ。しかし……ボクに君の戦略を読むことはできなかった。君のポーカーフェイスも大したものだよ』
『何……? しかし、途中から俺の手を見きっていたのは……』
そこでオペラオーは、自分を映す手鏡をルーラーシップの方に向けた。
そこには、顔面蒼白のルーラーシップと。
彼女を慕う、キセキ含めたたくさんのウマ娘たちの不安げな顔が映っている。
それを見て、ルーラーシップはオペラオーの驚異的な読みの正体を理解した。
『あ、ああああっ! まさかっ!』
『ここには君を慕い、君の勝利を望むウマ娘が大勢いる。彼女たちの顔を見れば、君の手を読むのは容易かったよ』
観客の、ルーラーシップを慕うウマ娘たちがどよめく。
『とはいえ、最後の大勝負となれば君も戦略を切り替えてしまうかもしれない。だからこそ君の手をボクでも読める確実なものにする必要があった』
だからこそ、オペラオーは手鏡に自分の手を映した。
その結果、ルーラーシップは自分の戦略を放棄して、相手の手札を覗いたこと前提の手を出してしまった。
『君は彼女たちのために戦略的に、そして確実に勝とうとしたようだけど。ボクに勝つには、背負った荷物が重すぎたね』
ルーラーシップの教え子たちは、自分たちのせいでルーラーシップが負けてしまったことにショックを受けざるを得なかった。ぽろぽろと泣くウマ娘までいる。
オペラオーは立ち上がり、この勝負に幕を引く最後の言葉を告げた。
『君の愛弟子が言ったとおりだと、君が言った通り──鏡の中に、君を助ける答えはない』
劇的な勝利宣言を突きつけられるルーラーシップ。
トレーナーは、さぞかしその場で落ち込んだと思ったが――漫画の中のルーラーシップは、毅然と笑っていた。
『オペラオーさん……見事です。今日は俺の完敗だ。でも、ひとつだけ間違っていることがありますよ』
『……へえ、何がだい?』
オペラオーの問いに、ルーラーシップは自分の教え子たちに振り返って言った。
『今日俺が負けたのは、こいつらのせいじゃない。アナタという規格外の大ボスに勝つための戦略が用意できていなかった。そしてまんまと策に嵌められた俺の弱さです』
『それで? だったらどうするんだい?』
まるで悪役のように、オペラオーは不敵な笑みを浮かべる。
ルーラーシップは、汗をかきながらもしっかりとオペラオーの目を見て言った。
『俺の教え子たちを重荷と言われちゃ言われちゃ引き下がれません。今度はレースで……アナタに勝つための俺の戦略をお見せしますよ、前時代の覇王さん』
『フフフ……良いだろう! その時を楽しみに待とうじゃないか! ハーハッハッハ!!』
そしてオペラオーは、高笑いを浮かべて勝者として去っていったところで、漫画は終わった。
思ったよりカロリーの高い話に、漫画を読んでいただけのトレーナーすらため息をついてしまう。
「ルーラーシップ……頑張ったんだな、あの世紀末覇王相手に……というかオペラオーこわいな……」
「そうなんだよぉ……アイツ、オルフェーヴルサンとは別ベクトルで怖い……冷静に考えてなんでギャラリーの反応だけで俺の手がわかるんだよ……チートじゃん……戦いたくないよぉ……」
オペラオーとの激戦を思い出して震えるルーラーシップの背中を、撫でてやる。
それでも、ルーラーシップはレースでオペラオーに宣戦布告してしまった。
「オペラオーさんは、とんでもない覇王……まさにラスボスの風格です。憧れて走りを真似ることにすら、凄まじい執念と才能がいるくらいの」
ある意味、ルーラーシップの誰にでも使えて応用が利く戦略とは真逆かもしれない。
「実際、あの勝負を見てもルーラーシップさんからオペラオーさんに鞍替えするようなウマ娘はいませんでした。もちろん、わたしもです!」
キセキが、鼓舞するように自分の胸をどんと叩く。
「オペラオーさんとのレース……自分でよければ、走りも頭も貸します!」
「もちろん、俺もトレーナーとして全力を尽くすさ。オペラオーをレースで倒す戦略、用意しよう」
全盛期は過ぎているとはいえ、オペラオーは間違いなく超強敵だ。
だがルーラーシップには、それでも勝てるかもしれないと思わせられる浪漫と、それを現実にする戦略がある。
「お前たち……ああ、そうだな。ひとまず明日でイベントは終わり。それが終わったら覇王退治のセッションを始めよう」
ボードゲームイベントは明日もある。
ルーラーシップの機嫌も治り、トレーナーとしても一安心したのだが――
「やぁルラシ君! 昨日は友達も連れてきたよ!」
翌日も、オペラオーは何事もなかったかのようにやってきた。しかも友達を3人も連れて。
「誰が友達だマヌケ。オレはオメーとコイツが走るっていうからデータ取りに来たんだぞ」
「大人気のルラシさんにボドゲで勝てば、もっーとカレンを見てくれる人が増えると聞いて、アヤベさんの代わりにやってきました!」
「この破壊神が、お前のタクティクスをも破壊してやろう……完膚なきまで!!」
エアシャカールにカレンチャンにタニノギムレット。絶対一筋縄では行かない面々を三人も連れてこられて、ルーラーシップは昨日とは違う意味で震えた。
「なんだろう、無理ゲーのボスラッシュやめてもらっても良いですか! せめて一人ずつ来てくれ!」
そんなルーラーシップ魂の叫びが、木霊したのだった。
ウマ娘とジャンケットバンクに出てくるオレンジショートヘアで一人称ボクでノリが軽いわりにむやみやたらと強くて鏡を使うキャラ好き。キセキがいると漫画的表現を自然な流れで組み込めて助かる。