ピエール・ディオンヌのミルフィーユ・セットは45ドルする。フードコートのソイヌードルはトッピング無しで4ドル。なので、これを頼むときは少し儀式めいた気分になる。
フォークを入れると、断面に蜂蜜の層が2本入っているのが見えた。もちろん天然ではない。白い蝋のような「ハチノス」が入った天然蜂蜜の瓶は冗談みたいな値段がするし、それでいて合成品とそんなに味は変わらないのだという。
藍色の絵付けがされた白いカップでストレートティーを飲むと、華やかな甘い香りが漂った。スノードームで採れたティーボックス社自慢の茶葉らしい。木星圏にも輸出されるそうだ。
前回のサルベージでは、帰り道に見つけたスクラップの情報料だけで12,000ドルも儲かった。これはそのお祝いというか、自分へのご褒美だ。
「相席、よろしいですか」
顔を上げると、作り笑いを浮かべた男が立っていた。
仕立ての良い臙脂色のジャケットに、黒く鈍く光る革靴。がっしりとした体格で、地球でも楽々過ごせそうな筋肉量がある。
「……どうぞ」
マユルはフォークを置いて、(照会かけて)とプルメリアに脳内で指示を送った。
店内には他に席もあるのにどうしてマユルのところに?というか、他の客はどこ行った?いつの間に……?
『現状、シロです。公開されている犯罪データベースに一致する顔はありません。』とプルメリアが囁く。
間を置かず、ドローンが男の側に紅茶を運んで来た。
白いカップになみなみとクリーム色の液体が注がれており、泡立っていて茶色い粉も目立っている。そして香りが強い。ただのミルクティーじゃない。香辛料の香り。
これ、マサラ・チャイだ。B6の
ピエール・ディオンヌは高級店だ。なぜわざわざチャイを頼んだ?
「急にお邪魔してお詫びします。よろしければ同じものをいかがですか?もちろん、支払いはこちらが持ちます。」
「え。あ、はい。」
急に話しかけられてビックリした。そして、20秒後にチャイが運ばれてきたのにはもっとビックリした。
「アッサムのセカンドフラッシュです。ミルフィーユと組み合わせるには少々甘すぎるかもしれませんが。」
『アッサム地方の二度目の収穫という意味です。例年は初夏です。アッサム地方は、地球のインド亜大陸北東部、ブラマプトラ河の流域にあります。』とプルメリアが教えてくれた。
ってことは、アッサムは会社の名前ではなく産地の名前?まさか、これ地球産の茶葉?
マユルは目を丸くして、手元のストレートティーとチャイを見比べた。
「えっと……。」
マユルの驚きを気にもとめていないかのように、男は自分のチャイをゆっくりと口にしている。
(これ、毒とか入ってたりしない?)とプルメリアに聞いてみたが、
『わかりかねますが、もし仮に誰かがマスターを狙うなら、サルベージに出た時にするかと。』との返答。うえー。
地球産、しかし地球産か。せっかくだし、頂いてみるか。
口元に近づけると濃厚なシナモンとジンジャーの香りが鼻をくすぐる。ケレスヴァーラで飲んだやつには他に胡椒やクローブ、カルダモンなんかの香辛料が入っているらしいが、このマサラチャイもおそらく似たようなものを使っているのだろう。
一口頂いてみると、濃厚なミルクと甘さが口いっぱいに広がった。淹れたてで熱いのと香辛料が強いのとで、喉を焼くような感じがする。血糖値がめちゃめちゃ上がりそうな飲み物だ。
男の方を見ると、こっちをジッと見ていた。作り笑いがニンマリと広がっていた。
この人はなんでいきなり相席してきて、高そうなチャイを奢ったんだ?怪しい。怪しすぎる。
「おっと、自己紹介がまだでしたね。ラージュと申します。」
「これはご丁寧に。えっと、マユルです。」
「
差し出された名刺型のタグには、社名と部署名、それに「ラージュ」の名前だけが入っていた。
思わずむせそうになった。
(プルメリア、照会お願い。RSDの社員って本当?)
『…タグの情報を見る限り、RSD社が正式に発行したもののようです。このタイプは提示者のバイオメトリクスも読み取りますから、タグだけでの偽装はどこか必ず不自然になります。』
「それで、ラージュさんはどうして私に会いに来たんですか?」
「急に押しかけるような形になりすみません。実は折入って、お願いがありまして。」
『RSDに監査部は実在します。ただし、ケレス支社ではなく本社の方です。このタグも、ムンバイ本社で発行されたものです』とプルメリアが言う。
だから地球産の茶葉なんて持ち込めたのか。
ラージュは腕時計のような端末を操作して、黒いメニュータブレットにケレス周辺の航行図を投影した。
「マユルさんにとっても利益が大きい話ですよ。こちらの座標で、海賊同士の交戦跡が見つかりました。明後日の14時00分に、サルベージ権がマーケットに8件まとめて登録されます」
マユルはストレートティーのカップに手を伸ばした。手が震えていないことを、紅茶の水面で確認した。
昨日、自分が売った座標である。
「登録の予定時刻って、出てましたっけ?」
「決裁が済んだ時点で社内には回りますので。それでご相談なのですが」
ラージュが腕時計端末に触れると、様々な兵器類の3D映像が投影された。
「現場で回収された装備品と弾薬類のうち、別途お送りするリストに含まれているものを弊部で直接お引き取りしたいのです。市場を通さず、弊部の船へ直接お渡しいただきたい」
「買い取り、ってことですか」
「実質的にそうなります。前金として10,000ドル。有力な情報が含まれていた場合は、内容に応じて別途10,000から100,000ドル。これとは別に、品物のケレス市場実勢価格もお支払いします」
前金の額を聞いて、マユルは頬の内側を軽く噛んだ。
「そんなに、何に…?」
「情報分析のためです。私どもは監査部ですので」
それで説明が済んだと思っているらしい。
やけに秘密主義。なるほどね、これが『ネズミ』というわけか。
マユルは紅茶を一口飲みながら、電脳に思念を落とした。声には出さない。背中のコネクタから、耳の奥だけにプルメリアの声が返ってくる。
(この人から金を受け取ったら、ゴールファミリーはどう見ると思う)
『あまり良い顔はされないでしょう。わざわざ地球産のチャイをマスターに飲ませたのは、RSDの本社とケレス支社の間に距離があることを示唆しています。』
(やっぱり?)
『ケレスに根を張るゴールファミリーとの相性はあまり良くないでしょう。』
「えっと、せっかくのお話ですしお役に立てたらと思うんですが、その前に確認させてください。」
「ええ、もちろん。」
「なんで、私なんですか?PGSに頼めばいいのに」
「もちろん、あちらでも類似の依頼を出しております」
ええ…?
PGSに頼むのは分かる。ファイブスター号では中型船4隻分のスクラップを持ち帰ることはできないから、残った権利はあちらが押さえるはずだ。量を集めるならそれが早い。
疑問なのは、そこにわざわざ独立系を1隻足すことである。十数万km飛べる独立系はケレスに数人しかいないとはいえ、前金10,000ドルは普通は出さない。
やっぱりこの人は、私を選んでいる。あのスクラップを最初に見つけたのが私だと、知っているのだ。
わざわざ情報屋を通して名前が書類に載らないように工作したはずなのだが、RSDの悪そうな人には通じなかったらしい。
マニシャが私を売ったのか、それとも他の手段でファイブスター号が発見者だと当たりを付けたのか。私を発見者だと明言しなかったということは、たぶん後者か。
マユルはミルフィーユの残りを口に放り込んだ。
(まあ、こうなったら腹をくくるかー。)
『受けるので?』
(だって、このスクラップの情報を売った時点で私、関わっちゃってるんだよ。こうなりゃ、毒を喰らわば皿まで、だよね。)
なんといっても地球は太陽系の中心、大都会だ。今後のことを考えても、コネクションを作れるなら悪くないだろう。それに、RSDとゴールファミリーでどっちが怖いかと言ったら、だんぜんRSDである。
指で署名をすると、その場でRSD監査部から10,000ドルが振り込まれた。口座も地球にある銀行のようだ。
「当日は、エンフォーサーのコラ級2隻が現場に随伴します」
「至れり尽くせりですね。」
「海賊同士の交戦跡ですので、念のためです。受け渡しの詳細をお送りしたいので、アドレスを頂いてもよろしいですか。」
詳細な依頼内容を送ってくると、ラージュはチャイを飲み干して立ち上がった。いつの間にかマユルの分の支払いも完了になっている。
一礼して歩き去っていくラージュの足元から、靴音は立たない。低重力の床を歩き慣れている。地球から来たばかりの人間の歩き方ではなかった。
さて、次のサルベージが2日後に決まってしまった。となれば、前回の「仕入れ」を早く売りさばかなければならない。
マユルは早速、先日手に入れたCIWSの砲塔の中を撮影する。レールガンだから煤なんて付かないし、砲身もきれいなものだ。
樹脂の膜で封をして、Sゲートまでえっちらおっちら引っ張ってから、レンタルスペースにある「スクーター」の荷代に結び付けた。
わずか1時間30ドルでレンタルできる、長さ1.8mほどの個人用モビリティだ。ピアッツィ・ベースがあるクレーター地帯はレゴリスでさながら氷の砂漠のようになっていて、重力が小さいこともあって「タイヤ」で走行することが難しい。ホバークラフト?そもそもケレスに空気は無い。代わりに、クローラーでレゴリスをかき回すようにして推進するスノーモービルのような車両が使われている。
これでクレーターの内周を周るようにして、はるばるEゲートまで運ぶのだ。
4日前、PGSのサルベージ・バルジ「アヴローラ」が、ピアッツィ・ベースに戻ってきていた。Eゲートの外周に全長140mの黄色い巨体が泊まっている。
腹に開いた作業口から、ワーカードローンが列を作って出入りしている。
スクーターは自動運転なので、マユルは両手で端末を操作して短波通信を送った。
「お久しぶりです、ガリーナさん。半年ぶりですかね。」
「マユルね。随分景気が良いみたいじゃないか。」
バルジの格納庫で出迎えてくれたのは、ガリーナという赤ら顔の女だ。
PGSの「サルベージ現場に着くまで」を取り仕切る航宙部長という役職で、サルベージ権の仕入れも管掌している。
折りたたみテーブルにCIWS2基と給弾機を置くと、EVASを着た知らない顔の男がじっくりと検分を始めた。
ドームを作業灯で舐めるように見てから、センサーでレンズの縁をなぞっている。
「で、なんでウチに売りに来たん?確かに今のアヴローラにはミサイル防御は欲しいけど、あんまり高い値は付けられないよ?ウチは自分で見つけてくっつければ良いんだから。」
「次のサルベージでご一緒するときに、あった方が良いかと思ったからですね。」
「なんだって?」
そう言いつつ、マユルはデータカードを折りたたみ机に置いた。昨日情報屋に渡したのと同じ要領だ。ただしこちらは、スクラップの詳細などの情報は省いてある。
RSDにまで情報が行っているし、今更ひた隠しにしてもしょうがない。それよりはさっさとPGSに情報を共有してしまおう。仲良くするための贈り物にちょうど良い。
「……これ本当かい?中型が4。未掲載だなんて。」
ガリーナは虚空に指を這わせながら、何やら小声でやり取りしている。本社との連絡と、それから彼女のアシスタントAIだろう。プルメリアのようなアシスタントAIを使っている人はたくさんいる。
「しかし場所が場所だ。なるほど、備えは必要になると?」
「まあ、RSDが護衛を出してくれるかもしれませんが。」
「マユル、あんたまだ出してない情報があるだろ?この情報が本当だとして、どうしてウチと『ご一緒する』って断言できる?」
「そこはまあ、ここから先は有料、というやつです。」
「独立してからやけに羽振りが良いと思ったが、カラクリはそれかい?」
ガリーナは腕を組んで、それから二、三言どこかと通信を交わした。
「いずれにせよもし海賊が出てきたら、真っ先に狙われるのはウチだろうね。ふん。わかったよ。」
ガリーナが隣の男に指示を送ると、すぐに査定が出た。CIWS2基と給弾機で44,000ドル。中古市価を上回る水準だ。ここに「情報料」は含まれていない。マユルにそこまでの信用はないから。
「言っとくけど、すぐには載せられないよ。給電系の引き直しだけで4日はかかる」
「もし仮に出発に間に合わなくても、慣性航行中に残りをやってしまえば良いのでは?」
ガリーナが探りを入れてきているが、答えるつもりはない。マユルが権利掲載日やエンフォーサーが指定するであろうサルベージ期間を知っているのでは、と考えているのだ。
「あんた、すっかり人を使う立場って感じになったね。まあいいさ。ほら、振り込んだよ。」
「良い取引をありがとうございます。それでは、今週か来週あたりにまた。」
マユルはそう言って、サルベージ・バルジを後にした。後ろで、「おい、シフトの調整だ!」とガリーナが大声で話している。
ガリーナと部下たちはこれから、サルベージ権マーケットをずっと見張っていないといけないはずだ。向こうにはいつサルベージが登録されるかわからない上に、マユルというライバルがいることがわかっているから。
一方マユルは、明後日の14:00だと情報を持っている。その間の時間を使って、2ヶ月前に放棄した鉄アロイを回収しに行ける。1トン1,800ドルで、9,400ドルだ。
「向こうからしたら、私ってだいぶ不気味に見えてるんだろうね。」
『さきほどのラージュ氏ほどではありません。』
「じゃあ、私もまだまだってことか。」