B6のフードコートは、久しぶりに席が埋まっていた。
輪の中心にいるのは
核融合炉を積んだ船はピアッツィの手前3,000kmで主機を落とさなければならない。そこから先は補助スラスターでのろのろ這うか、タグボートに押してもらうかの二択になる。会合期のように大型船が数珠つなぎで来る時期は、彼らは24時間交代でクレーターの上を往復し続けることになる。今はまさに繁忙期というわけだ。
「で、結局何人行くんだって?」
「うちの班から4人。第2班からも3人だってさ。カリストの宇宙港がタグの手を欲しがってるらしくてね。トライダイヤが金を積んでるって話だよ」
「木星まで4ヶ月だろ。よく行く気になるな」
「今行くから4ヶ月で済むんだよ。今はともかく、今後を考えるとあっちの方が仕事も多いしな。」
「ケレスは田舎だからなあ。俺も行こうかな」
「あんた腰やってるじゃない。木星で誰があんたの面倒みるっての」
送別会である。牽引屋は入れ替わりが激しい業種だが、今回木星の重力に引っ張られた連中はどうやら人望があったらしい。牽引屋だけでなく、
「しかし木星だろ?大丈夫なのか?治安とか。ほら、ニュース出てたろ?」
「
「グッドホープの施設をやったって話だよ。ヒトの純粋性とかなんとか犯行声明が出てた。」
「おーこわ。巻き込まれる方はたまったもんじゃない。」
地球と異なり、開拓中のベースやステーションでのテロは容易に数百人、数千人単位の命を奪ってしまう。
「ケレスの治安も大概だと思うけどね。」と、マユルは小声で口にした
『木星圏も海賊は出没していますが。』とプルメリア。
「さすがにあんな頭のおかしな奴はいないんじゃない。きっと。」
辛いものを食べれば気が晴れるという説があるが、あれは嘘だと思う。
「はぁ……。あー!もう。」
ああいう動体視力の良いセンサーがあればどんなに助かるか。つくづく、海賊にやるには惜しい。
今は小型船だから良いが、船を大型化するにつれ回転を同期させるのも大変になっていくのだ。
当然保険のカバーもない。サルベージ品の輸送保険なぞ存在しない。
鉄アロイ5.2トンのほうは座標とベクトルを記録してある。9,000ドル強。今行ったら往復2日かかるが、ピアッツィに近づく軌道だからまだ放置だ。
個人のサルベージャーたちの行動半径は短いし、大手のPGSはたかが鉄だけのために船を動かさない。今はパイロットが足りていないらしいし。
周りが一段と沸いた。誰かが木星圏の景気の話を始めたらしい。
この輪の中には、サルベージャーもスカベンジャーもいない。ハリシュが辞めた今、この階でリグを回している独立系はマユルを入れて数人しかいないが、そもそも呼ばれもしない。
掘る、運ぶ、押す。ここにいるほとんどが、何かを作るか動かすかしている人間だ。マユルだけが、壊れたものを漁る仕事をしている。
差別されているというほどではない。カーストで見られているわけでもない。ただ、壁があるのだ。海賊に狙われて被害に遭うのは彼らと一緒なのに。
サルベージャーという仕事はどうしても裏経済寄りになるところがあるから、そういう部分でも煙たがられているのかもしれない。
とはいえ、マユルとゴールファミリーの関係は2年前でほぼ終わっている。一緒にしないで欲しい。
マユルは麺の残りを片付けて、席を立った。
ドミトリーの自室に戻っても、頭が熱を持ったままだった。苛立ち、混乱、それから少しの寂寥感。
たぶん、生きるか死ぬかの状態が6時間も続いたからだろう。ちょっと寝不足だし。
海賊に襲われるなんて初めての経験だったし、レールガンを積んだ海賊船が真後ろについたままでゲームを遊び続けるなんてのも初めての経験だった。
ちょっとリスクを取ったらこれだ。最近の海賊の跳梁ぶりは尋常じゃない。
あの海賊のことは、けれどなんだか憎みきれない。
きっと、あいつも鼻つまみ者だからだ。
とはいえ、今回の件ではっきりしたことがある。
核融合炉が欲しい。
これまでも「いつかは」と思ってはいたが、中型船化できたらぜひ目指したい。
行動半径が伸びる。いざというときに速度を出せる。電力で悩まなくなる。重水素はケレスの氷から蒸留塔1本で出てくるので、燃料費は実質ゼロ。
それに、海賊が出るのは人通りのあるところだ。獲物がいなければ張り込む意味がない。
誰も通らないくらい遠くでサルベージをやれば、狙われる確率そのものが下がる。そこでトランスポンダーを切れば、赤外線を出さない限りまず見つからない。
もちろん核融合炉持ちの船は価値が高いから狙われるし、入港・出港のタイミングは特に危ないが、
「プルメリア、核融合炉って今いくらくらい?」
『
「たかいなー。そこまで値上がりしてないけど……」
サンコイチを組んだときの総額の、4倍以上である。幸い、これだけ高価なパーツなので、地球価格からそこまで値上がりしていない。
「中古のモジュールを集めて自分で組むか。1回バラしたから勝手はわかった気がするし。」
『超伝導コイル、電力変換部、ジャイロトロン、制御系。この4つは中古市場に出ますので、確かに安く上がります。ただ、内側はなかなか出ません。』
「そりゃそうだね」
真空容器の内壁、ブランケット、ダイバータ。
中古市場に出てくるのは、遮蔽より外にあるパーツだけである。
「ダイバータはカセット式だし、質がマシなカセットをサルベージで拾い集める、とかかな?」
『その「質」を調べるにも排気性能と除熱性能のテストが必要になります。事故のリスクも高いです。』
「比較的「新品」のスクラップを集める?いや、規格が合わなかったらどっちにせよダメか。素直に買うしかないかなー。」
『内側のモジュールだけを購入するなら、価格は110万ドル台まで落ちます。ただしパッチワークの炉は型式が通りませんので、検査が個別扱いになります。ケレスでは検査料が22,000ドルかかります。』
「あとは免許だよね」
『はい。現在この船に免許も定期検査も廃炉引当も発生していないのは、炉がないからです。ケレスですと
「もう維持費だけで去年の年収みたいな話になってきた」
『買わないという選択肢もありますが。』
「買うよ。買うっきゃない。」
ケレスの今の景気は、木星との会合のおかげだ。会合期が終わったら、また長い停滞期に戻ることになる。さっき
「どっちにせよ、核融合炉がないとここから先は頭打ちになるんだ。っていうか、PGSに競合と見られるサイズまで船を大きくしたら、ケレスだと本当に孤立しちゃう。」
ケレスの重力圏には今はスクラップが売るほどあるが、これはマーズ・アタックがあったのと、木星との会合期だからだ。
価値あるスクラップが減っていくにつれて、サルベージャーの利幅も少なくなっていく。ハリシュはうまくイチ抜けした。マユルは引退にはまだ若すぎる。
PGSのバルジは核融合炉持ちで、ケレスから遠いスクラップも積極的に刈り取っているが、それも「価値ある」スクラップに限ってのこと。PGSだって、ピアッツィ・ベースから近い距離のスクラップの方が美味しいに決まっているのだ。移動中の人件費や食糧費もバカにならない。
もしマユルが中型船を持つに至って、核融合炉が無いがためにケレス近傍の中型~大型船スクラップを漁りまくったら、それはそれは目障りなはずだ。
これからサルベージャーとしてマトモな生活を送るなら、どこかで外に飛び出していかないといけない。そのためにこそ、ローンを組んでまで自分の船を手に入れたのだ。
『マスターはPGSを超えるおつもりなのですね。』
「PGSは引っ越すには図体がデカすぎるからね。雇用者数も、船の大きさも。だから、あいつらは大きなパイを譲る気はない。なんていうかさ。」
マユルは先刻の海賊との会話ログをテキストとして表示して、プルメリアに提示する。
「あの海賊。私のこと知りすぎだったじゃない?」
『PGSの差し金だと?』
「じゃないと知らないような話、してたよね。まあ、たぶんほぼ偶然だと思うけどさ。仮に陰謀だとするなら、私が生きて帰れてるわけないし。アイツの行動もおかしかったし。」
ただ、気に入らない独立サルベージャーの情報を売るくらいのことはやっているのではなかろうか。
PGSはロシア系企業であり、地元のゴールファミリーとも距離がある。会合期ということで、他所のサルベージ企業との紛争も起きている。
マユルはできるだけ目立たないように振る舞ってはいるが、大きくなりつつある船は隠しようがない。
「そういう意味もあって、核融合炉が欲しいんだよ。」
核融合炉を探すという行動自体が、将来的にPGSの邪魔をしない、というシグナリングになることを期待している。
それも、できれば目立たず騒がずに、PGSの上層にだけ知ってもらいたい。
「それとなく、IPNCに情報流しといてもらえる?モジュール単位の照会とか。」
『かしこまりました。核融合炉モジュールを集めれば、マスターが外を向いていることの物的証拠になると。ですが、置き場所は足りませんよ。』
「まあねー。デッドウェイトを抱えるのも嫌だしね。」
炉は場所を取る。重い。重水素と冷却剤のタンクが要る。廃熱を捨てるためのラジエーターも要る。
今のファイブスター号は全長13m、乾燥3.8トン。背中の筒を空にしたところで、炉を入れる場所がない。モジュールのままでも、無理に押し込めば操縦席か生活区画のどちらかが消える。
結局、まずは船を中型にするのが先決というわけだ。
中型船の「箱」を用意すること自体は、そう難しくない。アステリア号のときのように又借りでもいいし、スクラップを買ってもいい。
コンソールも操縦席も、今のままでいい。船が大きくなったところで、パイロットが大きくなるわけではない。
気密も、最初は操縦席から生活区画までに限っておけばいい。ライフサポートを急いで増やす必要もなくなる。
歯を磨いて、ベッドに横になった。ファイブスター号のベッドルームより狭い。
あの生活区画は観測船アステリア号のものを丸ごともらってきたので、小さくとも中型船サイズなのだ。
最大の問題は、スラスターだ。
標準的な中型船の満載質量は、小型船のおよそ64倍。今のファイブスター号と比べても24倍になる。
だからと言って、小型船用のイオンスラスターを10本積むのは非効率だ。配線やら配管やらで無駄に質量を増やすことになる。加速性能を決めるのはバッテリーの方なのだ。
宇宙では「デカいと鈍重」という図式は成り立たない。
壁の重さは面積で増えるが、積める量は体積で増える。船を大きくするほど、自重に対する積載の比率は良くなっていく。デカいスラスターを積んでいる中型船は、小型船より効率が良い。
それから、せっかく中型にするならプルメリアの計算モジュールも積みたい。ケレスのサーバー越しではなく、船に。そうすれば、ワーカードローンの運用だってできるようになる。
「こうして考えると、核融合炉の前に色々欲しいものが出てくるなあ。」
『核融合炉のパーツを先に確保して、どこかのヤードで抱えていてもらうという方法もありますが。』
「狙って手に入ったら良いけどさ。サルベージ前提でモジュールを探すなら、この前のオーガー・マカロヴァ号みたいなやつが狙い目かな?」
『類似条件のスクラップが出たらアラートを出すようにします。』
あのときは運が良かった。そして、今日は運が悪かった。
「サルベージ稼業って結局出たとこ勝負だからなー。うん。ちょっと気が緩んでたか。」
スクラップの中身は開けてみるまでわからないし、海賊が来るかも行ってみないとわからない。
リスクを取ってリターンを得る。今日はたまたま賭けの出目が悪かった。それだけのことだ。
そう考えると、心も静まる気がしてきた。