第三艦隊の大型艦や中型艦は順次スノードームに向けて出発しているが、ルドラの方は木星圏から持ってきた機材の積み下ろしとケレスからの仕入れを続けている。
Sゲートの駐機料は360ドルのままだ。もうゲートの周りのスペースは捌けてきているのに、腰の重いRSDはまだ値下げをしてくれないらしい。
普段は足を踏み入れることのない展望台。貨客・VIP向けのWゲートには、半球ガラス張りの展望ラウンジなんてものが付いていたらしい。
バーカウンターには白いスーツの男女が腰掛け、その向こうではどこぞの社章のオーバーオールを着た3人が手持ち無沙汰にしている。
マユルは円テーブルに着いて、他のベテランサルベージャーたちと談笑している。
今日は、ハリシュが引退する日なのだ。
「それで、第三艦隊のエンジニアをやりつつ月面行きと。うまく潜り込んだもんだ。」
「ビザの問題さえなんとかできれば意外に通るもんだぞ?それに重力も言うほど強くはなかったしな。」
「行ったことあるのか?」
「いや、B3のジムで体験ができるんだ。」
「良いじゃないですか、大儲けして気持ちよく引退。私もあやかりたいです。」
「おっ。そろそろらしいぞ。」
クレーターの反対側、Sゲートの方に目をやると、薄紫色に塗られた採掘船、「ソリッドヴェノム号」が宇宙へ上がっていくのが見えた。
それを見ながら皆で乾杯。マユルはまだお酒を飲めないので炭酸水だ。
ハリシュのために乾杯したあと、マユルは視界に小さくプルメリアを映し、もう一度乾杯をした。
「そして私の大儲けに、乾杯。」
前回のサルベージの収益は、締めて77,100ドルだった。
第三艦隊景気のおかげか、ワーカードローンも超伝導コイルもすぐに買い手が付いた。
むしろ、
マユルは部品屋ではない。サルベージャーだ。それに、もたもたしていたら送別会に遅れてしまう。
タイム・イズ・マネー。この会が終わったら、早速次のスクラップを探すとしよう。
『小型戦闘艇 (船名登録なし) SDI 1.5ヶ月前にエンフォーサーにより撃破 距離7万2千km 押収番号CER-2164-0271』 4,900ドル。
海賊船である。エンフォーサーが撃ち落とした船は、RSDが押収してそのままサルベージ権マーケットに載せる。
保険会社を通さない直接取引になるというだけで、扱いは通常のスクラップと同じだ。
撃破時の詳報も残っていて、この前の海賊大量襲撃のときにケレス近傍で輸送船を襲撃。その翌日に離脱しようとしたが、エンフォーサーたちはケレス外縁部でゴールドクレスト号をやった海賊船を探し回っていた。あえなく発見され、逃げ切れずに10.2cmレールガンで撃ち抜かれたらしい。時間的にはマユルがサルベージに出発したそのさらに後ということになる。けっこうな勢いで吹き飛んだそうだが、奇跡的にどこかのアステロイドに衝突した?らしく、ケレスの方向に漂流してきているのを第三艦隊のレーダーでたまたま発見された、そうだ。
光学写真の精度も低く、現在の状況はわからないので品質D判定とされているが、案外お宝が眠っているのはこういうやつだ。
「なんせ鋼鉄装甲だからねー。」
『「ヴァンブレイス」船殻と思われます。』
ハードタックの4倍以上の重量を持つ、ガチガチに戦闘艦向けのやつだ。エンフォーサーのコラ級に使われているのもこの分厚い複合装甲材で、レールガンはともかく徹甲性を持たないミサイルならかなり被害を抑えてくれる、らしい。理想を言えばコンソールが無事だと良いのだが。
ただし、カーボンと比べてレーダー反射断面積が非常に大きいという欠点がある。ステルス塗装をしておかないと、レーダーで見つかりやすいのだ。というか、RSDはレーダーの映り方から鋼鉄製と断定したわけだ。船体の重さから加速も遅くなるので、一度見つかればもうおしまい、なのだ。
こういう船は小型の戦闘艦として数を揃えて正面戦闘をやらせるなら悪くないが、2ヶ月前のような機動ありきの襲撃には向かなかったのではなかろうか。
あるいは、見つかって撃破されるところまで含めての囮だったのかもしれない。もしそうなら、海賊「ファントム・ダディー」とやらも酷なことをする。
片道28時間。レーザー給電が使えないので、節約気味の航行になった。
スラスターを向けて速度と回転を合わせながら接近していく。遠目に見えるスクラップは、思ったよりもきれいに壊れていた。
こいつと戦ったエンフォーサーは腕が良かったらしい。後部の推進系と前部のレールガンの砲身を正確に潰していて、あとは形を保っている。
砲身の下に空いた大穴を潜るように船内に入ると、レールガンの弾薬供給機が目に入った。砲より頑丈にできている部品だからか、なんと無傷。中古で18,000ドル前後。とはいえ武器部品なので、売るには届出が要るし買う側にも免許が要るものだ。
それから、船内に入ってまず目指したのはコンソールである。
前面の筐体は割れていたが、計算機が入っている本体は無事なように見える。これはもしかしてもしかするか?
「いよーし!お宝発見!」
ネジ止めを外して本体ごと引っ張り出す。それからテスターを取り出して、中のパーツを1枚ずつチェックしていく。
「頼む、頼むよー…!」
レールガンで撃たれ、アステロイドに衝突し、で中のパーツはぐらんぐらんと衝撃を受けているはずだ。それでも動くやつがあれば、数千ドル数万ドル単位の収益になる。
……断腸の思いながら、一番高価なAPUは壊れているようだ。持って帰りはするが、ケレスでの修復は困難だろう。記憶素子もへし折れてしまっていた。とても悲しい。
メモリは無事だった。これだけでサルベージ権代を賄ってお釣りが来るだろう。現代の宇宙船を動かせるような性能のメモリにはハフニウムなど希少な素材が必要なため、地球でしか製造できないのだ。
それから、砲と喋るための
損壊したディスプレイも持って帰ろう。部品取り用途で売れる。
撃ち抜かれたスラスターも大穴が空いており、売れそうにない。しかし推進剤の氷は残っていたので、回収してファイブスター号のタンクに入れることにした。念のため、変な混ざりものがないかだけ確認しておく。
あとはライフサポート系もダメになっていたが、ハッチは無事だったので筒の中に放り込んだ。
最後に、船体そのものを解体していく。鋼鉄の壁を持って帰れば、鉄鉱石を掘るよりよほど効率が良い。
超音波カッターは鉄を切れないことはないが、カーボンの3倍以上の時間がかかるし、当て方を間違えると刃が焼ける。予備の刃を2本使い切って、3本目の途中で最後の1枚が外れた。
重さは締めて5.2トン。1トン1,800ドル前後で捌けるはずだから、9,000ドル強といったところだ。
結局3日もかかってしまったが、木星向けの金属需要は当分続く。筒に詰め込んで、全部持って帰るとしよう。それに、もう1つ高価な品が残っていた。
砲塔の根元に、鋼鉄の複合装甲に覆われるようにして直径30cmほどの球が付いていた。ジンバル付きの測距センサーヘッド。ハロルドウェンソン製。動いているものを毎秒何十回も測って、位置と速度を吐き続けるためだけの精密機械である。
外装に焦げはあるが、EVASの指で押すとジンバルは滑らかに回った。
「これ、自分で使っても良いかな。」
これこそ動体視力。回転しているスクラップに寄せて止まるための目として使える。ネットに包んで、生活区画の壁に固定しておいた。
鋼鉄装甲で質量が倍以上に増えたので、帰りの航程は30時間である。
出航して6時間、慣性航行で小説を読んでいると、後方警戒のアラートが鳴った。
点が1つ。距離2,400km、相対速度は上がり続けている。トランスポンダーは出ていない。
EVASのジェネリックAIに照会をかけても、表示されている以上の情報はなかった。
「……海賊か。」
全身に冷や汗が吹き出る。ケレスからこんなに離れた位置で海賊に捕まったら、まず生きては帰れまい。
マルシオ・ヤネズの顔が、一瞬だけ瞼の裏に浮かんだ。
だから、すぐには諦めなかった。
プルメリアに手伝ってもらって、海賊に遭遇した際のケース訓練は何度も何度もやっている。
まず光信号を出した。それからEVASに手を伸ばす。
レーザーを相手の船影に向けて、短く点滅させる。救難信号で全方位に電波を撒けば、エンフォーサーの到着を警戒して「雑に」仕事をしかねない。マユルとしては、できるだけ「穏便に」済ませたい。できれば逃げ切りたい。
「これで満足してくれれば良いんだけど。」
EVASを着込んだら、ハッチを開けて「筒」に出る。後ろで空気ポンプが作動する音が聴こえた。
回収した5.2トンの鋼鉄の束を、ワイヤーフックの磁着を解いて、外に押し出した。相対速度を付けないよう、そっと。
降伏の意思表示であると同時に、単純に軽くなる。船体と積荷で9トン近かったものが一気に4トンを切って、同じ推力で加速度が倍以上になる。
投棄した束の座標と速度ベクトルは記録した。無事に帰れたら取りに来ればいい。
返事はない。マユルは加速に備えてEVASの耐圧機能を作動させ、ギアを端まで動かして比推力を最低設定にした。スロットルを全開にしてイオンスラスターを点火すると、グンッとシートに押し付けられるように強烈なGがかかった。
スラスターからバカみたいな量の推進剤を吹き出しながら加速していく。これでどうだ?しかし点は依然として近づいてきている。向こうのほうが加速性能は上だ。
そしてコンソールに接続要求が立ち上がった。
アイコンは、眼帯を付けたクマのぬいぐるみ。凶悪そうな笑みを浮かべている。
『もしもーし。ファイブスター号のマユルさーん?』
明るい声だった。ただし人の声ではない。息継ぎの位置に息が入っていない。
『エンジンを止めなさーい。そして通行税を払いなさーい。』
相手の方が加速度がかかっているはずなのに、ずいぶんと余裕がありそうな声音に聴こえる。
マユルは歯を食いしばると、スロットルを落とし、そしていったんスラスターの火を落とした。
交渉ができる相手のようだ。いったん冷静になろう。
というか、このまま加速合戦をしていたら減速用の推進剤まで使い切ってしまう。
「そちらに流れている鋼鉄装甲パネルはいかがでしょうか。5.2トンぶんあります。」
『いらないなー。』
「……ご満足いただけませんか?」
『だって重いんだもん。あたし加速が命なんだよ? 5.2トンも積んじゃったらフツーの海賊並になっちゃうじゃん』
向こうも加速を止めたようだ。光学映像には、さっきの小型戦闘艇がまるごと入りそうなほどの大きさのレイダー船が映っている。
サイズからしておそらく核融合炉搭載型。それに真っ黒な外見。こいつはしっかりステルス塗装をしているらしい。
「あたしはねぇ。フツーじゃないんだ。」
言葉とともに、レイダー船の腹が開いた。
開いた口が、船の長さの5分の1ほどもある。戦闘ポッドを出すつもりか。
海賊が戦闘ポッドを好むのには理由がある。獲物をきれいな形のまま止められるからだ。
砲で撃てば当たりどころで積荷ごと吹き飛ぶし、パーツの類も売り物にならなくなる。ポッドなら船体に取り付いて、ブレードかカッターで好きな場所を開けられる。高価なパーツを壊さず持っていける。
2mから3m、ワーカードローンとそう変わらない大きさとAI性能だが、武装を積んでいる点が大きく異なる。
しかしレイダー船から出てきたモノは、違った。
全高12m。長いマニピュレーターが2本、可動推進機が2本。胴体の上には頭に当たる部分まで付いている。全体が艶のない黒で塗られていて、光をほとんど返さない。
まるで人間みたいな形。さながら、巨大なロボットだった。ファイブスター号の長辺と、ほとんど同じ高さがある。
その「右腕」のマニピュレーターが、機体の背丈ほどもあるブレードを提げていた。
レイダー船はただの運び手。アイツの主力は、この機体だ。
『まー、大人しくしてれば悪いようにはしないよ。ね、マユルさん。』
「自己紹介しましたっけ。」
『トランスポンダー出てるからさ、船籍番号で引いたの。名前で呼んだほうが話が早いでしょ』
話が早い? ……ああそうか。ここで逃げてもマークしているぞ、ということか。マユルは一拍遅れて気がついた。
ここで「通行税」を払わなければ、また襲ってやる、と。
海賊たちの腕は長い。ケレスに
そして、船から「逆立ち」している戦闘ポッドは見せ札と。
マユルは目尻に力を入れて、頭の中で猛烈に計算を回した。
(ここまで脅しをかけてくるってことは、向こうは直接乗り込みたくはない?中型船なのに?こっちが逃げるのを嫌がっている?)
そこまで考えて、ふと気づいた。そして確信した。
アイツは1人だ。
戦闘ポッドはAI操縦だ。大きな戦闘ポッドが主力ということは、「砲手」や「通信手」を抱えていない。ここまでの会話も、他の船員はいないことを示唆している。
1人親方の海賊。海賊団ではない。ここで逃げてしまえば、小型船の個人サルベージャーを追いかけ回すような組織力はない。
ブラフだ。
戦闘ポッドは化学推進で、G負荷を無視した加速をかけてくる。だが、そのぶん推進剤は猛烈な勢いで減る。母船から離れていられる時間には限りがある。
それに、込み入った判断をするAIはたいてい母船側に積んである。母船との距離を離せば反応が鈍くなるはずだ。
このさい帰りの推進剤のことは気にしない。とにかくケレス近傍まで逃げ切るんだ。
加速度を上げて不規則に振って、判断が往復するたびに半拍ずつ遅らせて、燃料が切れるまで粘る。これでどうだろうか?
マユルはスロットルに手を伸ばした。
『フィジカル・アバターっていうんだよ。知ってる?』
乾いた声が届いた。
『身体を動かすのと同じ感じで操縦できるから、反応速度が段違いなんだよね』
「……人が乗ってるんですか、あれに。」
『今乗ってるよー。あとAIアシストもタンデムで付いててね?一心同体ってか、人馬一体ってゆーか。人機一体?みたいな』
自慢するような、それでいて自嘲するような声音で、海賊は口下手に説明を続ける。
『馬っていうか、機なんだけど、鳥の方が近いかなあ?えっと、こんな感じでね。』
黒い機体の背中から、
長く大きく、針山のような翼。光学映像ではなんというかカッコいいデザインに見えるが、熱源反応が強い。赤外線モードの表示では、細長い櫛のような構造体が真っ白に光っていた。
『この子、リアクター持ってるんだ。効率良いタイプでさ。40分だって追っかけ続けられるんだ。』
「……核分裂炉。」
核分裂熱推進。それも、磁気閉じ込めタイプの新型。おそらくは火星製。
厳格な輸出規制が敷かれた品だ。ベルトでは金を積んでも手に入らないし、海賊が裏で買えるようなものでもない。
つまりアイツは、
形状から見ても、高Gで方向転換しまくるタイプ。もし本当に人間が動かすというのなら、サイバネティクス強化かコンバットドラッグか、何かろくでもない強化手段を取っているはずだ。
これはブラフじゃない。ダミー人形であんなに強い赤外線は出ない。
……逃げるのはリスクが見合わない。マユルはスロットルを一度強く握りしめると、手を離した。
『んで、本題ね』
レイダー船に「逆立ち」した黒い機体は、マニピュレーターを器用に動かして「人差し指」を立てるポーズを取った。
『アンタみたいな独立サルベージャーがさ、拾ったパーツ全部素直に売ってるわけないじゃん。自分で使うつもりのやつ、あるでしょ。なんか軽いやつちょうだいよ。タイタン価格で30,000ドル以上ね。』
タイタンで売りさばくルートがあるということか。わざわざ売り先を言ったのは、火星より木星で高い品を選べば「お互いにとって」ベターということだ。
「アリアント社レールガン用の
『へえ。……いや、それはいいや。』
「えっ?」
『だって足がついちゃうじゃん。』
本質的にはレールガンのロックを解除するための部品だ。中の暗号鍵が本体、みたいな製品なので、マユルのほうで鍵のハッシュを記録しておけば、木星で売ろうとした瞬間に逮捕できる、のかもしれない。
マユルは黙った。口調の割に慎重な相手だ。ケレスで売ろうとしないくらいだしね。
『海賊船からのサルベージでしょ?あたしが欲しいのは、まだどこの台帳にも載ってないやつなの。
届出も査定も通ってなくて、アンタが黙って持ってるやつ。そういうのは向こうで売っても誰も追いかけてこないから。』
マユルはため息をつくと、生活区画からネットごと測距センサーヘッドの球を外して、映像を短波通信で送った。
『これ、30,000は行かないんじゃない?……まあいいや。』
これで満足してくれれば良いが……。マユルはまた筒に移動して、そこからセンサーヘッドをハッチの外へと押しやり、両手でゆっくりとまっすぐ投げた。
コンソールに戻って光学映像を見ると、黒い機体が腹から出てきていた。
推進機を短く2回噴いただけで、球の20mほど手前に止まる。姿勢を直すための噴射が1回もない。
左のマニピュレーターが伸びて、勢いを吸収するようにゆっくりと受け止めて、それから2本の指で球をつまみ上げた。12mの機体に付いた指が、直径30cmの球をジンバルにも触れずに持っている。右手はブレードを提げたままだった。
『うん、本物だね。よきよき。』
「……通行税はこれで良いですね。」
コイツが強請り屋タイプなら、このまま弾薬供給機とドライバーも要求してくる可能性が高い。
海賊が約束を守るだなんて期待できない。あいつらの信頼性は、RSDの役人とどっこいだ。ポーチの中のメモリだけは隠し通したい。
ところが、奴は「うむ。これで満腹だー。」と言うと、黒い機体で母船に戻っていった。
……海賊らしくないやつだ。
『じゃ、おねだり聞いてくれたから、あたしからもなんかあげる』
「いえ、結構です。」
『そう言わないでよ。ゲームやろ、対戦の。アンタ絶対やったことないでしょ』
「……げーむ?」
聞き間違いか?
すると、短距離通信でパッケージ化されたリクエストが飛んできた。メタデータを見ると本当にVRゲームのフレンドリクエストのようだ。
「はい?」
『届いた?それね、リーラーションって読むの。』
コンソール内にサンドボックスを作ってセキュリティチェックを走らせる。ファイル容量からわかってはいたが、本当にただのフレンドリクエストだった。
ゲーム対応のヘッドセットを電脳に繋ぎ、送られてきたデータを読んでみると、表示名は「力楽熊」。アイコンは、コンソールで笑っているのと同じ眼帯付きのクマの顔だった。
この名前の読み方は火星のアクセントだ。ボイスチェンジャーの向こうでもわかる。「漢字」として発音している。
『フレンド通った?ねえ。「ディフェンダー・オブ・ジ・アース」やろ。』
急に人懐っこくなった。さっきまでのは海賊ごっこで、今はオフ。そんな感じだ。
どうしよう。せめてブレードを手放してから言って欲しい。断れないじゃないか。
こんなやつにケレス価格8,000ドル分の損害か。投げやりな気分になって、マユルは受諾のボタンに視線を合わせた。
その後ずっと、レイダー船はファイブスター号のすぐ後ろを付いてきた。
救難信号は出さなかった。この相手を刺激して何が起きるかが読めない。エンフォーサーの哨戒網に自分から入っていって、気づいてもらうのを待つしかなかった。
生殺与奪を握られているという緊張感のまま、マユルは延々とゲームをやらされていた。途中トイレ休憩などは挟んだが、切りどころがわからない。
最初はいわゆるFPS。襲い来るエイリアンから地球を守るゲームだった。10分で4回死んだ。
とにかく敵の数が多いし、やらなければならないことが多すぎる。
『こういうゲーム遊ばない感じ?船の操縦は上手いのに。』
「サルベージ船ですよ?火器なんて使いません。」
すると奴は、こちらのライブラリを覗いて声を上げた。
「あれ。アンタ黒髭買ったんだ。」
『ブラックビアード』。カリブの海賊のゲームである。マユルが持っている数少ないゲームのうちの1本だった。
思えば、コイツの人懐っこさはカリブ海の猫に似ている、のかもしれない。熊アイコンなのに。
「……海賊をやってみて、狩る側になりたい気持ちがよくわかりました。」
『そっかなー、むしろそれ街作りゲームって感じじゃない?やろやろ、マルチ』
奴のプレイには無駄がなかった。大砲で牽制して風上を取って、突っ込んで斉射で仕留める。動きを鈍らせたら追わずに、勢いのままに次の標的に左舷を向けてまた斉射。
まるで風の方が奴の船を追いかけているようなスピードで、高難易度設定のNPC船を次々と無力化していく。
さらには上陸戦まできれいにこなしていった。奴が突っ込む。敵兵が斃れる。敵兵が撃ち返す。奴は既にいない。奴の指示したポイントに大砲を撃つと、なぜか敵がそちらに向かって追い込まれていき、まとめて吹き飛ぶ。
「ねえ見た? 今の3人まとめていったんだけど」
さすがは海賊というべきか?動きが効率化され過ぎていて、まるでプルメリアのプレイを見ているようだ。マユルは自船から降りることもなく終わった。
その後は、お互いの島を案内しながら雑談に入った。まあ、NPC戦よりは疲れない。
『まーそういうわけでさ。あたしらとしても14K
「そんな内部事情まで話しちゃって、良いんですか?」
後で口封じとかされたらとても困る。
『こんなの秘密でもなんでもないよ。マユル、ゴールファミリーから情報もらってないの?』
「仕事で忙しくて、あまりベースにいられないんですよ。通行税も取られましたし、また稼ぎに行かないと。」
『次からは友だち価格にしといてあげるよ。っていうか、今回もか。』
…あの測距センサーはタイタンでも10,000ドル台だろう。さすがにバレてたか。
海賊の海賊島は石畳や花壇で瀟洒に飾り立てられていた。マユルの島と違って、猫は飼っていないようだ。案内された私室には、黒壇製のワードローブにドレッサーも並んでいる。
『メイクは鎧って言うじゃん。戦装束ってわけよ。』
「はぁ……。だいたい、メイクを見せる相手もいないですし。」
『常在戦場って言うじゃん。あたしたちはいつだって、カメラ映りを気にしないといけないんだよ。ねー。』
誰かと話してる?AIアシスタントかな。
カメラ、確かにログ保存のために使うけど、顔の映え方なんて気にしたことはない。っていうか、海賊がカメラなんて必要なのか?
「……ちゃんと化粧水は使ってます。ほら、この藻類パウダーのやつ。」
『えー?スキンケアそれだけ?マユルもせっかく可愛い顔してるんだからさ、もっとオシャレとかしようよ。』
「仕事に関係ないですから。」
『無重力でも使いやすいやつあるよ。マイクロボットのマスクとかさ。』
「それ、1枚18ドルもするやつじゃないですか。払えませんよ。」
『払えるようになれよー。腕良いんだから。あたしが保証するよ。』
「…………。」
『無視すんなよー。』
それから6時間、マユルは海賊と遊び、話し、交流し続けた。
襲った相手にフレンド申請してぶっ続けでゲームに付き合わせるとか、頭がおかしいんじゃないだろうか。
ああ、頭がおかしいから海賊なんてやっているのか。
ケレスまであと3万kmを切ったあたりで、後ろの点が急に向きを変えた。
「あ、来た来た。エンフォーサーだ。じゃあね、
ぐるりと回転したレイダー船が加速に入るのが光学映像で見えた。二度と来んな。
あの船はカーボン・チタン・ケイ素系の複合装甲だと思うが、それであれだけ力強い加速ができるのは羨ましい。いいなあ、核融合炉。
恐ろしく気疲れしたが、これから事情聴取に付き合わなければならない。
回線料払ってプルメリアを呼ぼうかとも思ったが、これ以上の損失を出すのも嫌だった。
エンフォーサーのコラ級が2隻、両脇に付いた。
願わくば奴をお縄に付けてくれますように、という思いで、襲撃のデータと情報を仔細話した。今回は無許可サルベージはしていないから、隠すこともない。
ただ、副長殿の対応はいかにもおざなりなものだった。こちらが小型船で、積み荷の一部を奪われただけで被害額が小さく、おまけに保険がないからだろう。
ところが、あの黒い機体が映像に出てきた瞬間、副長殿の顔つきが変わった。バンと手すりを叩いて、コンソールのディスプレイを食い入るように見つめている。
「これ、いつだ。何時何分。」
「UT14:30頃です。」
「……間違いない。コイツ、ゴールドクレスト号を襲ったやつだ」
「え。」
「『ファントム・ダディー』の親衛隊だよ。たった2機で、中型戦闘艦4隻を潰したやつらだ。」
これを聞いて、にわかに慌ただしく動き出すエンフォーサーたち。サンダー保安部長殿に直接報告を入れているようだ。
副長が鋭い目つきで問いかける。
「他に何かあるか。どんな些細なことでもいい」
マユルは、視界の隅に灯っている熊のアイコンに視線をやった。
アカウント名がわかれば、踏み台サーバーの接続情報などから居場所を辿れるかもしれない。
「……いえ。」
なぜかそんな気になれなかった。