B7フロアのN3ブロックは、相変わらず鉄錆と機械油の臭いがした。
仕分け台のベルトコンベアは動いていて、防塵マスクの列がその両側に並んでいる。半分以上が10代だ。マユルが15歳でここに立っていたときよりも随分と忙しそうだ。
「レンさん、お土産」
抱えてきた箱を台に置く。防塵マスクのフィルターカートリッジ、50本入り。
「気前がいいな。何が聞きたい」
「中型船のスクラップで、核融合炉かイオンスラスターが生きてるやつ。又借りで回せそうなの、ありません?」
「無茶を言う」
レンさんは軍手を外して、指の関節を鳴らした。
「動くものはないな。故障したスラスターが残っているものならあるが、古い型だ。」
「炉のほうは?」
「正常な核融合炉が載ったまま又借りに回ってきたことは、一度もない。高価なパーツだし、サルベージするぶんには免許もいらんからな。」
「ですよねー」
「モジュール単位でなら出物があるかもしれん。探しておこう」
「助かります」
レンさんは、そこで初めてマユルの顔を見た。
「すると、巣立ちというわけだ。独立してから何年だ?」
「まだ6ヶ月ほどです」
「そりゃ大した話だ」
それきり何も言わず、ベルトコンベアのほうへ目を戻す。
マユルはポケットから小さな包みを出して、台の上を滑らせた。中身は現金である。
「もうひとつだけ。外に出る前に前の職場に付け届けでもと思っているのですが、あの方は最近機嫌良さそうですか?」
レンさんは包みを見もせずに袖口へ入れた。
あの方というのは、ゴールファミリーのドン。ケシャヴ・ゴールのことだ。
「微妙だなあ。余所者が幅を利かせるようになったってんで、ピリピリしてるよ。それに……身内にも手を突っ込まれてる。上としちゃ面白くない」
「木星の労働条件は良いらしいですからね」
「それだけじゃない。身内の耳や口も狙われてるって話だ」
「
「悪意のあるやつはまだいいんだ。羽振りが良くなったやつを探れば良いからな」
レンさんはそこでいったん言葉を切って、マユルを見つめた。
うん、言いたいことはわかる。マユルもこの頃随分と羽振りが良い。ただ、ゴールファミリーがピリつくような情報なんてそもそも持っていない。
「厄介なのは、良かれと思って余計なことをするやつだ」
「……無能な働き者ってやつですか」
「うちの言い方だとそうなる。これがまだ見つかってない」
騙されるなり利用されるなりして、意図せず他所の人間に情報を流してしまう者もいる。手柄を焦っている者とか、状況をわかっていない者とか。
「それと、1ヶ月前からネズミがうろついてる。」
「不衛生ですね。」
「そうだろう?地球から来た連中で、帳簿を見るのが仕事のハズなのに、妙にコソコソしている。エンフォーサーみたいにガサを入れるでもなく、目立たないようにしながらありとあらゆる場所に顔を出している。たぶん、耳を買ってるのも同じ連中だな」
「金払いは良さそうですね。」
「ああ。予算の桁が違う。誰の使いかも分からん」
そこでレンさんは、少しだけ声の調子を変えた。
「まあ、上の機嫌自体は悪くないんだ。上と繋がってる方のお上に贈ったプレゼントが、たいそう喜ばれたらしくてな。」
「なるほど?ファミリーの耳は衰えずということですか。おめでとうございます。」
お上、つまりはRSDだ。マユルは以前一般向けの情報提供フォーム「密告箱」を使ったが、ゴールファミリーなら直通のルートがあるはずだ。
「だからまあ、贈り物を考えるなら、上の上に役立ちそうなモンが良いだろうな。ただし……」
「ただし?」
「情報という商品を扱うからには、自分が見られていることにも気をつけろよ。妬み嫉みってやつは、思いもよらないところで牙を剥くもんだ。お前さん、上はともかく下の間じゃあかなり目立ってるぞ。」
そこにPGSは入っているのだろうか?入ってるんだろうな。PGSで一緒に仕事をしていた同僚たちが、今や競合になりつつあるマユルを見てどう思うか。
いいさ。マユルは1人で生きていけるのだ。
狙い目のスクラップが見つかったのは、その7日後だった。
『マスター。M級スクラップです。距離19万km、権利34,000ドル。当機の評価では、買いです。』
「珍しいね、そこまで言い切るの」
『11件目にして、初めて条件を全部満たしました。』
『
『光学写真も出ています。』
「ボッコボコじゃん。」
『外殻がカーボンですから。コードの3文字目もCです。前回と異なり、この艦は鋼鉄装甲を使っていません。』
「だから状態が悪いってこと?いや、違うか。この損傷、下から撃たれてコックピットが潰されてる?」
『はい。まず、海賊船は独自の改造を施しているものがほとんどですが、船型から元となった船の特徴は読み取れます。このデザインはアンバーグリス級輸送船に武装を搭載したタイプです。』
視界にアンバーグリス級の設計図と3Dグラフィックが表示される。後部、お尻でレーザー給電を受けて拠点間を反復輸送するための設計で、左右にバッテリー、その後ろにイオンスラスターが2基。船倉は船体下部、上部には気密コンテナのスペースがある。このエンフォーサーたちは下部の船倉側をぶち抜いてコックピットを破壊したようだ。
「損傷がひどいのは後部のスラスターと船体下部。上部と前部は無事そうだね。光学写真も下から撮ったから損傷がひどいのは見かけ上なのか。で、この設計で武装を載せるなら上か下か、両方か。」
『上部だったようです。こちらの戦闘詳報をご覧ください。』
UT0334 当該宙域にて待機中の中型警備船3隻が、無登録の中型艦1隻を探知
UT0358 停船命令。応答なし
UT0359 対象、加速により離脱を図る
UT0411 制圧完了。味方の損害なし
「短っ」
『詳報も短いですし、戦闘時間も極めて短いです。それから、中型戦闘艦にも関わらずエンフォーサー側の損害はゼロ。』
「……武装が少ない側から仕掛けたってことね。ってことは、火器類がそのまま残ってるかもしれない。」
もし仮にエンフォーサーが「警察」や「国家の軍隊」なら、ならず者をスクラップにしたら武装の回収や破却くらいはするだろう。
しかし彼らは統治企業の保安部門でしかない。RSDとしてはこのままサルベージ権を売れば収益になるから、手を付けずにそのまま残すのだ。
エンフォーサーがサルベージャーの真似事をやることは…まあないことはないらしいが、サルベージ中は無防備に近いから基本的にはない。
『スラスターはミサイルで破壊されておりますので、特にCIWSの死角から攻撃を仕掛けている可能性が高いです。』
「最近のミサイルは賢いからねー。」
CIWSのような近接防御火器が無い側、死角をあらかじめ教えてあげると、今どきのスマートなミサイルは死角を縫って飛んでいってくれるのだ。単純なフレアやダミーも見破れる。
「それで。アナリスト殿が『買い』評価にしたのはどうして?
『このCIWSが恐らく残っているからと、バッテリーそれにスラスターの部品取りです。』
『まず、アンバーグリス級はレーザー給電を使う船ですので、バッテリーはスラスターよりもライフサポート系への給電を優先した配置です。左右のブロックは被弾したスラスターより1区画前にあり、熱も破片も届いていません。』
「中型船サイズのバッテリーだよね。海賊船だから品質が怪しいけど。」
『それからスラスターですが、高周波電源部が無事である可能性があります。』
高周波電源部は、強烈な電力を流してプラズマを作り出すパーツだ。スラスターモジュールの心臓と言って良い。
視界の設計図に、命中角のシミュレーションが重なった。2発が船尾の下後方から入って、左右のノズルにそれぞれ違う角度で刺さっている。
『破孔から着弾位置を逆算しました。使用されたのはSSM-D-201のコピー品、標準的な赤外線誘導タイプのスマートミサイルでしょう。炸薬量からしても、船体内部の高周波電源部までは熱が届いていない可能性があります。』
「うまくすればニコイチも狙えるか。」
『はい。ノズルやコイルは新品または又借りで調達できるでしょう。』
「うん、いいねぇ。かなり遠いけど、その分実入りがありそうだ。新鮮だし。これは買いで!」
マユルは人差し指を視界の中のボタンに向けて、購入を決めた。
片道2日の旅程の中で、慣性航行で暇な時間。マユルは目標のスクラップがスクラップになった戦闘の映像を眺めていた。戦闘詳報と光学写真から再構成したCG、プルメリアからもらった「お土産」である。未確認情報や推測も多く交じっている。
海賊のフリゲートはスラスターから大きく光を放ちながら増速、ベクタースラストで船体を回そうとするが、そこにミサイル2本が突き刺さった。
「最近のミサイルはスマートだからね。停船命令の前に発射しておいて、停船したなら追尾を終了する。そんな運用もできるんだ。 ……ああそっか、プルメリアはいないんだ。」
再生を戻す。ミサイルを放ったのはエンフォーサーが擁するステルスタイプのアステロイド艦で、スラスターの熱や光が「後ろ側」からしか見えないようにする工夫がされている。前側からは岩が近づいてきているようにしか見えない。量産しないとコスト過多になりそうなもので、RSDの保安部がなんでこんなものを運用しているのかわからない。プルメリアいわく、実際役には立っているらしい。
そこに新たに2つの点が現れ、フリゲートを追うように加速。こちらはいつものコラ級で描画されているが、実際にはどんな船を使ったかは不明。スラスターを潰されたフリゲートは逃げることもできず、そのまま船体下部をレールガンで撃たれ続け、コックピットまで到達して機能を停止した。
(戦闘詳報に停船命令は一回しか書かれていなかった。ってことは、スラスターを潰した後は命乞いも聞かずに殺しにかかったってことだ。探知してから停船命令までに24分も待ち構えていて、それで戦闘開始してから12分で無力化。元から生かしておくつもりはなかったってわけ。たいした手際だ。)
エンフォーサーという連中は、強い相手からは逃げるくせに、弱い相手にはとことん強いのだ。
ケレスから21万kmで航路外の宙域に3隻もの中型戦闘艦を待機させていて、そこにのこのこ海賊がやってきたと。どうやって情報を掴んだのやら。
スクラップの正面から寄せると、上部の左右の角にドーム状の砲塔がひとつずつ盛り上がっているのが見えた。ミサイルなどの飛翔体を迎撃するための速射レールガン、「CIWS」の一種だ。
元の設計図には無い。海賊が後から生やしたものだ。角度によっては、獣の耳が2つ立っているようにも見える。
下側へ回ると印象が変わった。船倉が縦に裂けて、その延長線上でコックピットらしき気密室がぐしゃりと潰れている。裂け目の縁は外へめくれていた。
その手前にレールガンが1基。砲身が根元からひしゃげて、架台ごと船体にめり込んでいる。
船尾のナセルは、両舷とも内側から膨らんで裂けて、飴のように垂れて固まっていた。
マユルはまずスラスターから手を付けた。左舷側スラスターのノズルは全損、コイルも溶けている。壁を切って中を覗くと、高周波電源部の筐体が黒く煤けていた。
次に右舷側へ回る。ノズルは同じように吹き飛んでいたが、その奥は形を保っていた。筐体に焦げはない。端子に電圧計を当てると、針が振れた。
「よーし!目標達成!」
受光鏡は骨だけが残っていた。展開アームを畳んで、根元から切り離す。
これなら十分修理可能だろう。首尾よく持ち帰ることができれば、中型船用スラスターの調達に目処が付く。
次に、金額面で一番狙い目なバッテリーブロックに取り掛かる。スラスターの奥の区画、壁面いっぱいにパックが本棚のように並んでいた。とはいえ海賊はずいぶんと酷使していたようで、容量が揃っていて使えそうなものだけ選ぶと、3分の1しか残らない。3分の1とはいえ、今のファイブスター号の全容量の3倍以上にはなる。
これで元は取れた。売るつもりはないが。
続いて上部へ回った。
CIWSはドームごと外れる設計で、給電コネクタを抜けばそのまま持ち出せる。弾倉に弾薬も残っていた。
2基のCIWSに挟まれるようにして、ミサイルラックが4つ並んでいた。期待して開けてみると……全部、空だった。残念。
戦闘詳報を見るに命中しなかったようだが、全部撃墜されたのだろうか?もし不発で残っていると、ちょっと怖い。
最後に潰れたコックピットを覗き込むと、EVASの残骸らしき黄緑色の繊維質が漂っていた。脱出や投降は選ばなかったと。
凍った赤い粒が漂う気密室の中を漁るも、見つけられたのはひしゃげた酸素ボンベに粉砕されたシート、それから溶けたレーションの空きパックなどだった。
マユルはスカベンジャーではないから、遺体には手を付けない。
肝心要のコンソールはというと、スクリーンは無事そうだがその下の計算機部分が損傷していた。基盤もへし折れてしまっているし、高熱を受けたのか一部は融解していた。電源ユニットは一見無傷だが、この様子だとほぼ壊れているだろう。
マユルは電動ドライバーを取り出すと、スクリーン部分だけ外しにかかった。テストするのは帰ってからで良いだろう。
帰路に着いて、慣性航行に移ってからわずか2時間後のこと。コンソールに赤い矢印の警告灯が灯り、耳障りな音が鳴った。後方警戒アラートだ。レベル1、「念のため」の警報。
進路から1.2万kmほど外れたところに、
トランスポンダーの応答なし。救難ビーコンなし。
望遠モードでカメラを向けて捜索アルゴリズムでぐりぐりと動かしてもらうと、少なくとも4つの塊が見つかった。
粒のようにしか見えないが、いずれも中型船くらいの大きさがあるようだ。それに、直線的な見た目。
赤外線が出ているということは……スクラップではない?
まずトランスポンダーを落とした。あれが海賊にせよエンフォーサーにせよ、関わり合いになりたくない。
続いてスロットルをスライドして、スラスターの推力を絞る。ここで焦って全力噴射なんてやったら、熱源で見つかってしまうかもしれない。センサーの反応から遠ざかるようにそっと、弱くスラスターを噴かして、ゆっくりと針路を変えていく。こういうとき、ステルスクロークみたいな装備が欲しくなる。
ともかくアラートの設定をいじろう。あの4つ、いやあの方角の何かが加速したらアラートだ。音量も上げて、寝ているときでも気付けるようにする。
それから15分、望遠カメラの映像を注視し続けた。画像補完を入れても白と黒でぼやけたような像だが、双胴型のシルエットに、細長い円筒のようなシルエット、それから三角形のシルエットが2つある。エンフォーサーが使う四角張ったコラ級、とは異なる船に見える。
加速はしていない。赤外線は出ているが熱量も少ない。やっぱりスクラップなんだろうか…?
最近は中型船のスクラップはRSDのマーケットに出たやつを全部ひと目はチェックしていた。その中に、あんな近接したスクラップの塊はなかった、と思う。
ベースに帰ってきて、マユルはまずサルベージ権マーケットを確認した。
大きな戦闘があれば、残骸は数時間もすれば一斉に登録される。特に海賊絡みの場合、RSDは残骸を商材として扱うから、「現場検証」が済んだらすぐに登録される。
見つけてから2日弱経っているのに、あの宙域には1件も出ていなかった。
「誰も通報してないってことだよね」
『そうなります。もし海賊被害だとするなら、4隻とも通報を入れる間もなく破壊されたということになりますが……。』
「考えにくいよね。じゃあやっぱり、海賊同士でやり合ったんだ」
『可能性は高いかと。』
つまりあそこは抗争現場。押収番号CER-2162-0388のスクラップも、もしかしたらこの抗争に駆けつけようとしたところをエンフォーサーに見つかったのかもしれない。
「海賊たちで共喰いしてるのか。ぞっとしないなあ。」
『共喰い…。もっとも、海賊にも火星の私掠船系、マフィア系、それにヒギエア系とありますから、派閥が違えば争うこともあるのでしょう。』
「前から疑問だったんだよね。海賊ってピアッツィ・ベースの設備は使えないのに、戦闘ばっかやってて、どうやって整備をしてるんだろうって。」
『隠し拠点がある、と言われていますね。』
「別に拠点は良いんだよ。宇宙だもん。そんなのなくったって工事はできるよ。でも物資は手に入らないじゃない?採掘船も輸送船もレールガンなんて積んでないんだから。」
『その調達元が「他の海賊船」だと?』
「ある意味『共喰い整備』ってわけ。ま、私掠船系なら企業の支援が手厚いんだろうけどね。」
ある意味、武装したサルベージャーが海賊なのだと言えなくもない。海賊たちは破壊した船の残骸を漁るのが日常なのだ。あの4隻も、うち2隻がスクラップで、あとの2隻がサルベージ中、とかだったのかもしれない。その割には熱源が小さかったが。
「よし。売れそうだねこれ。読み出したログをレポートに仕立てて。テキストベースのサマリーと、詳細レポート、それにカメラのログ全部添付で。4時間分。」
『承知しました。……こちらの破片群ですが、速度としては2つの流れに分かれています。恐らく2対2。塊ごとの相対速度が取れますので、加速無しの場合の進路も復元できます。』
「これをRSDの密告箱に突っ込もう。今回はいくらもらえるかなあ?」
前回は麻薬絡みということで9,200ドルももらえていたが、今回はどうだろうか?スクラップを「落とし物」と捉えるなら、価値の10%とかもらえるかな?
『RSDにですか。よろしいのですか?』
「ん?……あー。チクり魔は嫌われるって話?」
『今回は海賊2グループが関わっています。そして、RSDケレス支社は情報の取り扱いにおいては、信頼性を測るのに寄与する数多の前例を持っています。』
つまり「秘密にすべき情報が外部に漏れていた事件が数多ある」ということだ。
「……まあ、大きい組織はどうしてもね。でも言いたいことはわかった。確かにそうだ。」
最近私は目立ちすぎているし、レンさんにも忠告を受けたし、なんならこの前襲ってきた海賊も、ケレスに
海賊たちは自分たちの抗争が
慎重を期すなら、情報の専門家に預けたほうが良い。
……それに、ひょっとしたら古巣に良いプレゼントになるかもしれない。
B5フロアWブロック、通称スミレ街
B2とB3で働く連中が、勤務のあとに降りてくる歓楽街エリアである。通路の常夜灯が紫がかっているのでその名が付いた。バーや飲み屋が20軒ばかり並んでいて、アルコールやスパイスの匂いが漂ってくる。7ヶ月前に「ティエンティー」麻薬の密売人が摘発された事件があったが、今では活気を取り戻している。
仕立ての良い生地のシャツを着た2人組の後ろを歩き、牛がダンスを踊る看板の角を曲がって、大きな「漢字」を布地に描いた焼肉屋の仕入れパレットの脇を通って、裏路地に小さく看板が出ているバーに足を踏み入れた。
「アイシュワリヤ」はカウンターが4席だけの小さな店。奥の部屋にもテーブルがあるが、ゴールファミリーの偉いさんなどが使う席らしく、マユルは入ったことはない。
「マニシャさん、お久しぶりです。」
「2回目のご来店ね、いらっしゃい。」
七色に変化する蝶ネクタイに赤黒いベストを着た女性。ゴールファミリーの下に居た頃聞いたウワサでは年齢は50を過ぎているとの話だったが、顔からはまったく見て取れない。
このバーテンダーと知り合ったのは1年以上も前のこと。
「未成年に出せるのは炭酸水だけね」
「それでお願いします」
アクリルグラスに注がれた液体から泡が立っていて、サクランボを模したような赤い球体が2つ乗っている。氷は入っていない。
マユルはデータカードをカウンターに置いて、伏せた。マニシャは布巾で手を拭いてから、スッとカウンターの下に持っていった。
このカードは電脳とのローカル通信だけしかできないタイプで、マニシャのアドレスをホワイトリストに入れてある。さらに別口で送ったパスコードを入力して初めて、中身を閲覧できるという仕組みだ。
「これだけだと12といったところだけれど、追加のオーダーはいかが?」
「いえ、今日はこれだけです。」
「そう。」
この情報屋と価格交渉をしたいときは、情報の一部を秘匿して「小出し」で渡すものらしい。そこまで手間をかける気もないので、マユルはまとめて渡した。
やがて会計となり、マユルは現金で25ドルを支払った。そしてお釣りに、12,000ドルを受け取った。
「これで、足が残ってるスクラップでも買うといいんじゃないかしら」
見上げると、マニシャはマユルを品定めするように見つめながら、柔和な微笑みを浮かべていた。